一話
宇宙規模となっている人の戦争は、様々な負の感情を飲み込み、膨れ上がる。人間人金合わせて約二百五十億人の心を、黒い影で覆っていく。
戦争は悲しみや苦しみしか生み出さないと、誰かが言った。そして、百害あって一利なしと表す。
しかし、これは大きな間違いだ。一利なしではなく、百利ありとするのが正しい。ただし、億害あっての事ではある。
数え切れないほどの害を、弱く無知なもっとも多い者達が担い、ごく一部の賢しく愚かな者達が利を掴む。たとえその戦争にどれだけの正しい信念があろうとも、どれだけの尊い目的があろうとも、この結果は変わらない。裏で、不気味に笑う者達がいる限り。
一年以上続く戦争で、三つの勢力は疲弊し、民は神へ祈る回数が増えていた。ある者は勝利、ある者は明日、ある者は命。その願い達が最後に辿り着くのは、平和だった。
しかし、惑星連合の人々は、自分達の平和を壊した者達へ怒りを向ける。革命軍の人々は、自分達を虐げ認めなかった者達を憎む。帝国の人々は、人金を殺し続けた人間を恨む。
戦争を止めようと提案する事は、出来ない状態に陥っている。
三つある力のどれか一つでも、負ければ事態は変わっていただろう。しかし、各勢力は新兵器をどんどん開発し、戦力の均衡が崩れず苦しい時間だけが長引いている。
苦しみ続ける者達は、気が付かない。それがどれほどおかしい事かを。
人材や資源が少ない革命軍は、画期的な新兵器を戦いに投入した。戦争から長らく離れていたドームの研究者達は、革命軍に対抗する新兵器を開発する。魔法の技術が全くない帝国は、二つの勢力に対抗できる化学兵器を作り出した。
本来そんな均衡が維持され続けるような事など、起こるはずがないのだ。誰かが、裏で糸を引いてでもいない限り。
三つの裏に潜んでいた組織は、ついに姿を現す。人々の希望として、予行演習までした計算尽くの偶然を装った大規模星間通信が、一つの惑星から発信された。
その惑星は、大昔の人間に「地球」と名付けられた星だ。
「私達は、生き残っています。私達は、真の敵を知っています。そして、正義の心と力を持っています。さあ、人間も人金も手を取り合い、平和に向かいましょう。母なる星、地球は分け隔てなく受け入れます」
何の臆面もなく、地球にいる組織の長は、笑顔で平和を口にした。その者こそが暗躍し、全ての元凶だと知る者は少ない。
もし、知っていたとしても、ほとんどがその者の組織「アース」に所属する仲間達だ。その者達とは違う三つの勢力で権力を持つ者達は、自分達は騙されていると気が付いても己の保身の為に、口を噤む。
戦争に疲れ切っていた民は、目を輝かせて救世主の出現に涙を流す。そして、戦争を起こしたとされる敵に、全ての憎しみを向けた。
敵の敵は、仲間。共通の敵がいれば、人は悲しみや遺恨を乗り越え、手を取り合うことが出来る。たとえそれが、全てまやかしだとしても、だ。
希望の仮面をかぶった絶望は、何時もの様に笑いながら手招きする。全ての人に向けて。
****
エウロパにも、通信を傍受した者達がいた。要塞都市にいる一部の者達と、グレムリンだ。
グレムリンは端末の中で、胡坐をかいて座りながら俯いている。寂しさと悲しみで、心が痛んでいるようだ。グレムリンには、通信の内容で敵の全てが見えた。今までは敵の事が推測でしかなく、それが嘘であればとどこかで願っていたのだろう。
だが、グレムリンの頭脳は残酷な現実を見抜いていた。
大介が要塞都市内部の病院に運ばれて、二十時間が経過していた。回復プログラムや複数の点滴で、大介は回復している。
静かな深夜の病室で起き上がり、ベッドの脇机に置かれた端末とデイパックを持ち、大介は部屋を抜け出した。そして、自動販売機でコーヒーを買い、廊下を歩き出す。
その間も、大介は美紀から手を離さない。命よりも大事な人だから。どんな姿になっても、美紀への思いは変わらない。
落ち込んでいるグレムリンがいる端末は、大介が着る入院患者用のガウンにあるポケットにしまわれている。大介が裸足で廊下をひたひたと歩く間、回線は繋いでいるがグレムリンは声を出さなかった。
入院患者が運動する場所として使う屋上は、乗り越えられないほど高い金網に囲まれているが、鍵はかかっていない。
音を立てない様に屋上の扉を開いた大介は、屋上の床に座り偽りの星空を見上げた。何時かと同じように、隣には愛する美紀がいる。
どれほどそうしていたかは分からないが、大介は飽きもせず星を眺め続けた。グレムリンと大介には、その時間が必要だったのだろう。
生気を失っていた二人の目に、炎が灯った。端末はポケットの中であり、お互いの表情は見えていない。
だが、二人は同時に笑う。
三人だけしかいない静けさに支配された屋上で、声を出さずに二人は笑う。もしかすると、もう一人も笑っているかもしれない。そうであれば、きっと優しく、とても優しく笑っている事だろう。
しばらくしたそうした後、グレムリンが口を開く。
(はぁぁぁあ! っと。地球に、木の股から生まれたわけじゃないだろう? って、言葉があったんだ。意味わかるか?)
