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八話

 呆然と現実味の薄い光景を眺めていた体が動かない兵士が、思い出したようにつぶやく。その顔には、滝の様な汗がしたたり落ちていた。

「あんな。あんな力を人間が使えば、命がなくなる」

「寺崎! 馬鹿が!」

 巨人の最後を見た舟橋は、悔しそうな顔で、床を殴りつける。

「先生? 今。今、なんて言いました?」

 座り込み、怯えていただけの春川が、寺崎という言葉に反応する。

「あれを大介が? 命がない? 何よそれ。何なのよおぉぉ!」

 呼吸が激しさを増していた春川は、不安の全てを声に乗せて叫んだ。そして、走り出す。

「待て! 春川!」

 大介を失う事は、春川には考えられない。考えたくもない。何かを求める様に開いた両手を伸ばし、巨人がいた場所を目指す。

「嫌! 嫌よ! 大介! だいすけぇ!」

 森の木々や岩が服を突き破り、皮膚を傷つけていく。それでも春川は、真っ直ぐに進む。

 愛しい人の無事を確かめたい。自分が急げば、再び元気なあの人に会える。大介を失う怖さに押し潰されそうな心を、微かな希望が支えていた。


(くそっ! 反則だぞ! ちくしょう!)

 森を抜けた春川が見たのは、立ったまま気を失った大介だけではなかった。その大介にナイフを振り下ろそうとする、男がいたのだ。

 その男は、護衛車両に撃墜された敵機の乗組員。体中を負傷しているが、行動不能にはなっていなかった、唯一の生存者だ。

 壊れた機体から自力で這い出し、仲間の機体に助けを求めて、足を引きずりながらバスに向かっていた。そして、炎の巨人を目撃したのだ。

 仲間を殺された憎しみの刃は、大介の喉元に向かって突き進む。

(くそっ! おい! 起きろ! 起きてくれ!)

 魔力を失ったグレムリンだけでは、その刃を止められない。

(くそおぉぉ!)

「いやああぁぁぁ!」

 大介の顔に、鮮血が飛び散る。


(はっ! ははははっ!)

 大介は、大介以外の三人が予想した結末を超えた。グレムリンと春川の声に反応したのか、敵の殺気に反応したのかは分からない。

 だが、無意識のまま右の掌底を真っ直ぐに突き出していた。軌道を無理矢理変えられた刃は、持ち主の喉元に深く突き刺さっている。

 仰向けに倒れた敵は、ヒューヒューと喉元から苦しそうな息が漏れ出していた。このままでは、失血死するのは確実だ。それ以前に肺に血が流れ込み、呼吸困難で死んでしまうかも知れない。

「やべぇてぇ」

 喉元から血が逆流し、上手く言葉が喋れない敵が、必死に命乞いをする。敵の喉元からナイフを抜いた春川は、迷いなくそれを突き立てた。幾度も凶刃で、馬乗りした敵を刺し貫いていく。そして、敵を黄泉の国へと追いやった。

 敵が動かなくなっても、執拗にナイフを振り下ろした春川の服は、返り血で真っ赤に染まっていく。

「大介! もう大丈夫!」

 振り向いた春川の声に、大介は反応を示さない。体中から血を流し、白目をむいたままぴくりとも動かない。

 その姿を間近で見た春川は、大粒の涙をこぼす。

「大介! 大介! ねえ! ねえったらあぁ!」

 ぐしゃりと地面に倒れ込んだ大介は、春川にいくら揺さぶられても反応しない。これが、魔法を使う者の代償。人が足を踏み入れてはいけない場所に立った大介は、その代償を払ったのだ。


 グレムリンが壊れていたと嘘をついた通信機からは、暗号化された救難信号が発信され続けていた。その信号を受け取ったドームから救助の部隊が、現地に到着したのは大介が気を失ってから一時間ほど後の話だ。

 手すりだった金属の棒を杖代わりにした舟橋は、大介の応急処置を済ませていた。春川は涙を流し続け、神に祈る。そして、脳の一部と頸椎を損傷していた運転手だった兵士は、誰にも看取られずに息をひきとった。

 何も知らない生徒達は、護衛車両と共に目的のドームへ到着し、強化合宿に入る。医療設備の整ったそのドームに、意識不明の重体である大介が運び込まれた事など知りもしない。


 大介が命をかけて守った門倉。彼女は同じ学校に通う、もう一人の代表選手である男子生徒との関係を友達以上恋人未満から、恋人へと変化させた。何も知らない彼女を、責めるべきではない。

 ただ頑張っても、必ずしも報われるわけではない。現実とはそういったものらしい。

 それでも、何も変わらなかったわけではない。変化したのは大介自身だ。周りの環境が変えるのは、容易な事ではない。

 だが、大介本人が変われば、自ずと周囲の環境も変わっていく。本人の望む、望まないを無視したように。


****


 病室の外で、大介の端末に魔力カプセルを取り付けた舟橋は、グレムリンに再度問いかける。一週間の最新技術による治療で、折れていた左足の怪我は完全に回復したようだ。

「何か手段はないのか?」

(残念だが、俺は万能とは程遠い)

 点滴をしながらベッドで眠る大介の外傷は、ほぼ完治していた。頭部の怪我を治療する為に、長かった髪は切られてしまったが、それ以外に変わったところはない。

「どうすれば、目を覚ますんだ」

(だからぁ、精神が異世界と直接つながったんだって。一瞬だったが、幽世に引き込まれたんだと思うって、何回も言っただろうが)

「それを引き戻す魔法はないのか?」

(あったとしても、俺は知らん。あいつが自分の意思で帰ってくるのを、信じるしかない)


