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七話

 地球と呼ばれた惑星で生まれた一生命体である人間は、何時のころからか探究を始めた。他人や自分と呼ばれる、人間について知ろうとしたのだ。

 文明が進むにつれ、知識を蓄積した人間は人間を解明していった。それでも、全てが分かったわけではない。自分自身の心すら自由に出来ない人間が、心理にたどり着くのは困難だろう。

 人間は時として、信じられない力を発揮する。悠久の時をかけて膨らませた人間の知恵を、容易く塗り替える例外が確かに存在するのだ。

 その例外を発生させた人間は、必ずしも特別ではない。ごく一般的な人間が、百までしかないはずのパーセンテージをこえてしまう事があるのだ。

 その例外が認識されると同時に、今までの百パーセントは、九十や八十パーセントと呼ばれるようになる。それだけ人間は、未知の可能性を秘めているのだ。

 しかし、今まで蓄えた情報も間違えている訳ではない。人間は脆く、驚くほど弱いのだ。

 地球の大気に適応した為に、酸素濃度が少しでも変わってしまえば活動が不可能になる。水分量や温度が変化すれば、生きてはいけないほど儚い。


 春川に向かって歩き出そうとした大介は、上手く足を上げる事が出来なかった。それどころか、その場に両膝をついてしまう。

……くそっ。くそっ。くそっ。

 母船に乗船していたアースの兵士は、数千人いた。全ての兵士と戦ったわけではないが、大介はたしかに三人の仲間が保証した通りに千に近い敵を倒している。

 人間一人の成果としては、これ以上ないと言えるだろう。ただ、その代償として、大介の体は深刻な状態に陥っていた。気力だけで限界以上を振り絞り続けたのだから、必然ではある。

 脳や心臓を含めた体全てが、急激に死に向かって走り始めていた。致命傷だった怪我は、確かに魔法の力で回復されている。

 しかし、死の瀬戸際でそれを押しとどめるのが精一杯で、病院へ向かえば今すぐ集中治療室へ直行するほどの重体なのだ。手術に耐えられる体力が残っているかすら、危うい。

 大介の体も、主人の想いに全力で応えてはいる。だが、大介の状態は、それでどうにかなるレベルではなくなっているのだ。


 不意に出来た大介の隙に、気持ち悪く笑ういつものあれが、忍び寄ってくる。そして、「お前は十分頑張ったのだから、もう休んでも許される」と、心地の良い言葉を囁く。


 それでも、大介の中にある美紀への想いが甘美な死を拒み続けた。

……動け! まだ。まだ、僕は死んでない!

 心臓がある胸に動く右手を置いた大介は、震えが止まらなくなった体をおさえ込もうとしていた。何とか動く右手の指へ、消えていない闘志を送り込み、傷口から血がにじむ出すほど強く掴む。体に刺激を与えて動かそうとしているようだが、体はそれに反応しない。

 春川を睨むぎらついた目だけが、生気を保っていた。


「あの……いいんですか?」

 敵を前に、攻撃をするなという意味を持つ手信号を止めない霧林を見て、部下達は困惑している。今の大介ならば、銃を持った人間でも十分殺す事が出来るからだ。

「おい! 手伝え! おいって!」

 気を失った春川を、安岡が持ち上げようとしている。だが、ハイブリッドである春川の体重を、安岡だけでは支えきれない。

 安岡は他の奴隷に声をかけるが、震えたまま正座を続け、動くどころか目を開きもしなかった。

「おい! そこのあんたら! 手を! 手を貸してくれ!」

 安岡の声にやっと反応した霧林は、部下に指示を出した。

「あっ……彼を手伝って!」

「えっ?」

 この場面では、霧林よりも部下の反応の方が正しいだろう。

 だが、人間は間違いを犯し、不合理な選択を日常的に行ってしまう生物だ。

 大介が生きており、敵だと推測できてしまい、霧林の頭は混乱をきたした。自分が何をすればいいかが、全く分からなくなってしまったのだ。

 そこで、意図せずに舞い込んだ春川を助けるという間違っていない上に、簡単な選択肢に霧林は跳びついてしまった。今の霧林には自分の過ちを認める事も、正す事も難しいのだろう。

