プロローグ
こじんまりとした部屋にはいくつもの調度品が並び、そのどれもが世に出せば一世一代の騒ぎを起こすように豪華で、甘美で、醜悪で、繊細で、機密なモノ。その者の「精神」に語りかけるようなモノ。
金銀きらめく装飾が施され観るものを虜にする指輪。
豊かな乳房に流れるくびれ、観るものの時が止まると錯覚する像。
涙を流す姿に目を奪われれば命まで獲れれるかのような絵。
流動する糸には命が宿り決して手放せなくなる音楽器。
発した光が永遠に弱まることのない魔法具。
それらの調度品が並ぶ一室には、伸びた髪を後ろに結わいてポケットに手を入れている男と、その後ろにピタッと付き添い両のこめかみから自分の顔より大きな湾曲した角がある女が一人。
「つまらんな…」
「………」
男はそう言うと踵を返し部屋を後にする、その後ろには相も変わらず女がついてくる。
扉を閉めることなく音もなく歩く男からは、素人が見ても気づくような繊細さがある、それに加えてある程度の武芸者が見るだけで驚愕するような雰囲気を纏う。
男はこの世界で文字通りすべてを手にした者として、ある者には敬意を、ある者には畏怖を、またある者には羨望を…人のあらゆる感情も一途に集まり名を轟かせた一人の武芸者である。
男には才能があった。
男には権利があった。
すべてを見てしまった男はひどく退屈していた。
この世界には人間を含み三つの種族がいた。
繁殖力も力も強い人間
繁殖力こそ絶望的だが魔力と言う人には未知なる圧倒的な力を扱う魔人
力も魔力もないが多彩で器用で人とほぼ見分けがつかない亜人
人と亜人のおかげで文明は発達し
人の欲で魔人と対立、戦争し
人の数と力で混沌を呼んだ
そんな世界で男はほとんど一人で世界を安寧へと導き、またさらにその力を巡って戦いが起きようとしていた。
もともと男に力も金も権力も必要はなかった。ただ自分が楽しければいいのに世界がそれを許さなかっただけである。
「次は何を集めようか…」
「ユーレント大陸にあると言われる秘宝を集める予定では?」
「あー…あれはまだ時期ではないな」
「…左様ですか、では七色蝙蝠の涙は?」
「この前間違えて一匹殺してしまった、次に出るのは10年後か?」
「…そうですね最低でも8年はかかるかと。」
「……ふむ。」
聞く人が聞けば耳を疑うような会話を、事も無げに会話する二人には確かな信頼と絆があるように思える、ただひとつ男は心底退屈そうだが。
「ではあれはどう…!!」
男が次の一言を口にしようとしたときに自分のいる部屋のみならず、この部屋が一室となっている巨大な船丸ごと魔力に似た何かに包まれ、数秒後には跡形もなくその場から姿を消していた。