三話
闇に潜んでいたアースの母艦が、光の元へ姿を現す。その巨大な戦艦の雄姿を、星間通信は大勢の人へ届けた。光り輝く道を進むアースの母艦を、人々は神の様に崇めている。
人々の思いに応える為に、母艦を中心に編隊を組んでいた三十隻の船達は、派手な祝砲を上げた。花火を思わせる様々な色をつけた魔法は、宇宙空間を鮮やかに彩る。
それがどれほど血生臭い道なのかを、知る者は少ない。その凱旋演出だけでも、無数の命が断末魔の声を上げている。
神、英雄、救世主。星間通信を見ている何も知らない人々が、自分で考えうる最大級の賛辞をアースに送った。レポーター達が、ガルーラや他の惑星からそれを拾い上げ、アースの船へと届ける。
それを船内で見ていたアースの兵士達は、沸き立っていく。そして、使命感に燃え、闘志をたぎらせ、敵を倒すと心に誓う。
春川や門倉達も、最後の決戦に向けて、高ぶっていく。まだ、そのアースの母艦には、完全なハイブリッドが少ない。瞳が銀色に光る者達は、限られている。その為に人間や人金を甘い言葉で誘惑し、先兵とする為に仲間に引き入れたのだ。
グレムリンほど長けてはいないが、長い年月をこちらの世界で凄した異界の住人達は、彼らなりに人を理解した。そして、人の全てを支配して、掌の上で弄ぶ。
グレムリンの様に対等に人間を直視している訳ではない、家畜や資源としてだけ利用する為に理解したのだ。
愚かな人々はアースの作る幻影から逃れられない。それが可能なのは、ごく限られた特定の者だけだろう。もう少し厳密に言えば、異世界の住人から手痛い仕打ちを受け、奇跡的に生き残った者だ。
ただし、その者がいくら人々に真実を伝えようとも、アースの洗脳は解けない。何よりも微々たる力では、何も変えられるはずがないのだ。異世界の住人は、その全てを計算ずくだった。そして、銀色の瞳を持った者が勝利を確信して、光の中で高らかに笑う。
****
アジズは、葉巻に火をつけてふかす。
「俺はな。実は帝国の者だった」
「ああ、それで、隊長ですか」
「聞こえてたか。あいつは、昔の部下だった」
大介は驚きもせずに、それを聞いている。
「帝国内で俺は、それなりの地位があってな。人間狩り部隊の隊長をしていた」
「なるほど」
「それだけか?」
「僕なんて、人間も人金も数え切れないほど殺してます。その僕に、何を言えと?」
はっきりと言葉を返した大介を、アジズは感心する様に笑った。
「その頃の俺は、人間を動物の一種としか見ていなくてな。人間に知恵や感情があるなんて、考えもしていなかった」
「僕も最初は、人金を敵としてしか見えませんでした。シェールなんて、初対面で殴っちゃいましたよ。向こうも、殺す気で飛び掛かってきたらしいですがね」
アジズは笑ったまま、煙を噴き出す。シェールからその事は、事前に聞いており、驚く事ではなかったのだ。
「ただな。ある人間の家に侵入して若い夫婦を、殺したんだ。その家の奥から、鳴き声が聞こえてな」
大介にしては珍しく、話の先が読めたらしく、炭酸水の瓶に目を落とした。
「ベビーベッドで泣いていた赤ん坊が、ナイフを振り上げた俺を見て、笑いやがったんだ。それが、天使にしか見えなかった」
「それが、セリナさんですね」
「ああ。セリナを殺そうとした仲間と、もみ合いになってな。殺しちまったんだ」
大介は持っていた炭酸水を、全て飲み干した。そして、アジズの目を見る。
「今では、それでよかったと思ってる。この星にセリナと逃げて、色々な経験をして、本当の心を持てたと思ってるんだ」
それを、大介は肯定も否定も出来ず、黙って瓶を置いた。
「セリナが十五才になって、全てを話した。もし憎いなら殺せと、ナイフを投げ渡したら、ぶん殴られたよ。泣きながらな」
「セリナさんらしいですね」
「こっちの話も聞かずに、勝手に諦めて、死のうとするな、馬鹿。泣きながら娘にそれを言わせた俺は、駄目な親父だろうな」
「それだけですか?」
「お父さんと死ぬまで一緒にいたいと、言ってくれた。朝まで二人で泣いたよ」
大介は大きく溜息をついた。
アジズには大介の選択が、何となく分かっているのだろう。その事が大介にも伝わる。
「あそこにあるゴミ。捨てておいてください」
