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六話

 学生服を着たままの大介が、座っていた。座っているのは、先程までの固い金属の椅子ではない。手触りも座り心地も抜群な、三人がゆったり座れるソファーだ。

 困惑を前面に出した大介の顔は、滑稽にも見える。

 一時間ほど前に、裏の住人に引き込まれた世界。その最初になる教育を大介に施しているのは、舟橋だ。

 自分が生まれ育って現実が、偽りの物だと教えられている。すぐに受け入れろと言うのも、いつもの様に無気力に過ごせと言うのも、無理だろう。舟橋の言葉を、大介は一言一句漏らさぬ様に聞いているが、どこか現実として受け止められていない。

 学校には生徒が立ち入ってはいけない場所が、数多く存在する。すでに入った事がある、サーバールームもその一つだ。そして、そんな場所に指定されていた、使われていない教員用のロッカールーム。

 まさか、その部屋にある隠し扉の奥が、地下へ繋がっているなどとは考えてもいなかった。校舎を支えている柱のでっぱりだと大介が思っていた部分は、地下へと向かうエレベーターの設置された空間だ。このスペースを知っているのは、学校の中でもごく一部の教員だけらしい。

 大介達が説明を受けているのは、入り口に応接室と書かれていた部屋だ。ソファー二脚に、金属製ではあるが細かい装飾がある机が置かれている。床に敷かれた絨毯も、寝転びたくなるほどふかふかだ。

「お前達も、第一から第三までのドームは知っているな?」

「は、はぁ」

 応接室の壁には、教室よりも少しだけ小型のディスプレイが取り付けてある。小型ではあるが、二十世紀で言う黒板の役割を果たすディスプレイであり、それなりの大きさだ。

 その前に立つ舟橋は、大介達のよく知る教師モードに戻っていた。裏の仕事はしているが、実際に教師をしているだけあって、教え方は悪くない。

「ドームは、食料や衣類等を作っているファクトリードームと、行政機関の中枢があるメインドームの五つだと教えられたな?」

「え? あっ、はい」

「だが、軍があるアーミードームや、研究所のあるラボドーム等。本当はこの星に、十二ほどある。もちろん、一般人には秘密にされているがな」

「凄いね。大介」

 自分の腕に抱き着いたままの春川を見て、大介の顔がさらにひきつる。大混乱した大介の脳は、春川を拒絶できなかった。それに付け込む様に、春川は大介との距離を縮める。

 二人の現状を、他者が見れば恋人以外には見えないだろう。しかし、大介にそんなつもりは、一切ない。

 単純に、明確な拒絶が出来るほど、大介は思考を回復できていなかった。ただただ、状況に流されていく。

「さて、ここまでで分からない事は?」

「いえ、あの、特にはないです」

「ありません」

 笑顔の春川とは違い、大介の返事はどこか心もとなかった。春川から離すように首を傾けている事も、大介自身は気付いていないかも知れない。

「少し休憩だな。お前達もコーヒーでいいか?」

「はい。お願いします」

「あの、はい」

 舟橋は、三人分のコーヒーを取りに、部屋を出る。

 春川は嬉しさを言葉では表せないのか、大介の腕に顔や胸を擦り付け、甘えるような仕草を継続していた。なすがままの大介は、口が半開きになっている。

(おいおい。女にここまでされて、反応なしか? んんっ?)

(出来れば、止めてほしい。今すぐにでも)

(このヘタレが! 根性出せよ!)

(嫌だよ!)

(お前、おかしいんじゃないか?)

 歯を噛みしめた大介のこめかみ付近に、青筋が入る。

(僕がおかしいんじゃない! 春川が変なんだ! 何考えてるの? この人は?)

(おおう? 珍しく、本気で反論してくるな)

(当然じゃないか! 殺されかけたんだ! それに、これからどうなるか!)

 声は出していないが、大介の鼻息が荒くなっていく。

(とんでもない事になったな)

 グレムリンは、その軽い口調を改めはしない。他人事のように言葉を続ける。

(ばれてるじゃないか! それも、完全に!)

(ザッツ! ライッ!)

(ばれないって言ったくせに! 信じてたのに!)

