インディー・○ョーンズ2作目の中盤は怖い(1)
窓からかいま見える、青空に浮かぶ小さな雲をながめながら、おれは深くため息をついた。
どうしたらこの悪い夢から抜け出せるんだろう。
この夢を見始めてから、もう何十回も昼と夜を延々と繰り返している。
まあ、夢じゃないんだけど。
だけど夢だとでも思わなければ、いま自分が置かれている過酷な現実を受け止められそうにない。
だってしょうがないでしょう!
志望校はおろか、すべり止めすら体調不良で落っこちちまったっていう現実を、いったいどうやって乗り越えりゃいいんだぁ!?
同級生は今頃、新しい生活に向けて希望に満ち足りているはずだ。
なんつったってついにあの「高校生」になれるんだぞ!? ワクワクしないはずがない!
残念ながらおれはその仲間には入れそうもない。
1人だけ高校に入ることができず、まさかの高校浪人。
今まで必死に受験勉強にはげんできたつもりが、あっという間にパー。
完全に体中の力が抜けてしまった。
あまりの絶望に、ここ1カ月近く自分の部屋を出れずにいる。まさに引きこもり生活。
しばらくは勉強も手につきそうにない。果たして起き上がれる日が来るかどうか。
にしてもたとえ必死こいて勉強し直したところで、晴れの高校生になれるときには他の連中より歳が1コ下……
ああっっ! 普通に留年するだけならまだマシなのにっ!
というわけで本日も、ベッドの上に寝そべって絶望しています。
ここのところはマンガ、ゲーム、ケータイやパソコンすら全くの手つかず。
まさしく情報は心の奥だけ、っておれ15でよくそんな情報知ってるな。
そんなさなか、おれの頭の上の向こう側にある扉から、そっと何かが差し込まれた。
振り返ると、ドアの下のすきまから何か白い封筒のようなものが入り込んできた。
うちの親はおれのあまりの絶望ぶりに気を使ってあまり接してこない。
言いたいこともいろいろあるんだろうが、このように最低限にしか意思疎通しかしてこないのは、正直ありがたい。
気配が止むのを待ってから、おれはのろりのろりと身を起こし、そっとドアから封筒を引き抜いた。
案の定、封筒は大学ノートが入りそうなA4サイズ。
うちの郵便番号、住所、おれの名前が書かれているのを確認し、裏をめくる。
そこにはここからけっこう離れている住所と、
「学校法人 私立安国学園高等学校」
と書かれていた。おれは頭が真っ白になった。
勢いよく封筒を破り、中を確かめる。
パンフの表紙に載っている校舎はかなりくたびれており、いささか怪しげな雰囲気を放っている。
かまうもんかっっ!
ページをめくると、小さな紙切れが入っていた。そこにはこう書かれている。
“特殊な事情によりどうしても高校生になれなかったあなたに朗報っ!
簡単な審査で、あなたは即高校生になれます! それもかなりの偏差値つき!
わが校に入れば受験勉強もサクサクでき、将来安泰!
もちろん超自由な校風と個性豊かな学友があなたを待っています!
いざ、あなたもエンジョイハイスクールライフ!”
……もちろん大歓迎だっ!
なになに、全寮制? ええいっ、かまわんっ!
この際高校生になれるのならどれほど怪しい校風だったとしても絶対ノってやるっ!
一番後ろに願書がある!
よっしゃソッコーで記入して早速応募じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!
というわけでやってまいりました!
トランクケース2つ引っ張って、いざ約束の地へ!
……と意気込んでやってきたのだが、駅を降りてみると、そこはほとんど田舎町。
周囲の商店はほとんどシャッターが下りており、開いている店さえどうせ中に入ったらジイサンバアサンしかいないであろうさびれたものばかり。どう考えても遊べそうにない。
ゲーセンの1つや2つないのかよ。
いや、大丈夫だ! ネット環境とゲーム機を持ち込めることができれば、なんとかやっていけるはずだ!
