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十一話

 命の重さを知ったうえで、奪う事を躊躇しない者達を、人はクズと呼ぶ。

 人類と呼ばれる種族から見て、クズでしかないエウロパの者達が、宇宙を奔走していた。目的は、自分達を含めた人類の未来を勝ち取る事だ。皮肉とはこのような事を言うのだろう。

 アースと名乗った異世界の住人も、自分達の明日を手に入れる為に途方もない時間を費やしてきた。双方ともに手段は道徳的に、褒められたものではない。

 しかし、生命が生きようとすれば綺麗事だけでは済まない現実が、多すぎる。残酷なその戦いに身を投じる者達は、誰も間違えていないのかもしれない。

 ただ、血生臭く黒い力の満ち溢れた戦にあっても、命は確かに光り輝いている。だからこそ、戦争が愚かなのだと考えるべきかもしれない。

 それに気が付けないのが、神から与えられた人の業なのだろうか。


 異世界と現世を巻き込んだ、巨大な生存競争の鍵となる青年が、静かに目を開いた。うつ伏せだった体を転がして仰向けになると、ぼんやりと宇宙船の天井を見つめている。

(どうだ?)

「なんとか」

 上半身だけを起こした大介は、自分の体を確認していた。骨が砕けていた左腕も動く様になり、他の怪我もほぼ完治している。

 だが、体中からの悲鳴は消えていない。少しでも体を動かせば、複数個所から痛みを感じる。頭痛、吐き気、耳鳴り、目眩はひどくなっており、視界も気を抜くとすぐにぼやけた。

「うん。調子がいいみたい」

 普通の人間が絶不調と表現する体調が、今の大介にとってはベストの状態なのだ。それ以上は、どう望んでも手に入らない。

(そうか。まっ、もう少しだ。我慢しろ)

「うん」

 大介の体調がよく分かっているグレムリンとの会話は、他人からすればちぐはぐに聞こえるだろう。

 だが、二人に余暇な気遣いは必要ない。覚悟は決まっており、何をするかも今更説明するまでもないからだ。

「霧林さんは?」

(今、シャワーだ)

「そう」

 バッグから携帯食と水を取り出した大介は、味を感じなくなったそれらを胃の中へ流し込んだ。

(お前も、嬢ちゃんが出たら、体でも洗ってこい)

「え?」

(汗やら血で、ドロドロだ)

 嗅覚や触覚も鈍っている大介は、グレムリンから指摘されて初めて気が付いた。スーツも、春川との戦闘で破けたまま着替えていない。

「そうか。そうだよね」


 扉の開く音を聞き、大介がそちらへ目を向けた。ぶかぶかで無地の白いTシャツとトランクスだけ身に付けた霧林が、バスタオルで髪をぐしゃぐしゃと拭きながら操縦室に入ってきたのだ。

 その男性用の下着は、山本達が大介の為に用意しておいた物だった。少し抵抗があったらしいが、汚れた下着よりはましだと霧林は考えたらしい。そして、大介はまだ目を覚まさないだろうと、無防備な姿で部屋に入った。

「ねえ? ドライ……ひゃん!」

 どこから出したか見当がつかない高い奇声を発した霧林は、反射的に持っていたタオルを落とし、胸部を手で隠しながらその場に座り込んだ。

 真っ赤になった霧林と違い、大介の顔色は何も変化がない。のそりと立ち上がった大介は、簡易シャワー室へ向かって歩き出した。

 残された霧林は、急いでアースの軍服の上着を羽織る。乾ききっておらず湯気も消えていない体のせいで、その青い軍服は湿り気をおびた。

「え……えっと、どうしよう。私どうすればいいの?」

 霧林は目についた自分の下着をポケットに押し込み、タオルを拾った。そして、自分を落ちつけようとタオルを使って、髪を乾かす。

「化粧? 何も持ってないし。えっ? えっ? 何すればいいの?」

 混乱した霧林が、タオルで髪から余分な水分を吸収している間に、大介が操舵室へと戻ってきた。

 その大介は、新しいヘルメット付きの宇宙仕様スーツを着ており、髪もかなり乾いている。

「あの、あのね。あの……え?」

 霧林は自分の目を擦る。そして、もう一度大介を見た。

 しかし、現実は変わらない。大介の頭髪は、黒い部分を探すのが困難なほど白く変わっていたのだ。さらに童顔の為に分かり難いが、頬がこけしわが増えて、明らかに老化していた。

