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九話

 紺碧の空が、どこまでも果てしなく続いていた。

 だが、その空を見て心が動く人間は、少ないかもしれない。油絵の具でむらなく塗りつぶされたように見える空は、雄大な自然とは違うように感じるからだ。その空を見渡しても、雲どころか太陽すら見当たらない。

 太陽が空に浮かんでいないのは、その場所が夜だからという理由ではないようだ。蛍光灯で照らされているような空の色は、目に痛みを感じるほどはっきりと見えている。辺りを見回しても影や闇は、どこにも存在しない。

 透き通った水は、彼方にある水平線で空との境界を保っていた。波紋一つ見当たらないその水は、透明度が驚くほど高いようで光が届く限り水中が見渡せる。底が黙視できないのは、視力に限界があるせいだろう。

 潮の香りも波もないその広い水面は、湖かも知れない。だが、陸地が探せない程の広さはある。

 空と水面しかない明るいだけの世界は、神秘的ではあるが何処か物悲しい。


 何もなかったその景色の中に、突然動くものが出現した。その二人は、空中を歩いている。それも驚くほどの速度で、会話をしながら空を滑っていく。

 神主を思わせる白い上着と紫色の袴は、風の影響を全く受けていない。その世界での、空気や風の在り方は現世と違うのだろう。

 二人が近づくと、先程まで何もなかったはずの水面に、巨大な木造の建築物が現れる。

 床の高い古代の日本で貴族が暮らしていた建物を思わせる作りのそれは、水の上に浮いていた。正確には、幾本もある建物を支えているらしい柱は、水草らしい緑の上に置かれている。水中までその柱は伸びていないが、建物の最上部は見えないほど続いていた。

 螺旋状に伸びる長い木造の階段で繋げられた寝殿造りの建物が、何層にも重なっているようだ。物理法則を無視したその建屋は、各層ごとに庭や池が存在していた。渡殿には古風な格好をした者達が、語らいながら歩いている。

 そこが二人の異世界にある住まいだ。

 数えるのさえ面倒なほど高い層の一つから飛び出している釣殿に、二人は降り立った。そして、自分達の部屋へ向かう。

 すれ違う者が首を垂れる光景から、その二人がかなりの地位があると推測できた。木だと思われる材質で作られた部屋の扉も、従者らしき者が開き、二人は扉に触れもしていない。

 部屋の中は広い板間で、左右には几帳が部屋の奥まで続いており、無細工に置かれた木製の棚には金属製の鏡や調度品が並べられていた。命を宿したままの少し緑がかった床板の上を、二人が音もなく歩く。

