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女神狩り  作者: 凜音
7/16

6

 その頃、ヴァネッサたち先任士官は会議室で深刻な顔を付き合わせていた。

 といっても、会議室などという余剰空間は〈メネラーオス〉にはない。

 用意されたのはもちろんネットワーク上である。それぞれ他の仕事をしながら、神経リンクで繋いで共有する仕組みだ。

 召集されたのはヴァネッサ、クラウディア、マリナ、ミーシャ、そしてリーリャの四人である。

 ヴァネッサとクラウディアたちは周辺警備に出した新兵たちの監督を行っているし、マリナとミーシャは艦のチェックで忙しい。リーリャに至っては言うに及ばずだ。

 それぞれが別の作業をしていながら、互いの姿は仮想体アバターとして認識できる。同時に複数の場所に存在しているようなものだ。接続には下位ノードを使用しているため、実際に眺めている風景にダブって会議室が見えているように感じる。

「済まない、遅くなった」

 ヴァネッサが戦術神経リンクに接続すると、他の三人は既に顔を揃えていた。実体ではなく仮想体で利用するので、椅子などは用意されていない。無機質なテーブルが真ん中に置かれているだけだ。

 彼女たちは実体をそのまま使用した仮想体だが、この中で唯一実体を持たないリーリャだけは違っていた。ピンクの髪のツインテール少女の姿をデフォルメした、全長十五センチほどのちびキャラがテーブルの上にちょこんと腰掛けている。

 その姿にヴァネッサは一瞬目を剥いたが、管理電脳の仮想体をいじるのは艦長の特権だ。その趣味についてはあえてツッコミを入れないことにする。

(──まぁ、いいか)

 似合ってるしな、と口の中で呟いて、ヴァネッサはマリナに目線を送る。彼女の本体は今も操縦室のシートに固定されたままなのだろうが、ここでは躰のラインをくっきりと浮き上がらせたボディスーツに上衣チユニツクを羽織っただけの姿だ。

「はじめてくれ」

「ラッセルたちの状況はすでにご覧いただいたと思いますが」

 途中で回線が切れたため、完全ではないが、ラッセルたちの戦闘の様子はこちらにもログが残っている。クイーンを撃滅するところまでは確認できたが、まだ〈ゾーン〉は健在だ。彼らが倒したクイーンはこの〈ゾーン〉の主ではなかった、ということになる。

「ああ、見たよ。あれから連絡は?」

「ありません」

「そうか。まぁ、連中のことだから死んじゃいないだろう。恐らく生き埋めになっているとして、結界を維持出来なくなるまでにはまだ余裕があるはずだ」

 結界は装着者の生存環境をある程度まで維持出来る。少なくとも瓦礫に押し潰されることはないし、すぐに死ぬようなことはない。自力で脱出できるようならとっくにしているだろうから、恐らく身動きがとれない状態にあるのだろう。

 結界は意識せずとも常時展開されているものだが、生き埋め状態で身を守るほどに強く展開し続けるとなると、当然ながら装着者の生命力マナを消耗する。

 とはいえ、一時間や二時間でスタミナが尽きるほどヤワな鍛え方はしていないはずだ。救助が来るまで体力がもつよう、彼らが最大限の努力をしていることを前提にヴァネッサは話を進める。その点については他の四人も異論はないようだった。

「……で、こちらとしてはすぐに救援に向かえないわけだよな?」

「そうなりますね。もっとも、この艦の装備では瓦礫の撤去は無理ですから、どのみち都市の手を借りることになりますが。まずは状況を整理しましょう」

 ヴァネッサの問いに簡潔に答えて、マリナはノイエラグーネ全域図を提示した。都市を覆い尽くす毛細血管のようなネットワーク網上の数ヶ所に障害が発生していることを示すアイコンが点滅しており、それによって通信が途絶しているエリアは赤く表示されている。ダメージが一番大きいのは丘陵地のホテル周辺だ。

「ネットワークがあちこちで寸断されており、敵の居所はもちろん、ラッセルたちの現状すら全く掴めません。これ以上の都市インフラの破壊はこちらとしても看過できない状況にあります」

