だから、教えて
何でこんなことになっているのか、いまいち状況がのみ込めないまま。
「松木くんと付き合うの…もう、やめるね…?」
俺はただ、その言葉に頷くしかなかった。
「…わかった」
明日美が何で別れを切り出したのか、よくわからないまま。
明日美に振られて気付いたことがある。
自分が思っていたより、ずっと明日美が好きだったこと。
自分が思っていたより、俺は未練がましくて、女々しくて、しょうがなかったこと。
俺は、湿気のようにジメジメした気分のまま、教室の机に体を伏せて、微妙な隙間から明日美を見ていた。
一歩間違えれば、ストーカーだと言われかねない。
それだって、同じクラスの明日美を目で追わずにはいられなかった。
俺は明日美が初めての彼女というわけでもない。
今まで付き合った子と別れてもこんな絶望感に満ち溢れることだってなかったんだ。
それなのに何で…。
そもそも、明日美に告白されて俺は付き合ったのに。
何で、振られたんだ?
付き合いも、別に今まで通り良かったはずだ。
考えれば、考えるほどわけがわからなくなる。
隙間からこっそり明日美を覗けば、明日美は友達と談笑している。
俺はこんななのに、よく笑ってられるもんだなと、少しだけ苛々しながら明日美を見ていた。
本当…わからない…。
そう、思いながら、机に完全に顔を伏せたときのことだった。
「松木くん」
俺はその声に怠そうに顔をあげた。
するとそこにいたのは明日美だった。
「社会の岡先生が呼んでるよ。お昼休みに職員室に来てだって」
「あー…わかった…」
俺の気怠い返事に、明日美は首を傾げて言った。
「なんか松木くん元気ないけど、どうしたの?」
は?!
どうしただと?!
明日美のせいで元気を失ってるんだと思いながらも、何も言えない俺。
「…何でもないよ」
「そっか。じゃあね」
明日美は俺の返事にあっさり納得し、笑顔で去っていこうとする。
俺は少しでも明日美と話をしたくて、何か会話はないかと必死に探した。
そんな俺から出た言葉なんて…。
「あ、ありがとう…!」
所詮お礼だ。
会話でも何でもない。
俺自身、自分のひねりのなさに冷める。
だけど、明日美は意外にも、その言葉に反応して、振り返り俺のとこに戻ってきた。
「意外!びっくりした!」
「な、何…?」
明日美はなぜだか目を輝かせながら俺に近付いて来るんだ。
「松木くんがお礼言うなんて意外!」
「え!?そう?」
俺は今までそんな当たり前なことも出来ていなかったのか?
「松木くん、やっぱ変だよ!何かあったの?」
心配そうに俺を見る明日美に、俺はつい、ポロッと本音が出てしまった。
「あ…明日美に振られたから…」
俺のその一言に、明日美は驚いたように目を見開いた後、笑って言った。
「松木くんじゃないよ。私が振られたようなものだから…」
「え?それって、どういう…」
その言葉を遮るようにチャイムが鳴って、明日美は行ってしまった。
俺、振られたんじゃないの?
俺が、知らない間に明日美を振ってた?
意味深な発言に悩まされ、何故だか自分の記憶さえ疑ってしまいそうだ。
でも、明日美は確かに俺を振ったんだ。
それは絶対に間違いじゃないはず。
本当、何なんだよ…。
昼休みになり、俺は岡先生の元へと職員室へ向かった。
「おー。松木、お前社会係りだったよな?これコピー頼む」
そう言って、プリントを渡され、俺は仕方なくコピー機へ向かった。
すると、職員室に明日美がいた。
担任と話をしているようだ。
内容を聞きたいのに、コピー機の音でハッキリと聞こえない。
耳を傾けていると、少しだけ話が聞こえてきた。
「…通学はなれたか?」
「はい。でもまだちょっと…」
通学?何だそれ。
俺たちは高校2年生だ。それも、終わりに差し掛かっているというのに、何故今更通学の話をしているのか、俺はよくわからなかった。
ボーっと立ちながら、コピーをしていると、明日美が顔を覗き込んできた。
「岡先生の用事ってこれ?」
明日美はそう言って、コピー機を指差した。
「あ、うん。そうだけど…」
話の内容が気になる。
聞いてもいいのだろうか?
