それぞれの出発
空が青く染まり始めた頃、オレ達一行は町へとたどり着いた。
町とはいっても、ここは『ピースフル』という近隣の市よりは比較的広めな市で、人口もまぁまぁ多いらしい。店も結構あるしな。
とはいえ、人間になってとりあえず近場の市へ来たからといって、何をやると決まっているわけではない。それに、どこでその忌まわしき計画が練られているのかも、今はまだ分からない。
正直に言ってしまえば、オレ達は特にあてもないのに、無鉄砲にこの市に飛びこんでしまったのだ。
やがてオレだけではなく、周りのみんなもそのことに気づき出す。
「ねぇ……これ、来たはいいけど、どうすればいいの?」
小陽が率直な質問を投げかけ、周りの雰囲気は一気に落ち込んでしまった。
「あ、ああ、今考えてるところだ」
オレは咳払いをしながらそう言い、言ったからにはと真剣に考え始める。
そして突如、オレの頭に一つの案が浮かんだ。
「聞き込みだ……」
「あん? 何だってぇ?」
オレの呟きに反応した高蛾が、ぐっとオレの口元に耳を近付けてくる。いつもはうざったいこの行為も、不思議と今はうざくはなかった。
高蛾の耳が口のすぐそばにあるにも関わらず、オレは大声で叫んでしまう。
「聞き込みだよ! アジトはどこにあるんですかって、この町の野郎共に聞いて回ればいいんだっ!」
「は、はぁ~?」
耳元でいきなり大声を出されたことに怒っているのか、高蛾はいつも異常に嫌味ったらしい声を発した。
「いきなり何言っちゃってんの、刺捉ぅ~」
「だから、普通に聞けばいいんだろ? この町の低能な人間共に、『虫の撲滅を企んでる組織のアジトはどこにあるんだ』ってさぁ」
オレの言葉に、
「随分と言葉が悪いな」
雑斗が呆れたといいたげに首を横に振った。今はそんなこと気にしてる場合じゃねぇだろっ!
小陽と愛花ちゃんは、まだ訳が分からなそうにしているが、オレはそんな二人には構わずその場を逃げるように駆け出した。後ろからは、「おい、刺捉!」とオレを呼び止めようとしている雑斗の声が聞こえたが、それも無視した。
今はとにかく、やれることを早く確実にこなすべきだ。だからオレは、思い立ったらすぐに行動するぜ。
ついて来るなとは言ってないし、間もなくアイツらも追いかけてくるだろう……。
オレは勝手にそう思い込み、他のみんなを置き去りにして、話を聞いてくれそうな人間を探すことにした。
まだ朝だからだと思うが、周辺に人間の姿は見えない。町はしんと静まりかえっていて、人間が家の中にいる気配すらあまり感じなかった。
こんなんで、聞き込みなんかできんのか……? 言いだしっぺはオレのくせに、自分の言った言葉に自信をなくす。
それなりの時間走り続けて、息もあがってきた。少しその辺で休もうか……。
そんなことを薄らと考え始めた、その時だった。
「あの、そんなに急いでどうしたんですか?」
突如背後から声をかけられ、反射的に身構えながら振り返る。オレのそのスピーディな動きに、声をかけた人間はやや脅え気味だった。
「あ……あんたは?」
今の聞き方は、ちと礼儀知らずだったかもな……。初対面の人に、いきなり『あんた』なんて呼ばれたら、オレだったらカチンときて叱りつけたくなっちまうな。
しかしその人間は全く怒ることなく、手を前に揃えて丁寧にお辞儀をしながらこう言った。
「申し遅れました、私はこの住宅街に住んでおります、立花可憐という者です」
いやいや、申し遅れるも何も……。オレにあんな失礼な言い方されて、何も思わないんすかねぇ……。
可憐と名乗った女の人は、オレよりも背が高く、細身で華奢な感じの人だった。質素な服装をしているのだが、とても美しく見えてしまうのは、オレの目がおかしいのか……? それは分からない。