 一段高くなった床の上には、うつし塗に似た材質の推測できない肘掛のある一対の座椅子が置かれていた。豪華な屏風の前にあるそれが、二人の席なのだろう。

 胡坐をかいて座る三人の間をすり抜け、当たり前のように兄弟は座椅子へ座った。そして、報告を真剣な顔で待つ知神達に、眠たそうな目を向ける。

「そうせっつくな。息苦しい」

 目を閉じ、顔をそむけた兄に変わり、弟が知神達への説明をする。

「お前達の望んだ結末に、たどり着けたはずだ」

「そうか、へへっ」

 雷神達は嬉しそうに息を吐き出した。

「感謝する」

「ふんっ!」

 武神達が両拳を床につき頭を下げるのを、薄目で見ていた兄神が、不満そうに鼻を鳴らす。

「我等は何もしていない。あの人間が、勝手に戦っただけだ」

「それでも、お二人の存在なくしては、勝利はなかった。感謝します」

「ふんっ!」

  もう一度頭を下げた三人の何かが気に入らない兄神は、目を閉じで袂から取り出した扇子で顔を隠す。

「やったんだなぁ、あいつ。へへっ、へへへへへっ」

「そうだ。いつも我らの予想を超えてくれる。大した弟子だ」

「最後に……最後にあいつは笑ってくれただろうか?」

 涙をためてにやける三人に、弟神が少しだけ言い難そうな顔で補足をする。

「あの人間の最後は、まだ先だと思うぞ。我等兄弟の力がこもった言霊は、それなりの効果が期待できる」

 弟神の言葉を聞いた三人は少しの間驚きで固まり、晴れやかな顔に変わる。

 雷神が笑いながら背伸びをし、武神が服の袖で零れ落ちそうな涙をぬぐう。最後に、鼻をすすった知神が代表して言葉を発した。

「これで未練はない。さあ、我ら三人を煮るなり、焼くなり好きにしろ!」

 胸を張った三人の目に、曇りはなくなっている。

 扇子を閉じた兄神が、自分の弟へ目を向けた。そして、眉間にしわを作り、呆れたように息を吐く。

「お前達の魔力など不要だ。目障りだから消えろ」

「はっ? しかし……」

「我等の気が変わらぬうちに、立ち去るがよい」

「少々疲れた。早く出て行け」

 目を閉じて笑う弟神の言葉で、三人は立ち上がった。そして、納得がいかない表情のまま二人の部屋を出る。


 三人が部屋を出て、その層から気配が消えると同時に、兄神が棚の上に置かれた金属製の丸い鏡に目を向けた。

「これでよかったんだな? クニノト……デイダラ」

 鏡から噴き出した炎は、球体に固定され、中心に大きな目が開く。

「手間をかけたな」

「その通りだ。貴方の頼みでもなければ、我等は応えなかっただろうな」

 兄に変わり弟が言葉を続ける。

「しかし、おもむいてよかった。確かにあれは面白い」

「一箇神もそうだが……。あの小僧もなかなかの運命を背負っていたのが、お前達ならば見えただろう?」

「ええ。無限に枝分かれした、たった一本ですがね」

 火の玉は瞳に何かの思惑を浮かべる。

「あの二人ならば、もしかするとたどり着くやも知れん」

「ふんっ! そこまでは、認めるつもりはないぞ」

 顔をそむけた兄神を、弟神と火の玉が笑う。言霊から兄神の期待が、伝わったからだ。

「では、他の用事があるのでな。これで失礼する」

 弟神は、消えようとした火の玉に向けていた目を細める。

「貴方が直々に動かなくても、あの三人にやらせればいいのでは?」

「あれにはあれの仕事が待っている。それに……これはただの気まぐれだ」

 呆れて息を吐き出す兄弟に背を向けて、火の玉は消える。そして、悲願の淵から漏れ出した因果の輪は、その色を濃く変えていた。

 勿論、その因果の流れは、現世でも変化を見せている。


****


 カールとハネスに、全方位から銃口が向いていた。

 クロエを含めたお供の幹部は、銃を抜きその銃口を向けてきた権力者の私兵をけん制する。

「おいおい。こりゃ、何の冗談だぁ?」

「この資料を見せられた私が、お前達をただで帰すと思っていたのか?」

 惑星連合の陰に隠れていた最高権力者である老人は、自分の机で余裕の笑みを浮かべ腕を組んでいる。

 カール達が持ち込んだのは、グレムリンからもたらされたその老人に不都合な情報だ。

「俺達は、話し合いに来たつもりなんだがなぁ?」

「お前達下衆の要求など、私はもとより聞くつもりはない」

 顔をしかめながらカールとハネスが、顔を見合わせた。そして、サングラスを外したカールは、言葉を続ける。

「まさか、俺達を殺しただけで、この情報が止められるとでも思ってるのか?」

 その老人は動揺をうまく隠しているが、少しだけ眉が動いてしまう。それだけその情報は重要な物なのだ。

 自分達以外の人間や、人金に行った最悪の所業が、全て映像を含めた証拠付きで記載されている。余程の馬鹿でもない限り、地球滅亡と戦争の原因がその権力者達にあると分かるだろう。