「ああ、分かった」
ゴミと呼ばれた袋の中には、大介が愛用していたシャツやズボンなどの日用品が入っている。それすら、大介は必要ないと言い切ったのだ。
「悪いが、お前の愛した女の話は、シェールの寝言で聞かせてもらった」
大介とグレムリンは、少しだけ本当に笑う。
シェールはよくはっきりとした寝言を喋るのを、二人は思い出したのだ。エウロパで寝食を共にした大介達は、それを何度も聞いている。
「悠長な事を言えないのは分かるし、女の仇ってのも理解できるが、自分の事ももう少し……」
「アジズさん。勘違いですよ。その人とは、生きて再会してます」
大介の言葉を聞いて、アジズはその相手と大介が逃げようとしているのかと考えた。
だが、その考えはすぐに振り払う。考えたくない訳ではない。大介の漂わせる雰囲気が、アジズに違うと教えているのだ。
「後、アジズさんがベイビーの事を、秘密にしようって言った本当の訳も」
「お前……」
ベイビーの正体を隠したのは、酒場が襲われない様にする為だけではない。ベイビーとしてではなく、大介として街の住人と接し、生きる事の喜びや楽しみを見つけてほしいとアジズが考えていたのだ。
それに、大介はうすうす気が付き、従っていた。
「あんまり頭はよくないですけど、そこまで馬鹿じゃないんですよ」
葉巻の火を灰皿でもみ消したアジズは、煙ごと肺の中の気体を全て吐き出した。そして、新鮮な空気を取り込む。
「お前、死ぬつもりじゃないのか?」
「いえ。自殺する勇気なんて、ちっぽけな僕にはありませんよ。ただ、絶対死なない人間なんていませんけどね」
「その女の為か?」
大介は、ポケットから金属の輪で纏めた、オート三輪や部屋の鍵を出す。そして、鞄から取り出した残りのお金と一緒に、アジズに渡した。
「シェールの事、お願いします」
「それは、勿論引き受ける。だがな……」
「その人にはもう、触れる事が出来ない。声も届かない。いくら望んでも……」
大介はアジズの言葉を、遮るように喋り出していた。
「その人に、僕は二度と何もしてあげられない。死んだ女に、してあげられることなんて、僕にはないんです」
アジズが両目を閉じ、眉間にしわを寄せていた。言葉が出ないらしい。
「その人のせいじゃない。僕が自分で選んだ。僕は、僕の道を行くんです。ただ、それだけなんです」
アジズが目を開けると、大介の顔から笑顔が消えていた。もうその仮面は、必要ないと大介が判断したのだ。
アジズは、大介が行う事の意味を深く理解していた。
「分かってるのか? 成功しても、失敗しても、お前には史上最悪の重罪人って称号が待っているんだぞ?」
「裏切り者でも、極悪人でも、最低のクズとでも、好きに呼べばいい」
表情が消え、瞳から混沌が漏れ出す大介を、アジズは悲しそうに見つめた。
「それが、お前の本当の顔で、本音か?」
大介は返事をしない。
「分かった。この金とお前の仮面は、俺が預かる。だから、気が向いたら帰ってこい」
大介は返事をする必要すらないと、思っている。そのまま、時計を見て服を着替えはじめた。そして、ゴミの中に、今着ていた服とズボンを投げ込む。
バックパックを背負い、カバンを持った大介は、ベイビーと呼ばれた姿で裏口へ向かう。
「お世話になりました」
大介はそのまま振り返る事なく、扉を出た。
「馬鹿野郎が……」
大介は真っ直ぐ前だけを見て、歩みを進める。
住人に見つからないように、屋根伝いに街を抜け、あの荒野へ向かう。そこが山本から指示された場所なのだ。
****
大介が荒野に到着すると、山本達はもう到着していた。宇宙船とそれを搬送する為に使ったであろう、トレーラー車両だけでなく、要塞都市の要人移動用車両が何台も止まっている。
その宇宙船は、不完全体のハイブリッド達が乗ってきた物が元になっていた。元々は重力操作で航空力学を無視した機体だったが、要塞都市の開発部はより実践で活用出来るように、改造されている。
大昔地球で開発されたステルス機のデータが参考にされており、エイやブーメランを連想される外見をもっていた。大介の想像よりも、かなり大型で機体下面にある四本の足で、支えられている。
