二手
殺虫剤が撒かれた現場からある程度離れたオレ達は、適当な公園を見つけて、もう錆びれているシーソーにとまることにした。
「一体、うあれは何だったんだよ……」
オレが呟くと、バターちゃんが言いづらそうにしながらも切り出した。
「多分……私達みたいな虫を排除しようとしているんです」
「排除?」
その単語に、モースが反応して聞き返す。バターちゃんはこくりと頷き、補足説明をしてくれた。
「私も詳しくは分からないのですが……。最近、人間達は妙に虫を嫌っているらしくて。それで、虫を強制的に強力な殺虫剤で殺すという計画が、少し前に提案されたみたいなんです。でも……まさか本当に実行するなんて、思いませんでした……」
残念そうに語るバターちゃんの脇では、モースが腕を頭の後ろで組みながら、
「ってことはオレっちも、近いうちに暗殺されるってことか~」
なんだかめんどくさそうに、ため息混じりにそう言った。
「暗殺ではないだろうが、とにかく殺されるかもしれない……ということか」
フライルも表情を暗くし、どこか遠くを見据えながら呟く。
虫を殺すなんて、なんて勝手な奴らなんだろうな、人間って奴は。しかも、そんな自分勝手な理由で……ただ嫌いだからって殺すなんて。
確かに、間違って人間の家に入っちまった虫が、潰されたり殺虫剤をかけられたりするのは仕方ないと思う。だってそれは虫が注意すればいいことだし、さすがに住みかにずけずけと上がり込んだらなぁ……。そりゃあ人間だって、迷惑だと思うだろう。
だけど、外で普通に生きてる虫まで殺すなんて、いくらなんでも残酷すぎる!
「私……そんなのは嫌です……」
バターちゃんは震えながら、静かに泣き出してしまった。オレだって、そんなのはぜってーに嫌だ。
「でもさぁ、この世に虫なんて、チョ~大量にいるんだぜ? そんなの全部殺そうなんて、ニンゲン様も無謀な挑戦するよなぁ~」
「確かにそうだな」
モースが珍しく正論を述べ、フライルが肯定するように頷いた。
確かに……本当にそんなことができるのか? いや……正確に言えば、最後までやりとおせるのか?
オレ達昆虫でさえも数多い種類と数がいるのに、昆虫以外の虫まで含めるとなると、かなりの数になっちまう。それを全部なくすなんて、どんなにその活動をする人間がいても、追い付かないだろう。
嫌な話ゴキなんて、殺虫剤をかけられると卵を落とすっていうしな。むろん、そうではない種類のゴキもいるけどな……。
「とっ、とりあえず! アントはどうするんだ?」
「もちろん、助けに行く他ないだろう」
オレは慌ててそう口にしたが、フライルは落ち着いた口調で答えを返した。お前はどうしてそんなに落ち着いてられるんだよ!
フライルの意見に同意を得ようと、バターちゃんに視線を振る。しかしバターちゃんは、涙目で首をふるふると振るだけだ。……どうしたんだ?
「バターちゃん、何か問題でもあったか?」
オレが尋ねると、バターちゃんは俯きながら、首を横に振った意図を教えてくれた。
「私、もう怖いです……もう、あんな場所へは近寄れません……」
「なっ……」
そんな! いくら怖いからって、友達を見捨てる気かよ!
「それはそうかもしれないけど、っていうかオレだって怖いけど……。だからって、友達を見捨てるのかよ?」
「見捨てるとは言ってません。……蟻さんも心配ですが、私の身も心配なだけです」
「それで行かないんじゃあ、それはアントを見捨てるのと同じことだぜ?」
オレがなだめるように言うと、バターちゃんはさらに目に涙を浮かべた。やべぇ……泣かしちまった。
バターちゃんは震える声で、途切れ途切れに声を紡ぐ。
「私だって……蟻さんが心配です……。けれど、怖いんです……仕方ないじゃないですか……」
バターちゃんのその言葉に、オレは納得出来なかった。
仕方ないって……アントが命の危機にあっているというのに、仕方ないってなんだよ……!
気付いた時には、口が勝手に動いていた。
「だから! 仕方ないで済ませていいのかよって言ってんだよ!」
叫んだ後、オレははっとした。しまった……ついイラッときて、怒鳴っちまった……。
慌てて謝ろうとしたが、
「っ……私、私っ……」
バターちゃんはオレの怒鳴り声に驚いたのか、しゃくりあげながらその場で固まり、やがて泣きながらどこかへと飛んでいってしまった。
バターちゃんの悲しそうな背中が、オレの目に焼きついていく。
そのまま茫然として何もできないオレの背中を、
「行くぞ」
一言だけポツリと呟きながら、フライルが叩いた。オレはどこに行くのかが分からず、咄嗟に聞き返す。
「どこにだよ?」
「アントを探しにに決まっているだろう」
そ、そうか……そうだよな。
「でも、バターちゃんは……」
彼女のことが心配になったオレが聞きかけたが、その声はフライルに遮られてしまった。
「モース、彼女を探して、なだめておけ」
「わ~ったよ」
ほんとにアイツで平気なのだろうか? 余計に傷口をえぐったりしそうで、オレはますます心配になってきた。
しかし、ぼーっとしている時間なんて、今のオレ達にはない。オレは隣に並んだフライルと共に、同時に空へと飛び立った。
そして、さっきアントが殺虫剤をぶっかけられたあの現場へと、全速力で直行する。




