五話
大昔、惑星の衛星として周回していたそれは、砕け散ってしまった。巨大な隕石が激突し、軌道を外れた衛星同士が衝突したのである。そして、多数の小惑星もしくはそれ以下の岩となり、惑星の周回から外れたのだ。
その岩の一つに隠れていた黒いボディをもつ宇宙船は、前進すると同時に青い光の膜に包まれる。
敵母船の様に、大きく球体に包まれている訳ではない。膜の厚みは数センチ程度だ。
しかし、敵母船のフィールドより何倍も耐物理防御力があり、グレムリンが考えられるだけの対策プログラムが組み込まれている。
……今だ!
「行けぇぇぇ!」
敵母船までの経路から、ゆっくりと宇宙空間を流れる障害物が途切れた瞬間に、大介は操縦かんを倒した。
大介の目からは、赤い放電が始まっている。そして、その驚異的な動体視力で見切った、障害物のない経路に宇宙船を乗せた。
敵母艦の操舵室にいる一人の兵士は、平和に向けて逸る気持ちを表すように、入れ込み気味に何度もレーダーを確認している。その無駄とも思える行為が、大介の船をいち早く発見する事に繋がった。
レーダーの反応を見た兵士は、すぐに声を上げて、その場の責任者である霧林に知らせる。
「魔力反応体、確認! 高速接近中!」
中央の椅子に座り、髪の先を弄んでいた霧林は、それに素早く反応した。
「識別! 急いで! フィールド出力上昇!」
「了解!」
フィールド制御装置を担当している兵士が、目の前にあるタッチパネルを操作して、フィールドの出力を上げた。
「識別は?」
「待ってください。うん? 味方機の反応です」
霧林は、情報処理担当の兵士が座る席の背後に、早歩きで近づいた。そして、担当の兵士と一緒に情報を確認する。
「味方機? ちがっ! よく見なさい! 登録抹消機よ!」
霧林が叫んだ時には、すでに大介の乗った船は敵フィールドに接触した後だった。
(来るぞ!)
「ぐううっ!」
敵戦艦の重力制御影響下へ入った大介の船に、一気に重力が襲いかかってくる。無理矢理敵フィールドをキャンセルしながら侵入したため、体がつぶれそうなほど強烈な重みが大介の体に加わった。
歯を食いしばった大介は、武神からの強化魔法援護を受け、数秒間の苦痛を乗り切る。
(もいっちょ行くぞおぉぉ!)
「ぐっ!」
グレムリンは船のフィールドを少しだけ変化させ、母艦への体当たりを成功させた。操縦かんから素早く手を離した大介は、ベルトを両手で掴み、その衝撃に耐えぬく。
「きゃああっ!」
操舵室を襲った激しい揺れに、霧林は部屋の隅まで吹き飛ばされる。
母船全体が揺れるほどの衝撃を与えたわけではない。操舵室と機関室部分を狙って、大介達が突撃したのだ。
半壊した操舵室では、あちこちで火花が散り、非常灯に切り替わる。余りの衝撃に、その部屋にいた兵士十人全員が行動不能になっていた。そのうち三名は死んでおり、霧林は瓦礫と他の兵士に押し潰されるように、部屋の隅で気を失っている。
(行くぞ! 気を抜くな!)
(はい!)
大介の船は、操舵室側に刺さっている。扉はすでに、敵母船内だ。そして、その扉から大介が飛び出した。
(よし! ダガーでいい!)
大介は素早く、操舵室のコンピューターに一本のダガーを投げて突き刺す。
(頼んだぞ!)
(任せろ!)
グレムリンは知神に主導権を移すと、能力のほとんどを敵コンピューター侵入に向けた。
大介が投げたダガーには、距離に関係ない魔力の糸がつながっている。
(急げ!)
知神は暗記した母船の見取り図を、イメージで他三人に投げた。それを受け取った大介は、腰からブッシュナイフを抜き、走り出す。
(いいな! 重力を理解して利用するんだ! それに囚われるな!)
(はい!)
(きたぜぇ! 魔力は温存だ!)
武神の教えを聞きながら、通路を走り出した大介には、様子を確認に来た兵士二人が見える。その人間の兵士二人は、ベルトで担いだマシンガンを持っていた。だが、準備が全く出来ていない。
地球をイメージした青い軍服は、大介が二人の間を通り抜けしばらくすると、流れ出る血のせいで変色した。大介は速度に緩急をつけながらも、確実に首筋を切り裂いたのだ。
前面が金属で出来た敵母船の通路には、いたるところに警戒を伝える赤色灯が点滅していた。
その光景は、大介にある事を思い出させている。かつて第四メインドームで、革命軍に襲われた軍拠点と似ているのだ。
……許さない。許さない。許さないっ!
