嫌われ魔女の友人の魔女
空を見上げれば日の光が燦々と降り注いでいる。
とても良い天気だ。良い天気過ぎて外に出ることも憚れるので、今日一日は日の当たらない家の中で過ごすことに決めた。
だと言うのに、私は遠慮を知らない陽光の下にいた。
「酷い目に遭わせてやる!」
頭の悪い宣言をする友人に引きずり出されたのだ。
首根っこを掴まれたかと思うと外に投げ出され、痛いと思っている間に友人がプンスカと怒りを吐き出し始めた。
私以外の別の誰かに怒りをぶつけろよ、と思った。思ったけれどすぐに友人に私以外の交遊関係がないことを思い出して諦めた。これの友達になったのが運の尽きだ。
「ちょっと! 私の話聞いているの!?」
俯いていると友人が突っかかってきた。この構ってちゃんめ。
「聞いてるよ。要は仲間外れにされたから悔しいんでしょ」
「違うわ! 全然ちがーう!」
あら、違うの? 嫌われる要素ばかりあるからてっきり仲間外れにされて怒り心頭に発したのかと思っていた。
私が首を傾げると、友人は顔を真っ赤にしてもう一度酷い目に遭わせようと思った経緯を話してくれた。
ことの発端はとある王国の王様の元に長年欲しいと願った子供が生まれたことだ。
王様も王妃様も大喜び。なんたってようやく生まれてきた子供だ。それは嬉しいことだろう。
嬉しい嬉しい子宝なので、せっかくだから国中にいる13人の魔女を呼んで祝福をかけてもらおう。あぁ、でも賓客用の金色の皿が12枚しかない……困った。そういえば1人嫌われた魔女がいたな。よし、そいつは招かないでおこう。せっかくの宴が台無しになるのは嫌だしな。
……ということである。
色々と邪魔な部分を省いて結論だけ述べると、要は仲間外れにされて怒ったというものだ。全然間違ってなかった。
しかし、このことを指摘すればまた友人は怒って、私はもう一度説明を求めることになるだろう。永遠に話が進まない事態になってしまう。
それはそれで時間の無駄なので大人しく分かったふりをしておく。つまり友人の感情の全てを理解したことにするということだ。客観的事実ではなく主観的事実を飲み込むというわけだ。
「それで、どう酷い目に遭わせるの?」
正直な話をすれば私にとっては友人の身に起こったことなど問題ではない。その問題に対して友人がいかなる対応を取るかが問題なのである。友人は一時の怒りに身を任せて酷い報復を行うからだ。そのくせ本当に残酷な復讐をしでかし嘲笑っておいて、怒りが収まると自分の行いに嫌悪するという面倒な性格をしている。厄介な友人だ。
「決まってる! 私を蔑ろにした罰を与えてやるのよ!」
こんな風にと我が家の壁をドカドカと蹴る友人。壁が崩れ落ちたらどうするつもりだ。
そんなことよりも、私の問いかけに答えをらしい答えを提示してくれない友人にとても嫌な気がしないでもない。
きっと言葉通り王様とお妃さまを絶望に叩き落とすんだろう。そういうことばっかりしてるから
嫌われるってことにいい加減気がつけばいいのに。
1人高笑いをする友人に、生温かい視線をくれてやる私だった。
ここらへんではけっこうな大きさを誇る王国。その中央にどっかりと存在するお城が宴の会場であり、友人の復讐が向く場所である。
私は招待された12/13人の魔女の1人だから門番に招待状を見せて入場した。宴会場には既に私と招かれざる友人以外の魔女が勢ぞろいしていた。よってビリは私ということになる。開始時間ちょうどに来たはずなのにおかしい。
「相変わらず開始ピッタリに来る。せめて5分前には来れないのかい」
既に宴が始まっている中を堂々と突っ切って指定された席に着くと、そこそこ仲の良い魔女に話しかけられる。
「無理なの。そんな気さらさらないから」
私が一番大切にしているのは約束の時間を守るよりも自分の時間を守ることだから。5分前行動なんて勿体ないことはしない。
豪華な長テーブルの上に並ぶ同じく豪華な料理の数々に手を伸ばす。取りあえず色とりどりのサラダを食べよう。
「にしても、あの王様とお妃さまの子供ねぇ。女の子だっていうけれど、きっと美人にはならないはずよ」
サラダをモシャモシャ食べながら言う。行儀悪いけど気にしない。何故なら私たち魔女は他人に気を遣う必要のない生き物だからだ。
「どうしてさ?」
私の推測に分からない顔をするお隣さん。見れば分かるだろうに観察力のない魔女だこと。
私は彼女に分かりやすいように王様とお妃さまの顔を指で指し示す。
「あんなお世辞にも美形と言えないような顔した2人から美人は生まれてこないものよ」
言い終わると同時に頭を叩かれた。口の中で転がしていたミニトマトが潰れた。私の密かな楽しみが。
