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四話

 寄せては返す波の音と、海鳥の甲高い声は、街から聞こえる工事の騒音にかき消されている。

 港に停泊している船は、いつもより多い。漁師すらも、街の復興作業に駆り出されているのだ。肉体労働の難しい高齢の者だけが、変わらずに露店を続けている。

 だが、その街にも、情報は伝わっていく。誰かが大々的にそれを行っている訳ではない。人伝いに噂が広まり、作業者達の手が止まっていく。その監督をするべき組織の者達は、既に現場から離れている。

 街どころか、星レベルでの危機なのだ。力を持った組織に属する者は、悠長に作業を続けられる訳がない。作業を続けているのは、噂を信じない者か、没頭する事で現実逃避をしている者だけだ。


 コンクリートで出来た防波堤の上に座ったシェールは、膝を抱えて座っている。大介に対しの怒りはおさまったようだ。その代わりに、怒りよりも大きな悲しさとむなしさで、浮かない表情をしている。

 近くを通り過ぎる通行人の口から、大介やベイビーを悪くいう会話を聞いても、怒る元気すらないらしい。ただ、大介との思い出が何度も蘇っては消えていく。

 シェールは戦士の一族と呼ばれた、人金でも特殊な部族の出身だ。その一族は簡単に言えば、警察機構のような人金達で、ガルーラで起こった揉め事や争いごとを、無比とも表現された力で解決していた。

 シェールが生まれた集落で信奉されていたのは、力の神だ。そして、部族でもっとも優れていた父親を、心底尊敬していた。そんな彼女が、力を正義と考え、強いあこがれを抱いても仕方がない。

 人間とは思えない力で、幾度も危機を切り抜けた大介を、彼女は本当のヒーローだと思っていた。それを笑いながら壊した大介への想いが、胸を締め付けている。

「シェールちゃん? 大丈夫?」

 膝の間に顔を埋めていたシェールに、ナクサが声をかけた。組織の人間から、大介の事は聞いており、シェールの事情は分かっている。

 急いでファラがいるアジズの酒場へ向かう必要があるナクサだが、シェールを無視できなかったようだ。

「話は、私も聞いたわ」

 隣に座ったナクサに顔を向けず、シェールは独り言のように喋り出した。

「大介でも、無理なのは分かってるんです。でも、力を合わせれば、何か出来るかも知れないのに」

 ナクサは黙って、シェールの言葉に耳を傾けていた。

「逃げ出したって、どうしようもないって、分かっているはずなのに。大介の馬鹿」

 直接状況を見ていないナクサは、何も言わない。

 ただ、街に帰ってきた大介の表情が、諦めだったのかと疑問を持っている。その大介の目からナクサが感じたのは、悲しいものだったが、諦めて逃げ出す人間の目ではない様に感じていた。