 大人の色気さえ漂わせ始めている大介は、霧林と同い年には見えなくなっている。

 端末の回線を付け直した大介は、霧林が自分に手を貸した理由を聞かなかった。だが、命を救われた代価は払おうとしている。

「霧林さん?」

「はっ! はい!」

「どこへでもお送りします。言ってください」

「え?」

 赤くなっていた霧林の顔が、徐々に悲しげに変化していた。

「貴女を送り届ける間は、こちらからは戦闘を仕掛けません。それがアースの拠点だったとしても」

 アースの服装を見て怒りが吹き出しそうになっている大介にとって、それが精一杯の行為だった。本当はアースの兵士との会話すら苦痛だが、大介はなんとか我慢している。

「あの! 私の事覚えてない? 私、霧林早苗よ?」

 大介の冷たい態度にも負けないように、霧林は勇気を絞り出した。

「覚えてます」

「大ちゃ……」

「第一ガルーラの代表候補生だった、霧林さんですよね? 確か、一度話もした事がありました」

 心臓が握りつぶされそうなほど辛い大介からの言葉で、霧林は握っていたタオルから水が滴るほど力入っていた。

「私は中学生……。いえ、幼稚園の頃からの幼馴染だった、早苗よ?」

 無表情の大介は、霧林に背を向けて操縦席へ歩き出す。

「僕は、貴女なんか知らない。それよりも、時間がないんです。送っていく座標か名称を教えてください」

 どうする事も出来ない霧林は、大介から少し離れた席へ座り、座標を告げた。

(アースの拠点だね)

(少し離れた場所に着陸して、そのまま離脱しちまおう)

 霧林は自分の家族と、戦争のせいで連絡が取れなくなっていた。その為に、家と呼べる場所が、アースの拠点しかないのだ。

 門倉や春川がいる拠点に向けて、大介は船を進める。俯いて声を出さずに泣き続ける霧林に、大介は目を向けない。

 人を気遣える余裕など、大介には残っていないのだ。ましてや、敵であるアースの兵士に優しい言葉などかけるはずもない。

 泣くことしか出来ない霧林の脳内で、幼かった頃の思い出がよみがえる。その中にいる神童と呼ばれていた大介は、確かに霧林を一生守るから結婚しようと言っていた。

 レーダーを回避してアースの拠点がある惑星に着陸し、船から降りる霧林を見送りにも出ない大介とは別人にしか思えない。


****


 涙が枯れるまで泣いた霧林は、ドーム内のように金属製の建物が並んだ拠点に帰り着いた。

 皮肉な事に、拠点にいた兵士達は霧林が生きていた事を、涙を流して喜んでいる。そして、大介を倒そうと互いに気合を入れていた。

「あら? 生きてたの?」

「はい。救命ポッドの中で、意識をなくしてました」

 兵士の騒ぎを聞き、門倉も霧林の様子を確認に来た。

「服も顔も、どろどろね」

「すみません」

「早く部屋で準備しなさい。再出撃は近いわよ」

 霧林を一度舐めまわすように見た門倉は、背を向ける。

「生きてて、よかったわ。貴女は実力があるから……」

「はい」

 背中越しに照れているのを誤魔化しながら、門倉は霧林の帰還を喜んだ。

 霧林も複雑な気持ちではあるが、微かに笑う。二人は死んでほしいと思うほどは、お互いを嫌っていない。その時、二人の言葉には珍しく嘘がなかった。

 少しでも時代が違っていれば、大介を含めた三人の状況は違っていただろう。

 だが、もうその未来は存在しない。


 武官用の部屋に戻った霧林は、シャワーを軽く浴びて、コンピューターを立ち上げる。そして、情報を集めた。

「嘘。こんな事って……」

 優秀な霧林はアースの隠された情報を、見つけたのだ。その画面には、アースの知られたくないであろう出来事が含まれていた。

 アースの前身となる組織は、戦争終結を目的としているが、惑星連合や革命軍とも交戦した記録が残っている。その際に、惑星連合軍の特務部隊にいた大介は、恋人を失ったとも詳細情報に書き込まれていた。

