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十話

 時計がカチカチと、針を進ませていた。細い秒針に連動して、長身と短針が回る。

 大介が作られた空の下で道を選び出してから、一週間と呼ばれる時間単位すら経過していない。だが、止まる事を知らない時間は、確実に進み続けていた。

 大介が、深淵の揺りかごで深い眠りについている。

 エウロパの面々が、故郷と一人の青年を救う為に奔走している。

 アースが収穫の計画を、最終段階へ進めていた。

 長い長い人類の歴史からすれば、瞬きをしている間に終わってしまうほど短い時間だ。

 だがそれは、人類の未来に大いに関係した時間だった。歴史的な瞬間は、刻々と迫っている。

 大介とグレムリンの選択は、間違いだったのかもしれない。異世界でグレムリンが仲間を裏切らなければ、敵は現世でこんな暴挙には出ていなかっただろう。大介が復讐ではなく愛や平和を選択し、人の力を終結させれば、明るい未来へとつながる道が見つかっていたはずだ。

 だが、二人はそれを選べなかった。自分自身の感情を、何よりも優先したからだ。

 そんな二人を待ち構えているのは、凄惨な屍に満ち満ちた戦場だけだろう。一人殺せば犯罪者、百人殺せば英雄と呼ばれる事は確かにある。しかし、生きる為だとしても、自分の都合だけで他人の生命を脅かす者が、幸せを手にするのは難しい。


 大きな流れの中で、重要な歯車になりつつある五人の女性は、一時の感情で現実が見えていない様に思える。彼女等とは違い、山本やアジズ達はかなり先の未来まで読んでいた。

 如何に大介が化け物じみていたとしても、その力には限界がある。百をこえる完全体のハイブリッドに、一人で勝てるはずがないのだ。

 つまり、大介の戦いは山本達にとって、相手の戦力を削ぎつつ、自分達の戦力を整える時間稼ぎでしかない。

 最終的に人類が生き残る為には、アースとの全面戦争に勝つしかないだろう。異世界の住人達が、人金を含めた人類を家畜としか思えない限り、それは変わらない。

 それでも山本達の中から、希望は消えていないようだ。最短で戦力をそろえる事が出来れば、大介が力尽きる前に増援として加われる可能性はまだある。

 容易な事ではないが、山本達はそれを成し遂げる為に努力する。そして、今も不眠不休で活動を続けていた。

 優秀な人材により行われたそれは、実を結んだ。エウロパに各勢力の鉾が向く事はほぼなくなり、ナクサと一緒に戦った革命軍の有志やアジズを慕う帝国の人金は、すでに戦力として数えられる。アースと戦うにはまだ心もとない戦力だが、確実に前へと進んでいた。

 しかし、都合のいい事ばかりではないのが、現実だ。


「なるほど……なるほど……」

 山本達の動きを、情報戦に長けたアースの最高指導者が見落とすわけがない。機械を支配して情報を筒抜けにした惑星連合や革命軍だけでなく、帝国のおおよその状況まで少ない情報から正確に察知していた。

「ふふふっ、なかなか頑張ってるじゃないか」

 その最高指導者は、グレムリンと全く同等の力を持っている。

 その上、グレムリンのように端末等の枷がない。膨大な情報を、驚くほど短時間で吸収し、策を組み直す。

 アースにとって予想外だったのは、大介とグレムリンが船団を沈める力があった事と、山本達が予想よりも早くアースに対抗する為に動いた事だ。

「星間通信の規制は、まだ受けていません。餌達は、船団が順調にエウロパの軍を駆逐していると、まだ信じているはずです」

 最高指導者は補佐官の報告に、顔を変えない。

「当然だろうな。惑星連合のゴミ共が抱える問題は、そう容易くは解決しない」

 最高指導者の中で、人間の軍全てが結託したとしても、負ける可能性はないと計算は済んでいた。

 アースとそれ以外の軍で、宇宙船の性能以上に、操縦者の能力も差があり過ぎるのだ。音速で飛んでくるライフル弾すら、笑いながら避けられるアースの兵士達。その兵士達が操縦する最高の機体と渡り合える兵器が、人間側にはない。

 その上で、魔法にかんしても異世界の住人側に、人間が勝てるはずもないだろう。革命軍に提供していた以上の魔法兵器を所持しているだけでなく、異世界の住人達は個別の魔法が使用できるのだ。