「早く!」

「はっ、はい!」

 部下三人は安岡を手伝い、春川を支えて医務室へ向かう。それに気が付いた奴隷二人も、安岡達について部屋を出る。

 残ったのは瀕死の大介と霧林だけだ。

「はぁはぁ……はぁ……はぁ……」

 大介には春川が連れ出されるさまも、見えていた。だが、止めを刺したい気持ちに、体が付いてこなかったのだ。

「大ちゃん?」

 ごくりと離れた場所から分かるほど大きく喉を鳴らした霧林は、銃を手放し、ヘルメットを脱いだ。そして、髪を纏めていた留め具を外し、首を左右に振り髪を下した。

 戦場で信じられないほど馬鹿な事をしていると、霧林自身も認識している。それでも大介への想いを優先させてしまった。緊張で震え始めた両手を胸元で組み、歩み寄ろうとしている。

 しかし、様々なしがらみや思いが彼女の足へ絡みつき、速度を亀よりも遅くさせた。


「えっ? 何? 生きてるの?」

「はい! 医務室へ向かいます!」

 大介達がいる部屋と医務室の中間点付近で、門倉は春川を運ぶ兵士を強引に止めた。

「状況は? 敵はどうなってるの?」

「あの、何と言えばいいか」

 門倉に肩を強く掴まれた兵士は、どう説明するべきか頭を抱える。

「あっ、お前ら、先に行け」

 その兵士は門倉の相手を引き受け、他の兵士と安岡を先に向かわせた。その兵士は、春川が危険な状態でも情報収集を優先した門倉に、不快感を抱いているようだ。

「早く教えなさい! 命令よ!」

 門倉、霧林、彼女達二人の違いは、戦場で顕著になったものだ。

 主戦力となる浜崎がいた霧林は、攻撃は最大の防御が作戦の軸となっていた。これに対して、門倉はかく乱、奇襲、待ち伏せといった石橋を叩いて渡る戦法で、生き抜いてきたのだ。

 どちらも間違えてはいないが、自分の命を最優先にした門倉よりも、霧林の方が部下には人気があった。

「早くしなさいったら!」

 霧林の部下は、門倉への説明に時間をかけた。その部下からすると霧林の行動は正しいとは思えなかったが、それを門倉に告げ口したくないらしい。門倉に急かされながら、霧林が不利にならない様に報告をした。


 皮肉にもその時間が、敵である大介を助けたのだ。運命の歯車は、敵にも味方にも平等にピンチとチャンスを与えてしまう。

 その時間で、大介の中にいる知神は、グレムリンと驚くほど大量の情報交換を行っていた。時間がほとんど関係ない二人ならではのやり取りだが、絶望的な状況を打開できる案は浮かんでいない。

(最悪の状況は、回避できた)

(ああ。だが、最良には程遠いなぁ。完全勝利は、無理か)

(魔力もそうだが、もう体が限界をこえている。敵指揮官を討てなければ、お前の策も意味がない)

(ああ、そうだ。だが、これを俺が止めれば、奴も自由になっちまう)

 グレムリンには、敵指揮官の正体がすでに分かっていた。今まで母船コンピューター内でグレムリンの邪魔をしていたのが、その指揮官だったからだ。

 機械に関して万能であるグレムリンの邪魔が出来るのは、同族だけしかいない。グレムリンが異世界で裏切った仲間は、グレムリンを筆頭に反乱を起こしたのだから、同族が重要ポストについているのは当然だろう。

 敵指揮官が何重にも展開する魔法のプロテクトと、グレムリンは戦い続けていた。母船以外の二十九隻は、運行等を全て母艦からの指示に従う仕様になっており、母船のメインコンピューターさえおさえ込んでしまえば勝ちが見える。