「大ちゃんの目的って、復讐……だったの? この岸田さんの為に?」

 何とか大介の気持ちを理解しようと、霧林は自分に置き換えて考える。そして、もし大介を失えば、自分も同じ事をするかもしれないと思え始めた。

 戦争の元凶として発表された大介には、もう普通の生活は戻ってこないだろうことは霧林でも分かっている。凶行を霧林が止めたとしても、社会は二度と大介を受け入れないだろう。

 霧林は自分の納得する答えを出す為に、そのまま考え込む。

「恋人? 恋人って何よ?」


 文字通り頭を抱えた霧林を、地球にいるアースの最高指導者が見つめる。

「さあ、準備が整ったぞ、イチ? お前はどうでる?」

 霧林が見た情報は、勿論改ざんされたものだ。

 アースが革命軍と惑星連合を止めようとして戦った事など、一度もない。戦争を起こしたのは、ハイブリッド等の実験や、人心をつかみ収穫を容易にする為であり、それ以外の目的はなかった。

 何よりも、履歴が残る婚姻ではなく、軍人同士が恋人関係だった事など調べる訳がないのだ。霧林がもう少し冷静で、魔法に耐性があれば気が付いただろう。

 しかし、最高指導者と大介の行動で、その先にあった未来も消える。


****


 それから、四十八時間が経過した。

 大介達が少なくなった燃料を節約して地球に向かう間に、敵は全ての準備を終える。そして、星間通信でアース本体である船団が、地球を出発すると発信した。

「地球の衛星軌道上に敵が出てくるのは、もうすぐだね」

(こっちも、短い転移をすれば、出てきた所を叩けるだろうな)

 星間通信を見ていた大介は、操縦かんから一度手を離した。

「出来すぎてるよね?」

(罠だろうな。怖いか?)

「それはないよ。でも、敵を全く倒せないで死んだら、先に地獄で待ってる師匠達に顔向けしづらいかなって」

(元々、勝ちはないんだ。カネだって、それくらいは大目に見てくれるはずだって)

「そうだね」

……地獄があるなら、謝ればいいか。うん。それだけだ。

 操縦かんを握りなおした大介の目から、稲妻が噴き出す。そして、神経や脳が正常でいられないほどの憎悪に、全てを委ねた。

……美紀さん。僕は。

(行くぜええぇぇ! 最後の花道だ!)

……行きます! 

 グレムリンの声を聞き、歯を食いしばった大介は、操縦かんを真っ直ぐに倒した。

 大介の乗る宇宙船を包んでいたフィールドが少しだけ強く光を放ち、操舵室から見た星々がその瞬きを歪める。そして、転移の魔法が完了した。


(なかなか絶景じゃねぇか。なぁ)

「関係ない!」

 月の衛星軌道上に、敵が待ち構えていた。

 アース本体である百の船団は、母艦らしき船を先頭に三角錐の陣形を組んでいる。

 ただ、相手の戦力はそれだけではない。母船を守るように、船団と大介の船の間に、もう一つの船団が半球状の陣形を組んでいた。

「ひっ! ひひっ! 寺崎いいぃぃぃ!」

 その半球状の船団半分を指揮しているのは、舟橋だ。魔法で狂い始めているが、高い指揮能力は維持している。

 アースの最高指揮官は、舟橋を洗脳して惑星連合の船団だけでなく、山本達があぶりだした革命軍や帝国のアース内通者も纏めたのだ。

「主砲充填!」

 残り半分は、門倉率いる船団の生き残りである、人間と人金のアース兵士達だ。その数は大介が潰した船団よりも、多くなっていた。

 地上戦を想定する必要がなく、一台の船に乗っている人員は少なくしているのだ。代わりに、アースの技術で性能は向上されていた。


 千にも及ぶ船団の前には、たった一隻の機銃しか装備していない船。

 さらに、船内に侵入できたとしても、異世界の住人が乗りこなすハイブリッド達が待ち構えているだろう。

 絶望の戦場に、大介は迷わず操縦かんを倒した。

(行くよ!)

(おう!)

 一斉に攻撃が開始されれば、大介の船は一分どころか一秒も持ちこたえることが出来ない。

 敵が準備を済ませる前に、最高速度のまま大介は敵船団へと向かう選択をした。それだけが、敵母船へ届く策だと、直感が叫んだからだ。

 半球状の陣形を組む船団が、砲口がカラフルに光り出した。

 その全ての照準は、大介の船に向いている訳ではない。回避できない様に、大介の船が移動できる範囲全てに向いているのだ。

「落とせえぇぇ!」

「発射!」


(くそっ!)

