非リア充昆虫隊とバターちゃん
オレの同志と好みの女の子が、近くでやんわりと睨み合っている。こんな窮地、オレ一匹じゃどう考えても抜け出せねぇ! かといって、近くに頼りになるような奴もいない……。
どうする? どうするんだオレ!
オレは二匹を交互に見ながら、どうやったら場の空気をよくできるのか、必死に考えていた。
と、その時だ。
「おぉ~、ビィ! こんなトコで何してんだよ?」
聞き覚えのある陽気な声と、
「ビィじゃないか……何してるんだ」
同じく聞き覚えのある、太くしっかりした声が耳に飛び込んできた。
なっ……こ、この声はもしかして……もしかしなくても……!
オレは壊れたロボットのように、ぎこちない動作で後ろを振り返る。するとそこには、見慣れた二匹の虫……間違えようもない、オレの同志達が立っていた。
もう言わずとも分かるだろう。一匹はモース、もう一匹はフライルだ。
「おっ……お前らまで……」
「オレっちと番長、ショタ男くんを探しに来たんだよねぇ~。まぁ~た一匹でいなくなるもんだら、チョー焦った、マジで。……まぁ結果的に、今見つけたからイイけどね。んで、ビィは何してんのぉ?」
動揺しているオレに、ぐっと顔を近づけてくるモース。こ、この野郎……その余裕ぶっこいた面、今すぐぶん殴ってやりてぇ!
だが今はそれどころじゃない。オレは軽く首を振って心を静めると、モースの肩の辺りを手で押して、ソイツを退けた。モースは「っと」と短く声を出し、フラリと何歩か後ろへと後退する。
「いったいなぁ~、肩の骨折れたらどうしてくれんの?」
「手加減したし、そんなんで折れるわけねぇだろ。バカなこと言ってると、本気で骨の一本でも折るぞ?」
オレが真面目に言い返すと、
「……昆虫に骨はないぞ? お前ら自分が昆虫のくせに、何言っているんだ」
フライルに白い目で見られてしまった。……ったく、そんなことは分かってるよ! 例えに決まってるだろ、例えに!
「そんなの知ってるし、今のは例えだっ!」
……というのは実は言い訳だ。
オレは、昆虫には骨がなく外骨格というものがあり、それが体を守っているという事実を忘れていた。
いつの間にこんなに物忘れが激しくなったんだ? もうすぐ寿命なのかね?
「ふぅん、例えばって意味で言ったのか~。でもソレ、マジかなぁ~?」
モースはニヤニヤしながら、オレの言ったことを疑っていた。
「本当だ! マジだ!」
「そんなに焦ってると、逆に疑われるよぉ~」
ぬ、ぐ……! コイツっ、調子こきやがってぇ……!
オレがブルブルと怒りに震えていると、
「あの……ビィくん?」
「私達を放っておかないでください……」
そういえばずっと忘れていた、ビィとバターちゃんの声が耳に届いてきた。オレは「わりっ!」と短く謝り、しかしその後の言葉が出てこない。
いや~な沈黙の中、モースの下卑た笑みだけが浮いて見えた。
「……そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」
若干無理やりだったが、フライルが話題を振る。
フライルは視線だけをバターちゃんに寄こし、次いでオレに向かって顎をしゃくった。多分、「彼女を紹介しろ」ってことだろう。
オレは頷き、バターちゃんの体の前に手を差し出す。オレ的には、「彼女に注目」って意味でやった動作だ。
一同の視線がバターちゃんに集まったことを確認し、オレは数回咳払いをしてから言った。
……もう、隠しても無駄だよな。
「紹介が遅れてすまん。この娘は、アゲハ蝶のバタフライトルちゃんだ。バターちゃんって呼んであげてくれ。……バターちゃんとオレの関係は、フライル以外はなんとなく分かってると思うが……」
「あ~ぁ、この子がビィにラブレターを書いたっていう子かぁ」
モースが納得したように、首を何度も縦に振る。
「その通り。……フライルにはまだ言ってなかったけど、オレはバターちゃんからラブレターを貰って、会う約束をしてたんだよ。だから、内緒にしてたけど……実は昨日も会ってたんだ」
オレのその言葉に、なぜかアントが過剰に反応する。
「きっ、昨日も会ってたのっ?」
「お……おう。隠しててごめんな?」
一応謝ったが、アントは首を横に振り、
「ううん。二匹で楽しく過ごせたんなら、それでいいんじゃないかな」
目を細めて――多分笑いながら、それだけ言った。よ、良かった……ま~た面倒なことになるかと……。
「そんなわけで、オレとバターちゃんは別に付き合っちゃいないが……仲良くし始めたってことだ。これで分かってくれたか?」
「ああ。要するに、今日はその遊びの約束があったんだろう?」
フライルが確認するように聞いてきたので、オレは深く頷いておいた。
もう話すことはねぇな……。そう思い、差し出していた手を引っこめる。するとバターちゃんが、
「今のビィくんの説明にあった通り、バタフライトルといいます。えっと……こちらは……」
今度は自分で名を名乗り、しかし途中で戸惑った。なぜバターちゃんが戸惑っているのか、その理由がオレには分かった。
オレはすぐに、モース、フライルの順で彼らを指示し、
「蛾のモース、ハエのフライルだ」
簡単にだが紹介した。
「あ、ありがとうございます。……えっと、これから宜しくお願いしますね、モースくん、フライルくん」
バターちゃんは優しく微笑みながら、丁寧に頭を下げる。
「へ~い、こちらこそシクヨロ! 可愛いアゲハちゃん」
モースは手をひらひらさせながら挨拶を返す。
可愛いアゲハちゃんって……名前で呼んでやれよ、名前で! 相手がどんなに丁寧でも、コイツは丁寧にはならないようだ。
「こちらこそ宜しくな。……バター」
いくらフライルでも、可愛い女の子をいきなり呼び捨てにするのは勇気がいるのだろうか……? なんだかちょっと気まずそうに、フライルも挨拶を返した。
さっきまでの緊張感はどこへやら、その場には和やかな空気が流れ始めた。オレも気を抜いて、握手を交わすバターちゃんとフライルを見る。
「……?」
しかしそんな中で一匹だけ、場に馴染めずにいる奴がいた。
何を隠そう、アントだ。
ついさっきまでは噛みつかんばかりの勢いをまとっていたくせに……今はポツンと、みんなから少し離れた位置に立っている。
そういえば、コイツを非リア充昆虫隊に仲間入りさせた時も、丁度こんな感じだったよなぁ……。
オレは、アントには悪いと思ったが昔のことを思い出し、しみじみとしながら……彼の元へと歩みを進めて行った。