必然的に美紀の事を思い出す大介は、怒りを増していた。
(熱くなり過ぎんなぁ! 来たぞ!)
雷神の声で、大介は壁を斜面の様に上りつつ前進する。
人金二人と人間一人。ハイブリッドではない三人には、大介の姿が点滅する赤色灯のせいでコマ落ちした映像の様に見えた。
その三人は素早く銃を構え、大介に向ける。だが、銃を構えた先に、大介はもういない。重力を無視して壁を走っている大介の姿が、視界の端に映ると同時に切り裂かれた三人は倒れ込んだ。
(よし! 一般兵のフィールド中和は、完璧だ!)
敵のフィールドで力が逃げていないか確認していた知神が、グレムリンのプログラムで十分通用する事を言霊で伝える。
幾つかの作戦を兼ねて操舵室につっこんだ大介が、司令官がいると思われる部屋に到着するには、少しだけ距離があった。その距離を、大介は凄まじい速度で無くしていく。
奇襲をかけた上に、人間や人金ではまともに感知できない速度で走る大介に、対応できる兵士はほとんどいない。
(気を抜くな!)
(はい!)
ハイブリッドがいつ出てきてもいい様に、グレムリン以外の四人は常に注意を払っている。
(来たぞ!)
(はい!)
通路の突き当りを曲がった瞬間に、敵が待ち伏せていた。
その敵は青いボディーアーマーとヘルメットをかぶっているが、隠れていない顔の毛がない。大介の速度にも反応し、逃げ場を与えない様に集中砲火が開始される。
敵の持つマシンガンタイプの銃からは、発光する魔法の弾丸が放たれた。通路を引き返せない速度で移動していた大介は、そのまま足に力をこめる。
床を蹴った一歩目で、右の壁中腹まで進む。そして、その壁を蹴った二歩目で、天井部分に到達した。
(中には誰もいない!)
(ナイフで十分だ!)
異世界の住人が居ない事を確信した武神と雷神から、同時に指示が飛んでくる。それを受けた大介は、天井を蹴り天地が逆転した状態で敵に飛び掛かった。
ハイブリッド達の弾丸が、通路中央から天井に向けて大介を追いかける。だが天井にその銃弾が届く頃には、床に反転しながら大介が床に着地した後だった。
すれ違いざま、大介が横一線に振るったナイフで、ハイブリッド二人は首と胴が分離した。隣に並ぶ仲間の死も知らずに振り向いたハイブリッド達は、着地と同時に床を蹴って距離を詰めていた大介のナイフに切り裂かれる。
(いかんな。フィールドで物理損失が三割ほど発生した)
知神は、敵のフィールドが変化した事を感知した。そして、グレムリンへその情報をフィードバックする。
(くそ! プログラム修正だ! 手伝え!)
(分かった! タケ! チカラ! 任せたぞ!)
(任せろぃ!)
知神からの報告を聞き、雷神が返事をした。ただ、武神は大介につきっきりで、返事をする余裕がないらしい。
(速過ぎる! 呼吸が間に合わない! 少しだけ速度を緩めるんだ!)
武神は、急いで大介にイメージを送った。簡単な技術ではないが、大介はすぐにそれを実践して見せる。
(おっとぉ! 精神出力も上げ過ぎだぜ! それ以上は、精神が時間の影響を受けちまう!)
通路の重力を無視し、螺旋状に兵士を斬り殺しながら進んでいた大介に、雷神が注意を促した。感情の高ぶりが、そのまま大介の精神力を肥大させていたからだ。
雷神は、魔力の制御をイメージして大介に送り込む。
……くっ、この。
ただ、大介でも魔力の制御は簡単な話ではない。人間ではほぼ不可能な操作を要求されており、手こずる。
それでも魔法の銃弾を避け、ナイフを振るいながら、少しずつイメージに近い制御を実現していく。
(よし! 戻ったぞ!)
知神が戻り、魔力制御の手綱を握りなおした。そして、大介の補助をする。
(よくやった! 細部調整は、私が引き受ける!)
(お願いします!)
