虫撲滅隊 & 名前を変える
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ビィ達一行が擬人化を果たし、市街へと急いでいたまさにその時。
ここ、ピースフル市にある一番大きな建物の中で、びくっと何かに反応した人物がいた。
その人物は、建物の中でも一番大きな部屋にいた。その部屋は豪勢な造りになっており、一見しただけでは市長室と間違えられてもおかしくないだろう。
しかし、実際は違った。
この建物は、ピースフル市の市役所。まだ建てられたばかりで新しく、外も内も傷一つついていない。
階は五階まであり、周辺の市や町の役所よりも一回り大きなものだった。
そして、その人物がいる部屋のドアには、『虫撲滅隊隊長室』と書かれた木製のプレートが下げられていた。
『虫撲滅隊』――それはその名の通り、この世に存在する虫を撲滅するために作られた部隊である。
その隊長室に、一人の人間がノックをして入ろうとしていた。
「失礼する、隊長」
そう声をかけたのは、まだ幼そうな男の子だった。年の頃にして、十歳ほどだろう。
「あー、入っていいよ」
男の子に帰ってきた声は、やる気のなさそうな声だった。
男の子はガチャリとドアを押しあけ、部屋に入る。そして迷わず、隊長と思われる人物が座るイス、そしてその前に置かれた机へと近づいていった。
「隊長、活動はもう始めてるらしい。とりあえず近場に殺虫剤撒いてるって報告があったな」
男の子に『隊長』と呼ばれて振り向いたのは、中学生ほどの女の子だった。
髪が短く鋭い目つきをしているため、男に間違われてもおかしくはない顔つき。そしてその顔は、不機嫌一色に染まっていた。
「ふーん、そうなんだ。連絡ありがとね、元怒和」
「別にこんぐらいお安い御用だ」
名を元怒和というその男の子は、かなり大人びている雰囲気だった。背はさほどないが、声が低く、活発そうな喋り方をあまりしない。
目は三白眼で、生まれつきなため仕方ないのだが、目つきが悪く見える。
「そういえば隊長……なんか不機嫌じゃないか? どうしたんだ」
隊長の異変に気付いたのか、元怒和がそう声をかける。
尋ねられた隊長は、「うん……」と力なく頷いた。
「実は、なんかいや~な予感がしてね……。この建物の中に、虫がいるのかなぁ?」
「さやからしい予感だな」
「だから! 『さやか』って呼ぶなって言ってんでしょ!」
隊長は、名と『さやか』いう。しかし彼女は、名前を呼ばれるのを嫌がっていた。
怒鳴られた元怒和は一瞬だけ動揺したが、すぐに落ち着きを取り戻し、
「あぁ……悪かったな、隊長」
額に手を当てめんどくさそうに頭を振りながら、謝罪した。さやかは「それでよし」と偉そうに頷く。
「で? 虫がいる気がするって?」
「そうなの……。ああああああっ! キモイキモイ! 考えたくもないよ、もおおおおおお!」
「あまり怒るな。そんな風に怒ってると、牛になるぞ」
急に大声をあげ始めたさやかに対しても、元怒和は冷静だった。
「だーっもーっ! なんで元怒和は苗字に『怒』って字がはいってんのに、いつも冷静なのーっ?」
「オレも知らねぇよそんなこと!」
少しだけ冷静さを欠いた元怒和が、さやかに指を突きつけながら声を荒げる。
「第一、名前とか見た目で人を半断するなっ! その人に失礼だろう!」
「だってあんた目つきも悪いし」
「だから見た目で判断するなと――!」
しばらく二人の言い合いは続くのだが、それを止める人はいなかった。
「……で? 要するに建物内に虫がいそうだから、殺虫剤を撒いとけということだな?」
やっとのことで言い合いも治まり、元怒和が最後を締めくくるように言った。さやかはうんうんと何度も頷き、
「そうそう、そういうことよ!」
人差し指を立てながらそう言った。
「虫なんてねぇ、この世に必要ない生物なの! だから一刻も早く、そんな奴らを消さなきゃね!」
