バターちゃんの怒り&復活
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公園に戻ってきたオレ達だったが、そこにあの二匹の姿はなかった。
バターちゃん……まだ怒ってるのか……? もうオレと顔合わせたくないとか……。彼女がそんなことを思っていそうで、胸がチクリと痛む。
フライルも辺りを見回していたが、やがて視線をアントに落とした。
「あいつらとは別行動になっちまったし、アントはこんな調子だし……俺達、大丈夫なのか?」
「急に何言い出すんだよ」
珍しく、フライルが肩を落としているのが分かる。
オレは乾いた笑みを浮かべながら、強がるようにフライルを慰めた。
「心配すんなって、ここに頼もしい隊長様がいるじゃねぇか」
「お前が隊長だから不安なんだ」
ちょ……! だったらなんでオレに隊長を押し付けたんだよ?
「だったらあの時反論してくれれば良かっただろ!」
「……アントを困らせた罰として、いい方法だったからな。つい賛成しちまっただけだ」
「なら今すぐフライルが隊長をやれえええええええ!」
憤慨しているオレをよそに、フライルはふと上空を見上げている。その目は、何かを言いたそうだった。
だけどオレは……会えて何も聞かなかった。というか、こんな怒ってる状態で聞けるわけねぇけどな。
それからしばらく、オレ達はバターちゃんとモースを待っていた。しかし、数十分待ってところで、二匹は現れなかった。
「まったく……何してんだよ、モースは!」
だんだん苛立たしくなってきたオレは、腕を組んで片方の足でじだんだを踏んだ。その途中、何度もフライルに「うるさいぞ」と注意されたが、やめる気にはなれなかった。
むしろ注意されたことによって、余計にイライラしてくる。
「あぁもう! 真っ昼間からオレの彼女奪ってんのか? あのチャラ男は!」
「まだ彼女は、お前の彼女ではないだろう」
「……いいんだよ細かいことは!」
バターちゃんは、もうオレの彼女みたいなもんだ! いや……そこまでいかなくても、ガールフレンドってとこだな!
「そんなことで、いちいちイライラするな。見ているこっちが腹立たしくなる」
「フライル、それは嫉妬だな……」
お前には彼女もガールフレンドも好きな娘もいないから、リア充っ気が出てきているオレに、嫉妬してるんだろ? あ~あ可哀そうに、人間からも昆虫からも好かれないなんてなぁ……。
オレが肩をすくめて呆れていると、上空に、こっちに向かってくる何かが見えた。フライルも気付いたようで、オレを殴ろうと振り上げていた手を下げる。……助かった。
よ~く目を凝らしてみると、それがバターちゃんとフライルであることが分かった。
「おぉ~い。ビィ~、ばんちょお~」
モースの気の抜けた声が、だんだんと近づいてくる。
やがて二匹はオレ達のとまっているシーソーまでやって来て、そこにとまった。
「ビィくん……」
オレをチラッと見たバターちゃんは、すぐにオレから顔を逸らしたが、
「その……さっきは……ごめんなさい……」
消え入るような震える声で、呟くように謝った。
やれやれ、女の子から謝ってもらうとは、オレもダメな男だな。そう思い、オレもすぐに謝り返す。
「いや、オレの方こそゴメン。……怖いもんは怖いよな」
するとバターちゃんは、涙の溜まった目をオレに向け、
「いいえ……私が悪かったんですから、謝らないでください」
ニコリと微笑みながら、そう言った。
そんなオレ達のやり取りを黙って見ていたモースが、祝福するように手を叩き始めた。
「いやぁ~、やっぱり本物のカップルはいいねぇ~」
なっ……か、カップルって……バカ何言ってんだお前! 確かに彼女かもしれないけど、そんなはっきり口にされたら、恥ずかしいだろうが!
そっと窺うように横に目をやると、バターちゃんも口に手を当てて顔を真っ赤にしていた。……やっぱ恥ずかしいよな。
「モース……オレ達は、まだカップルなんかじゃねぇよ」
「え~、ホントにぃ? オレっちには、ラブラブカップル……略して『ラブカ』に見えるけど?」
なんじゃそりゃ……な~にがラブカだよ。ネーミングセンスねぇな。
オレが呆れていると、バターちゃんが一歩モースの前に歩み寄り、彼の目をじっと見据え出した。その瞳には、何か強い意志が見える。
「ん? どうしたのアゲハちゃん」
「私達……カップルに見えますか」
超真顔で、しかも感情のこもっていない声色で、バターちゃんはそう質問した。って、おいおい!
