(4)
影乃は無事だった。
案の定実家の家族とともに沙耶の実家に避難しているとのこと。
途中影乃の親が電話に出て、やれこのたびは息子のことを救ってくれてありがとうございますだの、息子が野球を始めたおかげで元気になりましただの、しきりにお礼ばかり言われたので心底うんざりさせられた。それ本人からとっくに聞いてるっての。
おかげで電話を終えるのにだいぶ時間がかかった。
やっとのことで解放されると、タタミちゃんが苦笑いを浮かべて話しかけてきた。
「ヒャッパのほうも大丈夫だってよ。
知りたいことがあったらなんでも相談してくれだって」
「あいつらしいな。
とりあえず、さわぎの中でどんな妖怪が目撃されたか調べてもらっていいか?」
タタミちゃんは「あいよ」と言ってスマホの画面をタップしはじめた。
その間に、おれはミノンちゃんの横に座って声をかけた。
「少しは落ち着いたか?」
まるで寒さを感じているかのように自らの体を抱きしめるミノンちゃんは、悲壮感を顔に表しながらもこっくりとうなずく。
「ま、まあね……
さすがにうちの家族がものすごい形相でおそいかかってきたのを見た時は、ショックだったけど……」
「よく無事ですんだな」
なぐさめたつもりが、ミノンちゃんは眉をひそめて首を振った。
「弟は逃げられなかった。
あいつがパパとママに噛みつかれてる間に、あたし逃げだした……
サイテーだ」
「そんなことねえよ。もうとっくに手遅れだってわかってたんだろ?
それに2度と元に戻らねえわけじゃねえし、それがわかってての判断なんだろ?」
「それでもさぁ、もしあたしたちが死霊族じゃなくて、キミと同じ人間だったら、果たして逃げられただろうかってさ。
完全に人間じゃなくなった家族の姿を見て、もう取り返しのつかない自分の人生をさ、心底あきらめちゃうんじゃないかって、そう思う」
「それ、聞いたことあるな。
もしゾンビが大量発生する原因があるとしたら、その大多数は『身内がゾンビになったショックでパニックにおちいる』とか、そういうのが多いんだってさ」
言いつつ、もしおれの親が、兄貴が、ここあが、繁野がゾンビになったとしたら、おれは本当に逃げられるんだろうか。そんな想像をしてしまった。
おれは軽く髪をかきながら、かみしめるようにしてつぶやく。
「おれたちに、何かできることはないかな。
まわりが混乱するなかで、少しでもできることがあれば、力になりたいと思うんだけど」
それを聞いたミノンちゃんがうんざりしたように思い切り首を振った。
「あるわけないでしょ? 相手は死霊族の街を大混乱にできるほどの妖怪なんだよ?
あたしたち一介の学生ごときが、そんな奴らを相手にどうこうできるレベルじゃないっしょ!」
おれは「そうか……」と言いつつ、深いため息をついた。
「でも、沙耶にはなんとかできるわけよね。
あいつを助けるために、あたしたちに何かできることがあればいいんだけど……」
おれは何度もうなずいた。
いち高校生にすぎないおれたちができることがあるとすれば、ただの高校生じゃない沙耶のために力になってあげることだけなんだろう。
でも、それでいいんだろうか。本当にそれで……
「な、なんなんだあいつはっっ!」
遠くから突然の叫び声、タタミちゃんがすぐにこちらの方を向いた。
おれは彼女にうなずき、振り返ってミノンちゃんに呼びかける。
「お前はここにいてくれ! いざという時はみんなの避難誘導をっ!」
「わかった!
ってキミはどうすんのっ! 人間が同行できることじゃなかったら……
て話聞いてないんかいっ!」
言い終わる頃にはおれはあわてふためく人込みをかき分け、神社の入り口に向かおうとする。
途中で肩をつかまれた。
「ちょっと新介! ゾンビ軍団だったらどうすんの!? 新介が噛まれたら……」
「ゾンビはありえない! 守備兵の人たちにコテンパンにされるはずだからな!