 これにグレムリンや知神並みのものが考えた策が加わるのだから、人間ではアースに被害すら出せないかもしれない。

「家畜共は、後でどうとでもなる。それよりも、裏切り者イチとその協力者……寺崎大介。早急に対応しなければいけない」

「おっしゃる通りです。まさか、船団を潰されるとは思いませんでした」

「この敗因が、分かるか?」

 自分には分かっていると言わんばかりに、最高指導者は補佐官を見る。

「やはり、一箇神の策でしょうか?」

「ふふふっ。間違えてはいないが、正解ではないね」

 最高指導者は、笑う。

 その補佐官の返答自体が、敗因だと思っているからだ。

「イチの策もそうだが、この寺崎を我々は甘く見過ぎた。そして仕返しの為に、遊ぼうとしたのが、負けた理由だ」

「人間が……ですか?」

 最高指導者が乗っ取ったハイブリッドボディの元になったのは、大介と同じ人種の人間だ。一重まぶたで肌が白い事以外は特徴がない顔だが、均整は取れている。

 元々は大介とほとんど同じ年の人間だったが、外見から他者が予想する年齢には大きな違いがあるだろう。童顔の大介とは逆に、その人間は少し老け顔なのだ。中にいる異世界の住人が醸している落ち着いた雰囲気が加わり、服装の補正を受ければ三十代に見えなくもない。

 その嫌みのない顔で、最高指導者は笑っている。

「敵を過小評価してはいけない。イチを苦しめたい気持ちは私も同じだが、それは力を手に入れてからにするべきだった」

「確かにそうですね」

 今まで自分達を導いた最高指導者の言葉に、部下からの疑いは感じられない。真面目な顔で、何度もうなずいている。

「次はこの寺崎を速やかに殺す事を、第一目標にする。そうすれば、策から不確定要素がほぼ排除完了だ」

「はい。では、精鋭をぶつけますか? 完全なハイブリッド三十……。いえ、五十もいれば負ける事はないはずです」

「いや。それは、必要ない」

「では、宇宙用戦闘機で一斉に攻撃を仕掛けますか?」

「ふふふっ。それも必要ないね」

 肩を揺らして笑う最高指導者の考えが読めない部下は、眉間に深いしわが入るほど力をこめ、首を傾げている。何とか尊敬している最高指導者の考えを、理解したいらしい。

「過小評価はもちろんだけど、過大評価もよくない」

「はぁ」

 その最高指導者は、大介に関してのデータを全て取り込み済みだった。

 幼少の頃から惑星連合内に残った公式データだけでなく、アーカイブにため込まれていた監視カメラの映像まで全てだ。そして、大介という人間を、趣味趣向や癖に至るまで原寸大で頭の中に作り上げている。

「こんな不確定要素のせいで、こちらにこれ以上損害が出るなんて……。嫌だろう?」

「はい。それは」

「ゴミの始末は、ゴミにしてもらえばいいだけなんだよ。簡単な話だ。ふふふっ」

 部下は、もう一度元に戻していた首を傾げる。異界の住人でさえ手こずる大介を、それ以外で処理できるとは思えないからだ。

「ふふっ、悪いね。簡単に言えば、人間の一番弱い部分を攻めるのさ」

「一番弱い?」

「そう。心ってやつさ。そうすれば、簡単にからめ捕れる」

 その最高指導者はグレムリンと同等であり、心を読み解く事にも特出しているのだ。

 既に最高指導者の策は、動き始めていた。グレムリンが端末の中から遠隔で行ったように、部屋にいながら人の心を情報という鍵で開き、囁きかける。

 今回も、その策は何重にも準備をしているようだ。遅行性のものから即効性のものまで、それぞれが自分達に有利に働く様に、猛毒を混ぜ合わせる。

 囁かれた人間達は、自分達自身がその毒となるべく汚染されている事に、気が付かない。その最高指導者は、人間の煩悩をよく理解しており、その部分を刺激しているからだ。


****


「くそっ!」

「落ち着いてください!」

 部屋で椅子を蹴りつけた舟橋を、秘書が注意する。

「五月蝿い!」

 舟橋は飲みかけのコーヒーが入ったカップを、秘書に向かって投げつけた。

 それは秘書に当たらずに、壁で砕け散る。

「ちょっと! 危ないじゃないですか!」

 熱湯とカップをぶつけられそうになった女性秘書は、舟橋に対して怒りの表情を見せた。

「五月蝿い! 五月蝿い! 五月蝿い! くそぉ!」

 舟橋の秘書は、自分の上司が怒っている理由を少し勘違いしている。

 アースの大介討伐に、惑星連合軍も加わり、自分が指揮をとると舟橋は申請していた。それは却下されたのだが、秘書はそのせいで舟橋が荒れていると思い込んでいるらしい。

 だが、本当はその後に指導者から届いた、舟橋からの指揮権剥奪及び、降格の指示書が一番の原因なのだ。流石に功を焦っているとはいえ、舟橋は出撃できないだけでここまで怒りをあらわにはしない。