 目の前に迫ってくる光の壁を見て、グレムリンがフィールドを最大に引き上げた。

「ぐうう!」

 操縦かんを倒したまま、大介は衝撃に耐える。

 大介達が狙っていたのは、発射誤差により発生する隙間へ船を滑り込ませる事だった。だが、敵の最高指導者はそれを読んでいたのだ。そして、遠隔で発射タイミングに誤差を生じさせなかった。船が通り抜ける隙間のない攻撃に、大介達はフィールドで耐えることしか出来ない。

 何枚もの輝く壁が、大介の船に襲いかかる。大介達が乗る船は装甲板が徐々に融解し始め、折れ曲がる音が船内に響いていく。残りが少なくなっていた魔力は目に見えて消費され、フィールドが弱まっていった。

「こっ! のおおぉぉ!」

 体が放電を始めた大介は、何とか操縦かんを離さずに我慢していた。だが、先に船自体が限界を迎える。

(くそおぉぉ……お?)

 グレムリンはいきなり届いた通信メッセージを、急いで大介へと言霊で飛ばす。

「えっ? あ……この!」

 グレムリンに届けられたのは、霧林からのメッセージだった。

 そこには敵母船に最高指導者はおらず、半球状の陣形で最端に位置した船を見ろと入力されている。

 船団の中で一隻だけ、攻撃をしていない船が確かにあった。母船へとたどり着けないと判断した大介は、そちらへ船首を向ける。そして、燃え上がる闇の翼は、敵最高指導者を目指して突撃した。


「これは?」

「大丈夫だ。これでいい」

 アースの最高指導者は、笑う。

 だが、大きな勘違いがある事には気が付いていない。

 最高指導者が恐れたのは、船団に大介が乗り移り、内部から各個撃破された場合の被害だ。敵は大介にそれだけの力が残っていると、思い込んでいた。

 大介達二人もその策を、考えなかったわけではない。だが、大介の体に、それだけの時間が残っていないのだ。その為に、母船へ直進しようとしていた。

 敵最高指導者も、大昔の人間に神と呼ばれただけで、本当の神ではないのだ。


(限界だあぁぁ!)

……美紀さん。僕に少しだけでいい。力を下さい!

 トランス状態になった大介は、攻撃の合間を見計らい、爆散寸前の船から飛び降りる。舟橋達は、大介の船が予想外に急転回した為に、対応できていない。

「届けっ!」

 船内の金属を材料にしたワイヤーを繋いだブッシュナイフが、人間には知覚出来ない速度で目的の船に突き刺さる。

(よっし! 行け!)

 ワイヤーを大介が手繰り寄せる間に、グレムリンは船のフィールドを無理矢理中和するプログラムを起動した。


****


「はぁ! はぁ! はぁ!」

 今の大介に、トランスは想像以上の負荷をかけた。

 それでもグレムリンの魔法で、船内に侵入する事には成功する。大介達を待ち構えていたのは、体のラインが分かる大介と似た青い宇宙服を着た霧林だった。

 霧林は、銃を大介に向けて構えている。

「こっちよ! 急いで!」

 大介の背後にいたアース兵士を霧林が撃ち抜き、走り出した。

(罠?)

(ええい! 考えてる時間がねぇぞ!)

 背後からの足音が聞こえた大介は、霧林の後を追った。そして、霧林に並走しながら、声をかける。

「なんで?」

「私も一緒に行かせて。お願い」

「えっ?」

「忘れててもいい。犯罪者でもいい。貴方は、私が大好きな人なの」

 霧林は息を弾ませながら、少しだけ悲しそうに大介に笑いかける。

 胸がちくりと痛んだことに、他の部分も痛みを発し続ける大介は気が付けなかった。霧林からただ目をそらし、眼前の兵士をナイフで切り裂く。

 異世界の住人が中にいない状態だが、敵兵士には試作品ハイブリッドが大勢混ざっていた。前衛を大介が受け持ち、霧林は援護に徹する。

「はぁ! はぁ!」

「次は右よ!」

 分かれ道のたびに、大介は振り向き霧林からの指示を仰いだ。トランス状態も維持できなくなってきた大介は、思考を全て体の操作に向けている。

 グレムリンはそんな大介に、指示を出し続けた。

 敵最高指導者を守ろうとしたためか、その船には信じられない人数の兵士が乗船している。全く余裕がない大介は、敵が見えた瞬間だけ素早く前に踏み出し、斬るという単純な動きしか出来ない。グレムリンと知神が作り上げた、フィールドに頼り切った作戦だ。