まあ宅配業者がうんざりした顔でやって来るんだろうが……
それにしても、こんなドヘンピな場所にある学校とはいったいどんな場所なんだろう。
正直、まともな学生が寝泊まりできるような場所だとは思えないんだが。
ええぃ! なにを考えている!? そんなもの高校浪人になるよりはマシではないかっ!
この際ゼイタクは捨てて、友達100人作る意気込みでのぞむのだっ!
エンジョイハイスクールライフになれるかどうかは、このおれの腕次第!
などと気合い十分にこぶしをにぎっていると、シャッター商店の曲がり角から、妙なものがやってきた。
なにあれ、馬車? あんなもの、どっかのアニメかゲームでしか見たことないんだけど?
うわっ、ロータリーまでやって来たよ。しかも近くで見たらかなりヨレヨレじゃねえか。ホロなんか妙にボロボロだし。黒いボディがこぎたねえし。
知らんふりしとこ。ああこっち来んなよ? 間違ってもこっち来んなよ?
うわっ、よりによっておれの目の前で止まりやがったよ。
どかせよ。おれは迎えの車を待ってるんだ。
「『結城、新介 』クン、だね?」
ええ、っと。どこにいるんですか? おれと同姓同名の人~。
必死にあたりを見回すが、人っ子1人いない。
ったくどこに行ったんだよそのユウキシンスケってやつは……
「おいおい、君だよ君。高校受験を体調不良で落としちゃった結城新介く~ん」
おれ、固まる。
体調不良で高校浪人になってしまったユウキシンスケがここにもう1人いる確率は、天文学的に少ないだろう。
「は……はい……」
なんで返事をしてしまったのだろう。いや、これを逃したら後がないからか。
「なんだ~! 返事がないから人違いかと思ったら、恥ずかしくて声が出せなかっただけか~。
も~う、困っちゃうなぁ~!」
恐る恐る顔をあげる。
見ると、いかにも黒い馬車に乗るにふさわしい、タキシードにシルクハットのロン毛のおっさんがいた。
ゴス系にこっているのか、顔は青白く目はクマのように黒くふちどられている。
落ちつけ、落ち着くんだ新介!
こいつはただ単に個性的な趣味を持っているにすぎない!
こいつがあまりに変わっているからって学園自体がおかしいと決めつけてはいけない!
「じゃあ自己紹介しちゃおっかな~、ちなみにワタシは、こういった者で~す」
ふところから名刺を取り出したおっさんが、カッコつけてるのかそれをクルリと回してこちらに差し出す。
両手で受け取り、おれは恐る恐るそれを読んだ。
“学校法人 私立安国学園 教頭 別府珠銅鑼”
ふざけんなよ! これ絶対偽名に違いねえだろ!
格好と言い、偽名と言い、ついでに馬車に乗ってのお出迎えと言いお前絶対コアなビジュアル系マニアだろ!?
「で、乗るの? 乗らないの? いまならまだ入学キャンセルできるけど?」
おれは首を振りそうになり、あわててうなずいた。
ガマンだ、ここはガマンだ。ここで馬車に乗せられるという屈辱に耐えれば、おれは待ち望んでた華やかな高校生活を送ることができる!
しきりにあたりを見回しながら(人が通る気配は全く皆無だったが)開けられた扉から馬車の中に乗り込む。
うぇっ、なんだこのニオイ。妙に生臭いんですけど。一体こん中になにを載せたんだよ。
しかし赤いシートの座り心地はバツグンで、おれの気持ちは少しくらいは落ち着いた。
よし、このまま一気に学園まで突っ込んでくれ!
「それじゃ、いくよ~。しっかりつかまっててね~」
……は? しっかりつかまってろ? ちょっとあんた窓ごしになに言って……
急発進! おれの身体が一気にふかふかのシートにめり込んだ。
首を左右に動かすこともできず、ただひたすら前方からやってくる重圧に耐えるしかない。
普通の馬がこんなスピード出せるのかよ!