可憐さんは当惑しているオレに向かって優しく微笑むと、
「何か心配なことがありましたら、お申し付けください」
なぜかオレの使用人のような口調でそう言った。
最初はなんかこう……迷惑なような気がして聞く気になれなかったのだが、今ここで少しでも情報を得ておいた方がいいと思い、オレはありがたく質問させてもらうことにした。
「じゃあ、一ついいですか? 聞きたいことがあるんですけど……」
そう切り出したオレに、可憐さんはゆっくりと頷きながら答える。
「ええ、もちろん、何でもお聞きいたします。ここで立ち話も嫌でしょう、どうぞ中へおあがりください」
「えっ? そんな、いいですよ」
遠慮するオレに、可憐さんは首を横に振りながら言う。
「家の中の方がゆっくりできると思いますし、まだ朝が早いですから、外で喋るのは周りの皆様の迷惑になりかねませんので」
そう言われてしまっては、言い返す言葉は何もない。オレは素直に「ありがとうございます」とお礼を言い、可憐さんの後に続いて、彼女の家へと足を踏み入れた。
♢
刺捉があの場から駆け出した後、取り残された四人は未だに同じ場所に立っていた。
「まったく……無鉄砲な奴だ」
雑斗は額に手を当てると、何度か首を横に振る。それは、呆れているという心境を表す動作だった。
一方で愛花は、心配そうな表情を浮かべる。
「刺捉くん……大丈夫ですかね……?」
「平気っしょ。刺捉のコトだし、何とかなるって」
高蛾は相変わらず、余裕の笑みを浮かべている。愛花はそんな高蛾を華麗にスルーし、小陽の前に立った。
「……小陽さん」
「何ですか? 愛花さん」
お互いの呼び方は、人間になったことで自然と変わっていた。
「小陽さんに、協力してもらいたいことがあるんです」
愛花は真剣そのものの表情で、そう言った。小陽は、愛花が何を言いたいかは分かっていないようだったが、彼女の真剣さは十分に伝わったようで、
「分かりました、いいですよ」
やはり緊張感を持った表情で、こくりと顔を縦に動かした。その様子を見ていた雑斗が、
「何か思いついたようだな」
ほんの少しだけ口角を釣り上げながら、低い声を発した。
愛花は小陽を自分に近付けると、その耳元に何かを囁いた。小陽は何度か小さく頷きながら、彼女の話を理解していく。
やがて愛花が小陽の耳から口を遠ざけ、小陽に向かって一度頷いた。それがどういった意味の合図なのかは、今は二人にしか分からない。
「雑斗くん」
合図を取り終えた愛花は、雑斗へと視線を移す。しかし、彼女が何か口にする前に、
「俺は難しいことは聞かない。お前がそれでいいと思うのなら、思う存分やってくるのがいい」
全く愛花に視線をくれずに、まるで独り言のようにそう言った。それを聞いた愛花の顔が、花が咲くようにぱっと明るくなるのが分かる。
「ありがとうございます! では、行ってきますね!」
愛花は雑斗に頭を下げると、その場を駆け出した。後ろから、小陽もそれに続く。
そんな二人を見た雑斗は一言、
「結構お似合いなんじゃないのか……?」
珍しく、面白そうに微笑んでいた。鋭く、雑斗の笑みに気づいた高蛾は、
「番長でもそうやって笑うことあんだね……。てかさぁ、オレっち達もなんかしないとヤバいんじゃねぇ?」
雑斗の笑みについて一言、加えて自分達二人のことについて一言、口にした。
「そうだな……俺達も動くとするか。よし、高蛾、付いてこい」
「ラジャッ!」
雑斗は、高蛾が口にした言葉の二言目にだけ返事を返すと、愛花と小陽が走り去っていった方とは逆に歩み出した。その後ろからは、高蛾が若干楽しそうに、やはり余裕をかましながら付いて行った。