「都市のインフラが落ちれば、待避所シェルターもいずれアウトになる可能性があるわね……」

 無造作に組んだ腕で豊かな乳房を重たげに押し上げながら、クラウディアがそう呟いた。ノンフレームの眼鏡をかけ、教官用の制服に身を包み、白金の髪をアップにまとめている。普段講義を行うスタイルだ。

 といっても実体の彼女は眼鏡をかけていないし、そもそも眼鏡など必要ないから、これは仮想体ならではの趣味なのだろう。

「標準型だと、単独スタンドアローンで稼働出来るのは十二時間が限界の筈だけれど」

 待避所は都市の人口にあわせていくつかの區域ブロックに仕切られており、それぞれが独立して環境を維持できるように設計されている。とはいえ、あくまでも後付けの施設のため、非常時以外は都市のインフラを利用する仕組みになっていた。単独で稼働できる時間には限りがある。簡易型の場合はさらに稼働限界が短い。

「ノイエラグーネのインフラは他の都市と大差ありません。待避所の基本設計も同じです。インフラ関係は全て地下の専用坑トンネルにまとめて敷設されており、住民たちが待避した後も、自動機械オートマタたちによって管理されているはずです」

 頷いて、マリナはノイエラグーネの諸元スペックを空中に呼び出した。

 外観はともかく、骨組みに当たる都市の基本構造に大した違いはない。基礎工事から運用、維持管理に至るまで全て自動機械が行うことが前提となっているためだ。

 主動力炉メインジェネレータを最基底部に設置し、その上に管理電脳ブレインの本体、さらにその上にインフラ用の地下坑道が敷設されている。待避所はそれらの間隙を縫うようにして後付けで設置されたものだ。少なくとも、〈接触〉《エンカウント》前に建設された北大陸の都市の大半がそうだった。

「その状況に変化はありません。自動機械たちは今もネットワークの制御下にありますが、そのネットワークが一部寸断されており、修復作業にも障害が生じています。障害の原因は何かがトンネル内を這い回っているためです。一部は〈影〉と判明していますが──」

 マリナの言葉を補足するようにリーリャが言って、インフラ専用坑内の監視カメラの映像を表示して見せた。だが、何も動くものは映っていないように見える。ヴァネッサとクラウディアは訝しげに眉根を寄せた。

「……なんだ?」

「何も映ってないわよ?」

「よくご覧ください。ここです」

 言って、リーリャは映像の再生を一時停止し、拡大してみせる。非常用のライトだけが照らしている薄暗いトンネルにはインフラ用のパイプがいくつも通っている。その足下には水が溜まっているが、その上を何か巨大なものが歩いているような波紋が生じていた。

「分かりますか?」

 そう言ってリーリャがスロー再生を再開すると、何かが移動していく痕跡が見て取れた。目には見えなくても、物理的に存在している以上、水は押し退けられる。それがただの水滴による波紋でないことを示すかのように、水飛沫が撥ね上がった瞬間、その空間を占拠しているものの姿が一瞬だけ浮かび上がった。

「ステルス迷彩、か」

「まさか、こんなところに入り込んでいたとはね」

 ぼそりと呟いたヴァネッサの隣で、クラウディアはすうっと目を細めた。

「厄介なところに入り込まれたな。そう簡単に入れるようにはなっていないはずだが」

 インフラ用の抗道は人間ですら滅多に入らない場所だ。入り口自体も限られているし、そう簡単に発見されるようにはなっていない。その所為もあってか、これまでのところ、敵が人類側の施設を利用したという事例はなかった。今回の旅館のように営巣地に使われた建物は多いが、それらは単に彼らの好みに合っていただけだろう。

 地下坑道の重要性を敵が何処まで理解しているかは不明だが、いずれにしても好ましい状況ではなかった。敵は遠慮なく破壊出来るが、こちらは迂闊に攻撃できない。

「何処から侵入したのかは不明ですが、恐らく営巣地となっているホテルの排水溝あたりから潜り込んだのでしょう。今のところ、便利な通路と思っている程度のようで、意図的な破壊行為は確認できていませんが、なにぶん巨大なので、あちこちでケーブルを引き千切ったりパイプを踏み潰したりと狼藉三昧でして。おかげで非常に難儀しております、と都市の管理電脳さんから苦情クレームが」

