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夏の帳  作者: 鮎みちる
3/5

真璃子と柚月

 柚月と真璃子が初めて出会ったのは、一年と少し前のことだ。

学生生活の合間に夜の百円均一の店でバイトをしていた柚月と、その店の常連客であった真璃子はよく顔を合わせた。

自宅と職場のちょうど中間地点に位置するその店は、真璃子の憩いの場だった。

なぜかは分からないが、憂鬱なときや嫌なことがあったときにその店に立ち寄ると、不思議と心が落ち着いたのだ。

常に演技をしていると言っても過言ではない真璃子にとって、誰もが気楽に訪れ、用事が済めばさっと立ち去り、時には何とはなしに店内をぶらぶらと見て回る、そういう人たちの中に埋もれることができるそこは、きっと真璃子が自分自身に戻れる、唯一の現実的な場所だったからかもしれない。

そんな場所に、いつの間にか柚月がいつもいるようになった。


最初こそ、ただの店員と客の間柄でしかなかった。

柚月は小柄で、いつも忙しなく店内を動き回っていたイメージが真璃子には今でもある。

客足がまばらとなる夜の時間帯、暇を持て余して客の見えない所で談笑を交わす店員たちの輪の中にも入らず、柚月はいつだってせっせと動いていた。

真璃子のそばで品物を陳列する柚月。客に何かを訊ねられて少し考え込む柚月。真璃子が買った物を、必ず丁寧に袋に入れてくれた柚月。

彼女と、少しずつ話をするようになったきっかけは、ほんのささいな偶然からだった。

今考えてみても、柚月とは縁があったのだろうと思う。彼女とはおそらく、前世から何か深い繋がりがあるのではないのではとつい夢見がちなことを思ってしまうほど、親睦を深めるまでに何度も偶然が重なりあった。

最初の偶然は、たまたま気まぐれに立ち寄ったショッピングモールのフードコートで、一人ぽつんと縮こまっている柚月に会ったとき。

後から思い出しても自分で驚いてしまうのだが、真璃子は当時ごくごく自然に、ミルクティーを飲みながらレポートらしきものを書いていたらしい柚月に、話しかけてしまった。

柚月は一瞬驚愕したようで、アーモンドのような丸い目を見開き、突然現れたバイト先の客の姿を弾かれるようにして見た。

それからだ。不思議な偶然の連続は。

某食品会社の懸賞に当たらないと貰えないストラップをたまたまお揃いで身につけていたり、プライベートで出向いた先々で偶然出くわしたことも一度や二度ではない。

一番驚いたのは、二人の携帯電話が偶然同じ日に壊れ、同じ時間帯の同じ携帯ショップにて顔を合わせたことだ。

中には、ここまで偶然が重なると、気味が悪いと感じる人もいるかもしれない。

しかし真璃子はそうは思えず、むしろ柚月に奇妙な好感を持った。

それは柚月も同じだったようで、真璃子はそのとき初めて、柚月の表面だけではない、本心からの笑顔を見た。

それから、互いを柚ちゃん、マリさんと名前で呼び合うようになるまで、長い時間はかからなかった。








車は邸宅の広い庭ではなく、そこから更に林の奥へと入った離れの前で停まった。

ロッジのような、木造りの佇まいだった。家屋の隣には篠田の言っていた窯らしきものが併設してあり、少しだけ斜に構えたように傾いたアルミ製の煙突から、か細い煙を吐き出している。

真璃子と篠田が車から降りると、ほぼ同時に窯の影から一人の男が顔を出した。

肩まで伸ばした色の明るい髪に、褐色の肌。何やらそこここを真っ黒に汚した、鳶職人のような恰好をしている。

男は二人の姿を捉えるや相好を崩し、軽く片手を上げた。


「よう、ソウジ。帰ったのか」

「来てたのか、甲斐」


篠田に甲斐、と呼ばれた男は跳ねるような足取りで真璃子たちのそばまで来ると、ぱたぱたと自身の汚れを手で叩いて、真璃子に向かって辞儀をした。


「甲斐卓です。初めまして」

「初めまして。須藤真璃子といいます」

「ユヅキがお世話になってます」


軽薄そうな格好に似合わない、人懐っこそうな笑顔を浮かべて甲斐卓は、にこっと白い歯を見せた。

それにつられるようにして、真璃子も微笑んでしまう。

二人でにこにこと笑い合っていると、真璃子のトランクを引きずって、篠田がロッジに向かって先に歩き始めた。


「荷物、他にあります?」

「いいえ、大きいのはあれだけ」

「じゃあ早速中に行きましょう。ユヅキも待ってますよ。おーい、待てよソウジ」


真璃子を手招きつつ、甲斐が篠田の後を小走りで追う。

足元は柔らかい土で、一歩踏み出すとふわふわと体が浮いているようだった。

長らく都会暮らしだった真璃子は、気持ちがいいな、と思った。

ここは、柚月の故郷だ。

自分より頭ひとつ分以上背の高い二人の後に、真璃子は続く。

少しだけ、緊張もしている。


「ところでお前、何でここにいるんだ?」

「窯の煙突が煤で詰まったんだと。それでユヅキに呼ばれたわけ」

「お前、そんなことまでするの」

「俺、何でもできますよ」


そんな二人の会話を聞いているうちに、あっという間に玄関に着く。

甲斐が扉を開け、どうぞ、と真璃子を誘ってくれた。

中に入った途端、むっと濃い木の匂いがした。

決して広くない玄関には、小さな革製の靴が片隅にこじんまりと置いてある。知ってる、あれは柚月の靴だ。

その靴から視線を中の方へ向けると、目の前に、水色の靴下を履いた小さな足が現れた。

瞳を上に向ける。

柚月が、甲斐と同じく頬を煤で汚したまま、どこか遠慮深そうに微笑んでいた。

腕には、象牙色のつややかな水瓶のような物を抱いている。

「いらっしゃい」と、柚月が囁くような声で言った。

真璃子は思わず、その小さな体に抱きついてしまった。


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