到着した大介を、山本を先頭に、要塞都市の十二人いる長とその部下は、整列して迎えた。
(仰々しいなぁ、おい)
(こんな僕に、律儀な人達だね)
大介は敬意を払い、ヘルメットをとり相手からの敬礼に、敬礼で応えた。
「魔力カプセルや、こちらで準備できるものは全て、中に積み込んである。あと、動力の魔力炉でカプセルに魔力が充填できる仕組みを、開発部が間に合わせた」
(ふぅん。なかなか、やるじゃねぇか)
(お礼をしてかないいとね。出来る時に)
「ありがとうございます。こちらからは、これを」
大介は山本に、端末用のチップを手渡した。
「これは?」
「何かの役に立つと思います。大した物じゃありませんが、この星に住まわせてもらった、僕達からのお礼です」
「ありがたく受け取ろう」
山本はそのチップを、素直に受け取った。そして、チップをポケットにしまう。
それを見た大介がヘルメットをかぶろうとすると、山本にとめられた。
「そのスーツとヘルメットも、宇宙服に改造した物が中に置いてある。採寸は、治療の際にこちらで勝手やらせてもらった」
「至れり尽くせりですね」
「これでも足りないぐらいだ。すまな……」
山本は謝罪の言葉を、途中で飲み込んだ。それは失礼にあたると考えたらしい。
「船の説明を、うちの者から……」
「不要です」
グレムリンのついている大介は、機械に関しては万能だ。
山本は大介の目を見て、すぐに引き下がった。
「ありがとう。私には、これしか言えない」
「僕もそちらの武運を祈ります。では」
船に向かって歩き出した大介を見て、一人だけ敬礼を止めた者がいる。その船の説明をするはずだったセリナだ。
セリナは大介が何をしようとしているかは、教えられていない。だが、セリナは大介の力を知っている。そして、その情報と雰囲気で察しがついていた。
自分が付いていけば、足手まといになるかも知れない。でも、大介と一緒にいたい。命を賭ければ、少しは自分でも役に立てるのではないか。大介は自分を受け入れてくれるかも知れない。
と、セリナの中で、様々な思いが葛藤する。せめて一声という、感情が敬礼を止めさせた。そして、宇宙船へと歩く大介に歩み寄ろうとする。
「あ、あの、大す……」
伸ばそうとしたセリナの手が、中途半端な位置で止まった。
大介はそのセリナに、目線すら送らない。感情のない顔で、船に向かって無言で進む。
セリナの手を止めたのは、大介の目だ。前回の様に、何もない吸い込まれる様な混沌ではなくなっている。表情では何も表現していないのに、瞳から強い意志が読み取れたのだ。
それはセリナを悲しい気持ちにさせ、黙らせるには十分な真っ黒い負の感情だった。
涙があふれ出しそうなセリナは、宇宙船に乗り込んだ大介の背中を見て、口を押える。そして、扉が閉まると共に、しゃがみ込んでしまった。
他の者も、別の理由で座ってしまう。大介の圧力に耐えられなかったのだ。冷や汗を拭き取る者も、少なくない。
大介の抑え付けた感情は、目だけでなく体全体から溢れ出していた。それに耐えられたのは、山本と十二の長だけだった。
「話は聞いていましたが、想像以上ですね」
「ありゃ、ほんとに人間か?」
「ああ。負の感情を含めて、誰よりも、人間らしい人間だ」
大介は宇宙船に乗り込み、スーツを宇宙用の物に着替えると、真っ先に呪文を唱えた。
『恐み恐みも白す』
八角形の魔方陣が、赤く光る。
今までの魔方陣とは、少しだけ違う。異世界の住人を呼び出すものではなく、大介とグレムリンが幽世へ向かう為の陣だ。
****
大介の体だけを残して、二人はいつもの場所へ向かう。そして、いつもの三人へグレムリンが念を飛ばした。
「おい。大丈夫か?」
肉体があるグレムリンが、目を閉じて三人を待つ大介に確認を取った。
(うん。もう少しだけなら)
「そうか」
大介は相変わらず、抑揚のない声で答える。
だが、淡く光る体からは、小さな放電が間欠に放たれていた。
片手で髭を撫でながら武神が、大介達にゆっくりと歩み寄ってくる。そして、大介の前で止まり、何時もの様に腕を組む。武神には、腕を組む癖があるらしい。
「なんか喋れよ」
「揃ってからで構わんだろう」
「そうだけどもよぅ」