「カップルに見えますかって、そんな見えるわけな――」
「見えるとしたら、それはお似合いってことですか?」
必死でバターちゃんの言葉を遮ろうと試みたが、オレの力では止めることはできなかった。
真面目な表情のバターちゃんとはうらはらに、モースは面白そうに口角をニヤリとつり上げる。オレはその笑みに、思わずぞくっとしちまったぜ。なんか、意地悪いこと言ってきそうでよ……。
しかしモースが口にした言葉は、そんなオレの不安を裏切るものだった。
「いや、見えん」
「え……」「は?」
バターちゃんとオレの声が重なる。
「さーせん! 今の、本気にしちゃった系? ……もっちろんウソぴょ~ん!」
「な、何なんですか! じゃあ私とビィくんは、不似合いってことですか?」
「そんなことは言ってないけど? 一言も、ねっ」
なんだよ……ジョークかよ。オレの内心は、ほっとしたような残念なような、よく分からない微妙な気持ちになった。
しかしバターちゃんは、なぜか怒りにブルブルと肩を震わせている。
「そ、そうですか……お似合いじゃないですか……」
その瞳に、今度は怒りの炎が映る。……完全に目が燃えている、正直怖ぇ。
そ、それに……バターちゃんは、何にこんなにも怒ってるんだ? モースがバターちゃんのなんの地雷を踏んだのか、オレには理解できなかった。
……こんなんだから、『鈍い』って言われちまうんだよな、きっと。
オレはあえて何も言わずに、黙ってバターちゃんの次の言葉を待つことにした。待つことにした……のだが……。
その数秒後、その判断を後悔することになる。
しばらく黙って俯いたまま、怒りを溜めていたと思われるバターちゃんは――、
「あはは……笑っちゃいますよね……冗談なんて……」
声までビブラートをかけたように震わせた後、
「私……騙されちゃいましたよ……」
くっと下げていた顔を上げ、怖い笑みを浮かべるその顔を、モースへと真っ直ぐに向けた。
そして、一瞬の静けさの後、
「私とビィくんが不似合いって、どういうことですか―――――――――――――っ!」
今まで聞いたこともない大声で、思いっきり怒鳴ったのだった。
その後。
感情が怒り一色に染まってしまったバターちゃんはフライルに任せ、今度はオレがモースを怒鳴りつけていた。
「だから、あんまり冗談を言ったらダメだって、前にも言っただろ!」
「いやぁ、あんなに怒るとは思ってなかったからさぁ~」
「ジョークが嫌いな虫もいんだよ! ちゃんと他の虫のことも考えろよなっ、この自己中!」
少々言い方がキツイかもしれないが、モースにはこれくらい言っておかないと、同じ失敗を何度でも繰り返すからな。むしろ厳しいくらいが丁度いいのだ。
モースは口先をとんがらせ、明らかに不満そうな表情を浮かべている。
「なんだよぉ~、全部オレっちが悪いっていうのかよぉ~」
「お前以外に、誰がバターちゃんを怒らせたんだ?」
確実にお前しかいねぇだろ! こんな時ぐらい、素直に反省したらどうだ?
しかしモースに反省の色はあまり見えず、やがて彼は面白そうに表情を歪め始めた。
「どうしたんだよ、その笑い……気持ち悪ぃぜ?」
オレが辛辣な台詞を口にしたにも関わらず、モースのニヤケは納まらない。オレが怪訝に思う中、モースはニヤけたまま、かなりスローペースに言葉を紡ぎ始めた。
「でもさぁ~、ビィと不似合いなのがイヤっていうのはさぁ~、裏を返せば『お似合い』がいいってことだよねぇ~」
「なっ……!」
「それってぇ~、やっぱビィのことが好きだからじゃないのぉ~?」
バカ何言ってんだ、そんなわけないだろ! ……まぁ本心は、そうであると思いたいんだけど。
「まっ、これはオレっちなりの考えだから、合ってるとは限らないよっ」
合っててほしい……けどな。
オレが静かに心の中で願う中、背後からは騒がしい声がBGMのように聞こえていた。
「だから! 私はビィくんと不似合いなんですかっ? そういうことですよね?」
「落ち着け! モースも言ってただろ、そんなことは言ってないって」
残念だが、バターちゃんの本当の気持ちに、オレが気付いてやれることはないと思う。もちろん、その逆も無理だろうな。
他の虫の考えや思いなんて、そう簡単に分かるもんじゃねぇんだよ。
そういえば……忘れていたわけではないが、アントの容態は変化なしなのだろうか?
「おい、フライル。アントの様子は……」
「……アントなら起きたぞ」
はぁっ? 一体いつの間に復活したんだよ、オレ聞いてねぇぞ! 慌てて首を左右に振ると、バターちゃんを必死に慰めているアントの姿があった。
「あ……アント!」
「あっ、ビィくん、おはよう」
おはようじゃねぇ! なに普通に朝の挨拶してんだ! もうとっくに昼過ぎてんだぞ?
「回復したなら、なんで声かけてくれねぇんだよ!」
「かけたよ。だけど、ビィくんがモースくんと喋るのに夢中で、気付かなかっただけだよ」
アントの言葉に、フライルも頷く。
「俺も言ったが、お前のモースへの怒鳴り声にかき消されてしまったからな」
「なっ……ぐっ……」
何やってんだよオレ! 自分への怒りと呆れで、まともに声を出すことすらできない。
歯ぎしりするオレの横に、アントは小さい歩幅でやって来た。そして、背中にポンと手を置くと、
「ちゃんとボクのことも心配してね……?」
にこりと微笑みながら、そう言ったのだった。