「そんな苦情、こっちに回されても困るな。それはホテル側の管理責任だろう」

「あれ《ヽヽ》の対処は特戦軍うちの仕事ですので」

「……ま、そりゃそうだが」

 リーリャの淡々とした返答に、げんなりした表情でヴァネッサは天井を振り仰いだ。敵に対処するのが義務とはいえ、敵のやらかしたことにまでいちいち責任は負えない。

「敵の現在位置は特定できるか?」

「ステルス迷彩を張っていても動体センサーは反応しますので、ある程度は。といっても満遍なく配置されているわけではありませんので、五〇メートル圏内が限度ですが」

 インフラの専用抗道は自動機械オートマタたちが活動することを前提としており、人間が入り込むこと自体、滅多にない。まして、人間以外のものが入り込むなど想定していなかった。これまで獲物がいないところに敵が入り込むことはなかった、ということもあるが。

 重要施設であるため、監視体制は充実しているが、あくまでも対人用だ。ステルス迷彩を展開するような設備はない。

「もう少し情報が欲しいところだな」

斥候スカウトを送り込むしかないわね。その上で地上に引っ張り出さないと戦えない」

「それしかないか。斥候だけなら機巧人形マリオネットでも足りるだろうが、地上に引きずり出すとなると荷が重いな」

「なに? あんた、あの子たちを送り出したくないわけ?」

「いや……そういうわけじゃないんだが……」

「そうは見えないわね」

 言いにくそうに口ごもり、ヴァネッサは短い黒髪をわしゃわしゃと掻き回す。それが迷っている時の彼女の癖だと知っているクラウディアは、厳しい口調で言った。その言葉に、ヴァネッサは俯いて黙り込んでしまう。

 警備任務だけならまだ目の届く範囲だからどうにかなるが、抗道に潜らせるとなると、連絡が途絶する恐れがある。クイーンと遭遇する可能性があるとなればなおのことだ。無茶なことをしでかしそうなのが一人いる。それがどうにも不安だった。何が不安なのか、と問われると答えに困るのだが。

 そんなヴァネッサに痺れを切らして、クラウディアはリーリャに問うた。

「内部はどうなってるの? 移動には問題ないのかしら」

「クイーンが歩き回れる程度の広さはありますから大丈夫でしょう。移動には坑内移動用の電動車エレカを使用できる筈です。三人乗りですが、資材運搬用なので四人くらいなら問題ないでしょう」

 既に新兵たちを送り込むことが前提になっている。そんな話の流れにヴァネッサは強引に割り込んだ。

「ちょっと待ってくれ、慣熟訓練中の新兵一斑隊パーティでどうにかなるような相手か? 仮に油断してたとしても、あのラッセルたちがやられた相手だぞ。いきなりの実戦でそれは流石に酷だろう」

「先輩はいつからそんなに甘くなったんですか? イレギュラーな状況であるのは認めますが、そもそも望ましい環境で初陣を迎えられる新兵がどれだけいます?」

 部下を前線に送り出すことを渋るようなヴァネッサの発言に、マリナは微かに眉を顰めた。彼女があの新兵にこだわっている理由は何となく想像がつくが、教官は教え子を戦場に送り出すのが仕事だ。

 経験は不足しているだろうし、見ていて危なっかしいのも確かだが、ヴァネッサが望むと望まざるとに関わらず、いずれは必ず実戦配備される。戦力を遊ばせておく余裕などないからだ。教え子の戦死を経験していないわけでもないだろうに。

 だからかも知れないけど、と付け加えて、マリナはそっと溜息を吐いた。

 マリナにしても新兵を死なせたいわけではないが、かといってこのまま状況が好転するのを待ってなどいられない。そもそも理想的な戦場など求めるのが間違いなのだ。

 無論、限りなくそれに近い状況を作り出すのが指揮官の仕事だが、物事には限度というものがある。今の訓練生たちの育成期間は、マリナたちと比べても確実に短くなっている。こちらの戦力はなかなか増えないのに、敵の襲撃は年々増える一方だ。

