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夏の帳  作者: 鮎みちる
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プロローグ

 真璃子は急いでいた。

東京の自宅を出て駅まで走る道すがら、その日に限って買ったばかりのサンダルのヒールが、根元からきれいに折れてしまったのだ。

がくんとよろめき、倒れそうだった体をたたらを踏んで何とかこらえて、雑踏の中でサンダルを脱ぎつつ舌打ちをかました。

まったく、よりにもよってこんな時に!

適当に荷物を詰め込んだトランクの中には念のためシューズも入れてきたが、ここで座り込んで履き替える時間はもうない。

真璃子は仕方なしに片足だけ裸足のままひょこひょこと改札を潜り、目的のホームまで不恰好に走った。

途中、すれ違う人の波から異様な視線を投げかけられたが、構っていられない。いつもなら不自然なほど気にしてしまう人の目も、今の真璃子には痛くも痒くもなかった。


ホームに着くと、真璃子がその日乗るべき電車はもうそこに着いていた。

週の真ん中、平日の夜とはいえ、その車両に見える人の数は、まばらにしか確認できない。

重いトランクを引きずり上げ、車内に入った真璃子の背後で、扉がぷしゅっと閉められた。どうにか間に合ったことに安堵のため息をつく。

今日のうちにこの電車に乗らなければ、すべてのスケジュールが狂ってしまう。職場に了承を得てきたとはいえ、店長を説き伏せてようやくもぎ取ってきた二週間の休暇は、一日として無駄にはできないのだ。

ゆっくりと全体を揺らすようにして、電車は真夜中の駅を走り出す。

これから別の駅で夜行列車に乗り換えて、向こうに着くころにはもう朝だ。

電車の揺れにこらえるようにしながらすぐそばの座席に腰かけ、トランクを開けて中からシューズを取り出した。

パステルブルーのコンバース。ずっと昔に友人と色違いで買った物だが、履いたのはいったいいつぶりのことだろう。

近頃は、すっかり決まった服装しかしていないものだから、久しぶりに身につけたそれは、何だか懐かしい感触がした。

靴を履き替え、やっとのことで一息ついて椅子に深く座ると、真璃子の他はもう一人の若い女性客しかいないその車両は、静かだった。

電車の窓には、まだ煌々と輝く街の灯り。これもそのうち少なくなって真っ暗になるのだろう、とぼんやり見つめていたら、じわじわと眠気が襲ってきた。

一定のリズムで揺れ進む中、真璃子は徐々に船をこぎ出す。

そして、あの子の夢を見た。

一ヵ月前、最後に会ったときの、困ったような憂いたような、あの小さな小さな微笑みを浮かべていた。


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