 話を聞いた私兵の幾人かも、動きが鈍らせた者がいる。

「なるほどな。だが、こちらの情報操作能力を舐めてもらっては困る」

 老人は否定する意味がないと踏ん切りをつけ、相手の脅しに意味がないと思わせようとした。

 いくら情報操作をしても、ただでは済まないと考えているだろうが、アースへの裏切りも破滅が待っていると思えるらしい。

「やれやれ、困ったじいさんだ。なら……おい! 待て!」

 カールは、ある一人の行動で、大きな声を出してしまった。その一人とは、クロエだ。

 彼女は向けられた銃口も恐れず、権力者の老人に向かって歩き出していた。

「待て! 馬鹿!」

 クロエに向けられた二つの銃口が、クロエの体に直接触れる。

 だが、私兵の二人は引き金が引けなかった。命令がないからではない。クロエの眼光が、それを許さなかったのだ。

「どきなさい」

 持っていた銃を床に投げ捨てたクロエは、どすの利いた声だけで私兵を引かせた。私兵達の顔は強張り、脂汗が流れ出している。

 クロエはそのまま、権力者の座る目の前まで進んだ。

「私達の要求を、素直に飲みなさい」

「怖いお嬢さんだ。話を聞いていなかったのかね?」

 殺気のこもった視線から、指導者は目線を逸らさない。逸らしてしまえば、要求を断れなくなると分かっているからだ。

「貴方こそ、分かっているの? 私達は、貴方を脅してるの。いい? これは脅迫なのよ」

「はっきりと言い切るね。分かっているつもりだが?」

「いいえ。貴方は分かっていない」

 お互いの息がかかるほど顔を寄せたクロエを見て、カールが頭を掻く。そして、ハネスは首を左右に振っていた。

「人質は、貴方の全てなのよ?」

「すっ、全て?」

「そう、全て。貴方の、老い先短い命だけじゃないわ。家族、友人。その親兄弟や血族全員が、貴方を恨みながら拷問を受けて泣き叫ぶでしょうね」

 権力者は怪しく笑うクロエを見て、目を見開き言葉をなくす。そして、幾度も唾液を飲み込んだ。

「想像してみなさい。貴方の友人が、家族を人質にとられて、爆弾を抱えて貴方に会いに来るの。それも、時間や場所に関係なくね」

「おまっ、お前!」

「四ヶ月前に生まれた貴方の曾孫。貴方が抱き上げた瞬間に、薬のカプセルが裂けて、血を吐き出すはずよ」

 震えながら掴み掛った手は、クロエの女性とは思えない握力で引きはがされる。

「その後は、そうね。包丁を持った末の孫が、貴方に切りかかってくるっていうのは、どうかしら? 三歳になる自分の子供を守る為にね」

「この! 人でなしが!」

 クロエに笑った顔が、一気に変わる。

「こっちはなあ! 命よりも大事な男が、一人で戦ってるんだ! 時間がないんだよぉ!」

「一人? まさか、寺さ……」

「今すぐお前を八つ裂きにしたいのを、我慢してるんだ! くそじじい!」

 カール達が立ち去った特別なドームで、恐怖に屈した老人は小便を漏らしていた。そして、震えながら他の指導者へ交渉の連絡を始める。

「冷や冷やさせやがって」

「すみません、ボス。でも、恋する女は誰にも止められませんよ」

「目が笑ってねぇぞ。お前」

 山本が用意した宇宙船に乗ったクロエは、怪しく笑う。全員が乗り込んだその船は、次のドームに向かって飛び立つ。

 いくら英才教育を受けた指導者達でも、温室で育てられた事に違いはない。クロエに反論できる者のいないまま、惑星連合は取引に応じた。


****


 その頃ワンは、慣れない山本が用意した重力制御型の空飛ぶ椅子の操作に、手間取っていた。惑星の辺境にある手作りの小屋へ向かうには、それが必要だったのだが、どうもしっくりきていないらしい。

 その小屋で自給自足の生活をする初老の男との交渉中も、手元の操作パネルを何かと弄り回していた。

「なんとか考え直しちゃくれないかねぇ?」

「俺は、もう抜け殻になっちまったんだよ。何度頼まれても、無理なもんは無理だ」

 ファラが話しかけているその初老の男は、圧倒的なカリスマで今の革命軍を立ち上げた男だ。

 その男の居場所は、グレムリンが調べていた。

「お願いします!」

「お嬢ちゃん。申し訳ないが、俺にはもう力が残っていないんだよ」

 ナクサの訴えかける目から、男は視線をそらす。その男は、元々ドームで生まれ育った研究者だった。

 しかし、研究の過程で労働者との接点が出来てしまい、無二の友人と愛する女性をその中で見つけてしまったのだ。

 数十年前に出来た革命軍は、本当に純粋な平等と自由を求めていた。だが、人数が膨らむと共に、その思想は歪んでいく。恵まれているドームの人々に妬みや嫉みをぶつけはじめた革命軍は、いつしか暴力と狂気が支配する団体へと変貌したのだ。