 実はクロエ達が指導者達を脅迫した直後に、舟橋がその申請を出してしまい、八つ当たりされたのだ。愛を失い、仕事での成功に固執し始めていた舟橋に、それは耐え難い。

「落ち着きなさいったら!」

「五月蝿い! 出て行け!」

「ええ。そうさせてもらいます! 頭を冷やしてください!」

 怒りながら部屋を出る新しい秘書を見て、門倉ならば優しく慰めてくれたのではないかと考えてしまい、舟橋はもう一度椅子を蹴りつけていた。

 人間にとって自分の気持ちを誤魔化すのは、難問なのだろう。門倉の事を忘れようとすればするほど、舟橋はその想いに縛られていく。

 そんな舟橋に、アースの最高指導者は囁きかける。

「えっ? これは」

 自分に届いた一通のメールを見て、舟橋の顔が歪む。そして、画面に表示された文字を確かめるように指でなぞった。

 メガネの下にある目は血走り、瞳孔が開きかけている。緩んだ口元からは、涎が垂れはじめた。

「ふっ……ははっ! いいぞ! 俺の力が、こんな所で終わるはずがないんだ!」

 薄気味悪く笑う舟橋は、何度もメールの内容を確認した。そして、人間にしては優秀な頭脳で、自分が何をするべきかを導き出す。

「そうだ! 有無も言わせない結果さえあれば、いいだけじゃないか! ふへっ! ふひゃはははっ!」

 大声で笑いながら、舟橋は何かに憑りつかれたようにコンピューターを操作する。そして、自分の欲望に向かって進み始めた。

 異世界の住人が組み上げた人心を惑わせる魔法のかかったメールは、舟橋にかなりの効果をもたらしたようだ。


****


「由梨……頼むよ。目を覚ましてくれよ」

 ある惑星に秘密裏に建設されたアースの拠点で、安岡は意識が戻らない春川に付き添っていた。何度も一つしかない手を握り、涙を流す。

 その姿は、大介に付き添った春川を思い出させる。それほど献身的なのだ。

「もう一度笑ってくれよ。由梨ぃ」

 強靭なハイブリッドの体を持った春川は、身体的には問題ない。

 だが、魔法の雷は、不安定極まりない春川の精神を焼いたのだ。奇跡的なバランスで保たれていた春川の精神は、そのバランスを失い、深い闇の底からまだ帰還できない。


「失礼する。お前が、安岡だな?」

「あ、はい」

 アースの一般兵が、春川の病室を訪れた。そして、安岡に端末を差し出した。

 安岡はそれを訳も分からずに、受け取る。

「えっ? これは」

「上からの命令だ。次の出撃は、お前もそれを持って参加しろ」

 安岡は端末の画面に自動で開かれたメッセージを、真剣に読む。そして、歯をむき出しにするほど、激高した。

「寺崎が生きている? 由梨をこんな目にあわせて俺を貶めた、あのクズが?」

 安岡の表情を見て、兵士は病室を出た。そのハイブリッドの任務は、それで完了だからだ。

「殺してやる。俺が殺してやる。このくそったれは、俺が殺してやる」

 安岡は、大きな声を出さなかった。

 だが、春川にでも乗り移られたように、大介の画像に向かって殺意の言葉を呟き続ける。そして、目には真っ黒い炎が静かに燃え始めていた。

 安岡は、端末の画面から人間では気が付かない魔法が放出され、一部始終が見られているなどと考えもしない。


****


 その拠点で各部隊の編成を行っていた門倉は、武官専用の個室へと戻った。

 船団から生き残ったほとんどのアース兵士達が脱出出来たのも、拠点へ戻ってからの大混乱を収拾したのも門倉だ。コンピューターと一体化された机の椅子に座った門倉の顔は、分かりやすく疲労に埋め尽くされていた。

 軍服の上着を乱暴に床へ投げ捨て、何か所もマニキュアが剥がれ割れている両手の爪で、頭をぐしゃぐしゃに掻き毟る。

「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、皆死ね。あんな馬鹿達なんて、生きる価値すらないわ」

 門倉の真っ赤に充血した目はストレスで荒み、抜け毛も増えている。

 部下達の前で吐き出さない様に本音を一人で呟いていた門倉は、目を閉じて額を机につけた。冷たい金属の机が、煙を出すのではないかと思えるほど発熱していた門倉の頭を冷やしている。