襲ってくるとしたら妖怪だ!」
タタミちゃんの「それこそ危ないって!」という声を無視し、おれはにげまどう人の波をくぐり抜けた。
するとそこには異様な光景が待ち受けていた。
大勢の守備兵たちが囲んでいたのは、人の形をした何かだった。
しかし死霊族と呼ぶにはあまりに風変わりな見た目をしていた。
ぱっと見、お寺でよく見かける仁王像に似ている。
筋骨隆々の身体に身につけているのはふんどしか、腕や足首につけた装飾品ぐらいしかない。
しかしおおあらわになったたくましい肉体は、しかしまるで金属でできているかのようににぶい光を放っているのだ。
その立ち姿までおかしかった。
仁王像は長い棍棒を手にしているのだが、不思議なのはその棍棒の金属製の先端を地面に押し付け、あろうことか赤い柄に全身をあずけ、器用に手足をななめになった柄にしっかりくっつけて、うまくバランスを取ったまま宙に浮かびあがっているのだ。(※わかりにくくてスミマセン)
もし身体が金属製でないにしても、あの体型でここまでバランスを取るのはただ事じゃない。一目でヤバい妖怪だとわかった。
「こいつは……『金剛天狗』っっっ!」
「金剛天狗!?」おれがさけぶと、守備兵の1人がこちらを向いた。
「キミッ! 何やってんだ! はやく逃げなさいっ!」
「待ってくれっ! こいつだけ!」
そう言っておれはスマホを取り出し、急いでカメラモードにすると、一発パシャリ。
我ながら恐ろしい手際のよさだ。
「だからなにをやってるんだっ! 記念撮影なんかしてる場合かっ!」
「違います! コイツを妖怪に詳しい知り合いに見てもらって、調べてもらうんです!」
知り合いというのはもちろん沙耶のことだが、ヒャッパに送っても何か面白い情報が見つかるかもしれない。両方に送信だ。
「いいからキミはあっちに行ってなさいっっっ!」
口をすっぱくして言われ、さすがのおれも急いでその場を逃げ出す。
が、隠れるのは境内の影だ。そして急いで沙耶とヒャッパにメールを送ろうとするが、目は別の方向を見た。
「巌屋蛇々美っ! 東家所属のくのいちです!
自分も加勢させていただきます!」
タタミちゃんに横に並ばれた守備兵がおどろきのあまり2度見した。
「なんなんだねキミはっ!
キミみたいな若い女の子が太刀打ちできるような妖怪じゃないぞ!?」
守備兵に言われてもなお、タタミちゃんは眼帯を外し、両手から分銅つきの鎖をぶら下げた。
「こう見えてキャリアは長いです!
それとも見た目だけで判断しますかっ!? ダメかどうかは戦ってみてから決めればいいでしょう!?」
「くっ! わかった! だが足手まといだとわかればすぐに逃げてもらうからな!」
タタミちゃんは「はい!」と言いながら構えを取った。
彼女の強さは知ってる。おれは文字通りの足手まといにならないことを祈りつつ、ふたたびメール作成にいそしんだ。
キースが急いでカキサエ本社にたどり着くと、大勢の守備兵たちが妖怪を取り囲んでいた。
自分は背が高いので、現れた頭はあきらかに図鑑で見た金剛天狗の姿をしているのを確認できた。
キースは急いでそばまでより、喉もとから円輪を取り出した。
気配に気づいた守備兵がこちらの方にふりむく。
「なにやってるんだっ! 君は後ろに下がれ……」
「危ないですよっ! 後ろを振り向かないでくださいっ!」
タタミらしき声がひびくと、兵士は前に向き直ろうとし、あわてて身をかがめた。
金剛天狗が突き出した棒の先で、危うく頭を打たれるところだった。
その間にキースは兵士を押しのけ、前に出た。
案の定円陣に加わっていたタタミがすっとんきょうな叫びをあげる。
「キースッッ! あんたの中途半端な腕じゃコイツには勝てないってっ!」
彼女の言う通り、一度戦闘態勢に入った金剛はすさまじい勢いで長い棒をグルグルと振り回し、棒を後ろに回し構えを取った。
あきらかに尋常ならざる使い手だとはっきりわかる。
「ああ、かもな。
だがおれは『クイックリカバリー(超速再生)』だ。コイツに頭を打たれても死ぬこたぁねえ。
おれは使えるはずだぜ」
「なにっ!? クイックリカバリーなのかっ!?