 しかし、増援を防ぐ為、他の船に母船の異常を伝えないように偽装し、兵士達の自由を奪う為に隔壁をロックする作業までしか出来ていない。最終プロテクトは厳重に結界が張られており、母船の運航を妨げるにはそれを破る必要があった。

(俺がアタックをかけ続けている間に、指揮官を倒す。これしかねぇ)

(だが、どちらか一方に集中すれば、こちらの負けか。くそ)

(ブラザーの状態を考えると、ほぼ次はない。船で逃げ出しても、追撃を受けて終わるな)

(ここまでなのか? いや、何かあるはずだ! 何か……)

 知神は頭を抱えて、光を見出そうとしていた。

 グレムリンはプロテクトと戦いながらそれを感じ、顔をしかめる。憎むのは敵と、己の非力だ。グレムリンが他三人よりも勝っているのは、事前の裏工作と魔力の消費が少ない点だけで、戦闘力事態は三人に劣る。

 物理的な強化や雷が使えないのは当然だが、プログラムによる補助や咄嗟の策も、知神に敵わない。三人の召喚状態を維持するのが難しい中で、トランスまで習得した大介の元へグレムリンが駆けつけても、ほとんど役に立てないのだ。

(くそっ、私の知とはこの程度だったのか? くそ)

 切羽詰まった知神は、泣き言さえ意図せずに言霊として漏れてしまう。

(死を覚悟した友を救う事さえ……。あっ)

 唐突に、知神の苦悩は氷解する。

 知神は死を覚悟した大介を助けようと、もっとも成功率が高い策を練ろうとしていた。それは、死を覚悟したはずの自分さえも救う策でしかなかったのだ。

 生き残れる可能性が高い策ではなく、結果として死ぬ可能性が高い策に知神は光を見出した。

 その策は、すぐさまグレムリンだけではなく、雷神と武神にも伝搬する。全員の命を犠牲に、勝利をもぎ取る策なのだから、確認を取るのは当然だろう。

(死ぬ可能性も高い。そして、弟子が予想を超える事を期待した、情けない策だ。だが、これしかないと思っている)

(いいだろう)

(おれっちも、いいぜぇ)

(ありがたい。あの世があるなら、そこでいくらでも謝罪しよう。そちらはどうだ?)

 少しだけ笑った知神は、大介の状態を確認する。

 驚くべきことに、数分前から大介は両膝をついただけの状態で熟睡していた。大介を見ている霧林からすれば、目を閉じているだけにも見えるだろう。

 だが、異常な負荷をかけた大介の脳は、眠る事を必要としていたのだ。霧林が銃を下したのを見て、残った魔力で回復プログラムを動かす間に、大介は休眠状態に入っていた。そうする事しか選べない状態だったのだ。

 その間、武神達が周囲の監視をしている。

(後、数十秒。そうすれば、雀の涙ほどだが、体力が戻る。こいつならば動けるはずだ)

(それよりも、とっととやろうぜぇ。カネが手伝ってくれねぇと、おれっちだけじゃ無理だって)

(ああ! 急ごう!)

(ありがとよ)

 グレムリンが飛ばした小さな言霊に、他の三人は答えない。その代りに、笑いながら地獄へ向かう準備を進める。


「大ちゃ……大介?」

 大介が、ゆっくりと閉じていた目を開く。回復不能な左腕は、だらりと垂れ下がったままだ。しかし、胸や頬の傷は血が止まり、内臓もギリギリではあるが回復していた。

 大介の目が開ききると同時に、三人の友である師から、言霊が届く。

……そんな。

(魔法ってのは、呪文でも魔方陣でもねぇ! 気合だぜぇ! 忘れんなよぉ!)

 大介に向かって嬉しそうな声で叫んだ雷神が、異界へと帰る。

(天地一体。それこそが、武の境地だ。お前ならば、我の教えを十分に生かせると信じているぞ)

 次に日頃抑揚がない喋り方をする武神が、優しさと強さを秘めた言葉を告げて消える。

(私もお前を信じる。だから、こちらも信じてほしい)

(はい……はい……はいっ!)