「ふぅ」

 しばらくその状態で動かなくなっていた門倉が、顔を上げて息を吐き出した。そして、自分を落ち着かせ、起動が終わったコンピューターを操作する。

「やっぱり、間違いじゃないのね?」

 脱出中から、門倉は今見ている情報を知っていた。だが、部下達の手前、本性を出さない為に敢えて読み返しはしていない。

「お前が……お前が私から……全部奪った犯人なのね?」

 冷却されたはずの門倉の頭に、再び血液が昇っていく。そして、般若の面を彷彿とさせる、腹黒さを前面に出した本当の顔が形作られていった。

 門倉が力の限り握っている画面には、大介の情報が表示されている。星間通信で使われた情報と同じ、嘘で固められたものだ。

 だが、門倉はそれを疑わない。疑う理由すらないからだ。

「何? これがお前を選ばなかった、私への報復ってわけ? これが?」

 全身をぶるぶると震わせながら立ち上がった門倉は、近くにある物全てに手を伸ばし、次々に壁へ投げつけた。

「ふざけないでよぉぉ! ふざけんじゃないわよぉぉ! お前なんかのせいでぇ! なんで私が苦しめられないといけないのよおぉぉ!」

 門倉の怒りや恨みも、全て大介へと誘導された。

 感情が高ぶり過ぎた門倉の目からは、大粒の涙が絶え間なく生み出されていた。その門倉に壁へとぶつけられた物が、壊れて積み重なる。

「なんで私がこんな目にあわなくちゃいけないのよぉ! 馬鹿じゃないの! なんで! なんでよ!」

 投げる物のなくなった門倉はその場にへたり込み、両手で顔を隠すように押さえた。涙はまだ流れ続けている。

「なんでよおぉ! なんでよ……なんでなのよ……誰か助けてよ……誰か……」

 体を小さくした門倉は、そのまま静かに泣き続けた。その行為は、限界に達しているストレスを和らげ、気持ちを切り替える効果がある。

 しばらくして泣き止んだ門倉は、シャワーを浴びる為に立ち上がった。目からは悲しみも迷いも消えている。

「寺崎大介。あの悪魔を止められるのが私なんだとすれば、やるしかない。私を好きだと言った瞬間に、その心臓に銃弾を撃ち込んでやるんだ。必ず」

 体を綺麗に洗い流した門倉は、髪を乾かし、時間をかけてメイクを済ませた。のりのきいた軍服を身に纏い、強い意志を胸に抱いて部屋をでる。

 彼女が戦うのは、自分の信じた正義の為だけではない。人間らしく、自分自身の平和と幸せが一番の目的なのだ。

 彼女の優秀な指揮能力は、本能に基づいた強い信念に支えられ、崩れかかったアース分隊を立て直す。そして、その戦力全てが戦争の元凶とされている一人の人間に向けられる。


****


 いまだに眠り続ける大介は、好意を寄せていた門倉の気持ちなど知る由もない。

 約二十四時間で危険な状態を抜け出した大介は、宇宙船の床で静かな寝息を立てていた。

 目覚めることなく眠っている訳ではない。幾度となく起き出しては、薬と水を補給してすぐに眠ったのだ。その補充された栄養と回復プログラムのおかげで、左腕も回復し、活動可能な体を取り戻しつつあった。

 だが、健康に見えるのは外見上だけであり、体中の細胞は限界域から抜け出せてはいない。脳や内臓、血液すら、正常とは言い難いだろう。人間以上の力を使った大介の代償は、これでも安く済んだほうだ。

 しかし、なくなったわけではないが、大介の手元に残された命と呼ばれる魔法の通貨は、残り少ない。

 大介が眠る理由は、ただ一つ。残り少ない命を、より有効に復讐に生かす為でしかない。

 愛する女性をを苦しめ殺したアースへの大介の怒りと憎しみは、色あせる事を知らないだろう。大介か敵のどちらかが、消えてなくなるまで。


(嬢ちゃん。シャワーでも浴びればどうだ?)

 座ったまま眠っていた霧林が目を覚ましたのを見て、グレムリンが声をかける。霧林は目を擦り、大介が目を覚ましていないかを真っ先に確認した。

(この船は、元々お前さん等の船を改造したもんだ。使い方はわかるだろ?)