敵兵士の死体が、どんどん増えていく。不完全なハイブリッドでさえほとんど反応できない速度で、上下左右関係なく動く大介を、一般兵では対応できない。
銃を構えた門倉は、破裂音を聞いて扉を開いた。そして、部屋から一歩出ると同時に、通路の全方向へ銃口を向ける。
「何? 何がおこったの?」
通路に転がる兵士の死体を見て、銃を構えたままの門倉は、状況を推測する。
大介が床を蹴ってからでは、姿を見る事すら難しいのだが、彼女にそれは予測できない。だが、敵が侵入した事だけは、理解できたらしく、一番近い警報装置に手を伸ばした。
「侵入者! 侵入者! 各自警戒態勢に移行せよ!」
警報装置の回線を使い、今持っている敵が侵入したという情報を、仲間に知らせる。
吐き気がするほど血生臭く、床も血で滑るような状況だが、戦場を生き抜いた門倉はそれに動じない。
情報を流した後、門倉は装備を整える為に、ロッカールームへとすぐに走り出した。その目には、敵に対しての怒りが感じ取れる。
「最悪っ! 何? 何が侵入したの? エウロパの新兵器?」
門倉が走り出した方向とは逆に向かっていた大介が、眉をピクリと動かした。十字路を右に曲がった先で、隔壁が閉まろうとしていたのだ。
完全に閉まりきってはいないが、四分の三以上が下りていた。
大介は反射的に、その隙間へ滑り込もうとする。
(やめろ! 止まれ!)
それを、知神が急いで止めた。
(罠の可能性が高い!)
大介は知神から送られてきた言霊で、今滑り込もうとしている隔壁の奥を見た。その大介が見た隔壁は、すでに閉まりきっている。
「くそっ! ええい!」
スライディングの体勢から、無理矢理両足を開き、ブレーキをかけた。両足の裏を床と垂直に立て、かかとで抵抗を最大にする。
武神はそれに対応し、下半身の関節部を、急いで強化した。
「止まれぇぇ!」
速度を落とした大介は、両足で隔壁を踏みつける形で停止する。
(止まるな!)
……何だ?
武神の言霊と同時に、片手をついて立ち上がった大介は、壁の異変に気が付いた。頑丈な壁の金属を突き破り、人間の手が伸びてきたのだ。
知神の読み通り、罠だった。だが、隔壁に閉じ込められなくても、結果は変わらなかったらしい。
(避けろぉぉ!)
扉を引き裂きながら、真っ直ぐに大介の頭目掛けて進んでくるハイブリッドの手は、壁と頭をはさみ潰そうとしている。強化の魔法を使っても、それを受けて大介がただで済むわけがない。
大介の目に、手の奥にある銀色の光が見えた。
……ハイブリッドォォ!
完全なハイブリッドを見た大介の体が、真っ赤に発光した。そして、上体を後ろにそらしつつ、ナイフを腕に向かって振るう。
(早く解除だ! トランス解除!)
雷神の声で、トランスを解除した大介は、勢い余って背中から床に落ちた。
「ぐっ!」
「このくそ虫があぁぁ!」
強く背中を打ち付けた大介は、呼吸が止まる。だが、そのまま反動で立ち上がった。
切り落とされた腕の付け根を押さえた銀瞳の男が、大介に叫んでいる。衝撃で耳鳴りが終わっていない大介には、それが聞き取れない。
「ごほっ! えほっ! えほっ!」
停止していた横隔膜が動きだし、大介は大きく咳き込んだ。無理矢理目を開いたまま咳き込む大介の頬を、にじみ出た涙がこぼれる。
「はぁはぁはぁ」
(今のは仕方ない)
(ああ、よくやった)
大介はハイブリッドに集中し、背中を壁につけ中腰のままナイフを構えた。
「この野郎! 折角手に入れた体を! よくも!」
(気付いているか?)
(はい!)
(おれっちの出番だぜ!)
背中から感じる振動に、大介は気が付いていた。そして、その場に素早くしゃがむ。
案の定、大介が背中をつけていた壁は、ハイブリッドによりアルミ箔のように、いともあっさり引き裂かれる。
しゃがんでいた大介は、十字路側に向かって、前転をして二匹のハイブリッドから距離を取った。
(敵をよく見るんだ! 先を読め!)
(ナイフと左腕ぇ! 両方、雷充填だぁ!)
大介は、すぐに敵へ向き直って中腰になる。そして、完全なトランス状態には持ち込まず、意識の速度だけ可能な限り引き上げた。
それにより壁を引き裂きながら進むハイブリッド二匹を、大介は何とか認識する事が出来た。
(手を離せ! 巻き込まれるな!)
大介が握っていたナイフの先に、両腕が健在なハイブリッドの拳がヒットした。握力を弱めた大介の右手からナイフが離れ、回転しながら宙を舞い、壁に突き刺さって止まる。
(来るぞ!)
片腕をなくした敵の足裏が、大介の顔に向かって直進していた。
(壁だ! 壁を蹴れ!)
