オレ達にできること
その夜。
オレはなかなか寝付けずに、ぼーっと星空を眺めていた。別に星の観察がしたいわけでも、今日はオレ達と寝たいと言ってここで寝ているバターちゃんの寝顔を見たいわけでもない。後者はちょっと興味アリだけどな。
……いやっ、下心なんてないぜ? 本当に、全く。
この時間になると、道路を行き交う車も少なくなり、家や店の明かりもじょじょに減ってくる。
とは言っても、ここは現代社会だ。一日中明かりがついてる店――主にコンビニらしいな――や、日付が変わってもスピードを出して走っている車もいる。
人間達は、忙しいみたいだ。オレらなんかよりも、ずっとな。
「はぁ……」
誰に聞こえるわけでもないが、深いため息を一つついてみる。
なんか……すっきりしねぇなぁ。心の中が、変にモヤモヤするっていうかさ。
嫌な予感がする、とでも言おうか。
はっきりとではないが、今まで生きてきた中でも味わったことのない、緊張や不安というマイナスな感情の塊のようなものが、心の中で渦巻いていた。
だけど、今オレの話を真剣に聞いてくれて、かつ信じてくれる奴なんていない。
オレ自身も、誰かに話したいってわけじゃないし、折り合いをつけてひとまず寝るか……。
地面に寝っ転がり、星の数でも数えながら眠りに着こうかと思った、その時だった。
「……おい、こっちだ」
「……!」
微かに聞こえた人間の声とその意味に、オレは素早く反応して身を起こした。
また狙われてるってのかよ……! しかもこんな夜中に……!
それに、オレはこうして起きてるからいいとして、他の奴らはどうすんだよ! オレの頭は、完全にパニック状態だった。
そうこうしている内にも、人間はオレ達に近づいてくる。
「本当だ、そこにいるな」「昼間の奴らじゃないのか?」
声からして、相手は三人のようだ。すなわち、種類は分からないが、オレ達を殺すための武器も三つ――。
「くっそぉ……!」
人間に昆虫の声は聞こえないが、自然と声を潜めてしまう。オレは足音のする方を睨みつけた。しかし、その足音の大きさは大きくなるばかりで、やむことはない。
どうする……どうする、オレ!
もうここで死ぬしかないのか……。オレが頭を抱えた、その時だった。
「噛みつきアタッーク!」
可愛い声と共に、何者かがオレのすぐ横を通り抜けた。こ、この声と技名は……まさか!
「アント!」
オレがその名を叫んだ瞬間、
「痛ぇ!」
人間の野太い悲鳴が、オレの声に重なった。
そうだ……きっとアントが、人間の脚に噛みついたんだ。今の季節、人間は短いズボンをはくからな。続いて、
「ヒュウ! いいぞー、ショタ男く~ん!」
冷やかしてるのか褒めているのか分からない、モースの声。
「も、モース! 今のアントの攻撃……もしかしてお前が指示したのか?」
「そっ。だってオレっち夜行性だし。今までずっと起きてたしぃ~」
でかしたぜモース! お前は最高だ! ……今はな。
確認するように周りを見ると、フライルとバターちゃんも起きていた。
「また来たようだな、しつこい奴らだ」
腕を組みながら不機嫌に言葉を吐き捨てるフライル。
「蟻さん……いえ、アントさんは大丈夫でしょうか……?」
呼び方を変え、アントを心配するバターちゃん。
そうだ……アントは大丈夫なのか? 上手く攻撃できたのはいいものの、人間が乱暴に動いて振り落とされたりしてないだろうか。
「アントーっ、平気かーっ?」
心配になり声をかけてみるが、返事はオレの足元から返ってきた。
「ただいま。ボクはけが一つもしてないよ」
「な、なら良かった……」
安心して、つい気が抜ける。しかし、油断は禁物だ。
アントが攻撃したのは三人の内の一人で、後の二人はピンピンしてるはずだ。それに、蟻に噛まれたぐらいじゃあ、大してケガもしないだろうしな……。
「おい、何があった?」
「何かに噛まれた……いててて……」
人間が仲間のことを心配している内に、オレ達はその場から逃げることにした。
アントはフライルが背に乗せ、オレを含めた他の三匹は自らの羽で飛ぶ。周りが静かなだけに、フライルとオレの羽音はうるさいくらいに響いていた。