「その言葉は、今でもあるよ。親はいるだろう? って、意味でしょ?」
(実は、俺は本当に木の股から生まれた。まあ、こっちの常識が通じない世界だから、その木は金属で出来てたがな」
「そうなんだ」
大介の返事に、グレムリンは溜息つく。
(お前は、あっちに行ったから不思議じゃないんだろうが、もうちょっとリアクションしろよ)
「イチさんの出生なんて、興味ないよ。だって、僕にとってイチさんは只の兄弟なんだもん」
(ふぅぅん。まあ、いい。お前は、向こうを見てどう思った?)
「皆、なんだかつまらなそうだった」
大介の言葉を、グレムリンが一つ一つ解説していく。異世界には時間の観念がなく、生き物に死は存在するが、寿命は存在しない。それをグレムリンは、とてもつまらない世界だと語る。
生まれてからこちらの世界で千年分ほど生きれば、ほとんどの感情は衰えていく。それでは死ぬ事は嫌でも、生きる事も楽しくない。住人達のほとんどは、それを打破する為にのみ行動する。
必要でもないのに色々な物を創造し、同類達と様々な方法でコミュニケーションを取った。そのコミュニケーションは、試みであり友好的なものだけではない。住人達同士で、殺し合いをする事さえ試みている。
(タケとチカラは、その時戦う楽しさってやつを覚えたんだ。今は丸くなってきたが、昔なんて手当たり次第に、殺し歩いてた時期もあったんだぞ)
「タケ師匠は分かる気がする。でも、チカラ師匠も?」
(あいつの方が、ひどかった)
大介が複雑な表情で、頬を指で掻く。
異世界で戦いをコミュニケーションに選んだ者の中には、自分が弱いと始めて知った者も少なくなかったらしい。誰かが始めた、その戦いという波紋は、異世界全体を飲み込んでいく。
元々は気の合う者同士が集まる事はあっても、戦って相手を殺す行為は誰も行っていなかった。だが、自分が強いと気が付いた者は、自分より弱い者の意見を聞く必要がないと分かってしまったのだ。
最終的に、そのコミュニケーションで生まれたのは、住人達の階級だった。
ただ、全ての住民同士が、戦ったわけではない。各地域に、もっとも強い物を頂点としたピラミッドが出来ただけだ。
初期は自分より強い者の命令に逆らえない、程度の階級だった。だが、人間にいくら神と呼ばれる者達でも、完璧には程遠い。強い者が兄弟や親族、友人を優遇し、それ以外を邪険に扱う。さらに、その関係者達も、強い者の力をかさに着て、実力が上の者を不当に扱った。その結果、ピラミッドは各地で歪んでいく。
(俺達の強さの基準って、なんだと思う?)
「魔力でしょ?」
(なんだよ。そこまで見てきたのかよ。そう言えば、まだ聞いてなかったが、どうやって帰ってきたんだ?)
「耳と尻尾が生えた綺麗な女の人が、帰り道を教えてくれた」
(ああ、稲荷か。あいつは、人間が好きだからな)
異世界の住人の魔力量は生まれた時点で最大量が決まっており、それがそのまま階級に繋がる。
グレムリン達が魔力を知覚できるのは、後天的に身に付けた魔法だ。それがなければ、自分よりも強い者と戦うことになり、死ぬ危険が高まる。
「イチさんは、どれくらいだったの?」
(俺か? 最初は下の上って所だったな)
「え? 最初? 量は変わらないんでしょ?」
(俺は、戦いにも階級にも興味がなくてな。人のいない場所で兄弟や仲間と、ぼんやり過ごして、感情がほとんど消えかけてたんだ)
大介はグレムリンの話が分からずに、首を傾げた。
(そこでたまたま俺やその仲間やらが、こっちに召喚されてな)
「ああ。それで、魔力を手に入れたんだ」
(まあ、そんなところだ。俺達の世界で魔力は変動しないが、こっちの時間てやつが絡めば変動する。最終的に、俺は人間達に色々教えまくって、中の上まで上がったな)
感情が消えかけていたグレムリンは、感情豊かな人間に惹かれた。そして、異世界に戻らずに、魔力と引き換えに知恵を与え続ける。
地球の文明が発展した陰に、グレムリンはいたのだ。
しかし、グレムリンを召喚した術者の死と共に、異世界へ強制送還された。
(帰ってみたら、まあ、驚きだ。俺の同族や同階級の奴らは奴隷扱いで、強い奴らの気分次第で殺されてた)
「もしかして、カネ師匠は」
(俺の同族を、道端の石ころぐらいにしか考えていない奴だったよ。まあ、あそこまで強いやつらは、進んで無駄な事はしなかったがな)