重圧がななめよりになり、ロータリーのカーブを曲がったところで、少し重圧が収まった。
おれはあわてて前の壁をたたく。
「ちょっと何やってんですかっ! 危うく車体が横倒しになるところでしたよ!」
「ごめんごめ~ん! あんまり人目につくとまずいしさ~」
おいちょっと待てよ! いまなんつった!? 人目につくとまずい!?
思わず窓の外を見る。かなり汚れていて見にくいが、緑色のまだら模様(たぶん木とか)がものすごい勢いで通り抜けていく。
途中車体が右にかたむき、左にかたむき、だんだん吐き気がしてきた。
ま、まさかこの生臭い匂いは……
「ちょっ、た、頼むっ! と、止めてっっっ!」
必死に呼びかけるが、まったく聞こえていない。
おれは思い切って上に開く窓を開け、外を見る。
そのとたん、窓のすぐ目の前を素早く何かが通り抜けていった。
あぶねえ! 顔を出してたら間違いなく当たるところだったじゃねえか!
「ちょ~っと大ジャンプするよ~! しっかりつかまっててねぇ~!」
しかしその一言で思いなおした。
覚悟を決めて顔を少しだけ出すが、次の瞬間思わず首までグイッと出してしまった。
森を突き抜け、前方には開けた場所がある。
左右上だけでなく、下のあたりすらも。
あろうことか、馬車は下がなにもない場所に向かって一直線に突き進んでいたのだ!
「ちょ、ちょっと待ってっ! 死ぬって! マジで死ぬってっっ!」
「だいじょぉ~うぶだよ新介くぅ~ん! ここ、いつも通ってる道だから~!」
そんなドラ○もんみたいなこと言ってんじゃねえ!
いつも通ってる道だぁ!? 自信満々で言うなよ!
今日もしものことがあったらどうすんだよ! ていうかこの道何回も通ってるって頭おかしいだろ!
そんなことを考えているうちに、馬車はスロープに乗り上げ、そのまま大ジャンプ。
はるか下まで続く谷底を見たとき、こういうときって本当にスローモーションになるんだなぁ~、と思いながらどっかで冷静になっているおれがいた。
しかし反対側のがけにたどり着くと、おれは頭を思いきり窓枠にぶつけてしまい、シートの上に倒れてそのまま意識が遠のいてしまった。
「は~い、ご到着だよ~。お疲れさ~ん」
おれはゆっくりと身を起こした。
なんだか現実味がないなと思って前方を見ると、タキシードシルクハットのゴス野郎を見て、
やはり現実ではないと確信した。
おれは力なく2つのトランクを引きずり、ゆっくりと馬車を降りた。
そして目の前の光景を見てますますがく然とした。
パンフレット用に載せられた写真なんて、どうせいくぶん小ぎれいに修正されているだろうってはのはまずわかる。
だがしかし、これじゃあまりに汚すぎだろ。
完成したばかりのころはきれいなクリーム色だったろう外壁は、いまやどこの廃校だよと問いかけたくなるほど黒くくすんでいる。
上から黒いペンキでも流したんじゃないかと思えるほどの灰と黒のいびつなシマ模様を見ていると、心なしかうすら寒い気分にさせられた。
いや、実際に寒いんだろう。
森を通っていた時もそうだったんだが、いまや霧は半径50メートルを軽くおおい尽くし、校舎の全貌が全くうかがえない。
「ようこそ~、安国学園へ~。ではこちらへどうぞぉ~」
しぐさだけは行儀いいゴス教頭に従い、おれは門の中に入った。
ってなんだよこの鉄扉! 妙にでかい上に赤サビだらけじゃねえか!
しかも上の先端が妙にとがってるし! 見てて威圧感あるんだけど!