 一人息子が戦死した事でその男は、妻を連れて革命軍を抜け、ある惑星の辺境で世捨て人として暮らしている。小屋の裏にはその男性の妻だった者が眠る墓が作られており、花が飾られていた。

「お願いします! あんたしかいないんだ!」

 薪を割り終え、小屋に中に戻ろうとする男の進路を、ナクサがふさいだ。

「お嬢ちゃん。勘弁しておくれ」

 目を閉じた男性は、頭をぼりぼりと掻き毟った。その男の言う通り、男の気力は尽き果てている。

 だが、現在の革命軍を何とかまとめているのは、その男の背中を追いかけた者達ばかりで、発言権が全くなくなっている訳ではない。その男が手伝ってくれれば、革命軍と交渉できると考えて、ファラとワンは真っ先に会いに来たのだ。

「俺はここで静かに暮らしたいだけだ。分かってくれ」

「お願いします! どうか! どうか……」

 土下座したナクサの目からは、すでに涙がこぼれ出していた。額が擦りむけるほど、地面に頭を何度もぶつける。

「私の! 私の大事な人が、戦ってるんです! お願いです! お願いですから! なんでもします!」

「お嬢ちゃん……」

 男の中で、永遠の眠りについた今でも愛する女性と、ナクサの姿がダブり始めていた。

 ナクサの行動に、目を閉じたファラは何も言わない。ただ、部下を信じて腕を組む。

「たった! たった一人で今も戦ってるんです! 一人なんです……。一人で死のうとしてるんです。一人で」

 止めどなく流れる涙で、上手くしゃべれなくなったナクサは口を押さえる。そして、そのまま瞬きもせずに男の目を真っ直ぐに見上げた。

 それを見ていたワンが、怪しく笑う。

「馬鹿な小僧がおってのぅ。見返りもなしに、今も死に物狂いで戦っておるんじゃ。一人でなぁ」

 ワンは、男が「一人で戦っている」という言葉に反応したのを見逃さなかった。そして、男がドームに少ない仲間と戦いを挑んだ記憶を刺激されたのだと、見抜いたのだ。

「今も小僧は、正しい事をしておるんじゃがな。反逆者として、恨みをその体一つで支えておる」

「その上で、迷惑になると思ったんだろうねぇ。一人で敵に向かって行っちまったよ」

 空気を読んだファラも、ワンの言葉を後押しする。

「立ってくれ」

 泣いているナクサを立たせた男は、背後にいたワン達に目を向ける。その瞳には、かつて自由と平和を求めて燃え上がった火が、再びくすぶり始めていた。

「なんだい。ちゃんと、魂は残ってるんじゃないか」

「話を聞こう」

「さて、小僧がくたばるまで時間がない。急ごうか」

 カリスマを少しだけ取り戻した男とグレムリンの情報により、力に憑りつかれた革命軍の膿が暴き出されていく。

 その闇の部分と、ファラ達は武力衝突を回避できなかった。しかし、戦闘開始直前にファラ達の側へ、ほとんどの革命軍兵士が寝返る。暴力や狂気を嫌う者は革命軍の中でも大多数を占めており、渋々アースの力を背景にのし上がった者に従いっていたに過ぎない。