 大介が眠るベッドの脇に、春川が座っていた。ぼんやりと大介の顔を眺め続け、時折涙を流す。肌は荒れ、頬がこけて、目の下には隈が出来ている。検温にきた看護師を手伝い、返事をしない大介に何度も話し掛けていた。

「無茶苦茶しやがって。上を誤魔化すのに」

(はいはい。お前の説教は聞き飽きた)

「これで寺崎が死んだら、俺はお前を殺すからな」

(それも耳にタコができた)

 病室の外にいた舟橋は、春川の大きな声で急いで病室に入った。


「寺崎、お前」

 舟橋が病室で見たのは春川に抱き着かれた、大介だった。既に上半身を起こし、春川に困惑している。

「痛い所や不快な事はあるか?」

 すぐにコールのボタンを押した舟橋は、大介に質問をした。

「あっ、あの、喉が渇きました」

「そうか」

 端末をベッドの脇に置いてある小さな机にのせると、舟橋は飲み物を買う為に病室を出る。顔から焦りが消え、いつもの表情に戻っていた。

「イチさん。僕は」

(よく帰ってきたな。万事順調だ)

「そう」

 ぼんやりとした大介は、窓から外の景色を眺める。その瞳の奥には、今まででは考えられない鈍い光が残っていた。

(へへっ)

 その変化に気が付いたのは、グレムリンだけだ。

 命の瀬戸際に立った大介は、変化を始めていた。それがいい方向に向かっているか、そうでないのかは、現時点では誰にも分からない。

 幽世で大介が何を見たかは、大介しか知らない事だ。それから三日ほど入院を続けた大介は、万全の体調で家へと帰った。

 短くなった髪が、光で赤茶けて見える。髪が長い間は目立たなかったが、大介は色素が若干薄い。瞳の色も、真っ黒ではなくこげ茶色だ。


 久しぶりの登校で、クラスメイト達が変化にどう驚いたかは、言うまでもないだろう。ただ、大介自身はクラスメイトに興味はなく、いつも通り窓際の席へと無言で座る。クラスメイトは舟橋から事故にあったと聞いていたので、その噂話をひそひそと続けているが、気にもならないらしい。

 少しだけ遅れて登校してきた春川にも、心境の変化が見受けられる。大介という心の柱が出来た事で安心して、自分に自信が湧いてきたのだろう。大介の隣に席は取ったが、そこに座って大介を見つめるのではなく、クラスメイトとおしゃべりをしている。驚くことに、男子生徒とも仲良く会話を続けていた。

 その光景を見た大介は、回線でグレムリンに話し掛ける。

(いっそ、春川に彼氏でも出来てくれれば楽なのに)

(いるじゃないか。お前が)

 グレムリンの言葉で、大介の顔がいっきに引きつる。

(勘弁してよ!)

(おうおう、びびってるな)

(だって! 怖すぎるんだよ)

(まあ、一昨日のあれは、俺もドン引きだがな)


 入院中に大介は、気を使ったらしい女性看護師と、幾度か日常会話を交わした。その光景を、春川には見られていたが、大介は隠す事はしない。

 最近の高校生には、どんなものが流行っているのか。同じ学校の代表選手とは、知り合いなのか。好きな食べ物はなにか。看護師と交わしたのは、そんな何でもない会話だった。隠さなかったのは、その必要がないと思えたからだ。

 まさか翌日春川から、リストカットした傷口を見せられるとは、想像できなかっただろう。運の悪い事に、それを見せられた日も、傷を見せられる前だが、看護師と会話をしてしまっていた。

 当然のように、翌日春川の傷口は増えた。そして、嫌がる大介の目の前に、それは突き出される。


(あれだな。真正のかまってちゃんだ)

(初めて聞く言葉だけど、意味はよく分かる)

 空を見つめずに、大介は俯く。顔色は良くない。

(イチさん)

(なんだ? ブラザー?)

(どうしよう。どうやれば、春川と距離が取れると思う?)

(はっきり本人に言っちまえよ。俺、お前、嫌いってな)

 気持ちが表れた様に、大介体が傾いていく。既に両目は閉じられ、眉間にはしわがよっている。

(イチさんが僕の立場だったら、それが出来る?)

(馬鹿か、お前。刺されたらどうするんだ!)

(じゃあ、僕に死ねと? そう言ったの?)

 目を開いた大介の視線は、端末の小鬼に向けられる。睨まれたグレムリンは、目線をそらす。

(おいおい、冗談だって。マジになるなって)

 気分を落ち着ける為に空を見た大介から、ため息が漏れる。

(仕方ない、俺が、二十世紀にいた偉人の言葉を教えてやろう)

(偉人?)

(そうだ。二十世紀の偉大なビッグマザーだ)

 思い当たる人物のいた大介は、クイズのように答えようとする。

(偉人曰く、よそはよそ! うちはうち!)

(それって、マザーテレ、誰?)

(息子と娘に友達は皆やっていると言われた、主婦三十八才が返した言葉だ)

(真面目に受け取った僕が悪いんだよね)

(つまりは、どうしようもないなら、気にしてもしょうがないって事だな)

 この小さなやりとりにすら、意味がある。春川にも春川なりの、舟橋には舟橋なりの思惑があって行動しているのだ。

 グレムリンの意図を、大介が知るのはまだ情報が不足していた。なによりもまだ、情報を得る権利を持ち合わせていない。


 今日も大介は嘘で塗り固められた空を見上げ、溜息をつく。だが、目からあの怪しい光が消えてはいない。

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