 速度も不完全なハイブリッド達に、後れを取り始めている。


「何てことだ。読み間違えたようだ」

「は?」

 最高指導者は、大介の動きが温存ではなく衰弱だと見抜いてしまう。

 それに気が付けない部下が、最高指導者と大介の動きを映し出しているモニターを交互に見比べた。

「こんな奴等に、材料と魂を浪費する事はないな」

 最高指導者は、通路を魔法で歪める。

 その事を戦いに集中した大介とグレムリンは、察知できなかった。

「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」

 喋る余裕すらなく荒い息を吐く大介は、返り血をシールドから手で拭き取る。外傷を負っていないが、スーツは全身が赤黒く変わっていた。

 距離を置いていた霧林も、返り血のせいで宇宙服が半分赤に染まっており、戦いの凄惨さを物語っている。


 敵の波が落ち着き、大介は呼吸を整えた。そして、扉を指さして霧林を見る。

「そう、その部屋の先にあるのが指令室よ」

 大介が壁のスイッチを押すと、金属で出来た部屋の扉が横に開いた。

 待っていたのは、最高指導者ではない。

「寺崎くん。久しぶり」

 宇宙服を着た、門倉だ。

「寺崎くんだよね? 顔を見せて。心配してたのよ?」

 門倉は優しい顔で、ゆっくりと大介に近付いていく。最高指導者からの指示で、大介を殺す為に。

「お願いよ。一目でいいの」

 大介から見えない様に、後ろ手に銃を持っている。

 その銃の魔法は、今大介が使っているフィールドを、最高指導者が読み解いて作られていた。門倉は大介が避けられない様に、至近距離まで近づこうとしている。


「さあ、どうする?」

 異世界の住人達は、過去の映像から大介が門倉を好きだったことを知っている。そして、笑いながら母船でモニターを見つめていた。

 霧林に流した情報は、勿論偽物であり、最高指導者は今も母船にいる。最悪の場合、待機を命じている船団の一斉射撃で、その船ごと大介を焼き払う予定だったのだ。

(どうするよ? 警告はしてやるか?)

(いい。この人は、もう僕の敵なんだ)

「死になさい!」

(ほら)

 体はついてこなくとも、大介の意識は加速している。ゆっくりと銃口を向けようとした門倉に向かって、大介はナイフを振り上げた。

「ぐっ!」

(くそっ! 隠れてやがった!)

 踏み込んだ大介の太ももを、魔法の銃弾がかすめた。それだけで、スーツと肉がはじけ飛ぶ。

 大介の斜めに振り上げたナイフは、門倉が持った銃を切り裂いた。

 だが、踏み込みが甘くなったせいで、肩口を傷つけただけにとどまる。

「死ね! このクズ野郎おぉぉ!」

 最高指導者の魔法で柔らかく変質した床の金属板に隠れていた安岡は、銃を大介に向かって乱射していた。

 その安岡を視界の左端でとらえた大介は、自分をトランス状態に持ち込んだ。そして、怪我をしていない右足で床を蹴り、安岡にナイフを向けた。

 大介は武器を失った門倉よりも、安岡を殺すべきだと判断したのだ。

「うぐっ!」

……このっ!

「由梨ぃ……愛してる……愛してる」

 怪我をした左足に踏ん張りがきかず、右手で振り上げた大介のナイフは、安岡を両断する事は出来ない。

 だが、左鎖骨部分から侵入したナイフの先は、安岡の右脇腹を抜け、致命傷を与えた。春川への愛を口にして、安岡はそのままうつ伏せに倒れ込み、赤い水たまりを作る。

「ひっ! この……この悪魔あぁぁ!」

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 自分の肩を押さえた門倉は、そのまま部屋から逃げ出そうと走り出す。

 ナイフを構えて大きく息をしている大介は、それを追うことが出来なかった。トランスを使ったせいで、動けなくなっているのだ。


(これで、血を止めろ)

 グレムリンは床の金属をワイヤーに変え、大介に指示をする。

(そういえば……)

 大介がワイヤーを拾うと同時に、霧林が遅れて部屋に入ってきた。門倉への対応で、二人は霧林の事を忘れていた。

「ふふっ。さあ、どうする?」

 最高指導者は笑ったまま落ち着いて、迫ってきた月の軌道上から、船団を移動させるようにと指示を出した。

 ただ、モニターの大介達からは、目を離していない。

「なんで?」

……なんだ?