 心理戦に強いワンが、手練手管で次々とその者達を懐柔していったのだ。革命軍がその在り方を正すのに、時間はほとんど必要なかった。


****


 ファラ達と同じように、帝国との交渉に向かった山本は部下を宇宙船で待たせている。同行したのはアジズとシェールだけだ。

 人間を嫌う帝国内部には、山本以外が入れなかった。それも、アジズのこねで無理矢理皇帝に謁見を取り付けたのだ。

「兄上。ご無沙汰しています」

「久しいな、カラフ。いや、皇帝陛下」

 アジズが皇族だった事が分かり、シェールがアジズを驚いた顔で見上げる。それに対してアジズは反応をしない。

「カラフで結構です。帝国から出奔した兄上が、今更何のようですか? そんな人間まで連れて」

「この戦争が、最悪の形に向かっている。俺はそれをどうしても止めたい」

「何をいまさら」

「お前は、何故アースと手を組んだ? そのアースの存在に、気が付いているか?」

 透明度の低い水晶に似た材質の椅子に座ったカラフは、アジズを睨む。

「何か勘違いをされているようですね。私達は、人間などと手を組みはしない」

「では、あの平和条約はなんだ?」

「帝国もこの戦争で、犠牲者の数が増えすぎたのです。今後、我等人金に手を出さない。この約束が守られる限り、こちらからの攻撃を中止したまでです」

「なら、一人でも犠牲者が出れば、再開か?」

「当然です! 現在の停戦すら、断腸の思いでした。ですが、民が苦しむのも辛い! 帝国を出た兄上には、分からないでしょうがね」

 二人の話を聞いていた山本が、口を開いた。周りにいた人金の兵士は、それだけで槍を山本へ向ける。

「陛下。幾つか、私からも聞いてよろしいですか?」

 山本が人間だというだけで、カラフは顔をしかめる。

 しかし、エウロパ代表と名乗った山本を、無視する事も出来なかった。それは、エウロパにも同胞がおり、差別を受けていないとアジズから聞いたからだ。

「申してみよ。だが、私が気に入らなければ、即座にその首は貰うぞ」

 反射的に構えそうになったシェールを、山本が止めた。そして、笑う。

「いいでしょう。この首、差し上げます」

「何?」

「もとより、自分が長生きする為に来たわけではありません。が、最後まで話をお聞きいただいた後で、お願いできますか?」

「ほう。では、何だ?」

「アースは現在も、人金を犠牲に実験を続けているのは、ご存知ですか?」

 カラフの顔色が変わる。

 大介が倒したアースの指揮官は、大勢の人金を連れて帝国を訪問した。そして、その連れてきた人金達は、口をそろえてアースは人金を犠牲にした事がないと言っていたからだ。

「その顔は、ご存じなかったわけですね? では、現在この帝国へ、そのアースが人金を材料にした兵器を持ち込んでいる事は、ご存知ですか?」

「何?」

 皇帝であるカラフが動揺する事で、謁見の間に不穏な空気が流れる。部屋にいた全衛兵達は、槍を三人に構えた。

 その円筒状の部屋は継ぎ目のない青い陶器を思わせる材質で、壁や天井等全てが作られており、隠れる場所はない。

 カラフは、三人の目を見つめる。

 兵士を警戒してはいるが、その場にいる三人の目に淀みは発生しない。その三人が嘘をついているとは、カラフも感じないようだ。

 だが、アースの連れてきた人金達も、嘘がない様に見えた。どちらかが自分を騙しているのだろかと、疑心暗鬼に陥る。

「そうだ! 証拠は! 証拠がなければ、今の方針は変えない!」

 それを聞いたシェールが、一歩前に出る。

「私は戦士の一族! ムハドの娘、シェール! 私に嘘は存在しない!」

 シェールの余りにも男前な宣言に、山本とアジズが驚きを隠せない。

 実は、戦士の一族で伝統的に使われる特有の言い回しだ。シェール自身は、その宣言に胸を張っている。

「ムハド? あのガルーラ最強の娘か?」

「はい! 私は一人娘です! 私達一族は、裁く者! 故に、嘘はありません!」

 シェールが稼いだ短い時間の間で、微かな音を聞き取ったアジズが笑う。

「証拠があれば、信じてもらえるな?」

「兄上? いや、それは……」

「心配するな。いくらでも改ざんできる人間達の使う、映像ではない」