しかしいちいちツッコんでも仕方ないのでおとなしくくぐると、突然後ろでガラガラと金属音が鳴り響いた。
おどろいて振り向くと、鉄扉がものすごい勢いでひとりでに閉まっていく。
「おいっ! なんじゃこりゃぁっ!」
おれはあわてて門扉に手をかけるが、押しても引いてもビクともしない。
ま、まるで、これ、閉じ込めてるみたいじゃ……
おそるおそる振り返ると、ゴス教頭は異様な笑みを浮かべていた。
「さあ……どうぞ、こちらへ……」
怖い! 怖いよ! 白塗りだけによけいに怖い!
おれは恐れおののくものの、相手は全く動じずにこちらを見つめ続ける。いつまでもそのまま動かなかったが、観念しておれの方が少しずつ足を動かし始めた。
のそりのそりとゆっくり歩いていると、ひび割れだらけのアスファルトの上に、濃い“赤のシミ”のようなものがついていることに気づいた。
ふと横を見ると、それだけでなく“赤いブヨブヨしたかたまり”のようなものが落ちている。
「あ……あのぅ……これ、何の肉片ですか……?」
教頭は知らないふりで、どんどん先に進んでいく。
置いていかれると心細いので、それでもついていかざるを得ない。
なんだか嫌な予感がしてきた。いや、それどころではない。
まさかこいつ、不幸な身の上の少年を狙った、連続殺人鬼ではないのか。
いや、よく考えてみれば同じ赤いシミがそこらじゅうに広がっているので、もっと凄い事情なのに決まっているが。
まずい、まずいぞ。勢いだけでここまで来てしまったが、露骨に生命の危険を感じてきた。
逃げようにもまわりの柵は高く伸びているし、逃げたら逃げたでこのシルクハット追っかけてきそうだし……
ふと横を見ると、校庭のような場所が広がっている。
霧におおわれたなかに、人影のようなものを見かけた。やたら楽しそうにさわいでいる複数の人影。
どうやらサッカーに興じているようだが、やはり様子がおかしい。
蹴っているボールの形がおかしいし(どっかで見たことあるようないびつなだ円形)、
遊んでる連中の1人なんか、なんだか首から上がないような……
いやな想像を振り払い、教頭のあとに続く。
玄関を入っていくと、職員用のゲタ箱があった。こちらの方は比較的清潔で(それでもいくぶん薄気味悪い)、そこでスリッパをはき替える。
はき心地自体は普通なので一安心し、ノロノロと付いていくと、まずは校長室に案内された。
廊下の奥も赤い液体だらけだし……
ゴス教頭がコンコンと扉を開き、「失礼します」と言って中に入る。
前面が木目調の普通の校長室。奥のデスクにあるソファーは後ろを向いている。
なぜかデスクの横にドクロのオブジェがあるのを気にしつつ、おれが教頭の横に並ぶとソファーがくるりと回転した。
おれは思わず「うぅっ」とうめく。
「ようこそ、わが校へ。我々は君の入学を心より歓迎する」
現れたのは、異様に小柄なスキンヘッドの男。
ギョロリと向いた瞳が異様な気配を漂わせている。
「わしは校長の九怒川鳴三。
本来は理事長もあいさつするところだが、あいにく長期出張に出ておる。わしだけのあいさつで申し訳ない」
「い、いえ。大丈夫です」
おれは手を振るが、校長はなめまわすようにおれの風貌を見回す。
「ふむ、どうやら本当に普通の少年を連れてきたようだな。
シュドラくん、本当にこれでよかったのかね?」
「ええ、大丈夫です。彼なら普通にやっていけますよ」
おれは勢いよく教頭を見た。おだやかな笑みを浮かべているが、どう考えても普通の会話ではない。
「それで、結城新介くん」「は、はいっっ!」
校長に目を向けると、相手は机の上に両腕を載せて乗り上げた。
「この学園ではいろいろ苦労するとは思うが、がんばってついていきたまえ」
いまなら入学拒否できるぞ、とは言わなかった。
そりゃそうでしょう。門を閉められた時点でおれの運命は決まったようなものだ。
おれはがっくりうなだれて「は、はい……」とうなずくしかなかった。