スワローちゃん
「じゃあまず、そのスワローちゃんとやらのところに連れて行ってくれないか?」
オレがバターちゃんにお願いすると、バターちゃんは「いいですよ」と頷いた。
「でも、今は夜ですし……スワローちゃん、起きてくれるといいんですけど」
「無理に起こしたりはしなくていいぜ。ただでさえ迷惑かけるってのにさ」
それくらい、オレだってちゃんと分かっている。そのスワローちゃんとやらにも、余計な迷惑はかけたくないしな。
「そう言ってもらえると助かります。では、行きましょう」
オレ達の前を、バターちゃんが先導しながら飛ぶ。オレは一番後ろにつき、背後から何かが襲ってこないか見張っていた。
もちろんアントは飛べないので、フライルの背中にしっかりと掴まっていた。
十五分ほど飛んだところで、バターちゃんが飛行に停止をかけた。下界を見渡し、多分スワローちゃんを探している。
「いつもこの辺りにいるんですが……」
もし彼女がいなかったら……どうしようか。
少しの間だったが、オレは一匹で、そんな不安と闘っていた。だって、人間の危険な計画は、一刻も早く食い止めなければいけないんだぜ? こんなとこで時間をとられるわけにもいかないだろう。
しばしの時間が流れ、ふとバターちゃんが首を振るのをやめた。そして言う。
「いました! 幸いなことに、スワローちゃんは起きてます!」
や、やったぜ! しかも起きてるなんて、超好都合じゃねぇか! オレは喜びと感動を抑えきれずに、その場で思いっきりガッツポーズをする。
「よし、なら彼女に事情を話しに行くか」
フライルも珍しく純粋な笑みを浮かべ、ふっとバターちゃんの前に出る。しかしバターちゃんは、
「あっ……ちょ、ちょっと待ってください、フライルくん!」
顔に焦りの感情を見せながら、後ろからフライルの腕を掴んで止めた。フライルの体に、激しくブレーキがかかる。
「どうしたんだ?」
不思議そうに尋ねるフライルに、バターちゃんはかなり慌てた様子で説明を始めた。
「実はスワローちゃん……かなりの虫見知りなんです。始めて合う虫には、一言も口を聞くことができないくらいで……。なので、最初は私が事情を説明して来ますので、皆さんはここで待っててください」
虫見知り――人間でいうところの、人見知りってやつだな。
虫にもいるんだよ、どうしても虫と会うのが緊張する奴とか、相手と初対面だとビクビクし出す奴とかがな。別にそれを迷惑だとは思っちゃいないが。
バターちゃんの話によると、スワローちゃんは虫見知りが強いみたいだな。だから、いきなりオレ達が押し掛けたりしたら、薬を貰うどころではなくなっちまうってことか。
「分かった、じゃあ、バターちゃんに任せるよ」
「はい、了解しました」
オレは手を少し挙げて、バターちゃんに任務を任せた。
上空から、バターちゃんの行動を見守る。何やらスワローちゃんに事情を説明しているようだ。
暗くてよく見えないが、バターちゃんよりも体長の小さいシジミチョウが、何度も頷いているのが分かる。
上手くいくだろうか。だんだんと心配がこみ上げてくる。
やがて、バターちゃんはオレ達の元へと戻って来た。その顔には、笑みが浮かんでいる。
「いいって言ってくれたのか?」
オレが喰いつくように聞くと、バターちゃんは首を縦に振った。そして、
「スワローちゃんが、是非皆さんにも会いたいと言ってます。一緒に行きましょうか」
ふっと小さく目を細めながらそう言い、またしてもオレ達の先導役へと回ったのだった。
スワローちゃんの体長は、アントに次ぐ小ささだった。
オレも決してデカいってわけじゃないが、それでも彼女のことを見下ろすことができる。
スワローちゃんは俯きながら、自信なさげに自己紹介を始めた。
「わたしは、コービッキュ・バタライル・スワローといいます。長いので、スワローでいいです。……宜しくお願いします」
そして、ぺこりと可愛く頭を下げる。その頭があげられた時に見えた顔は、感情があるのか分からなくなるような、無表情だった。
別に可愛くないわけでもないし、怖いわけでもない。だけどなぜか、スワローちゃんからは……例えれば魔女のような、何か魔術でも使えるような雰囲気が漂ってきていた。多分、表情と声色のせいだな。
とはいったものの、この娘はオレ達の恩人にあたる虫だ。