 霧林は、グレムリンへ返事をせずに膝を抱えた。そして、両膝に顔を埋めて、考えを纏めようと努力する。

 それは大介が休眠中に、霧林の中で何度も繰り返された作業だ。大介がアースに弓を引き、人類への反逆を企てた答えが欲しいらしい。

 霧林は、春川と戦った大介を見ている。そのせいで、逆に答えが出ない。自己の欲望を満たす訳でも、誰かに命令された訳でもないように見えたからだ。

 理由もなく命を投げ捨てて戦う人間など、霧林は知らない。

 霧林はピースの足りないパズルを、懸命に解き明かそうとしていたのだ。

「ねえ?」

(ああん?)

 霧林が突然、グレムリンへ声をかけた。

「間違えているのは、アース? それとも大介?」

 実は霧林の中で、アースが間違えているのではと、思えていたのだ。

(その言い方は、何か思うところでもあるのか?)

 グレムリンがいる端末から、霧林が目をそらす。

 霧林の中で大介と再会する前から、アースに対しての信頼は完璧とは言えなくなっていたのだ。詳細までは分かっていないようだが、強化を受けた人間の異常行動や、戦況を拡大させる可能性の高い作戦の強行を、霧林はかねてより疑問に思っていた。

 その上で、頼りだった浜崎を前触れもなしに地球本部へ勤務拠点変更とされ、連絡も取れなくなった事で疑問は不信感へと変わりつつあったのだ。

「別にどうでもいいでしょ。それよりも、何か知ってるなら教えなさいよ」

 霧林はグレムリンの事を、使役されている弱い異世界の住人だろうとしか思っておらず、横柄な態度を続けている。

 グレムリンはいつものように、大介の立場に立って考えた。そして、返事をする。

(まあ、あれだ。武力集団が、誰にも恨まれない訳がないってこった)

「返答として不十分じゃないの?」

(正義うんぬんを含めて、正しいかどうかは、最終的に戦争に勝った奴等が決める事だ。俺達が言える事はない)

 霧林に真実を話せば巻き込むことになり、それを大介が嫌がるだろうとグレムリンは予測したのだ。そして、はいともいいえとも取れる答えで、返事を濁す。

「だから、それを判断する材料を頂戴よ」

(やなこった。自分で調べな。うけけけけっ)

 霧林はグレムリンの返事を聞き、舌打ちをする。そして、質問を変えた。

「あんた、大介が召喚してからどれぐらい?」

(ああ? まあ、そこそこ長くなってきてるが?)

「なら、昔の話って聞いた事ない? 大介の」

 グレムリンには霧林が何を聞きたかったかが、すぐに分かった。

(香坂って名前についてか?)

「えっ? 何か知ってるの?」

 霧林が命の恩人である事は、グレムリンもよく理解できていた。そして、大介には答えすら出せないだろうと考え、恩返しのつもりで集めていたもう使わない鍵を渡す。

(こいつが香坂大介だったのは、間違いじゃない。俺も、軍のデータを見てきたから間違いじゃない。だがなぁ。忘れちまってるんだよ。全部な)

「忘れるって? えっ? 何? よく分からない」

(そうだなぁ。病気の一種かもなぁ。心の。親が両方死んで苦しくて仕方ない記憶を、生きる為に消したか封印しちまったらしい)

 話を詳しく聞きたい霧林は、部屋の隅から膝を使って大介に這い寄る。

(何度か俺からも確認したがな。嘘じゃなく、本当に覚えてないらしいぞ)

「そんな……どうにか出来ないの?」

(無茶いうな。どうにもならねぇよ)

 泣きそうな目で端末を見つめる霧林から、グレムリンは目をそむけた。本当にどうする事も出来ないのだろう。

(どうでもいいから、シャワーにでも行ってこい)

 涙を堪えていた霧林は、仕方なく立ち上がる。

(簡易シャワールームに、タオルとかは完備してあった。勝手に使え)

「分かった」

 霧林はそのままふらふらと、操舵室の奥にある扉へ向かう。

(はぁぁぁ。やれやれだ)

 端末の中で寝転んだグレムリンは、もう何も考えない。

 今の弱った大介とグレムリンでは、完全なハイブリッド一匹を殺せる力があるかも疑わしい。いくらグレムリンでも、策をたてる事すら不可能なのだ。万策はとうの昔に尽きている。

 グレムリンに出来る事があるとすれば、戦場で大介の補助を精一杯行う事だけだろう。


 二人は宇宙船の中で、ただ休息を取っている。戦って死ぬだけの為に。

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