(先に地獄で待っている)

 血が出るほど歯を噛みしめた大介の言葉を聞いた知神は、照れくさそうに笑う。そして、そのまま召喚を強制的に解除した。

……必ず。必ず! やり遂げます!

 大介は悲しさと寂しさを、敵への怒りと憎しみでかき消した。三人がそれを望んでいないと、感じ取れたからだ。

 グレムリンは自分の仕事に集中する前に、少しだけ意識を大介側へ戻す。それが最後の会話となる可能性が、十二分にあるからだ。

(ブラザー。どうだ? 世界ってのは、不条理だろう? いい奴から早死しやがる)

(そうだね。だから、僕は……僕等は反逆するんだよね)

(大正解だ。じゃあ、行くか)

(うん!)

《アプランク!》

 大介とグレムリンは、床からブッシュナイフを削り出した。

「えっ? あの……」

 ナイフを握った大介は、立ち上がる。そして、歩き出した。

 その鋭い目線は、霧林へは向けない。大介の腰についている端末には、一握りの魔力と小さな光が残っている。

「大介? 大介よね?」

「霧林さん。悪いが、僕には時間がない。邪魔をするなら、貴女でも斬る」

 大介からの残酷な一言は、霧林の動きを止めた。言葉の意味も理解できないほど思考が凍りついた霧林だが、こらえきれなかった涙が自然にこぼれ出す。

 大介にその霧林に向けられる気持ちの余裕は、欠片も残っていない。ぼろぼろの体を、自身を焦がすほどの怒りで支え、前に進んだ。そして、敵指揮官を目指す。

 グレムリンは変わらず、コンピューター内部で魔法を使った電脳戦を続けていた。敵指揮官は同等の力を有しているのだから、その攻防に終わりは見えない。それでも友と兄弟を信じて、少ない魔力で敵の結界を無効化するプログラムを組み続ける。

 勝ち目のない戦いを挑んだ大介達は、敵の予想を上回る成果を残していた。知神達の力を借りた大介は、母船内にいた主要なハイブリッドを排除する事に成功し、グレムリンは母船と敵指揮官の力をほぼ無効化している。

 しかし、敵指揮官の顔から余裕は消えていない。

 さらに地球にいるアースの最高権力者は、自分の作った蜘蛛の巣で足掻く儚い者達を見て、笑わずにはいられないようだ。そして、大介達を認める。自分達の玩具として。


****


 既に大介達の情報は、最高権力者まで筒抜けになっていた。そして、敵は自分達の邪魔をした大介と、裏切り者のグレムリンが苦しむもっとも効果的な仕返しを思いつく。

 今回も敵は、二重三重に策を練り込んだ。最初の一手は、星間通信から始まった。

 しばらくお待ちくださいとだけ表示されていた画面に、映像が流れ始めたのだ。放送内容に謝罪をしたアナウンサーがアースを妨害しようとしたエウロパから、最終兵器が送り込まれたと原稿を読み始めた。

「これより、我等がアースの入手した情報をお届けします。大変ショッキングな内容ですので……」

 真剣な顔をしたアナウンサーが注意を読み終えると同時に、アースが行った人体実験の情報が流れる。流石に視聴者への配慮だろうが、実際の映像は流されていない。

 だが、戦争で手に入れた死体や患者等を使い、エウロパは非人道的な実験を繰り返し、化け物を誕生させたと断言した。

「これが今回の首謀者であり、戦争を裏で操作したと思われる主犯格の男です」

 画面には、大介の個人情報が表示された。

「この寺崎容疑者は、学生時代から違法な召喚等の信じられない犯罪に手を染め、軍に経歴を誤魔化して入隊後は幾人もの罪のない命を奪ってきました」

 敵の最高指導者から、母艦の指揮官へ可能であれば生きたまま無力化して拘束する様に、指示が出ている。大介とグレムリンを苦しめるだけ苦しめて、みじめな最後を迎えさせたいらしい。