グレムリンが悪態をつこうとして、止める。そして、武神の後方に広がる闇を見つめた。
「よおう! 今度の敵は、歯ごたえあるかぁ?」
既に体に文様を浮かばせ、大介とは違う雷を纏った雷神が、笑いながら跳ねるように現れた。相変わらず上半身は何も身に着けていないが、髪は少しだけ短くなっている。
「相手が弱けりゃ、呼ばねぇよ。ブラザーの命が削れるんだ」
「そりゃ、そうか」
雷神は体を疼かせながら、あっけらかんと笑う。
「うん?」
だが、大介の態度でその笑いを消した。
あけすけな性格ではある雷神だが、空気が読めない訳ではない。
「今日こそは、魔力をもってかえるぞ!」
一番遅れた知神は、走って暗闇をかけてきた。
グレムリンと喧嘩する気満々だった知神も、空気を察する。
「どうしたんだ?」
「さて、俺から話すがいいか?」
(うん)
グレムリンは、全てを隠すことなく喋った。敵の全てだけでなく、美紀の事もだ。
三人は、言葉を失った。意思を共有した者達には、大介の事が手に取るように分かっているからだ。そして、大介が何故心の目を閉じているかを、聞くまでもないらしい。
「ちったぁ、びびったか?」
グレムリンの質問に、知神がトーンをおさえた声で質問を返す。
「何人分の魂だ?」
「人金もかなりいるからな。でもまあ、百億人分はあいつらが山分けするだろうなぁ」
武神が、いち早く魔力を計算した。
「誰か一人に大部分の魂を集中させれば、造化三神に匹敵する……いや、超えるだろうな」
「そこまで計算して、人間を養殖したんだろ。で、狩り入れ時ってわけだ」
状況を理解した三人は、お互いの顔を見合わせる。敵の人間狩りを阻止しなければ、異世界の住人達は後々殺されるだろう。それを阻止する為に現世で動きが取れるのは大介だけだ。まず勝ち目はない。
三人は当初、敵の計画をなんとなく察知し、大介にその阻止の為だけに力を貸したつもりだった。
しかし、今は心境の変化があったらしい。気安く戦おうなどとは提案できないようだ。だからと言って、現世で大介が敵から一人で逃げ延びるのは、難しいのではないかとも思っている。
敵を野放しにすれば、現世も異世界も敵に蹂躙されるだろう。それを阻止するには、現世で敵が力を手に入れる前に倒すしかない。
「まっ、こんな状況だ」
「ふぅ、先手は打てなかったのか?」
知神の問いに、グレムリンが両手を広げて首を振る。
「敵の全容が見えたのも、ついさっきだ。周到に進められた計画ってやつに、情けないがどうする事も出来なかったよ。なんせ、向こうは千年以上かけてっからな」
「確かに、向こうもお前と同じ魔法を使えるしな」
「隠れ住みながら、情報集めが精一杯だ」
大介以外の四人が、溜息をつく。そして、大介に目を向けた。
グレムリンは大介の肩に、拳を軽くあてる。
「よく頑張った。もういいぞ」
「うおっ?」
「これは……」
目を見開いた大介の体が、強く光り輝き、雷神を超える放電を始めた。そして、抑えていた激情が顔に現れる。
(力を! 力を貸してください! 僕は、あいつらが許せない!)
大介に、雷神が聞いた。
「魔法ってよぉ。命削るんだぜ? 一応、奇跡の一種らしいしよぉ」
大介に、武神が問う。
「聞く限り、勝てる見込みは皆無だ。相手を一人すら倒せない可能性も、十分にあるのだぞ?」
大介に、知神が確認をした。
「戦場で手は抜けない。敵だけでなく、騙されている者の命をも奪わねばいけない。その報いは、必ず受ける事になる。その上、誤解を解く時間も証拠もないのは分かっているのか?」
(はい! 僕が何かを成せるなんて、最初から思ってません! でも、奴らが憎い! 戦いたいんです!)
三人が圧力を感じるほど、大介の気迫が増していく。
大介にとって、美紀が全てだ。それを敵に、笑いながら奪われた。
精神、魂、肉体。大介の全ては憎悪となり、敵に向けられている。神代の化け物をたじろがせるほどに。
大昔の日本で、鬼と呼ばれた者達が辿り着いた、絶対の黒。最後の人間らしさをアジズに預け、大介の混沌は完成した。
愛という光で形成された瞳の器に、憎悪の酒がなみなみとそそがれている。いや、既に憎しみは溢れ出しているようだ。
(僕はあいつ等に、復讐する! 僕の全てを掛けて!)
