謎めいた意地の張り合い
「そういえばビィくん。お姉さんと話してて中断されてたけど、ボクの質問に答えてほしいなぁ」
「そっ……そうだよな」
やべぇ、完っ全に忘れてた。
オレはアントに尋ねられた、『なぜオレがここにいるのか』について、なんと答えようか考えを巡らせた。
非リア充昆虫隊の奴らには、口実つけてるからな……。ちなみに今日の口実は、『人間の様子を観察してくる』というありきたりなものだった。
小さく唸るオレを横目に見ていたバターちゃんは、にこりと微笑みながら、
「何を悩んでいるんですか? 何か言い淀むことがありますか?」
わざとらしく尋ねてきた。
だからなんでそんなに怖いんだよ! 笑顔が怖いし、声も妙に落ち着いてるし……。
「いや、別に言い淀んでるわけじゃ……」
「なら、早く説明してくれると助かるんだけど」
普段はこんなせかすようなことは言わない奴なのに……やっぱアントも怖えぇ!
悩みに悩んだ末、オレはいい言い訳を思いついた。すかさずバターちゃんの耳に口を近づけ、
「ごめん。実はオレ、バターちゃんと会うってこと、仲間に内緒にしてるんだ。今からコイツに言い訳するから、オレの調子に合わせてくれ」
なんともみっともない台詞を囁く。それを聞いたバターちゃんは、
「分かりました、そういうことなら」
今度は純粋な笑みと声で同意してくれた。よっし! これで何とかなりそうだな……。
「アント、事情は今から説明するぜ! オレとこの娘は――」
『人間観察をしてたら出会って、この娘も人間観察が好きだっていうから仲良くなって、ちょっと散歩がてらここに来た』
そう言おうとしたオレの言葉は、あっさりと遮られた。
「付き合っているんです!」
「……え?」「……はぁっ?」
確かにそう言ったバターちゃんに、アントが驚愕の眼差しを、そしてオレも同じ意図の眼差しを向ける。
なっ……つっ……付き合ってるだとぉっ?
「ば、バターちゃん、何言って……!」
慌てて訂正しようとするも、バターちゃんの口のチャックは閉まらなかった。
「蟻さん、私がビィくんに手紙を出し、それがラブレターだということは、当然あなたも知っていると思います。その手紙は、『日曜日に遊びたいからその前日に一度会おう』という内容のものでした。ビィくんと私は約束どおり昨日、そして今日も会って、仲良く二匹の時間を過ごしました。……そして今日、私とビィくんは付き合うことになったんです!」
長い長い台詞を一気に口にしたバターちゃんは、はぁはぁと肩で荒い呼吸を繰り返す。
オレはその内容に絶句し、
「な、な、な……なんっ……」
意味不明な声を発するしかできなくなった。
ふと視線をずらしてみると、アントもやはり目を大きく見開いて固まっている。
バターちゃん……なんってことを言ってくれるんだ!
確かにオレはバターちゃんのこと好きだけどさ……まだ付き合ったりはしてねぇだろ? 単に昨日と今日会って、喋ったり町を見回ったりしただけじゃねぇか! んな大げさな……!
オレは気分を静めようと何度か深呼吸をし、「あ、あー」とマイクのテストをするように声の調子を確かめてから、
「な、なぁ、アント……?」
恐々とアントの様子を窺ってみた。アントもやっと喋れるようになったようで、
「あ、うん……なに?」
やはり何かに怯えながら、オレの方を見た。
「今バターちゃんが言ったことは……その……う、嘘もまじってるから……」
「まじってる? じゃあお姉さんは、本当のことも言ってるってこと?」
そう聞かれると答えづらい。ここで「おう」と言っても「いいや」と言っても、どっちにしても先が思いやられるな。
オレがもしイエスと答えたら、アントはオレが非リア充でなくなったことに肩を落とすだろう。
一方でノーと答えたら……「じゃあどうして嘘も『まじってる』なんて言ったの?」と問いただされるだろう。
どっちで答えればいいんだよ……。顔をしかめて悩んでいると、またもやバターちゃんが口を開いた。
「あはは、ごめんなさい。なんだか話を膨らませすぎちゃいましたね。大丈夫ですよ蟻さん、私達、付き合ったりするところまではいっていないので」
だっ、だよなっ。バターちゃんも分かってるよな。
きっと彼女にも、虫をからかってやりたいと思う時があるのだろう。それは当たり前の感情で、もちろんオレにだってある。
まぁ、モースみたいにいきすぎには注意が必要だけどな。
「そ、そうですか」
アントはほっと安堵の息をつく。しかしすぐに表情を強張らせ、
「でも、『付き合ったりするところまではいっていない』というのは、一体どういうことなんですか?」
鋭い質問を叩きこんできた。
な、なんだよ、アントのくせに鋭いじゃねーか……! いつもは「ボクはな~んにも気付かなかった」みたいな態度とってるくせによぉ!
しかしバターちゃんは、「それはですね……」と前置きしてから、
「でも私達は、これからも仲良くしましょうって約束しましたから。これからも……二匹で会いましょう、って」
澄み切った小川の流れのように、実にサラリと言い流した。
いやいや、そんなこと一っ言も言ってないんだけど! なんか勝手に約束されてる気がするんだけどなぁ!
なんのための意地の張り合いなのか全く分からんが……。
これはうかつに手を出したりすると、ヤケドしちまうパターンだな。