楽しみを奪った魔女を睨みつけてみるが、相手はこっちが悪いかのような視線を向けてくるだけで謝罪は一切もらえなかった。
宴が進むとメインイベントがやってきた。お姫様が12人の魔女それぞれから祝福を授けられるという、一個人にするには豪華過ぎるものだ。
魔女たちは一列に並んで一人一人が『器量』『金運』『賢さ』とお姫様に祝福を授けていく。本当に1人の人間には多すぎる祝福だ。
前にいる魔女たちの祝福を聞きながら、私は何時頃に友人がこの城にやってくるのかと考えていた。友人は有言実行な魔女なのでやると言ったらやるし、来ると言ったら来る。
友人が城にやってきたのは、最後列にいた私がお姫様の前にやってきた時だった。
友人の姿を見た魔女の一団があちゃーと言いたそうな顔をして、王様とお妃さまは顔を青白くした。そんな顔するなら除け者にしなければよかった。もしくは全員呼ばなければよかったのに。欲張った結果がこれだ。
友人は憤慨しているのだろう。荒々しい歩調で宴の席へと突撃して、お姫様の前に立つ私を押し退けて、自分をお姫様の前へと持ってきた。
「12の祝福を得たお姫様はもうこれ以上何かを得る必要はないだろう。長く生きる意味はない。多才な姫様には私からは平等という祝福を授けよう。姫様は15歳になると紡錘に刺されて死ぬのだ」
友人はそう言ってお姫様に祝福という名の呪いをかける。私は止めることもせずに隣で事の成り行きを見守っていた。うん、無事に祝福がかけられたみたいだ。
友人は用事は終わったと言わんばかりに高笑いを響かせながら城を出ていった。
突然のことに場は静まりかえる。我に返ったお妃さまが崩れ落ち、王様はお姫様を抱きしめて涙を流し始めた。
これを見た11人の魔女は一斉に私へと顔を向けてきた。アイツの友達なんだからどうにかしろと。
とは言っても、祝福を打ち消すことはどんな高名な魔女でも不可能なことなので、私にできることなんて高が知れる。王様とお妃さまを笑顔に戻せるような未来など作りあげることなんてできっこない。
しかしながら、ここで行動しなければ女が廃る……いや、仲間内で屑扱いを受けて肩身の狭い思いをしなければいけなくなる。
私はできるだけ大きな咳払いをして、周囲から視線を集める。
「ご安心ください。まだ私の祝福が残っています。と言ってもあの魔女の祝福を消し去ることはできません」
私の言葉に泣き声を大きくする王様。元はと言えばアンタのせいでしょ、とは言えない。空気の読める私だから言えない。
「しかしながら、祝福の内容を変えることはできます。お姫様は15歳になると死ぬのではなく、えーと……100年ほど深い眠りにつくのです」
「というわけで、お姫様は100年ほど眠るだけで済むから」
波乱の宴を終えた私はすぐさま自宅へと戻り、勝手に私の家の中で沈んでいる友人に明るい未来を提示してあげた。
沈んでいた友人は一気に浮上してきて、お礼を述べながら私に抱き着いてきた。
友達は私だけだぁ、と泣いてくれた。ちょっとだけ嬉しいんだけど、よくよく友人の仕出かしたことの後始末をしなければならないことを考えると、あんまり嬉しくなかった。
「でもあの国はこれからが大変ね」
「どうして?」
「国中の紡錘という紡錘を焼いてしまうそうよ。せっかく私が妥協案を出してあげたと言うのに、お姫様が紡錘に刺されないようにしたいみたい」
なんとも欲の皮の張った王様だろうか。自分で蒔いた種が大きな花を咲かせないように、私ができるだけのことをしたがそれでも不服だと言う。
考えてみると長年欲しがった子供を授かっただけでも十分なのに、12人の魔女から祝福を与えてもらおうとした王様だ。私の妥協案で満足するわけもないか。
ただ、娘を想った行動は国を傾かせることになる。この国は隣国に糸を売ることで成り立っている国なのだ。紡錘を焼き払えば、唯一の生計が失われ国は貧困に喘ぐことだろう。
しかし、そんな俗世のことなんぞ私たち魔女には関係のない話だ。魔女バンザイである。
さて、後始末も終えたことだ。今日からまたゆったりとした生活を送ろう。そう思って友人を見やると、なにやら顔を俯かせて肩を震わしていた。
「アイツ……ふざけんじゃないわよ」
嫌な予感がする。
「絶対に15歳になったお姫様を紡錘で刺す。アイツらの努力を水の泡にしてやるわ!」
顔を上げた友人には決意が満ち満ちていた。
どうせ、またやった後に後悔するんだ。そして、後始末を私がしなければならなくなるんだろうな。
15年後に向けて決意を固くする友人の前で、私は15年先のことに溜息を吐いた。