「もし、あるなら」

 アジズは、出入り口の独特な装飾が施されている扉へ、振り向いた。

「うっ! ううっ!」

「隊長。お待たせしました」

 扉から入ってきたのは、エウロパへアジズを訪ねてきた人金だった。

 その人金はローブをまとった人金を縛り上げ、猿ぐつわをかまして担ぎ、アジズの隣へ進む。

「大臣? これは?」

「陛下。この大臣こそが、アースと通じ、帝国の実権を握ろうとした犯人です。証拠も、こちらで揃えてあります」

「助かったぞ」

「これは帝国にも必要な事ですから」

 部下だった男と握手を交わしたアジズが、カラフに向き直る。

「アース側にいた人金は、騙されているか、洗脳されている」

「まさか、こんなことが」

「俺は罪を犯した。俺の首が欲しいなら、今すぐにでも差し出す。だが、この山本からでもいい。アースの真実を聞いてくれ。頼む!」

「兄上……。私に兄上が頭を下げるのは、産まれて初めてですね」

「こいつと俺の娘にとって大事な、うちの従業員が命を掛けているもんでな。俺もプライドと命ぐらいは、捨てないといけなくなったわけだ」

 優しい顔でシェールの頭に手を置いたアジズは、呆れたように笑う弟を真っ直ぐ見つめた。

「帝国最高議会の準備を! 早急に! これより、帝国は新たな方針を取る!」

 衛兵と事務官達は一言もしゃべらずに、皇帝の命を遂行する為に素早く動き始める。その所作で、かなり訓練が積まれているのだろうと、山本が部屋を出る衛兵達の背中を見送った。

「隊長。従業員とは、あの?」

「ああ。本当に一人で、最強の軍隊に真っ向勝負を挑みやがった」

「あの……人間……」


****


「すまないが、後は任せたぞ。何かあれば、連絡を」

「ああ」

 三人の中で、山本だけが急いで宇宙船へ戻る。帝国との交渉はアジズとシェールだけに任せられると、感じ取ったらしい。

「お疲れ様です!」

「ああ、急ごう」

 宇宙船で待っていたセリナ達は、山本が船に乗り込むと同時にエンジンを始動する。

 山本は急いで近くの席に座り、ベルトを締めた。そして、セリナに目を向ける。

「大丈夫か? セリナくん?」

「はい! 問題ありません!」

 セリナの顔を見た山本が、少しだけ心配している。それは化粧が溶けおち、肌が荒れ、隈が出来ているからだ。

 それぞれの三チームが、早急に交渉へ入れたのには理由がある。

 今山本達が乗る数隻の宇宙船は、大介の乗る船のように元が完成されていた物とは違う。一から開発部が急造した物だ。その割には、移動速度や転移に問題はないほうだろう。

 しかし、操縦性能や離着陸時の衝撃等、問題は山積みの機体だ。

「脚が上がりません!」

「各部ロック機構のプログラムだけ切り離して! 再起動よ!」

「はい!」

 操縦かんを握ったセリナは、前方を凝視したまま部下に指示を出す。宇宙船を予定通りに運行させているのは、このセリナのおかげなのだ。

 五隻しかない試作品の一隻を操縦するだけではなく、各船の運行指示すらセリナがほとんど一人で行っていた。

「フィールドの出力低下!」

「もう! こんな時に!」

 セリナの頭上にあるランプが、緑色から黄色に変化する。眼前には、宇宙船の残骸が漂っていた。

「フィールドのチェックは後回しよ! 皆! 掴まって!」

 セリナが操縦する大介達の船とは色違いのそれは、急旋回を繰り返して目的地へと向かう。

 乗組員が次々とダウンするほど過酷な状況で、セリナが限界以上を絞り出す。セリナはセリナの戦場で、戦っているのだ。


 霧林を含め、五人の女性が大介を想い行動した。それにより、微かに未来の形が変化していく。その五人は、大介と違って未来に目を向けている。

 何より、五人が五人共見返りを望んでいた。その見返りとは、大介の心と体。

 美紀の事だけを一心に想う大介は、それを知らない。ただ、宇宙船の中で静かに回復を待つ。

 しかし、大介が休眠状態でも、全人類を巻き込んだ運命の脈動は止まらない。


 弱い光を飲み込もうと、絶望は今の尚、笑い続けていた。大きな声で。

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