主食は蜂
アントを探し始めてから、小一時間がたった。まだアントは、見つかっていない。
「はぁ……」
オレはため息をつき、とりあえず体を休めようとした。地面に向かって、ゆっくりと降下していく。
――その時だった。
ヒュバッ!
耳元で風を切る鋭い音がしたかと思うと、体が何かに挟まれる感触がした。
「なっ!」
驚いて短く声をあげる。
すぐに首を振って左右を見回すと、オレはなぜか急上昇しているようだった。
「な、な、な……」
上手く舌が回らずに、声にもならない声が漏れた。
さっきまで降下していたのに……これは一体どういうことだ……? おまけに、何だかよく分からん鋭いものが、体に刺さってるしよ……。
その答えは、意外にもすぐに分かった。
「よう、蜂の兄ちゃん。こんなトコで何してんの?」
「あ、あぁ?」
頭上から声がすると思って、首だけを使い上を向くと――、
そこには、鷹の顔があった。
「な、なんだお前!」
どうしてこうなっちまったのか、オレには分からないが……。
オレの体は、鷹のくちばしに咥えられていたのだった。
「おい、離せよ!」
「断る」
「オレを喰っても、なんも得しねぇぞ!」
鷹って蜂なんて喰うっけ? 普通の鷹だったら、喰わないんだろうけど……もしかしたら……。
オレの頭の中を、不安がよぎった。
「何も得しないだって? ははは、確かにそうかもしれないなぁ」
オレの言葉に、鷹は豪快に笑った。もちろんくちばしは開かずに、口端を横に広げている。その不気味は笑みには、さすがにオレでもぞっとしてしまったぜ。
……はっ! いけねぇ、今は相手に翻弄されてる場合じゃねぇんだったな。
「何がおかしいのか、言ってみやがれっ!」
「まあまあ、そう怒らねぇで。――とりあえず兄ちゃんは、人生最後の飛行、楽しんだ方がいいと思うけどなぁ」
じ、人生最後の飛行だとぉ……? 何をバカなこと言ってやがる!
「ふざけるな!」と怒鳴ろうとした時、鷹の上昇はピタリと止まった。そのまま地面と水平に、ゆったりと飛行を始める。
これが……最後の飛行だというのか……?
「ど、どういうことだよ……」
オレの問いに、鷹はいともあっさりと答えた。
「今から俺が、兄ちゃんを喰ってやる。――俺は、鷹は鷹でもハチクマだ。主食は蜂。……今日はいい獲物を見つけたぜ……。それが兄ちゃんだ」
「ふっ、ふざけんなっ! ――っ?」
オレが怒鳴ると……それが合図だったかのように、体に痛みが走った。思わず表情が歪み、「ぐっ!」と声が漏れる。
「いってぇな、何すんだよ!」
「兄ちゃんがうるさかったから、黙らせてやっただけさ」
見ると、背中には鋭いくちばしがめり込んでおり、そこからは血が流れていた。どうやら、軽く噛まれたらしい。
オレは痛みに耐えながら、本人いわく『最後の飛行』をできるだけ楽しんだ……つもりだ。
周りの景色を見たり、風を感じたり――結構いいものだと思った。自分で飛ぶ時とは、少し違う感じがしてな。
こういうのも、たまにはいいんじゃねぇかって、本気で思ったぜ。
――そう、『たまには』な。
「そろそろいいか? 兄ちゃん」
鷹……いや、ハチクマは、遠まわしに尋ねてきた。この『そろそろいいか?』は、『そろそろ飛行を終わりにしてもいいか?』って訳すより、『そろそろお前を食べていいか?』と訳した方が、本人の意図に近い気がする。
その問いに、オレは――、
「飛行は終わりでオーケー! だけど、オレを食べるのは……ノーだ!」
力いっぱい、そう叫んでやった。




