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夏の帳  作者: 鮎みちる
4/5

ロッジの中で

 せっかく出来上がった瓶が割れる―――。

そんな理由で、篠田が真璃子から柚月を引き離した。

真上から真璃子を見下すようにして睨む篠田の顔を、確信をもって真璃子も見返す。

この男、やっぱり。


自分のすぐそばで火花を散らしている二人を知ってか知らずか、柚月が篠田に引っ張られた自身の襟元を正しながら、「マリさん、上がって」と朗らかに言った。


「遠いところからはるばる、疲れたでしょ。お茶の用意がしてあるから、みんなで休もう」

「うん、柚ちゃん、ありがとう」

「こちらこそ」


両手に瓶を抱えたまま、よたよたと怪しい内股で柚月が三人を先導する。

柚月のその癖を微笑ましく眺めながら、真璃子も後に続いた。

甲斐が真璃子にスリッパを勧めてくれ、篠田が玄関に置きっぱなしにした真璃子の荷物を持ってくれる。

篠田はいち早く、柚月の背中に張り付いてリビングへと入っていた。


「マリコさん、ここに適当に座っちゃってて。ユヅキ、マリコさんの荷物、ここに置いていいよな」

「うん。スグルもお疲れさま。ソウジも、後はわたしがやるから、座ってていいよ」


甲斐が、真璃子に色々と気を遣ってくれる。ヒノキ造りの、温かい雰囲気のする内装のリビング。その真ん中辺りにさりげなく置かれた、歪な手作り感のあるテーブルセットの椅子を一脚わざわざ引いて、真璃子を座らせてくれた。風貌に似合わず、紳士的な性質らしい。篠田とは大違いだ。

当の篠田といえば、柚月に忠告を受けたにもかかわらず、黙々と彼女の後についてお茶の準備を手伝っていた。

武骨な手が繊細な造りのティーセットを慎重に扱う様には可笑しさを覚えたが、真璃子には全然面白くない。

さすがに昔馴染みということもあってか、柚月と篠田の間には距離感というものが微塵も感じられない。

普段、あれだけ他人に対して壁を作っている柚月が、彼らには気を許しているのが如実に分かるのだ。

大して言葉を交わすこともないのに、互いに互いの次の所作を理解しながら狭いキッチンで動いている二人を見ていたらいてもたってもいられなくなり、真璃子は席を立った。

真璃子が立ち上がったのとほぼ同時に、甲斐が真璃子の隣に腰かけていた。

拍子抜けした顔をしている。せっかく椅子を勧めてくれた彼には悪いが、形振り構ってはいられない。

柚月のことだけは、絶対に譲れないのだから。


「柚ちゃん、わたしも何か手伝おうかな」

「大丈夫だよ、座っててマリさん。疲れてるでしょ?」


わざと二人の間に割って入ると、マリさんか弱いんだから、と、自分こそ相当にか弱そうな手で真璃子の腕に柚月がそっと触れて、それだけで真璃子は嬉しくなった。


「これくらい、大丈夫よ。これ、運べばいい?」

「無理は、しないで」

「平気、平気。わあ、このパンケーキ美味しそう。柚ちゃんが作ったの?」

「ううん。ソウジが買ってきてくれたの。今日マリさんが来るんだって話したら、昨日、ちょっと遠くの大きなスーパーまで行ってくれて」


白くて大きな陶器皿いっぱいに載せられた手のひらサイズのパンケーキに感動したら、思いもがけない返事が返って来た。

げ、しまった。はからずも篠田に感謝してしまった。いや、感謝するべきなんだろうけれど…。

気まずい目線でちらりと隣の篠田を見やる。心なしか、篠田がにやりと嗤っているように感じられた。

くそっ。真璃子は胸中でこっそり毒吐く。


「ここのパンケーキ、ユヅキの好物なんですよ」


だから、あんたのためなんかじゃないんですよ、ってか。この野郎。

苦笑いを浮かべながら、真璃子は表面だけで礼を言った。「篠田君、ありがとうね」

自然、皿を持つ手が小刻みに震えた。


パンケーキの皿をソーサーに載せ、他にも色々とジャムや蜂蜜、取り分け用の皿を用意して持ち上げようとすると、案外重量のあるそれらは、真璃子の手には余った。

力仕事などろくにしたことがなく、加えて不摂生な生活スタイルで体力も(柚月が懸念するほど)ないので、無理矢理に運ぼうとするとふらふらと覚束ない足取りになる。

見かねた甲斐が代わりを請け負ってくれ、こちらには素直に礼を言うと、無邪気な笑顔でにこっと微笑まれた。

こういう男の人なら、わりと大丈夫だな。

もはや癖のようになって、そうと値踏みしてしまう。

真璃子にとって、男とは反射的に警戒してしまう生き物だからだ。


「マリコさん、無理しちゃだめだよ。女性なんだから」

「あはは、柚ちゃんにもさっき、そう言われちゃった」

「ユヅキの方が、結構逞しいよ、きっと。あいつ、ああ見えて、学生時代は剣道部でバリバリ鍛えてたからね」


それは、知ってる。柚月が以前、真璃子に話してくれたことだ。

確か、お父さんも剣道を習っていたから、と言ってたっけ。使っていた防具は、お父さんのお下がりだったんだ、って。


甲斐がソーサーをテーブルに置くと、柚月がマットな色使いのティーカップに紅茶を注いでいるところだった。

例によって、篠田が柚月の背後に、張り付くようにしてくっついている。

後ろ手に手を組み、柚月の動きをひとつひとつ、まるで見守ってでもいるかのようだ。

複雑な思いで真璃子がその様子を窺っていると、篠田が不意に、こちらをじろりと見据えた。


「甲斐、お前、汚ぇなりのまま皿を持ったな」


凄むような声でそうと言われ、甲斐と、そういえば自分も手を洗ってなかったと慌てた真璃子が、そろってキッチンまで足早に戻る。

柚月の、楽しそうに笑う声が聞こえた。

そんな柚月の小さく揺れる背中を、篠田は見つめているんだろうな、と、真璃子は手を泡立てながら思った。


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