なら心強い、ぜひ参加してくれ!」
兵士がさけんだときには、金剛は彼らに向かって棍棒を振りまわし始めた。
敵は執拗に兵士の頭部を狙うが、訓練を積んだ彼らはさすがに急所を打たれるのを許さない。
タタミもまた、右目の超視力を使って相手の攻撃を器用にかわしていく。
「なんでアンタがっ!
クイックリカバリーってだけでっっ! みんなに重宝されんだよっっっ!」
キースもまた突き出される相手の棒をかわしながら問いに答える。
「どれだけ攻撃されても死なないからな!
敵の矢面に立つならうってつけ……あいだっっ!」
思い切り頭を横殴りにされたが、意識ははっきりとしている。
「ほら言わんこっちゃない! で、あんたみたいな生半可な奴はどうすんの!?」
「肉を切らせて骨を断つ!
おれが前に進んで足止めするから、その間にお前らは有効な武器を探せっ!」
言いながらキースは前に進み出る。
たくみに繰り出される棒を懸命にかわそうとするが、しかし技量に雲泥の差があり、キースの全身はまたたく間に打ち砕かれている。
それでもキースは持ち前の超速再生でもって敵の攻撃を耐え抜き、わずかなスキをついて円輪で斬りつけるのだが、案の定固い皮膚では火花が飛ぶだけだった。
「クソッ! 刃物ではどうにもならない!
何か強力な武器で破壊する必要があるぞっ!」
「今探してる! もう少し辛抱してろっ!」
兵士は言うが、その頃にはキースは敵の足払いを食らってしまい、その場に叩きつけられた。
すかさず金剛は彼に向かって棍棒の先で叩く、叩く。
何度も棒で打ちすえ、動かなくなったところへ頭に向かって思い切り棒の先が突き出された。
骨が頭部にめり込む音が聞こえ、しばらく意識が消えた。
しかしやがてぼんやりと目の前が明らかになっていく。
すると金剛がじっくりと自分の顔を凝視しているのに気づいた。
キースは思わず不敵な笑みを返した。
先ほどまでは無表情だった金剛がギョッとした顔になった。
あわてて周囲を見まわそうとすると、両手に持った棒の中央が、鎖で絡めとられる。
タタミだ。
彼女は必死な形相で敵の武器をとり上げようとするが、やはり力の差があるのか金剛は余裕で逆にタタミを引っ張り上げようとする。
キースはすかさず身をひるがえし、敵のヒザの裏をかかとで蹴りつけた。
前方の敵に集中していた金剛はバランスをくずし、ドォンと音を立てて地面にあおむけで倒れた。
タタミはその勢いで引っ張られ、「きゃぁっ!」と言いながら金剛の下半身に覆いかぶさる形になった。
キースもまたすぐに相手の身体におおいかぶさる。
しかし自分1人では押さえつけられない。
そう思いきや周囲の兵士たちがいっせいに金剛の身体にのしかかり、偉丈夫は人の身体で造られたドームの中で頭だけを出す状態になる。
「ちょっと重い! みんな重いってばっ!」
そんなタタミの言葉は余裕で無視される。
わずかなすきまから、兵士の1人が大型の銃を突き出しているのが見える。
「コイツを食らいやがれっ!」
銃が火をふいた。
真下にいる金剛の頭部から、いくつもの破片が飛んだ。
倒したのか? しかし、街じゅうに混乱をもたらすような敵の仲間にしては、物足らなすぎる。
「ヌゥゥゥゥゥゥゥゥ……ガアァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」
乗っかっている腹が小刻みに動き、鳴りひびくような叫びが聞こえると、一瞬にして視界が開かれた。
気がつけば自分の身体は兵士たちとともに吹き飛ばされ、いつの間にか地面に思い切り叩きつけられていた。
それでもキースは必死に起き上がり、すぐに敵のするほうを振り向いた。
金剛は頭部に激しいひび割れを受けながらも、何事もなかったかのように立ちはだかっている。
「……ヌゥゥオアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」
金剛は両手を大きく広げ雄たけびを上げる。
キースをはじめとした兵士たちは身構えた。
敵が片手に持つ棒には、いまだに鎖が絡みついていた。
その先を目で追うと、全身から血をにじませながらも起き上がろうとするタタミの姿がある。
金剛は棒を引っ張り上げる。
タタミの身体は宙に投げ出され、反対側にある民家の壁に激突、ふたたび地面に倒れた。
その間に金剛は鎖を残った手でしっかりとつかみとり、グイッと引くと鎖はあっけなくちぎれてしまう。
甲高い音がひびき、顔をあげたタタミがショックを受ける表情になる。
「ああっ! ダメだっ! もうアタシの鎖じゃどうにもならない!」
「おれも超速再生だとバレちまってる!