「なぁ、フライル……」
「なんだ」
「オレ達、このまま逃げてるだけでいいのか……?」
密かに考えていたことを、オレはフライルに告げた。さっきからモヤモヤしているというのは、これのことかもしれないな。
フライルは眉をしかめ、怪訝そうな表情を浮かべる。
「逃げるしか方法はないだろう。俺達は昆虫なんだ。人間を説得できるとでも思っているのか」
「……それが納得いかねぇんだよ」
オレが呟くと、
「番長の言ってることは、正しいと思うんだけどなぁ~」
モースが間に入ってきた。しかし、今はコイツに構っている場合じゃない。
オレはモースの言葉を丸っきり無視して、フライルに理由を述べてやった。
「だって、いくらオレ達が昆虫だからって……このまま何もしないで逃げてるだけじゃ、何も変りゃあしないんだぜ? 確かにオレ達の言葉は、人間には通じない。近寄ったって、殺虫剤ぶっかけられるだけで、存在を受け入れてすらもらえないかもしれない。……だけど、」
オレはここで、一旦言葉を区切った。
息を吸い直し、自分の気持ちがちゃんと伝わるように、心の底から叫んだ。
「だけど! 何か方法はあるはずだろ! 人間の計画を阻止する、方法がよぉ!」
その一声で、オレは注目の的になってしまった。そこにいる全員が、オレのことを凝視している。
やっべ……変に気合入れすぎちまった。
失いかけていた冷静さを取り戻したオレだったが、すぐにそれは興奮へと変ってしまうことになる。
「ありますよ」
バターちゃんの、そんな一言でな。
「な、何だって?」
驚いたオレは、すぐに聞き返す。バターちゃんはいたって普通の口調で、スラスラと解説を述べていった。
「確か、スワローちゃんが虫を擬人化できる薬を持ってました」
「す、『スワロー』ちゃん……?」
聞いたことない名前だな……一体誰だ?
オレはそうとう『悩んでます』みたいな顔をしていたのだろう。バターちゃんは「ごめんなさいっ」と謝りながら、慌ててその『スワロー』ちゃんについて説明してくれた。
「スワローちゃんというのは私の友達で、シジミチョウの女の子です。本名は、コービッキュ・バタライル・スワローちゃんというのですが、長すぎるので……」
こ、こーび……なんだ? まぁいいか、スワローね。
「それで……虫を擬人化できる薬ってのは、何なんだ?」
「その名の通りの意味です。虫を、人間の姿に変えることができる薬ですよ。ちなみに、その逆も持ってるみたいなので、虫の姿に戻ることも可能ですよ」
なんかすげぇ薬だな……。人魚姫みたいじゃねぇか。
でも、その薬と人間の計画を止めるのと、なんの関係があるんだ?
「それで、その薬をどうしろっていうんだ?」
「はい。その薬を……私達が飲むんです」
「飲むの?」
びっくりして聞き返してしまった。の、飲むって……じゃあオレ達が人間になっちまうじゃねぇか!
しかしバターちゃんは微笑みながら、指を一本立ててから説明を加える。
「私達がその薬を飲めば、人間になることができます。そうすることによって、人間と会話をしたりすることができます。行動ももっと楽になります。そうすれば、人間の計画を阻止することも……可能ではないでしょうか?」
「な、なるほど……」
それは一理あるな。人間と会話ができるってことは、計画の必要性とかも話し合えるってわけだし、最悪の場合手も足も出せるってことだよな……。
オレはこのバターちゃんの考えに、賛成することにした。
「オレはそれでいいと思うぜ。みんなはどう思うよ?」
真っ先に手を挙げたのは、バターちゃん。
「私はこの作戦の提案者なので、もちろんこれでいいと思っています!」
続いてフライル。
「俺も賛成だ。他に方法がないなら、人間になるのも仕方ないだろう」
続いてモース。
「オレっちもそれでいいよぉ~。チョ~いい感じじゃねぇ? この作戦」
最後に、怖々とだったがアントも手を挙げた。
「みんながやるのなら、もちろんボクもやるよ!」
「よし、決まりだな」
全員一致の意見で、この作戦は実行されることになった。