「この寺崎容疑者は、自身の体も改造しているそうです」

「力を手に入れ、人々を自分の思うがままに支配したい。そういった幼稚な思考の持ち主だと、僕は分析しています」

「確かにアースという予想外の勢力に、お粗末にも奇襲をかけて力を示そうとするような人物ですからね」

「これまでの周到で残虐な動きから、ブレーンがいたとも考えられますね」

「その可能性も十分にあります。ただ、首謀者はこの男に間違いないでしょう」

「やはり許せないのは、この犯人に多くの尊い人命が奪われた事実ですね。一刻も早く、裁かれる事を……」

 この放送をアジズの酒場で見ていたクロエが、真っ赤な顔で銃を抜いた。そして、アナウンサーとコメンテイター達が討論を始めた画面に、その銃口を向ける。

「クロエ! やめろ!」

 カールの声で、つばを吐き捨てたクロエは、渋々銃をしまった。

「あんた……あんた、ほんとに馬鹿よ」

 ナクサは拳に怒りをこめ、酒場の壁を全力で殴りつけた。その皮膚が裂けてしまった拳から、血が滲みだす。

「店長。私……私、大介に……馬鹿って、馬鹿って言っちゃった」

 口を押えて泣き出したシェールの頭に、アジズが手を置いた。

「あいつは、全部分かっててやったんだ。お前が気にする事はない」

「でも……でも……」

 その酒場で、大介の行動が分かっていたのは、山本、アジズ、ワンの三人だけだった。他の者は、驚きや怒りなど様々な表情を浮かべて、目を泳がせる。

「ふぇっふぇっふぇっ、そうくるか。敵はわしよりも陰険なようじゃな」

「ワン。そう言えば、あんた。ベイビーの目がどうとか言ってたねぇ?」

 ファラは自分を落ち着かせる為にコップの酒を一気に飲みほし、ワンに問いかけた。

「見た事があるんじゃよ。大昔に一人だけな」

「勿体ぶるな、じじい」

 カールも持っていたコップをテーブルに置き、ワンを睨む。

「あれはな。一切の希望をなくした目じゃよ」

「絶望していたというのか?」

 ワンの話が納得できないハネスは、首を傾げた。

「いいや。希望をなくし、絶望の中で、さらに立ち上がった者の目じゃ。あの小僧は、死ぬまで止まれない道を進んでおるんじゃろうて」

 強く噛み過ぎたセリナの唇から、血が滲み始めた。


「これで状況は理解できたな?」

 部下とディスプレイの準備をしていた山本の声で、全員がそちらへ顔を向けた。

 酒場の壁には、折り畳み式の大きなディスプレイが貼り付けられており、それに山本の端末がつながっている。

「私が宇宙船と引き換えに、彼から託されたのは……。この情報だ」

 山本が端末を操作すると、壁のディスプレイも表示を切り替える。そこには、惑星連合や革命軍のトップシークレットが表示された。

 グレムリンが掻き集めていたジョーカーとは、公表するだけで世間を騒がせ、権力者に被害を与えられる情報だったのだ。

「こいつぁ、いかした情報だなぁ」

 引きつった笑いをするカールと同様に、他の者も額から汗を流していた。その悪行すら全て調べた情報には、指導者達を戦犯として吊し上げられるほどの威力があるからだ。

 次々にページをめくっていた山本の手が、最後の部分で止まる。

「どうした?」

 ハネスの声で、目を閉じ、息を吐いた山本が、端末のタッチパネルを押した。

 そこに表示された大介のメッセージを見て、その場の全員が絶句している。

 大介からのそれは、「僕を利用してください」と書かれているだけだ。ただ、それにどれほどの意味が込められているか、分からない者はいないらしい。

 大介の最後に残された理性が願ったのは、自分の汚名を返上する事ではなく、自分だけではどうする事も出来ない混乱の収拾だった。利用しろとは、自分を落としどころとして元凶に仕立て上げても構わないという意味だ。