「なんなら私たちが行きますか? この艦と新兵さんたちをここに残して。要はクイーンを倒せばいいわけですからね」

 決して声を荒げるわけでも、睨みつけるわけでもなく、淡々とした口調でマリナはヴァネッサを問い詰める。その視線を真っ直ぐに受け止めることが出来ずに、ヴァネッサは申し訳なさそうに項垂れた。自分でもどうしてこんなに不安なのか上手く説明できない。

「済まん、筋の通らないことを言っているのは分かってるんだ。あいつらを行かせなきゃならんのも分かってる。だが、不安なんだよ、どうしてもな……」

「……指揮権は私にはありませんので、先輩に決めていただくほかはありませんが」

 困ったように頭を抱えるヴァネッサを一瞥して、マリナは突き放すように淡々と告げた。航空兵の仕事は降下猟兵を戦場に送り届けるところまでで、彼女たちの仕事はほぼ完了しているのだ。あとは前衛の支援に徹するのみである。

 本来なら指揮権はラッセルにあるのだが、彼との連絡がつかない以上、先任のヴァネッサが指揮をとることになっている。

「念のために申し上げておきますが、私たちが行くというのはあくまでも仮定の話です。私とミーシャはこの艦を離れることが出来ませんので、その点はご理解下さい。こちらに出来るのは情報の提供のみです。艦の警護に関しては無視して下さって結構です」

 マリナの言葉に、ヴァネッサは溜息を吐きながら「分かっている」と呟いた。

「私があいつらを連れて行くしかないだろう」

「……どんだけ過保護なのよ、あんたは。そんなに心配しなくても、平気そうに見えたけど? ちゃんとやってたじゃない」

 ヴァネッサの台詞に、クラウディアは呆れたように鼻で笑った。〈影〉との戦闘を見た限りでは、多少危なっかしいところはあっても前線に出せないほどではない、というのが彼女の印象だ。新兵としては上出来な部類だ。

「相手が〈影〉だけなら、な。クイーン相手となると目の色変えそうな奴がいる。それが心配なんだ」

「無茶をしでかして痛い目見るのは自分よ。そうなったら懲りるでしょ」

 尊大な口調で言ってのけるクラウディアに、ヴァネッサは顔をしかめた。

「その時には死んでるかもしれんだろうが」

「だから何? 死なせたくないならあんたがちゃんと教育しなさいっていつも言ってるでしょ。他の子たちには出来てるじゃない。あの子たちだけ何でダメなの?」

「それは……」

 言葉に詰まって項垂れるヴァネッサを、クラウディアは冷ややかな目で見つめた。ややあって、諦めたように腕組みをして鼻から溜息を洩らす。

「いいわ、あんたがあの子たちを引率して行ってきなさいな。それであんたが満足するんなら好きになさい」

「クラウディア教官はこの艦に残られるわけですね」

「なに? 不満でもあるわけ?」

 二人の会話を黙って見詰めていたリーリャの言葉に、クラウディアは片眉を上げてみせた。この仕草をしてひと睨みされただけで新兵たちなら震え上がるものだが、艦の管理電脳たるリーリャは怯えた様子一つなく、淡々と応える。

「私の希望を申し上げれば、教官お二人にはここに残っていただきたいのですが」

「このあなたを守れってこと?」

「いいえ、私の警護は必要ありません。あなた方にとって私の存在が有益ならともかく、そうでもないのに守るなど非論理的です。それより私自身をもっと有効に使っていただきたいのです」

「言ってる意味がよく分からんな。どういう意味だ?」

「それをこれからご説明します。まずはこちらをご覧下さい」

 言って、リーリャは都市の全体図を表示した。そこにまだ突き立ったままの塔を示し、そこにインフラ抗の配線図を重ねていく。さらに道路図を重ねていくと、複雑に絡み合っているように見えて、地下坑道の最短距離を辿っていった方が目的地までの距離が短くて済むのが分かった。

「ここからあの塔まで、地下坑道を通れば最短で二十分です。砲撃を避けつつ地上を行けばその倍はかかるでしょう。敵の迎撃は予想されますが、地上よりは少ないはずです。途中でクイーンに遭遇しなければ、の話ですが。ここはクイーンとの戦闘は避け、砲塔の破壊を優先します。あれさえなければ艦は飛び立つことが出来ますから、状況次第では間接支援にも、ラッセルたちの救援にも向かえます」