(うへっ! 人間舐め過ぎた。やっちゃった)

 目が明らかに鋭くなった大介は、半開きだった口を閉じる。そして、グレムリンに対して返事をしない。

(いやぁ、悪い、悪い)

 尚もきつくなった大介の目線は、殺人鬼のそれととれなくもない。怒りのあまり、自分の感情を言葉で表現出来なくなっているようだ。

(まぁ、寛大な心で許したまえよ。チミィ!)

(五月蝿い)

(えっ?)

(黙れ。黙ってろ)

 どうやら、怒りがある一定値を超えてしまい、喋る事自体を自らの意思で拒否しているらしい。大介が自分の記憶を振り返っても、これほどの怒りを覚えた事はないだろう。

(マジギレですか? 結構怖いな。お前)

 どんどん目つきが鋭くなる大介は、グレムリンと会話をしたくなくなっていた。舟橋がコーヒーを持ってくるまで、幾度か話し掛けたグレムリンだが、無言の圧力に負けた。


「待たせたな。ミルクと砂糖は自分で、って。寺崎?」

「はい?」

 前髪の隙間からちらりと見える大介の目は、今すぐにでも誰かを殴りたいと言っている。何かしらの犯罪者に、見えなくもない。

「まっ、まあ、飲め」

「大介? 角砂糖はいくつ? 由梨が入れてあげる」

 自由を奪われていない右腕で胸元のシャツを掴んだ大介は、深呼吸をした。そして、何とか堪忍袋の緒を締めなおす。

「自分で入れるよ」

「駄目ぇ! 由梨が入れるのっ!」

「じ、じゃあ、一つで」

 空気が読めない春川は、大介の引きつった表情には気が付けない。無理矢理コーヒーまで飲ませようとする春川に、大介は自分で飲めると抵抗する。

 その光景を見つめる舟橋も、春川の変化には驚いているようだ。そして、明らかに引いている。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「何故僕をこちら側へ? 春川さんは、僕に巻き込まれたとしても、学生を引き込んでもメリットが少ないんじゃないですか?」

「もう! 由梨って呼んでよ」

 春川を意図的に無視した大介は、対面のソファーに座る舟橋に質問を続ける。

「他にも、同じように裏の話を知っている学生はいるんですか?」

 飲んでいたコーヒーカップを机に置いた舟橋は、大介の思考がかなり回復したのだと認識する。メガネの奥にある目が少しだけ、鋭くなった。

「この国の人口を知っているか?」

「えっ? はい、約二千万人ですよね」

「その中で、労働可能な人数は、約千五百。裏の事情を知っているのは、五〇万人以下だ。さらに、実作業に従事できるのは、約三十万人」

 この数字を聞いて、大介には舟橋が言わんとする事が予測できた。

 一般人が知らないだけで、この国は脅威に晒されていた。軍事活動が必要行われない日は、ほとんどないとすでに聞かされている。その軍事活動で、死傷者が出ないはずがない。

「人材不足ですか」

「軍があるドームで、生まれた時から裏の人間ってやつもいる。だが、それでも足りていない。犯罪者等からも、使える奴は雇用しているのが実情だ」

 自分が殺されなかった理由が、自分なりに理解できた大介は、質問を止める。そして、雑用係と舟橋が言った意味も、納得したようだ。

 訓練を受けていない学生の自分に、いきなり軍事活動は無理だろう。これから訓練所に送り込まれるなら、不可能とは言い切れない。だが、秘密を喋れなくする魔法は施されるものの、高校を卒業するまでの継続した日常は許されている。

 つまり、実際の軍属になるのではなく、舟橋の使い走りとなれ。これが、命令なのだろうと、解釈したのだ。


「そう言えば、村川と安岡だがな」

 これ以上の説明は必要ないと感じた舟橋は、話を次に移す。

「処分はしておいた。言い逃れできない証拠を、お前の相棒からもらえたしな」

「あっ、ああ。はい」

「表向きは家庭の事情による転校だが、もう悪さが出来ないようにはしておいた」

 うっすらと笑う舟橋に、大介は処分の詳細を聞くことが出来なかった。裏の世界では、不穏分子はそれ相応の処理をされる。

 少しだけ安岡に申し訳ないと思えた大介は、俯いた。春川との件で、少しだけ不快な思いはしたが、嫌いと言うほどではなかったからだ。門倉を怪我させようとしたのも村川であり、安岡は利用されていただけ。