「オレはビィだ。宜しくな」
オレも頭を下げ、きちんと礼をする。
「ボクはアントです」「俺はフライルだ」「オレっちモースだよ~ん」
他の奴らも、オレにならって挨拶する。……モース、お前はもっとちゃんとやれ。礼儀をわきまえろ。
頭の一つもはたいてやりたかったが、そんなことする余裕もなく、オレはスワローちゃんに一つの質問をした。
「えっと、スワローちゃんだったよな」
オレが確認のために聞くと、スワローちゃんは「はい」と頷いた。
「スワローちゃんはバターちゃんと友達みたいだけど……虫見知りなんだろ? だったらなんで、オレ達に会いたいなんて思ったんだ?」
オレの質問に、スワローちゃんはすぐには答えなかった。しばらく「う~」や「えっと……」と呟きながら考えたていたり、視線を彷徨わせたり、手を口元に当てて黙り込んだりしていた。
そして数分がたち、やっとスワローちゃんが口を開いた。オレはその答えを一言一句聞き逃すまいと、スワローちゃんの言葉に耳を傾ける。
「わたし……バターちゃんから話を聞いて、感動したんです。わたしも……人間が虫を殺していくという計画をたてたのは、知っていました。怖くて怖くて、夜も眠れなくて……最近もこうやって、夜中でも起きているくらいなんです。でも、それを阻止しようとしている虫達がいるなんて……本当に、感動です。だから、一度お会いしておきたかったんです」
マジか……オレ達めっちゃ感動されてんじゃん! ただ単にオレが人間に殺されるのが嫌で提案しただけなのに……。
こうなってくると、オレにもやる気がみなぎってきた。
「教えてくれてありがとな! じゃ、擬人化できる薬とやらをくれないか?」
「いいですよ……」
頷いたスワローちゃんは、地面に大量に生えている芝生の中に四本の腕を突っ込み、ひっかきまわし始めた。……芝生の中に隠してるのか? 人間に踏まれたり蹴飛ばされたりしたら、どうすんだ。余計な心配はしなくていいはずなのだが、せずにはいられなかった。
ややあってから、スワローちゃんは四本の小瓶を手に一瓶ずつ、計四瓶持ってオレの方を見た。
「これが点……人間になれる薬です。よければ、どうぞ」
瓶はオレ達でも楽に持てるほど小さい。それこそ、人間の目にはとまらないくらいだ。
中には茶色い液体が入っており、コルクでできた栓が蓋になっている。お世辞にも美味しそうとは言えない。まぁ……ずいぶんと特殊な薬だから、無理もないか。
オレ達はそれをスワローちゃんから受け取り、コルクの栓を抜いてみる。すると中から、何ともいえない変な匂いが漂ってきた。
酸っぱいような苦いような……こりゃ、飲んだらかなり刺激を受けるだろうな。
隣に立つアントに目をやると、彼は小瓶を両手で握りしめ、小刻みに震えていた。きっと、匂いや色からして、こんな不味そうなもの飲みたくないんだろう。
だがオレは逃げたくはなかった。ここまできて、ここまでしてもらって、薬が嫌だから逃げるなんて……そんな情けない男がいてたまるか!
覚悟を決めて、オレは小瓶の縁に口をつけた。それを見たアントも、オレに続く。バターちゃん、フライル、モースと、それぞれが覚悟を決めたらしく、薬を飲み始めていた。
薬の量は少なく、一口分もない。みんなあっという間に飲みほした。……その時。
カッと眩しい光線が走り、辺りは一気に明るくなる。まるで、爆発前に光る爆弾のようだ。
「っ……!」
その眩しさに、オレは無意識に目をつぶる。
そこから先のことは、よく覚えていない。そこには眩しすぎて逆に何も見えない、薄黄色の世界と、耳鳴りがするんじゃないかと思うぐらいの静寂があった。
――気がついた時には、もう光度は落ち、辺りはまた元の暗闇に戻っていた。
キャラクター紹介 5
《コービッキュ・バタライル・スワロー》
分類:シジミチョウ 一人称:わたし
名前の由来:シジミの英語(コービキュラ)+蝶の英語(バタフライ)+アゲハ蝶の英語(スワローテイル)から
虫を人間にすることができる、擬人化の薬を持っている。かつ、その逆の薬も持っている。
虫見知りであり、ビィ達と喋る時も、時折言葉につまることがある。
表情を作ることも少なく、無表情の時が多いが、決してキャラ作りをしているわけではない。