「まだ飛べるのか? この艦は」

「問題ない」

 今まで一言も喋らなかったミーシャが不意に口を開く。淡々とした口調で表情も乏しいため、何を考えているかは全く分からないが、こと艦のことになると途端に饒舌になるようだ。

「やられたのは補助スラスターの一部だけ。自動機械オートマタたちが修理してるから、じき飛べるようになる。今飛び立てないのは、加速に時間がかかるから。離陸直後を狙い撃ちされたら回避出来ない」

 今のところ、敵の砲塔トーチカは〈メネラーオス〉に対して砲撃してきていない。敵砲塔の火力なら丘ごとぶち抜いて攻撃してくるくらいは造作もなさそうだったから、〈メネラーオス〉が現在攻撃を受けていない理由は単に運がいいだけか、攻撃圏に入った標的に自動で反応していただけなのだろう。

 だが、だからといって砲撃が届かないというわけではないし、敵の気が変わらないとも限らない。いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。

「観測した限りでは、敵の砲撃はゾーンの端まで届いています。ここも狙おうと思えば狙えるでしょう。──今はまだ、その気ではないようですが」

「いつその気になるかは分からない、ということね」

 クラウディアは顔をしかめ、腕組みをしながら小さく頷いた。ややあって、考えをまとめるように指先に金色の髪を巻き付けながら喋りはじめる。

「いいわ、ならこうしましょう。二斑隊を地下坑道に送り込み、一斑隊は斥候と囮を兼ねる。もう一斑隊はその隙に敵砲塔を目指し、可能な限り速やかに破壊する。斥候チームはクイーンを発見したら地上に誘導、引きずり出したところを私たちが攻撃する。これでどう?」

「それじゃ囮のチームが危険じゃないか」

「またそれ? 幼稚園の遠足に来てるんじゃないのよ。危険なのは当たり前でしょう」

「だからって、いきなりクイーンと相対させるなんて無茶にもほどがあるだろう!」

「誰も戦えなんて言ってないわ。見つけておびき寄せるだけよ」

 そこまで言って、クラウディアはふんと鼻を鳴らしながら豊かな胸をそびやかせた。腕組みしているせいでいつもより凶悪さを増している。

「そんなに心配ならうちの子たちにやらせるわ。あの子たちならやってのけるわよ、あんたんとこのと違ってね」

「あの……気になってることがあるんですが……」

 黙って二人の会話を聞いていたマリナが、遠慮がちに口を開いた。

「ラッセルたちは一体目のクイーンから魂核を解放しましたが、回収を確認出来ていません。もし、もう一体のクイーンがそれを吸収していたとすると――」

「おい、そりゃ……」

 マリナの言葉に、ヴァネッサは喉奥から呻き声を洩らした。

「まずいことになるわねぇ」

「大ピンチ」

 クラウディアとミーシャが淡々と呟くのを見やって、ヴァネッサが顔をしかめる。。

「他人事みたいに言ってくれるな。私の生徒の話だぞ」

「あら、あたしの生徒の話でもあるのよ? 別にあなたの生徒が行くと決まったわけじゃないでしょう。戦力的に最適な斑隊を選ぶべきだわ」

「お二人とも、喧嘩はよそでお願いします。そんなことやってる場合じゃないでしょう」

「私はクラウディア教官の提案に賛成します」

 ヴァネッサとクラウディアに割って入るマリナを横目に、リーリャは淡々と述べた。

「問題は二つの斑隊のうち、どちらが囮でどちらが敵砲塔の破壊に向かうのか、ということですが、これは単純に能力で選ぶべきです。敵砲塔を破壊するために必要な能力は限られますから」

「あれだけの構造物だ、直接攻撃や属性攻撃では到底歯が立つまい。ここはしんを使うしかないだろうが、新兵たちでは荷が重いんじゃないか?」

 ヴァネッサはそう言いながら、新兵たちのコンディションリストを呼び出した。こうした任務に適した能力を有している神格の共感者は何人かいるが、実戦で使用した経験がないのは厳しいと言わざるを得ない。

