プロローグ
ーーープロローグ
辺りは霧がかったように白く、すべてがボンヤリとして朧げになっていた。
ヒンヤリと漂う『ナニカ』が周囲の空気すらをも取り込み、まるで現実味がなくなってしまったかのような、そんな錯覚すらおぼえる。
そんなまどろみの中を、ただ一人、歩く者がいた。
「きたよ。…いるんでしょう」
声が震えてしまったのは仕方のないことだった。
声の主はまだ年端もいかない子どもだったのだから。
味わった事のない世界の変化に『不安』が襲い、内に拡がった不安から『畏怖』の念が生まれ、疑心に駆り立てられた畏怖は『恐怖』となり、やがて舐めるようにして全身を這っていた。
子どもはゆっくりと警戒して周囲を見渡しながらも、慎重に足を進める。
此処は平時、湖のほとりにあたる場所であった。
ーー滑りやすくて脚が取られやすい場所ーー
それが無意識に足元を警戒させていた。故に、足下に突如として現れた無数の光にも反応を示すことができたといえる。
飛び退くようにして動いたため、強か尻をついてしまった。
「……あなた…わたしが『よんだ』子…?」
光の粒子は漂うように浮かんでは集まり、いまや、尻もちをついて固まったままの子どもと同じ程の大きさになった。
光の塊となったそれは、どこか弱々しさを感じさせるものがあり、『光』だというのに目を逸らさずに見つめることができた。
「ウォルは行かないって…でも、おねがい助けてって言ってたから、僕はきたの。こまってるの?」
言い終えると同時に体を起こし、ゆっくりと光に手を伸ばす。
あと少しで光に触れーーー
「…ちがう」
触れる直前、光はそう放って霧散した。
そして今度は、幾重にも重なり木霊する声となった。
「「「わたし、『壊して』っていったのーーー…」」」
途端、周囲の景色が禍々しく歪み、底冷えした寒気が意思を持ったかのように身体に纏わりつき、『少年』を声もなく捻子きった。
そこにはもはや少年の姿はなく、静寂と暗闇だけが残されていた。