 それでも、ナクサが喋りだせないのは、自分の直感に自信が持てないからだ。

 二人は同時に溜息をつく。そして、背後から車の扉が開く音がして、振り向いた。

「酒場まで、乗せてあげてもいいわよ?」

 車から降りたのは、クロエだ。少し前に長時間の残念な会話を繰り広げたライバル達を、彼女は何時もの様に見下ろす。

「何? その顔は?」

 二人の暗い顔を見て、クロエは眉間にしわが出来た。

「あんたも聞いたんじゃないの?」

「ああ、あれね。聞いたわよ。で? それがなに?」

「あんたねぇ」

 吸っていた煙草を投げ捨て、クロエは煙を吐き出した。

「何? 貴女達は、その程度しか好きな相手を信じられないの?」

「違います! でも……でも……」

「お嬢ちゃん。一つ良い事を教えてあげる」

 クロエは、怖さを感じるほどきつい目線のまま笑う。

「さっき会った大介は、いつもの何倍もセクシーだったわよ」

「セクシー? ですか?」

「私は、あんな目をして逃げ出す男なんて、見た事も聞いた事もないわ」

 首を傾げたシェールと違い、ナクサはクロエの言葉が理解できたらしい。そして、自分よりも大介を理解していると思えたクロエに、悔しさを感じた。

「シェールちゃん! 酒場に戻りましょ!」

「ナクサさん?」

 勢いよく立ち上がったナクサは、シェールに手を差し出した。

「悩んでたって、仕方ないわ。あいつに確認すればいいのよ! それに、逃げるつもりなら、私達が説得すればいい!」

 少しだけ迷いを見せたシェールだが、差し出されたナクサからの手を取り、クロエの車に乗る。三人はまだ、大介が酒場にいると思い込んでいた。


 大介はすでにエウロパから飛び出している。それを見送った山本達も、アジズの酒場へ向けて車に乗り込んでいた。

 車の後部座席に乗った山本は、自分の端末に大介から渡されたチップを入れる。

「これは」

 そのチップには、グレムリンが掻き集めていたジョーカーが並んでいた。

 後々の情報戦を見越して、グレムリンは様々な情報を蓄積していたのだ。

 だが、情報だけではどうにもならないと判断し、それを山本に託した。グレムリンなりの、宇宙船を用意した山本への礼なのだろう。もう、グレムリンと大介には役に立たないが、山本達には利用価値がある。

「止めろ!」

 データを最後まで読んだ山本は、車を運転していたセリナに叫んでいた。

 先頭を走っていた山本の車が止まると同時に、他の車も停車した。

「どうされたんですか?」

「ぐっ! ぐうう!」

 データの最後には、大介からのメッセージが書かれていた。それを見た山本は、眉間を抑え、必死に涙を堪える。

 大介の命で出来た言霊は、正確に山本に伝わったらしい。

「だっ、代表?」

「少し、うっ。少しだけ、待ってくれ。少しだけ」

 鼻声で山本は、セリナにすぐ返答が出来ない事を伝えた。そして、自分の感情と戦う。他の者に、その姿は見られたくないらしい。

 山本が顔を伏せたのを見て、首をひねり背もたれ越しに後ろを見ていたセリナは、視線を戻す。そして、車を降りて近づいてきた同僚に、窓を開けて無言でそのまま待つように、指示を出した。