 自分にとってどうでもいい人物も、処分を受けると聞くと大介は少しだけ同情してしまったようだ。甘いと思われても、人の本質は簡単には変わらない。

 それを見ていた舟橋は、目を閉じて眉間にしわを寄せる。大介の優しさを甘いと考え、不満があるようだ。そして、可能な限り早く甘さを消す方法をあれこれと模索する。

「ふぅ」

 顔の位置を変えずに目蓋が開かれ、舟橋の瞳は無意識に上方へ向けられていた。

 舟橋が思いついたのは、軍隊式の訓練。それ以外、短期間で急速に意識を変化させる方法を考え付かなかった。軍本部があるドームに、一週間から二週間預ければ、かなりの効果がある。

 天井から大介に目を移した舟橋は、あまりのタイミングのよさに、気持ち悪さを感じていた。人間は、時に事が上手く進み過ぎると、不安を覚える。特に、舟橋やグレムリンの様な知を武器とするタイプは、必要以上にそこに不安を覚え、疑ってしまう。

 しかし、今回は人為的な裏工作を疑える箇所はない。そして、もし運命なのであれば、人間がいくら考えても答えなど出るはずもない。その考えに行きついた舟橋は、自分の考えを馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う。

「お前のバイトだがな」

「あっ、はい」

 俯いていた大介と、大介の顔を覗きこんでいた春川が、同時に舟橋を見る。大介は欠勤の連絡をしていないことを思いだし、すでに謝る言葉を考え始めていた。

「俺から、辞めると伝えてあるからな」

「はっ? そんな」

「こっちの仕事でも、お前には給料を出してやる。見習いとしては特別待遇だが、お前の環境だとそれがいいだろう」

 舟橋は大介に口を挟ませないように、矢継ぎ早に言葉を続ける。

「バイト先も、既に了承済みだ。裏の仕事も、暇じゃないぞ。それどころか、忙しさで目が回るかも知れない。お前に選択権は、ないと思え」

 大介に向かって、舟橋が言い切った言葉は、反論の余地がない。

 少しだけ頭をぽりぽりと掻いた大介だが、承諾した意思表示として頷いた。そして、舟橋には今後頭が上がらないだろうなと考える。

「明日から、代表選手達が強化合宿に向かうのは知っているな?」

「えっ? 今日、出発してないんですか?」

「お前達もよく知っているトラブルで、今日は第三ドームで一泊している。出発は明日だ」

「ああ、そうなんですか」

「それにお前達も同行してもらう」

 目の前にいる人物の意図が読みない大介と春川は、首を傾げる。

「代表選手がメインベースに向かうまでの護衛に、現地での警護も裏の仕事だ。それには雑用も多い。それを手伝ってもらうのが、初仕事だな」

 メインベースには、軍の施設もある。舟橋は春川に雑用を任せ、大介には訓練をさせようと考えていた。

「はぁ」

「分かりました。泊まりですよね?」

 拒否権のない二人は、同意する。

 仕方ないと返事をした大介とは違い、春川は喜んでいる。大介と同じ時間が過ごせるのなら、どこで何をしてもいいのだろう。旅行気分という方が、適切かもしれない。

「この後、一時間ほど説明をすれば、今日は解放してやる。だから、宿泊に必要な物は、帰りにでも買っておけ」

「期間は一週間でしたか?」

「そうだ。それと、作業用の服はこちらで支給するから、私服は少なくていいぞ。自動クリーニング装置もある」

「あの、魔力カプセルは買えますか?」

「契約の件だな? それなら、腐るほどある。それも支給してやる」

「あっ、助かります」


……歯磨きと、下着は三枚でいいかな? それから。えっ? うわぁ。

 春川は頬を紅潮させ鼻息が荒くなり、瞬きを忘れた目が血走り始めていた。それを見てしまった大介は、顔をそむける。

(お前、襲われるんじゃないか?)