前かがみにしゃがんだ際に、敵の足がかすったヘルメットが軋んだ。それでも、直撃を避けられた大介は壁を蹴り、体をひねりながら立ち上げ、敵の背後へと移動する事に成功した。
(敵は片腕だ! 掴め!)
(いっくぜぇ!)
武神のイメージ通り後ろから両腕で敵の首を絞めた大介は、組んだ両掌から雷を流し込む。
(もう一度だ! 蹴れ!)
首を絞めている敵に雷を浴びせかけながら、大介は背中の壁を両足で蹴りつける。
蹴りを放って片足で立ちになっていた電流を流しこまれている片腕のハイブリッドは、抵抗できずに前のめりに吹っ飛ぶ。そして、頭をもう一匹のハイブリッドの胸にぶつけた。
(よしゃああぁ! 全開だぁ!)
二匹のハイブリッドが接触し、倒れ込むまでの間、大介は雷神が制御した雷を全力で流し込んだ。重なるように倒れ込む三つの体を、金属の壁が融解するほど強い稲妻の渦が包む。
(よっしぃ! 魔法容量が、上昇してっぞ!)
(それでいい。速度が劣っていようとも、それを補うのが武術だ)
異世界の住人が内部で燃え尽きたのを確認した大介は、ナイフを回収する。
「ふっ!」
(くっ! 損失二割! また、新しいフィールドだ!)
大介に別の経路をイメージで転送しつつ、知神はグレムリンへ声をかけた。少しだけ遅れて、グレムリンが知神へ返事をする。
(くそっ! こっちも機関部に多重結界だ! 解除にちとかかる!)
(くっ! 仕方ない。プログラム修正は、こっちでやる。三人共! しばらくフォローなしで、我慢してくれ!)
(はい!)
(了解した)
(任せとけぃぃ!)
大介が再び、床を蹴り加速する。
この時点で、侵入から五分以上が経過していた。そして、大介の姿がカメラではっきりと確認されている。
星間通信で演説をした場所に、敵の指揮官はとどまっていた。先程の放送と部屋が大きく違うのは、式典用の机等はすでに撤去され、中央に指揮官用の椅子が置いてある事だ。
その椅子に足を組んで座る指揮官は、笑ったまま部下に指示を出す。もう、大介側に伏兵がいない事は、分かっているらしい。
「まさか、こんな馬鹿な策だとはな。日和ったか? 一箇神?」
完全なハイブリッド全員に、大介討伐の指示が出る。その中には、かなりの手練れが含まれていた。
人間の皮をかぶった司令官は、それで終わると自信を持っている。そして、カメラ画像の観賞に徹した。
「さてさて、どれだけ無様に足掻くか、見せてもらおう」
異世界の住人が見つめる映像の中で、大介は大柄なハイブリッドをナイフで背中から刺し貫いた。
(いっくぜぇぇ!)
「おおおぉぉ!」
大介はそのハイブリッドに雷を流しながら、もう一匹いた未完成品のハイブリッドに向かって突進する。ナイフに、大柄なハイブリッドは貫かれたままだ。
そのもう一匹のハイブリッドはかく乱され、大柄なハイブリッドの背後に大介が回った事には反応できていない。
第四メインドームで大介が戦ったハイブリッドボディより進化しており、異世界の住人も中にいるが、その二匹のボディは未完成品だ。呆気なく壁にナイフで張り付けにされ、雷神の餌食となった。
「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」
(酸素不足だ。少し速度を落とせ)
武神の言霊で、大介は普通の人間でも見える程度まで速度を緩める。
ほぼダメージを受けていないが、スタミナや魔力そして魂の残量が、確実に減っている。その上で、集中を一瞬でも緩めれば死に直結する状態だ。
大介の体から出る汗の量が増え、呼吸が荒くなり、体力が徐々に回復しなくなっている。変わらないのは怒りと憎しみだけだ。
「ふぅぅ……すぅぅ。ふぅぅ……すぅぅ」
(行けます!)
(よし!)
武神から教えられた呼吸法で十分に酸素を取り込み、大介は走る速度を上昇させた。そして、十字路に差し掛かる。
待ち伏せをされている気配を感じなかった大介は、そのまま足を踏み出そうとした。
(やべぇぞ!)
雷神から本当に少しだけ遅れて、大介の直感も反応する。踏み出した足で、全体重を支え、急停止した。
その大介の目の前を、何かは分からないが緑色の光が通り過ぎていく。
大介の背中と額に、冷たい汗が流れる。
(よっしっ! いいぞぉ!)
