擬人化
真っ暗な闇の中、オレは始めにあることに気付いた。
――いつもと目線の高さが違う。
オレが見ている景色は、いつもの景色よりも高い位置のものだった。これは……低空飛行で空を飛んでいる時に見る景色だ。
「こ、これは一体……」
その不自然な感覚に驚いていると、
「本当に……人間になったんだね……」
後ろからアントの声が聞こえてきた。オレは普段どおり振り向き、
「うわっ! に、ににに、人間!」
思わず大声をあげてしまった。
オレの振り返った先には、なんと人間がいたのだ。
オレよりも背が低く小柄で、黒い髪にくりっとした可愛い瞳。目の色も黒く、そんじょそこらにいる一般的な人間の男の子だ。
……顔立ちが可愛いせいで、女の子に見えなくもないがな。
「お前……だっ、誰だよ」
「えっ? ビィくんボクのこと忘れたのっ?」
「その声……お前、もしかしてアントか?」
その人間から発せられる声は、聞き慣れたアントの声だった。
そうか……オレ達、擬人化の薬を飲んだんだっけな。なら、アントが人間になっていても、別におかしくない。
と、いうことは……オレも人間になったのか?
「おいアント! オレはどういう姿をしてるんだ? 顔はイケメンか? それともかっこいいか?」
矢継ぎ早に質問するオレに、アントはやや困ったといった表情を浮かべる。
「え、えぇと……ビィくんはねぇ……」
「グレた兄ちゃんみたいだぜ~。似合ってるけどさっ」
アントの代わりに、モースの声がオレの質問に答えた。……ぐ、グレたアンチャンだとぉ~?
「言ってくれんじゃねぇかモース! 言っとくけどお前だって、バリバリチャラ男みたいな格好してるぞ!」
オレはモースに、ありのままの感想を伝えた。
モースの風体は、髪は茶髪、両耳にはピアスと、いかにもチャラい若者って感じだった。さらに目は誰がどう見てもジト目なので、何事にも適当そうな男に仕上がっていた。
遠慮なしに表された自分の風体に、モースはすねたように唇を尖らせる。
「ちぇー、女の子なら誰もが振り向いちゃうようなイケメンクンじゃなかったのかー」
んなわけねぇだろ! お前のどのパーツをどんな風に動かしたら、そんなイケメンになれるんだ? 元がダメなんだよ元が!
突っ込みたい気持ちを抑え、ふとフライルへと目をやる。そしてオレは、
「ひっ!」
思わず悲鳴をあげてしまった。
「なんだ、俺のどこが、そんなに驚くほど怖いんだ」
「怖いもなにも! 殺し屋ですかって言いたくなるわ!」
フライルに直接言ったりはしないが、彼の見た目は結構怖い。
いや……見た目というか、目が怖い。これまで何人も殺してきたぜみたいな目ぇしてるんだぜ?
フライルはオレより身長がデカく、黒に近い灰色をした短い髪をもち、細く切れ長の赤い目を光らせていた。
フライルが視線を動かすたびに、視線の先にあるものを射殺すような威圧感がその目にはある。……だから怖いのだ。
そういえば、さっきから男どもばかりに注目していたが……バターちゃんはどうなったんだろう? 気になって彼女の方を向いてみる。そこにいたのは、
「あ……な、何か変でしょうか……?」
男だったら誰もが立ち止って見入ってしまうであろう、美少女だった。
腰まで伸びた、長くつややかな紫色の髪。ぱっちりとした大きな瞳に、長いまつげ。身長は、オレとさほど変わらないくらい。
オレがその姿に見入っていると、バターちゃんと目が合ってしまった。
「やっぱり変でしょうか?」
「いやいやいや、超可愛いぜ? なぁ、みんな!」
頼むから可愛いって言ってくれ! 願わなくても言うだろうけどさ!
オレに尋ねられた他の奴らは、それぞれ違う行動を取った。
「……可愛いと思いますよ」
なぜかちょっとムッとしながらも、バターちゃんの容姿を褒めるアント。
「か……可愛いんじゃないか?」
始めて言う『可愛い』という言葉に、緊張を覚えているフライル。
「う~ん、やっぱアゲハちゃんはかわうぃ~ね! オレっちのカノジョ、なっちゃいなよ!」
躊躇なく付き合ってくださいという宣言をするモース。……って、おいおいおい!
「おいモース、何言ってんだよお前!」
「何って、アゲハちゃんが可愛いから可愛いねって言っただけだみょ~ん?」
サラリと告白してんじゃねぇかよ! バターちゃんはオレのものだぞ!