 情報には、アースや帝国の部分はない。革命軍と惑星連合の指導者を引き摺り下ろすだけでは、エウロパへの攻撃は止められないだろう。それどころか、終息に向かっている戦争を悪化させる恐れがある。

 だから、山本達が動くと信じた大介は、自分を利用して欲しいとだけ言葉を残したのだ。

「これほど情けない事があるか? 二十歳やそこらの若造に、全てを背負わせてしまった。今日ほど、自分の非力に嘆いたことはない」

 山本の言葉に、反論する者はいない。

 全員がそれぞれの思いにふける。

「反逆の二文字を背負った英雄が、命を掛けて今も時間を稼いでいる。その時間を無駄には出来ん。この中で、星の為に命を掛けられる者だけでいい。私に力を貸してくれ」

 四人のトップは、酒場の警備をする為に外へ出た警備部の者に続くように、何人かの幹部に指示を出した。そして、誰も入ってこないように、酒場に厳重な警備がしかれる。

 その外へ出た幹部は、命を掛けられない者達ではない。組織のトップがいなくなった後に、その組織を纏める後継者達だ。トップ四人は、すでに命を捨てる覚悟が出来ているらしい。

 クロエとナクサだけが、トップの指示に従わずに酒場の中へ残った。本来若い二人は、後継者になるはずだったのだが、大介の為に死にたいとどうしても引き下がらなかったのだ。

 それ以外にセリナやアジズ、シェールも酒場に残っている。

「アジズ。帝国をどうにか出来るか?」

「やってみよう」

 アジズと山本は握手を交わす。

 ここから、エウロパの暗躍が始まる。でっち上げられた嘘の暗躍ではない。

 大介が残した微かな光の糸に、エウロパの力ある者達が全てを注ぎ込み、裏から戦争を止めようとしているのだ。救いの光は、まだ拙く小さい。だが、確実に芽吹き始めていた。


****


「まさか英雄の息子が、人類を滅亡させようとする犯罪者になるなんてな」

 ガルーラの指令室で、画面を食い入るように見ていた舟橋は、言葉とは裏腹に笑っていた。自分の納得がいかない点が、全て説明できるようになったからだ。

「全部。全部、グレムリンと寺崎の仕業だったんだ! そうだ! 俺には分かる! こいつが元凶だ!」

 大介の父は、軍内部で英雄と呼ばれていた。第二メインドームに革命軍と人金が同時に攻め込んできた際に、命を掛けて守り抜いたからだ。

 その時は第四メインドームのようにアースが計画したものではなく、本当に偶然だった。しかし、大勢の命を大介の父は守り抜いたのだ。

 指導者達によって犯罪者に貶められたが、兵士達の間では確かに英雄として扱われていた。実は、大介が軍へ入隊後、不自由がなかったのは父のおかげだったのだ。

「寺崎ぃぃ! そうか。お前は、俺の殺されてくれるんだな? そうだろう?」

 舟橋の中では、既に大介を自分が討ち取り、指導者へ昇る道筋が見えてしまっていた。その先に、アースからもたらされる地獄は、計算されていない。

 戦争や失恋の苦しみを糧に野望を膨らませた舟橋は、気持ち悪いほど高らかに笑う。


 運命の歯車は、ピンチとチャンスを分け隔てなく均等に与える。決して人類だけの味方はしない。


 そんな流れを知ってか知らずか、ナイフ一本を握りしめ瀕死の体を引き摺った大介は、部屋の扉を開こうとしている。その部屋の中には、アース母船の指揮官であるグレムリンがいるからだ。


 運命の歯車は、その回転数をどんどん増していく。全ての要には、たった一組の恋人達がいるとは、誰も考えていないだろう。


 自分がその中心にいると信じた、アースの最高権力者さえも。

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