「なんで! 浩太を殺したのよ! 大介!」

 部屋に入る直前で、最高指導者は霧林の端末に映像データを流した。それも、強制的に。

 その映像とは最高指導者が作り上げたもので、大介が泣いて助けをこう浜崎を虐殺するシーンだった。それを見せられた霧林は心のバランスを崩してしまう。

「貴方は変わってしまった。もう、見ていられない」

 霧林は、泣きながら銃を構えた。

「貴方を殺して、私も死ぬ……」

……くそっ!

(なんだ! 何があった!)

「あっ……」

 霧林の構えた銃口が光ると同時に、大介は右足で床を蹴り、ナイフを突き出した。そして、その腹部に刺さったナイフは霧林の背中まで進んだ。

 ナイフを貫かれた霧林は、床に縫い付けられる。


「えっ? う……そ……」

 霧林が見当違いな方向へ放った銃弾の先を、大介は目で追った。

……こんなのって。

 霧林の弾丸は、目標物を正確に貫いて抜いていたのだ。

 最後の力で銃口を大介に向けていた安岡は、頭を撃ち抜かれて絶命していた。

「なっ……なんで?」

「大ちゃん……。私……怖い夢見てたの……」

 血を吐き出しながら、霧林は大介の頬に優しく手を添える。意識がすでに混濁しているようだ。

「大ちゃんが、私と浩太に酷い事する夢。でも……夢でよかった……」

 目蓋を閉じる力すら残っていない霧林の手が、だらりと垂れさがる。

……あ、ああ、ああああぁぁぁ!

 その瞬間に、大介の中で封印されていた記憶が蘇る。

(うおわぁっ!)

 大介の心から噴き出した大量の情報は、グレムリンにも流入する。

 小さかった大介は、大好きだった霧林と約束をしていた。大きくなったら結婚をしようと。

「こんな……こんなのって……。さっちゃん……」

 思考の停止した大介は、そのまま霧林を抱きしめた。グレムリンも大介の情報に飲まれ、隙を作ってしまう。


 最大の隙を作った二人に、絶望が笑いかける。心底嬉しそうに。


「チェックメイト」

 最高指導者は、モニターに映し出された光景を見て、最高の笑顔を作る。

《アプランク》

 そして、魔法を使う。

「うぐっ!」

(くそったれぇぇ!)

 床板の金属は太い杭となり、大介の腰にあった端末を貫く。さらにスーツを突き破り、皮膚を裂き、体内をかき分けて進んだ。

 最終的にその杭が到達したのは、大介の心臓だった。肺を傷つけていたその杭のせいで、大介が吐血しながら霧林の上に倒れ込んだ。

 グレムリンは端末が壊れた事で、強制的に幽世へ引き戻される。

……情けない。ここまでか。

 最高指導者の魔法は、そのまま床に穴をあけた。

……悔しいなぁ。悔しいなぁ。

 大介達三人の体は、月の重力に引き寄せられていく。

……さっちゃん。ごめんよ。ごめん。

 大介達から噴き出した血が、真空の宇宙空間で形を変えていく。

……美紀さん。僕、何も出来なかった。

 水中のようにゆっくりと落ちていた大介達から、命の火が消えていく。

(悔……し……い……よ……)

 大急ぎで転移してきた山本達の戦力は、間に合わなかった。大介がいない以上、船団に駆逐されて終わりだろう。

 それだけではない。アースに対抗できる唯一といっていい戦力が、月の上で消えているのだ。全てはどうする事も出来ない。

 人間と人金の明るい明日は、消えてなくなる。そして、グレムリン達も、やがては人間を収穫し終えたアースに滅ぼされるだろう。


 悲しみだけが降り積もった一連の出来事が、終わりを告げる。人類の未来と共に。

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