……情けないオレは、そんなことはさすがに言えず、俯きながら「やっぱりなんでもねぇよ」と吐き捨てるしかできなかった。
その様子を、楽しそうに眺めるバターちゃんがいた。オレ的には、笑えないんだけど……。
そういえばオレ、さっきから周りの奴らのことばかり気にしてたけど、自分はどうなってんだ? 自分の容姿は自分じゃ分からねぇからなぁ。
しかもさっきはモースに邪魔されて、アントの意見聞けなかったし。
などと気にしていると、グットタイミングでスワローちゃんがオレを見ながら言ってくれた。
「……失敗ですね」
「なっ……しっ、失敗っ?」
なんだよそれ! ブサメンってことか?
「あの薬の成分が変だったのかもしれませんが……ビィさん、腕が四本ありますよ?」
突きつけられた現実は、ブサメンよりももっとショックをうける内容だった。
う、腕が四本て! 何それおかしいだろ!
「それ、マジで言ってんの? ジョークじゃなくて?」
嘘だと言ってほしいあまりに、スワローちゃんを疑っているような台詞を口走ってしまう。しかし彼女は、そんなことは全く気にせずに、
「はい……本当です」
もう一度オレの体を見てから、そう言った。
ちなみに、オレ達みたいに元は虫だった奴らは、人間になっても虫の声が聞こえるらしい。もちろん人間の声も聞こえる。
しっかし……あまりのショックに、オレはその場に膝をついてしまった。
せっかく人間になったってのに、腕が四本だと……? 確かに蜂として生きるなら、それが当たり前だ。昆虫は足が六本あるから、その内の二本を足として使うと、腕は四本になる。
だがな、人間は違うんだよ。これはありがたいことらしいが、多くの人間は腕が二本、足が二本あるのだ。障害があったり、病気でそれらを無くさない限りな。
でもオレは薬で人間になったんだぜ? そしたらこれは、完全に失敗作だろうよ!
「何とかならないの? スワローちゃん」
オレのことを心配してくれているのか、バターちゃんがスワローちゃんに聞いた。スワローちゃんは苦しそうに「う~ん……」と小さく唸ってから、困り顔で言う。
「もう一度蜂に戻って、また擬人化できる薬を飲めばいいのです……が……もう、擬人化できる薬がなくて……」
「なっ、なにぃ――――――――っ!」
じゃあオレは、薬でなったにも関わらず腕が四本になっちまった失敗作として、生きていかなきゃなんねぇのかっ?
ツいてねぇなぁ……。オレはがっくりと肩を落とした。四本の腕を、同時に地面につける。
「まぁ、このままずっとニンゲンとして生きていくわけじゃないし~、それはそれでいいんじゃねぇ?」
「お前なぁ……自分が上手くいったからって……」
ため息をつきながら、幽霊のような視線をモースに向けるオレに、
「いや、いいかもしれないぞ」
フライルがきっぱりと、そんな台詞を投げかけた。
「いいって、何がだよ……」
「腕が四本ってことは、お前より腕の数が二本も少ない人間達と、互角以上に闘える。格闘戦になれば、間違いなくお前が有利になる」
「それに、余った腕は服の中に隠しておけばバレないしね」
フライルに続き、アントもオレの腕の件を盛り上げてくれようとしてくれていた。
最初は、無理に盛り上げてくれているだけかと思ったが……二匹の、いや、二人の言い分は正しいかもしれん。確かにこれは有利だ。
オレの心に、明るいものが射しこんでくる。
さらにそれを援護するように、バターちゃんも笑顔で続いた。
「それにビィくん、かっこいいですよ。金色の髪の毛、素敵ですね」
言われて初めて気付いたが、オレって金髪だったんだな……。だからモースは、オレのことを『グレた兄ちゃん』だと言ったのか。
へへ……今更だが、やる気が復活してきたぜ。
「よし、みんな! 人間になったところで……行こうぜ! 人間の極悪な計画を阻止するために!」
オレの掛け声に、そこにいたスワローちゃん以外の全員が、「おーっ」と声を揃えた。スワローちゃんはそんなオレ達に、
「頑張ってください。……わたしは、応援することしかできませんけど……」
薄らと微笑みを浮かべながら、最後の方は消えそうな声でそう言った。
オレはスワローちゃんに向き、ふっと笑みを浮かべると、
「任せとけ! 人間の極悪な計画は、必ず破って帰ってくるからな!」
ぐっと親指を立てながら言い残し、地面を力強く蹴って走り出した。
待ってろよ、人間ども……! お前らの計画は、必ずオレ達非リア充昆虫隊とバターちゃんが、ぶち壊しに行くからな……!
オレは奥歯を噛みしめながら、心の中で、思いっ切り叫んだのだった。