奴をこれ以上足止めするのはムリだっ!」
金剛は再び棒を振りまわし始めた。
ところが以前と比べて、金剛の取り回しはいまいちぎこちない。
目の前の兵士を狙ってもいまいち急所を定められていないようだ。
「おおっしゃっ! さっきの攻撃は効果あったようだぞっ!
顔のヒビのせいで視界がいまいち利かないみたいだっ!
これで奴の攻撃力は半減したも同然だっ!」
後はこのままチャンスが来るまで足止めすればいいと思ったのだが、金剛は意外な行動に出た。
神社のほうに目を向けると、そちらの方へとクルリと向きを変えたのだ。
「ああしまったっ! コイツアタシたちを無視して神社の中に向かう気だっ!」
兵士の1人が「させるかっ!」と言って棍棒を手に立ち向かおうとするが、金剛はそれを察しているかのごとく棒を振り回して兵士を地面にたたきつけた。
その後も兵士たちが何度も足止めしようとするが、視界はともかく動きは洗練されたままの金剛が相手ではどうにもならないようだ。
「さっきの銃を貸せっ! おれが仕留めるっ!」
しかし例の銃を持っている兵士は首を振る。
「あいつの動きを見ただろっ!
君の身のこなしじゃ奴に近づくのはムリだ!
それとも遠距離から狙うか!? 動き回る奴を相手に性格に頭部にぶちこむのはムリだぞ!?」
「やってみなきゃわからんだろうが! とにかく銃を貸せっ!」
キースは兵士に歩み寄って無理やり銃をうばい取り、何人かが抵抗をつづける金剛のもとへとかけよった。
地面に倒れ込む兵士を飛び越え、金剛の後頭部を狙う。
しかし敵はすぐにこちらに気づき、横からキースのわき腹へと棒をたたきつけた。
キースはひるまず、ワキで敵の武器をがっちりとつかみ取った。
金剛はそれなりに体重があるはずのキースの身体を軽々と持ち上げると、思い切り地面にたたきつけた。
だがこれがチャンスだと思った。
腕の力が抜けそうになるのをなんとかこられ、一瞬動きが止まった金剛の足に向かって銃を打ち放つ。
火花と破片が飛び散り、金剛はバランスをくずす。
しかし深手ではないようで、金剛は杖を支えになんとか立ち上がる。
が、こうなればどうにでもなる。
キースはなおも繰り出される棒の攻撃をかわし、叩きつけられた時は必死に歯を食いしばりながら、1発、2発、金剛の身体に向かって銃を撃ち放つ。
何発か打ったところで銃は撃ち止めになった。
しかしこの頃には金剛の動きはいびつなものになり、さすがに前のような機敏さはなくなっていた。
こうなれば恐れることはない。
皆で力を合わせ、決着をつけるだけだ。
「……そこまでにしておきなっ!」