「すまないな。行こう」

「はい」

 数分後に顔を上げた山本をバックミラーで確認したセリナが、車を発進させた。


 そのセリナ達が向かっている酒場では、ワンがアジズに文句をつけている。

「スロープぐらいつけてほしいのぅ」

 アジズの酒場は入り口に、少しだけ段差がある。三段ほどの短い階段が付いており、他の者には苦にもならないが、車椅子に乗るワンには障害となったのだ。

「スロープは、お前くらいしか需要がない」

 ワンの要望を、アジズはあっさりと斬り捨てた。

 アジズの言葉通り、ワンの様に権力を持っていなければ不自由な体で生きていく事は、エウロパでは難しい。

「ふん」

 不機嫌そうに息を吐き出したワンは、すでに他三人が座っているテーブルへ、電動の車椅子を進ませた。部下によって、邪魔な元々の椅子はすでに移動されている。

 店内に音楽は流れていないが、星間通信がつけられていた。その放送内ではすでに出発の式典は終了していたが、変わらずアースの情報が流されている。

 アースがどれだけ凄いかを分かりやすくする、プロモーション映像がわざわざ作られていたらしい。その映像をドームの人間に見せ、感想をレポーターが聞いて回っている。

 カール達トップは、アースの進行状況が知りたいだけで、それ以外の情報には目もくれない。ただいつも通り、酒を飲んでいる。

 組織の幹部が集まるまでは、特に喋る事はないようだ。ハネスに至っては目を閉じて腕を組み、酒にすら手を付けていない。

 ファラが思い出したように、アジズに問いかけた。

「ベイビーはどうしたんだい? 二階にも気配はないねぇ」

「出てる」

 それを聞いたカールが、サングラスを少しだけずらす。そして、カウンター内で葉巻をふかすアジズの目を、覗き込んだ。そこで喋るのを止めた。

 へたに帰って来れば、幹部達に絡まれると注意しようとしたのだが、アジズの雰囲気の違いに気が付いたらしい。

「あの小僧は、帰ってくるのかのぅ?」

 ファラから注がれた酒を飲んだワンは、不気味な笑いを浮かべた。四人のなかで、ワンが一番大介の行動を読んでいるようだ。

 ワンの言葉で、ハネスが目を開き、ロックグラスに注がれた酒を一気に飲み干した。そして、乱暴にコップをテーブルに置く。

「俺はあんな顔をして、あんな目をした男は、見た事がない」

 カールが軽く笑い、自分のボトルからハネスのコップに酒を注ぐ。

「確かになぁ。俺も長い間、この掃き溜めの星でいろんな奴を見たが、ありゃ珍しい」

「そうさねぇ。まともな人間がしていい目じゃない」

 ワンから差し出された酒瓶の口に、コップを近づけるファラも同意した。

「お前らも、まだまだ青いのぅ。わしは、似たような目を見た事がある」

 ワンの発言に、三人が目線を向けた。そして、その視線だけで説明を要求する。

「ふぇっふぇっ。か弱い老人を、三人で睨むな」

「何がか弱いだ。妖怪じじいが」

「説明を要求する」

「もったいぶるんじゃないよ。ワン」

 ワンは三人ではなく、アジズの方に顔を向ける。

「もうすぐ分かるんじゃろう? アジズ」

 他三人も、ワン同様にアジズへ顔を向けた。

 だが、アジズは目線を合わせようとしない。そして、何も喋らなかった。大介から実際に何をするか聞いていないというのもあるが、喋りたくないと思っているようだ。

 しばらくアジズを見つめていた四人は、視線を自分のコップに戻し、酒を飲む。

 山本から酒場へ向かうと、連絡を受けていた。打ち合わせはそれからでいいと、判断したらしい。

 それぞれが、煙草や葉巻に火をつけ、部下に幹部の状況を確認する。状況は、何一つとして変わってはいない。

 急激な変化を見せているのは、まだ表舞台に立っていない大介の内面だけだ。


****


 その大介は、宇宙船内でバックパック型魔力カプセルホルダーに、新型のカプセルを詰めていた。宇宙船の操作は、グレムリンに任せてある。

 敵の船まではまだ距離があり、既に二回ほど転移は済ませていた。

(絶対に使うなとは言わない。だが、使用は極力控えろ)

 精神を解放すると言った大介に、知神が注意を促す。

(お前ならば、何時か辿り着くとは思っていた。だが、これほど短期間で到達するとはな)

(でもよぉ。多分、相手も使ってくるんじゃねぇか?)

 大介をほめようとした武神の話を、雷神が中断させた。大介が慢心するとは思っていないようだが、危険を先に教えるべきだと考えたらしい。

(確かにタケの言う通りだ。その上で、あちらは魂を補給しているはずだ)

 知神も雷神側に話を合わせる。それを聞いた武神も、仕方なく力の説明を始めた。

(その相手は、体を完全には使いこなせていなかっただけだろう。魔力の量、速度の限界点も、向こうが勝っていると考えるべきだ)

(お前は、その状態をどこまで理解している?)

 知神に質問に、大介は正直に答えた。

「精神体が体の中にいるのに、外に抜け出して。幽世にいる感覚と似てました。あれも、魔法ですか?」

(うんうん。間違えちゃいねぇな。でもよぉ……)

 知神ではなく、雷神が返事をする。

(魔法と表現するよりは、術者の状態が変異したものだ。確か、人間はトランスと呼んでいたはずだ)

 知神は雷神に喋らせない様に、早口で説明を始めた。説明する事自体を知神は好んでおり、雷神にお株を奪われるのは嬉しくないらしい。

 完全なトランス状態とは、古式魔法を使い、幽世に行ったものだけが辿り着ける状態だ。無理矢理精神を、現世でむき出しにする。

 その精神が、幽世と似た感覚になるのは、時間の概念が薄れるからだ。異世界から直接召喚された住人も、これと同じ状態になっている。

 ただ、あくまで敵を倒す等の物理現象は、他の魔法もしくは、肉体による攻撃が必要だ。そこで、持っている肉体の限界による最大速度が決まってしまう。

 大介は精神力で体の限界以上を引き出しているが、最大性能はハイブリッドの体が勝っているのに変わりはない。大介が精神のコントロールに時間がかかったのとは逆に、異世界の住人は体の操作に手間取る。

 バンや浜崎に大介が圧勝できたのも、相手が体をまだうまく使いこなせていなかったせいだ。今までの敵は、視力すら十分に引き出せていなかった。

 だが、それが敵に出来ないとは考えられない。そこまで引き出せた敵の数は限られるかも知れないが、敵はその舞台に立っていると考えるのが普通だろう。

 敵は人間の様に理屈を知らない訳ではないので、時間さえあればそこにはたどり着ける。

 さらに、直接召喚された異世界の住人同様に、大介は速度とは別の意味で時間の影響を受けてしまう。魔力が消費され弱体化する異世界の住人と同じように、大介の魂がすり減るのだ。その消費量は、古式魔法をただ使うだけとは比較にならない。魔力カプセルを使い、その消費を抑えてはいるが、連続で使用すればすぐに死んでしまう。