 グレムリンが舟橋の説明を聞くために、机の置かれていた大介の端末からも、春川の顔は見えたようだ。しばらく沈黙を保っていたグレムリンも、思わず声が漏れた。

(勘弁してよ)

(顔がマジすぎて、俺もドン引きだ)

(イチさんの魔法って)

(メガネの許可なしには、もう使えないぞ。あてにするなよ)

 大介はもう一度だけ春川の顔をチラ見して、唇を噛みしめた。頑張って頭を回転させているようだが、大介では対処方法を思いつけない。春川の腕をつかむ力が増して、痛みを感じているがそれすらも伝えられないでいた。

 その二人による無言のやり取りが、おおよそ推測できた舟橋は、馬鹿にしたように鼻で笑う。勿論、グレムリンもにこにこと笑ったままだ。

 二人も、春川の異常さに対して気持ち悪いとは思っている。だが、狼狽える大介が面白いと思う感情が強いらしい。


 それから一時間と少し後、大介は全力疾走した。そして、建物の陰に身を隠す。

 家が反対方向だったはずの春川が、腕を組んだままついてくるからだ。春川がよそ見をしたのを見計らい、少々強引に腕を引き抜いた。そして、現在に至る。

(怖い! イチさん! 怖い!)

(心配するな! 俺も結構怖い!)

(それ、慰めにもなってないよ!)

 口元を抑えて、呼吸音を消そうとする大介。しゃがみ込んだその場で、走ってきた春川を見つめていた。高校生にもなって、本気でかくれんぼをするとは大介も思ってもいなかっただろう。

(あいつじゃ、ダメなのか? まあ、門倉がいるもんな)

(そういう問題じゃない! 何故に、あの態度?)

(世の中には、いろんな人種がいるって事だ。いい勉強になったじゃないか)

(最悪の一日だよ。もう勘弁してよ)

 地面の金属は、衝撃や音を吸収する。だが、人通りの少ない学校付近では、春川の小さな足音も響いてしまう。

 大介はその音にびくびくしながら、建物の陰で身を可能な限り縮めていた。

(なんでだろう)

(どうした?)

(こんな時に限って、トイレに行きたい)

(我慢しろ)

 大介を見失った春川は、執拗に付近を探して歩く。その姿が、大介には獲物を狙う熊にしか見えない。春川の存在が大介の中で苦手を通り越して、恐怖の対象へと移り変わり始めていた。

(早く! 早く諦めて!)

(どうした! 限界なのか?)

(漏れる! 怖い! 漏れる!)

(根性だ! あの女なら、漏らした音まで聞き取って、襲いに来るぞ!)

(やめて! 怖い! 怖い!)

 大介が潤んだ瞳で見つめていた春川が、立ち止まって俯いた。そして、大介の家とは逆方向に歩き始める。春川は大介の家を知っているが、そこまで押し掛ける気はないようだ。


 遠ざかっていく足音を、目を瞑って聞いていた大介の限界が訪れた。隠れていた場所から走り出し、一番近い公園のトイレへと駆け込んだ。

(セーフだな)

(なんとかね)

(ここでホラー映画なら、見つけたって声が聞こえるな)

(本当に止めて。心臓麻痺で死ぬ自信があるよ)


****


 翌日ドーム間移動用の乗り物に座った大介の隣には、笑顔の春川がいた。

「男の子だって、下着を買うのはあんまり見られたくないよね? ごめんね。私、鈍感で」

 春川と目線を合わせない大介は、一言も喋らない。

(おい。なんか勝手に、補完されてるぞ?)

(知らない。僕は何も知らない。知りたくもない)

(想像以上の電波さんだな)

(電波?)