平和の象徴となったアースに刃向えば、大介は人々を苦しめる悪魔にしか見えなくなるだろう。だが、大介にはもう自分を止める事は出来ない。
「勝ち目もなければ、得る物もない。その上、俺達でも死ぬ危険がある。乗るかどうかは、強制じゃねぇ」
グレムリンは、言霊に精一杯の皮肉を込める。それがグレムリンなりの、気遣いなのだ。
大介を利用して、現世の情報を出来るだけ持ち帰る。グレムリンの目的は、本来それだけだった。
だが、グレムリンの賭けに、大介が応え過ぎてしまったのだ。そして、それが楽しくて仕方のないグレムリンは、夢中になってしまう。
グレムリンは心のどこかで、後悔しているのかもしれない。大介を自分と同じ反逆者にしてしまった事を。そして、自分の無力さに、怒っている。
グレムリンの根底には、もしかするとそんな優しさが潜んでいるのかもしれない。
「いいだろう。私が手伝えば、最低十人は倒せる」
グレムリンの予想に反して、知神が真っ先に賛同した。
かつて知神はグレムリンが心を犠牲に仲間を裏切った苦しみを、一番近くで見ていたのだ。そして、大介の気持ちも三人の中で、一番深く読み取っている。
知神は自分の手を出し、その上で手を乗せろとグレムリンを見る。
だが、次に手を乗せたのは、雷神だった。
「おれっちが加われば、その十倍は倒せるな。逃げるなんて、ごめんだからなぁ」
大介とグレムリンを見た雷神は、変わらずに笑う。そして、闘志の表れである雷を強めた。
「我もだらだら長生きするのは、性にあわんのでな。これで、一騎当千だ」
グレムリンと同じタイミングで武神が手を置いた。
最後に、大介が四人の上に手を重ねる。
(ありがとうございます)
五人の体をオーラが包み、暗闇を照らす光となる。全員が何もかも絶望的な状況だと、理解はしていた。
だが五人の目に絶望はなく、覚悟という強い意志が猛り唸る。
「馬鹿が五人集まれば、何かが変わるってもんだ! 敵は正義と平和! 行くぞおおぉぉ!」
(うん!)
「ああっ!」
「おうっ!」
「ふんっ!」
三人との交渉に成功した大介とグレムリンは、召喚をする為に現世へと戻る。
幽世へ残された三人は、体と心をたぎらせたまま、それを待った。
「お前が真っ先に乗るとは、少々意外だったぞ」
「やっぱ、計算ってやつかぁ?」
二人の言葉を、知神は鼻で笑う。
「好きに思え」
「そういやぁ、カネの方がなんだかんだで人間と色々やってたっけ?」
照れくさそうに顔をそむける知神は、ある人間の事を思い出していた。
遠い昔の地球にあった、ある台国で自分を呼び出した女王は、その純粋な想いで知神の心を軟化させたのだ。彼女の願いは皮肉にも、人間の平和だった。
もしかすると、知神は大介に彼女の面影を見たのかもしれない。大介は心の多くを失っているが、純粋な事に間違いはない。
「さあな」
知神の言葉を聞いて、二人の戦いを司る神が笑う。
「どうにも我は、奴を好きになり過ぎたらしいな」
「おれっちも一緒だって」
「あいつだけは、死なせていい人間ではない」
「ああ」
「おれっち達の命。使い時ってやつだな」
三人は拳を握り、笑いあう。
「誰にも知られない。そして……」
「称えられるこっちゃぁないなぁ」
「だが、我等も一花咲かせねばなるまい」
「裏切り者の汚名をかぶった。我らが友の為にな」
握っていた拳を、三人は力強くぶつけた。そして、現世へと向かう。
命を賭ける為に。
****
『荒魂召喚! タケミカズチ! タヂカラオ! オモイカネ!』
ほぼ完全な精神体で召喚された三人は、大介の魂へと向かう。そして、その全てを大介とつなぎあわせた。
「行こう!」
(おう! 奴らを死ぬほど後悔させてやろうぜぇぇ!)
敵はもう少しだけ、見下すのではなく人間を真っ直ぐに見るべきだった。そして、人の愛を理解する必要があったのだろう。
その化け物を誕生させたのは、自分達の軽薄な作戦のせいだった。たった一人の女性を苦しめた事が、全ての原因なのだ。
大介が操縦かんを握った船は、浮かびながらフィールドを展開させる。そして、光の帯を残して、宇宙へとはばたいた。
大介に纏わりつく運命と絶望を、一人の女性が振り払う。
五人が進む、先の見えない真っ暗だった道は、大介の怒りに呼応して、真っ赤に光り輝いていた。地獄まで絶えることなく真っ直ぐに。