 この弱点を、敵は人間の魂を食らい、補強してくるだろうと、武神は予測したのだ。大介にそれが出来ないのは、致命的な弱点といえる。

 精神や魔力ではなく、物質と時間に依存した現世独特の問題だが、対策は容易ではない。使用を控えるしかないが、それで殺されては元も子もないからだ。

(すんげぇ、早口だな。カネ)

(喋りたいなら、そう言えばいい)

(五月蝿い)

 武神と雷神の言葉を、知神ははねつける。そこに、船の全データを確認したグレムリンが加わった。

(頭いい奴って、結構馬鹿なんだって)

 流石に大介はその会話に加われず、買ってきた携帯食を食べ始める。

(余計な事を言うな。で? どうだった?)

(ああ。読み通りだ)

 グレムリンは、読み出したデータをイメージとして四人に送る。

 敵の船を改造した宇宙船には、敵側のデータがロックされた状態で大量に残っていたのだ。そのデータから、敵の船に関するデータで重要なポイントをグレムリンはピックアップしていた。

(敵の探査レーダーは、待ち伏せするしかないな)

(魔力炉は感知されるからなぁ。でもよ。敵の母船にこの船の船籍データが残ってれば、短い時間のかく乱にはなるはずだ)

(たってよぁ。この船だけで母船には勝てねぇぜ?)

(やはり、乗り込んで白兵戦か)

「乗り込むまで、敵を誤魔化せますかね?」

 大介の質問に、グレムリンが返事をする。

(悠長に着艦する時間はないだろうなぁ。宇宙の塵になって終わりだ)

(ならば、やはり少人数の戦法しかあるまい)

(そうだな。敵母艦に狭い通路が多いのも、ありがたい)

 大介だけが、話に取り残される。それを感じた武神が補足した。

(奇襲だ。敵が準備をする前に、敵の指揮官を撃つ。こちらの数が少ない以上、まともに戦えば負ける)

「なるほど。通路は、出来るだけ一対一に近い状態を作る為ですね?」

(そうだ。常に移動しながら、目の前にいる敵を仕留めれば、勝てる可能性は高まる)

(ただ、相手が人間でも迷うなよぉ。足止めれば、それだけ危険が高くなるかんなぁ)

「はい」

 大介が武神及び雷神と戦いについて打ち合わせている間、グレムリンと知神は様々な言霊を交わす。策の厚みを増やしたいらしい。

(敵の船は乗っ取れないか?)

(敵が使うフィールド中和は、プログラムを組んだ。だがなぁ、この船のデータは最新じゃない)

(確かにな)

(それによぅ。母船を沈めても、他の船だけでもエウロパを潰すにゃ、十分だ)

 二人は悲観的な意見もはっきりと交換する。希望的観測が、足元をすくうとよく分かっているのだ。

(敵の個人データは、なかったのか?)

(そりゃ、無駄だ。敵がよほどの馬鹿か、この船が母船でもない限り、ないって)

(敵に潜むあちらの住人が、どのレベルかは知っておきたいんだがな)

(ないもんは諦めろ。こっちと同レベルか、それ以上がいると考えて策は練るべきだ)

 二人の間で二十を超える案が考えられた。

 だが、不確定要素が多く、奇襲以外の策は実行に迷いが消せない。

(先程言っていた新型フィールドは、どうなんだ?)

(ああ。敵の攻撃はかなり無効化できるはずだ)

(いや、船にはそれを発生させられないか?)

(スペースオペラでもやろうってのか?)

(奇襲は母艦のみが限界だろう。他の船はそれで、どうにか出来ないかと思ってな)

(無理だな。展開は出来るが、こっちの武器は機関銃だけだ。魔力切れで、沈められちまう)

 二人の知将は、実現可能な策を考え、穴を指摘し合い、完成させていく。その上で、その策自体も分岐点をいくつも設け、柔軟で堅実な物へと変えていた。

(一隻……上手くいって三隻沈めて、一時撤退ってところか)

(ああ、相手の混乱が収まる前に、再度奇襲だ。対策をされる前に、半数以下に出来れば勝機はある)

(なら、もっとも混乱する母艦を真っ先に狙うので、間違えてないな)

(そうだ。可能ならば、データを抜き出せ)

(分かってるよ。だが、地球からの増援。この時間が、どうなるかって所だな)

(そちらを抑える時間も人員もない。随時、策を変更するしかあるまい)