 『神威』とは、神格の有する力そのものだ。その神格の特性に応じて発現の仕方は異なるが、多くの場合、通常では考えられないほど大きな力を扱うことが出来る。ただし、降下猟兵なら誰でも扱えるようになるというわけでもなかった。

 これは属性と違って学べば習得出来るという類のものでもない。戦場がもたらす死の恐怖に直面した装着者が力を求めて神格と共感を深めた結果、導き出されるのが神威であって、何が生まれるかはその時の状況や神格と共感者の個性、相性などに大きく左右される。神格と共感を深めるにはそれなりに時間を必要とするし、実戦に勝る経験はない。

 リストに記載されている数値は、基本的に過去のデータから導き出された推測値でしかない。あくまでも前任者《ヽヽヽ》の場合はそうだった、というだけの話で、次もそうとは限らない。神格は同一でも共感者が別人である以上、同じ能力を発現する確率はゼロではない、という程度でしかなかった。人間の前任者がいない魂核の場合はなおさらだ。

「砲塔の破壊係数は前回の攻撃で得られたデータを参考にします。これをもとに、最適な能力値を持つ斑隊員を選出しました」

 言いながら、リーリャは前回破壊した砲塔の映像を提示し、そこから算出された破壊係数を斑隊員の能力値と照らし合わせていった。

 リストアップされた斑隊員の顔を見て、思わずヴァネッサは呻き声を洩らす。

 そこにはリュードの名があった。

「リュード・マチスの神格〈マンツァー〉ならば可能です。彼は既に神威〈碧の砲撃ブルー・フレア〉を発現していますし、実測値でも破壊係数をクリアしています。最大出力までいかなくても大丈夫でしょう」

 他の訓練生たちと違い、先行して実戦配備されていたリュードは既に何度かの実戦を経験しており、その際に神威も発現していた。

「クラウディア教官の斑隊も能力値では劣っていませんが、今のところ有効な神威を顕現させたものはおりませんので」

 当真たち第二〇四三斑隊が攻撃力重視の編成になっているのに対し、クラウディアの監督する第二〇四四斑隊はバランス型で、様々な状況に対応出来る柔軟性は高い反面、攻撃力はやや低めに抑えられていた。

 自分の育てた生徒たちでは務まらないとは思っていなかったが、全体としてのバランスシートを表示されるとクラウディアも反論は出来なかった。当真たちの能力値が総じて高いのは否定しようのない事実なのだ。

「……まぁいいわ、それで。で、どうやって攻撃するの?」

「敵砲塔の攻撃範囲はご覧の通りです」

 言って、リーリャは突入時に受けた敵の砲撃の軌跡と艦の回避軌道をマップ上に重ねてみせた。砲撃は全て砲塔の頂点部に近いところから放たれており、砲撃不可能な範囲が存在することがひと目で解った。砲撃は直線的で、艦の回避コースを追いかけるように追尾してはいたが、空白地帯が存在する。自分の足元周辺は攻撃できないのだ。

「足元まで近付いて砲撃、か」

「接近させてくれれば、ね。そしてのんびり撃つまで待っていてくれたらの話」

「そのための護衛でしょう、他の斑隊員は」

「別にそんなつもりで選んだわけじゃないんだがな」

 そして当人たちもそんなつもりではいないだろう、と思いながらヴァネッサは呟いた。パワーバランスを考えると彼らだけで斑隊を組ませるしか方法がなかっただけだ。斑隊というのも形だけで、誰が中心、というものでもない。

 一応、当真が斑隊長ということになっているが、それはあのメンバーの中では彼が比較的調整力を持ち合わせていたからでしかない。彼に他の斑隊パーティを率いることが出来るかと言えばそれはまた別の話だ。

 だが、管理電脳にはそうは見えないのだろう。人のように考え、人のように振る舞ってはいるものの、やはり人ではないのだから。

「いいだろう。やらせてみよう」

「出来そうなの?」

 クラウディアの問いに、ヴァネッサは肩を竦めてみせた。

「ここまできたら任せてみるさ。自分の生徒は信じてやらないとな」


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