「まったく……隊長の虫嫌いには、オレも呆れるな」
「なっ……なんであたしが呆れられなきゃなんないのっ?」
元怒和の何気ない一言に怒りをおぼえたさやかが、目の前の机をドンと殴りつける。その威力は結構強く、自分でやったのにも関わらず、さやかは「いって~」と拳をさすっていた。
そんなさやかにさらに呆れたのか、元怒和は額に手を当てながら、やれややれとでも言うように首を何度も横に振る。
「あぁもう隊長は……。しっかりしてくれよ」
そして何事もなかったかのように、部屋を出ようと踵を返した。
「ちょ、ちょっと! だからなんであたしが、あんたに呆れらんなきゃいけないのって聞いたんだけど!」
「呆れられるようなことをしたり言ったりするからだろ」
「ガキの分際で何言ってんの? あんたあたしに逆らう気?」
「隊長もまだ中二じゃねぇか。偉そうなこと言えない年なんじゃないのか?」
何を言っても言い返されてしまうさやかは、「ぐぐぐ」と唸りながら奥歯を噛みしめていた。
一方で余裕の元怒和は、
「まぁ……オレはいつでもさやかの見方だけどな」
最後に無表情のままそう言い残し、ドアを開けると外へ出て行ってしまった。さやかはその背中を睨みつけながら、
「去り際だからってかっこつけんじゃねーよ! 元怒和春人副隊長―――――――――っ!」
楽しそうに叫んだのだった。
♢
「そういえば、ビィくん」
闇の中を走りながら、バターちゃんがオレに顔を向けた。
「なんだ?」
「人間って、名前には苗字というものがあるらしいんですが……私達、そんなのないですよね?」
苗字、か。確かにオレには『ビィ』という名前はあるが、その前につく苗字はない。
「それに、今までの名前のまま人間達と話し合おうなんて、無理だと思いますよ」
「どうしてだ?」
「私達の名前が、人間らしい名前ではないからです」
……なるほどな、確かにバターちゃんの言う通りだ。
虫を殺そうとしている組織や、それが難しいなら、この際そうでない人間でもいいから話そうとしても……まずは自己紹介が必要だしな。
そんな場面で、「オレの名前はビィです」なんて、おふざけでも言うことはできない。
オレはしばし考え、一つの提案をした。
「だったら、今から新しい名前を考えないか?」
「「「名前を考えるぅ?」」」
オレを除くその場の全員が、一斉に声を揃える。……なんか、オレがKYみたいじゃねぇか。
「急になぁに言い出してんのかなぁ? ビィ~クン?」
あぁもう、うざってぇなモースは! 今から説明してやるから、顔を近付けるのはやめてくれ。
下方へと顔を向けると、やや遅れながらも、アントが不思議そうな顔をして走っていた。続いて情報へ向けると、フライルも眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。
やっぱりみんな分かんねぇよな……。
自分一人だけが分かっているという何か嬉しい感情を抱きながら、オレは自慢話をするように説明を始めた。
「バターちゃんが今言ってくれたように、人間の名前のつくりとオレ達昆虫の名前のつくりは違うわけだ。だから今から、人間にも堂々と名乗れるような、人間としての名前を考えるんだよ!」
オレがそこまで言うと、みんなやっと分かってくれたようだった。
「つまり、苗字と名前を、人間風につくるんですね!」
これを新鮮なことだと感じたのか、楽しそうな笑顔を浮かべるバターちゃん。そうそう、オレが言いたいことは、簡単に言えばそういうことだ!
「人間としての名前か……面白そうだな」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべるフライルは、オレより少し先を走っている。
名前騒動で、オレ達のテンションは、夜中だというのにガンガン上がっていった。