(だな)

 五人は、落ち着いてイメージを交換し合う。

 だが、全員の眼光は鋭さを失っていない。事前の策が、どれほど重要なのかを、全員が理解している。

 その上で、実戦経験から、その策にしがみつきすぎてはいけないとも分かっていた。だからこそ、綿密で柔軟な策を練り、それに縛られるなとお互いで確認し合っている。


 宇宙服に着替え、機能を確認する大介の中で、五人は言霊を止めない。大介以外の四人もどれだけ勝率が少ないかは、よく理解している。策を練りながら、それを改めて実感した自分達を落ちつけようとしているのだ。

 五人にもっとも重くのしかかるのは、時間と人数。大介と同等の者が十人でもいれば、これほど困らなかっただろう。それどころか、勝ちを確信して隙が出来てしまうかも知れないほどだ。

 だが、大介は一人しかいない。それでも、グレムリン一人で準備した最高の器だ。時間的な事を考えれば、それが精一杯だった。知神達はその事に対して、決して不満を漏らさない。それがどれほど厳しい道のりだったかは分かっているし、口にすれば自分の恥になるともよく理解している。

(確認に不備はないな?)

「はい。酸素カプセルも、セットしました」

 大介は山本が用意してくれたスーツの性能を確かめるように、屈伸運動をする。

 山本の説明通り、宇宙服になっておりスーツとヘルメットは一つながりになっていた。首の部分にもスーツが伸びており、手袋や靴は取り外せない。そして、スーツのフロントを三重に密閉する必要がある。

(動き難くねぇか?)

「大丈夫ですね。強度もかなりあるみたいですし、伸縮もかなり凄いです」

 ヘルメットは以前と同じで、フロントから開けることが出来る。残念ながら暗視装置はついていないが、音も変わらずに拾えるようだ。

 大介はガチャリと音をさせながら密封性の高いヘルメットを閉じ、首の動きも確認する。

「うん。動きの妨げにはなりません」

(そうか)

 大介はそのまま、ナイフやバックパックを装備した。そして、三つある椅子の真ん中。操縦かんのある席へ座り、ベルトを締めた。

(うんっ?)

(へへっ)

 作戦決行が近づくにつれ、緊張を余儀なくされていた四人の仲間に、大介のイメージが漏れ出した。

 大介はまだぎりぎり感情を抑え込んでいたのだ。準備が整い、そのたががもう一つ外れた。敵に向けられた真っ黒い憎悪が、マグマの様に大介の中で渦巻いている。

 大介という活火山は、噴火の時を待っていただけなのだ。会話を続けたのは、他の者とは全く別の理由だと四人にも理解できた。

 気持ちを誤魔化していたが、今すぐにでも暴れ出したい衝動に駆られている。大介から絶え間なく溢れ出す憎しみと怒りは、本来精神的に優位にいるはずの四人を引き摺るほど激しい。

 多少でも情けない事を考えてしまっていた四人が、心の中で気合を入れ直す。

(うけけけっ)

 気味悪く笑い始めたグレムリンは、大介以外の三人へ言霊を飛ばした。

(ふっふっふっ)

(はっはぁ!)

(くくくっ)

 グレムリンからの言霊を受け取った三人も、笑う。

 勝率ゼロパーセントの戦いを前にして。グレムリンは、三人に鍵の一つを教えたのだ。それを三人もよく知っている。

 大介は常に、想像以上を引き出してきた。それこそが唯一勝利へとたどり着く鍵なのだと、三人も理解して笑ったのだ。そして、大介同様に、気合をたぎらせる。

(よし! 待ち伏せ場所に、到着だ!)

 グレムリンは、ある星系のアステロイドベルトに浮かんでいる岩の後ろへ、船を隠す。そして、魔力炉を休止モードに切り替えた。

(後、五分ってところか? そこまでは、我慢しろ)

「うん!」


 数分後、船のレーダーに、転移してきた船の反応が映る。そして、視界に光に照らされ、それぞれがフィールドで守られたきらびやかな船が現れた。

(今だああぁぁ!)

「行けぇぇぇ!」

 グレムリンは、魔力炉を叩き起こした。そして、フィールドを展開させる。

 目の前にある岩が道を開けると同時に、大介は握っていた操縦かんを目一杯倒し、全速力で船を前進させた。


 正義と平和を掲げた光の船に、闇の翼が直進する。そして、フィールドを突き破り、敵艦へと突き刺さった。

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