「私も手伝うよ。これ、教室運べばいいの?」
「うん…そうだけど…」
でも、聞いたら、まるで盗み聞きしたと思われるのも嫌だな…。
変な葛藤でなかなか言えない。
「松木くん?」
明日美は笑っている。
「あ、ごめん。教室…」
俺たちは職員室を出て無言で廊下を歩いていた。
気になって、しょうがないこと。
聞いても、いいのか。
だけど…。
「明日美」
「なあに?」
俺より少し先を歩いていた明日美は笑顔で振り返った。
その笑顔が、俺は本当に可愛いと思っていたんだ。
「さっき、職員室で聞こえちゃって…通学なれたってどういうことなのかなって」
明日美は驚いた顔で俺を見ていた。
「…やっぱ意外!」
「何が?」
明日美は笑いながら話してくれる。
「松木くん、私の何かを気になって、質問してくれたこと今までなかったよね?」
「え?そう…だっけ?」
確かに。
言われてはっとした。
付き合ってた頃も、明日美のことを知ろうと自分から努力したことがなかったことに気付かされた。
「松木くん、付き合ってるときも私に興味なさそうで、私は付き合ってもらってるって感じだったから」
明日美は笑いながら喋ってはいるものの、目が寂しそうだ。
「だから、申し訳なくなって別れたんだから。私がとっくに振られてるようなもんだよ」
今、言われるまで全く気付いていなかった。
俺から明日美に歩み寄ったことはなかったことに。
「私、引っ越して新幹線で通学してるんだよ。知らなかったでしょ?」
何も知らなかった。
俺はバスケ部に所属しているせいで、明日美と一緒に帰宅したことはなかったからだ。
授業が終われば、俺は真っ先に部活へ行く。
そういえば、明日美も最近授業が終わると走って帰宅していたことをふと思い出す。
俺は、明日美のこと何も知らなかったんだ。
「結構大変なんだよ?朝は早いし、帰りは急がないと電車間に合わないし。毎日バタバタしてる」
まだ、間に合うだろうか?
明日美を知るチャンスは残されているだろうか?
「明日美。ごめん」
「松木くん?急にどうしたの!?」
「本当に…ごめん…」
今まで、何も気付かなかったこと。知ろうとしなかったこと。
明日美を傷付けていたこと。
まだ…。
「明日美のこともっと知りたい」
俺の本音。
「明日美に振られてから、俺、本当ダメで…」
「松木くん…?」
だけど、明日美もまだ本当の俺を知らないと思うんだよ。
「また俺と付き合って」
「え!?松木くん…?ちょっと…え?」
赤い顔しながら動揺して、俺から視線を外す。
ごめん。でも俺も、少しでも明日美からチャンスが欲しくて必死なんだ。
「明日美が好きだよ」
今思えば俺は、生まれて初めて誰かに好きだと言ったような気がしていた。
「松木くん…ずるくない?」
明日美は目線を合わせない。
「私…松木くんが思ってるような子じゃない…から…」
明日美は俺から背を向けた。
でも、そんなのお互い様で。
俺だって、自分がこうだなんて知らなかったんだ。
明日美が俺の眠った感情を呼び覚ました。でも、こんな自分も嫌いじゃないんだ。
「私、結構嫉妬深いよ!今までは猫かぶってたんだから…それでも…」
視線をやっと合わせてくれた明日美に俺は笑いかけた。
「それはさ、俺も一緒」
俺の言葉に明日美は一瞬、顔を歪めて、そして笑った。
これからもっと、知っていきたいって本気で思ってしまったから。
だから、教えて。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
彼女を大切にしろよー
だからふられるんだよって思いながら書いてました(-_-;)