(昔はこの手の人種を、電波って言ったんだ)

 溜息をついた大介は、ベルトを締めて窓に目を向ける。その光景に、違和感を覚えたからだ。

 この時代では、着陸用以外の車輪がついた車はほとんどない。車や車両とは呼称であり、正式には低空移動用重力推進式機体である。だが、人はそれを呼び難いと判断して、高さ一キロまでしか飛べない機体を車両、それ以上飛べる機体を飛行機と呼ぶ様になっていた。

 舟橋から軍用の戦闘車両と説明されたその機体には、窓があった。本来ドーム移動用には、強度が低くなるという理由で、窓はつけられていない。

 軍用であり、椅子が壁に取り付けられた折り畳みベンチ式なのは、納得できたようだ。しかし、窓はバスよりも強度が必要だと思える軍用車両に必要なのだろうかと、大介は頭をひねる。

「バスに窓がないのは、外を見せない為だ」

 大介の正面に足を組んで座る舟橋が、明確な答えをくれた。

(見られたくない物は隠すのが、この世界のやり方なんだろうぜ)

 グレムリンにも外の景色が分かる様に、胸のポケットに専用クリップで端末を固定している。大介とグレムリンは、同じことを考えていたようだ。

 ドーム外に無許可では出られない。だが、申請をすれば一般人でも出ることが出来る。そう思っていた大介だが、実際は一般人に許可はおりないのだろうと、答えを出した。

 数人の軍人らしき人間が乗り込み、舟橋に敬礼をしてから運転席等持ち場へと向かう。

(あのメガネ。もしかして、偉いのか?)

(そうみたいだね)

(侮れん、メガネだ)


 本来一時限目が開始される時間に、車両は第三ドームを出た。大介が座っているのは、貨物置場のような車両最後方の場所だ。運転席などは、扉のついた隔壁で見ることが出来ない。春川との会話を極力避けたい大介は、自然と窓から外を眺める。

 ドームの周りは、一キロほど何もない地面が広がっていた。しかし、その先に続いていたのは、ドーム内で育った大介が想像もしていなかった光景だった。

 緑の絨毯。高度十メートルで空を走る車両からは、樹海がそう見えた。色が違う木々もあるが、隙間なく葉っぱの生い茂った木が生えている。

(俺にも見せろ)

 春川も会話を忘れて窓の外へ目を向けて、見入っていた。大介の左隣にある窓は、大介の位置ならば首をひねれば見ることが出来る。だが、春川は座ったままでは見えない。春川はベルトを外して、大介の背中に抱き着く様に外の景色を見ているのだ。

 舟橋は春川へ席に戻れと注意をしようか考える。だが、それをせずに端末で何か仕事を始めた。車両は安定して進んでいるし、二人の気持ちが舟橋にも分からなくはない。ある程度時間が立てば、自発的に席へ戻るだろうと判断したようだ。

 端末の画面を窓の外に向ける大介と、大介に抱き着いたままの春川は、呆然と眺める。初めての大自然だ。春川の目に、感動で涙がたまり始めていた。

 二人も、自然については資料なので知っている。だが、生の自然は、本能に訴えかける迫力があった。緑一色の平坦な光景だが、目が釘付けになる。

(こりゃ、すげぇな)

 二十世紀のジャングルを知っているグレムリンでも、凄いと思える光景らしい。

 遠くで群れをなして飛ぶ、鳥らしき物が見えた大介は、喉を鳴らして唾液を飲み込んだ。言葉が出てこないようだ。


 窓に張り付いたままの二人は、床と天井にある金属板の幾つかが変色した事に気が付かない。

「おいっ!」

 変色した金属板は、真っ赤に変わっていた。車両内に運転席から、危険の信号が発せられたのだ。

 舟橋の大きな声で首を向けた大介達の耳に、凄まじい轟音が届く。この音こそが、これから起こる大変な出来事の、始まりを知らせる合図だった。

 二人は反射的に目を瞑る。目を閉じた二人を、轟音の次に襲ったのは、無重力の様な浮遊感。何がおこったかも分からない大介は、自分のベルトをつかみ、体を強張らせた。両足を床に踏ん張っているが、その行為では浮遊感をなくせない。

 浮遊感がおさまると次に、足元から脳天までをハンマーで殴られたような衝撃が、大介の体を走りぬける。衝撃のせいで短い時間ではあるが、大介は意識が吹き飛ばされる様な感覚に恐怖を覚えた。

 実体のないグレムリンだけが、冷静に周りを見つめている。そして、予想外の連続に、少しだけ溜息をついて角を撫でた。

(はぁ、やれやれだな)


 この流れは、流石のグレムリンでも予想できなかったようだ。

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