「おお、雑魚にしてはよく避けたな」
通路の正面から、拍手をしながら男が歩いてきた。
赤色灯の点滅で、その見下した視線の長髪でにやついた男の顔が怪しく浮かび上がっている。先程大介の前を通り過ぎたらしい、もう一匹の髪にパーマをかけた男も十字路の左側から顔をだし、大介を睨んでいた。
(くっ! やはり来たか!)
(トランスに、いつでも入れるようにしとけよぉ!)
(はい!)
大介の様に放電はしていないが、近づくにつれ、その二匹の体が淡く緑色に光っているのが分かった。
(完全体だな。多分、完全な魔法も使用できるだろう)
プログラムを書き換えた知神が、戦闘に復帰する。
(魔法? 銃を持っていませんが、古式魔法ですか?)
(そうだ)
大介が初めて戦ったハイブリッドは、体のサイズが大きすぎて使えなかったが、それ以外のハイブリッドも銃を使用しない。
未完成、完成関係なく異世界の住人がいるハイブリッドが、銃を使わないのには理由がある。音速にすら達しない弾丸は、ハイブリッド達の拳よりも遅いのだ。
射程以外は、威力も速度も拳よりも劣る銃を使わないのは、当然の選択だろう。何よりも、大介には当たらないと分かっているはずだ。
そのハイブリッドを知神なりに分析した情報を、大介にイメージで投げた。知神のイメージが届くと、間髪入れずに武神と雷神から戦いのイメージが大介に到着する。
(よし、この策で行こう。わざわざ敵の力を確認する理由が、こちらにはない)
(はい!)
(敵が予想外の力を使えば、その際に策をこちらで変更する)
(危険を伴うが、これが最適なはずだ。お前なら出来る!)
(はい!)
「このおぉぉ!」
ナイフを背中のカバーにしまった大介は、走り出すと同時に、両手にダガーナイフを握った。そして、敵に向けて投げつける。
あっさりと避けられたその二本のナイフは、壁と床に突き刺さった。
敵は大介のあまりに無謀な突進に、呆れたような顔をして鼻で笑う。
(いいな! 来るぞ!)
(トランスは一瞬だぜ?)
雷をおびた拳で殴りかかろうとした大介に、パーマの男が緑色に発光して放った蹴りが向かってくる。
(今だ!)
赤く発光した大介は、蹴りの威力を殺す為に後ろに飛び退きながら、両腕でガードをした。
腕の操作は武神の強化魔法に任せ、大介は可能な限り体から力を抜く。大介がイメージしたのは体を、流水させる事だ。可能な限り、ダメージをいなした。
それでも、背中から壁にぶつかった大介は、天井付近まで跳ね上がり、うつ伏せで床に激突した。
「うっ! くっ! この……ごほっ!」
何とか立ち上がろうとする大介だが、口から血を吐き出した。そして、咳き込みながらヘルメットのシールドを上げ、鼻血と一緒にその血を外に排出する。
一撃で窮地に追いやられた大介だが、その目に闘志の陰りはない。
(よし、内臓は回復可能だ。骨も、ひびで済んでいる)
(よっしゃあぁぁ!)
ふらふらと立ち上がった大介は、最後に真っ赤な反吐を吐き、シールド閉じた。そして、敵を見据える。
「この下等動物は、逃げる事も出来ないらしいな」
「兄者。所詮、家畜は家畜だ」
「さて、実験材料にするか、殺すか。どうするかな?」
ゆっくりと自分に近付いてくる二匹を、大介は待ち構える。両拳に溜め込んだ雷は、まだ消えていない。
(今だ!)
二匹の体が、先程投げたダガーナイフに繋いだ魔力で出来た糸の軸線に乗った瞬間、大介は両拳を突き出した。
《古式魔法! 迅雷!》
「ふん」
大介が拳を出している最中に、二匹は激しく発光し始めていた。そして、いとも容易く雷の軸線上から、体を退避させる。
二匹が移動してすぐに雷は放たれたが、ナイフにまっすぐ向かい、当たるはずがない。
「俺達に、魔力が見えないとでも思ったのか? クソ雑魚が」
「見てるこっちが悲しくなるほど、頭が悪いな」
片膝をついた大介に、光を弱めた二匹の完全なハイブリッドがゆっくりと近付く。
「逃げてみろよ。無理だろうけどな」
いたぶり殺すと顔に書いてある二匹は、薄笑いを浮かべたままわざとらしくゆっくりと歩く。
大介は、力なくナイフを抜いた。立ち上がっていないが、それを威嚇する様に二匹へ向ける。
ゆっくりと呼吸を整える大介に、光が見える。二匹の手から放たれているその光は、魔力だった。
人を殺すには十分すぎる威力のある光を握り、二匹の男が大介に向かう。気分の悪い笑みを浮かべながら。