「イチさんは、それで動いたんだね?」
(ああ、そうだ)
グレムリンは異世界で、弱者である仲間を集めた。そして、徒党を組み知恵で力に対抗したのだ。その原動力となったのは、恨みや妬みといった負の感情だった。
力が強い者でも、一対多では勝てない。仲間が殺される中で、力ある者達も数は少ないが力を合わせた。そして異世界は、長い戦争に突入したのだ。
しかし、グレムリンの知は、他の者とは違った。ずるともいえる手段を思いつく。
「で? どうしたの?」
(こっちの世界に呼ばれて、術者を騙した。そして、他の人間もだまして、仲間達をこっちに呼んだんだ)
「それで、仲間は魔力を?」
(ああ、本当に強い奴等以外を、ほとんど殺した。でもよ……)
限りなく勝ちに近い停戦を勝ち取ったグレムリンは、満足してピラミッド内へと戻った。それ以降、力関係は変化し、グレムリンの仲間達は虐げられなくなる。
「めでたし、めでたし。じゃ、ないんだよね?」
(もう一度こっちに呼ばれた俺は、人間を騙し過ぎててな。悪魔なんて呼ばれた)
「いやいや、こっちじゃなくて」
(まあ、待て。んで、こっちから故郷に戻ったら、吃驚仰天だ。仲間達が、元支配者共を奴隷扱いしてやがった)
グレムリンの知らない所で、仲間達は召喚を繰り返し、どんどん魔力を増していた。それは、知神達を脅かすほど急激に。
「で? イチさんは?」
(仲間達を裏切った。で、うちの地区の最高神までたきつけて、そいつらもこっちに召喚させた。そんで、仲間をタコ殴りにしてもらったのさ)
さらりと喋ったグレムリンが、苦しみ悩んだうえでの決断だったと、大介には分かる。グレムリンが大介に対して見せる態度を、知っていればそう考えて当然だろう。
「仲間が好きだったから、止めさせたかったんでしょ?」
(さあな)
再び短い時間二人で笑った大介は、グレムリンが喋り出した理由を知っている。そして、催促した。
「もう僕には、知る資格が出来たんだよね? 全てを」
(そうだ)
「教えてよ。選ばないといけなんでしょ?」
初めて会った時の様に、グレムリンは怪しく笑う。そして、真実を語る。
(この前、海底で昔のデータにアクセスして、ほぼ全部が分かったんだがな)
「うん」
(この戦争は、何もかも俺の仲間が仕組んだ事だ)
二十三世紀の戦争で、魔法を見つけた研究者は、グレムリンの同族を呼び出してしまう。
(それが俺とカネ達が、仲間を追い詰めた時だったんだ)
「もしかして、その仲間とかが全員こっちに?」
(そうだ、そいつは俺と一緒で機械を好きに操作できる。その上、口が俺よりうまい)
研究者達が、地球を脱出した最後のきっかけは、戦争ではない。異世界の住人達だったのだ。枷もなしに解き放たれたそれらは、地球を支配し始めた。
失敗をした研究者達だからこそ、その危機に真っ先に気が付き、逃げ出せたのだ。勿論、その事実は隠ぺいされて、グレムリンの召喚を法で禁じた。
(ただ、こっちの世界に俺達が端末なんかの枷なしで過ごせば、時間の関係で魔力が減っていく。だから、人間に乗り移ったりしないといけないんだ)
「ハイブリッドって、その為に作ったのかな?」
(だろうな。人金は人間より強靭で、何倍も長生きだ。だが、魂が弱すぎる。人間に乗り移っても、体が動きについてこない。その上、元々弱いから、人間達の魔法兵器で中の奴まで死んじまう。魂が人間で体が人金なら、言う事なしだろうなぁ)
「もしかして、敵の最終目的って」
(俺達……いや、俺への復讐だろうな。ハイブリッドに乗って、養殖した人間の魂を全部刈り取って、戻るつもりだろうよ。もしかすると、こっちも支配するかもしれんがな)
「皆を平和や希望で釣って、楽しんでる?」
(ふんっ。まあ、そうかもな。さあ、どうする? 俺は回り始めたカジノルーレットの前に、お前を連れてきた。コインを賭けるかどうかは、お前次第だ)
全てを話したグレムリンは、大介からの返事を待つ。
ただ、どう答えるかは分かっているのだろう。だからこそ喋ったのだ。
しかし、大介はグレムリンの予想を超える。これからどうするかをグレムリンに喋った大介の目に、迷いはない。
(ふひゃひゃひゃひゃ! 相変わらず、予想以上だな。おい?)
「だって、人の事なんて知らないよ。僕の大事な人は、もういないんだし。それに、僕に背負えるのは、僕一人分の命だけだよ」
(お前、分かってるのか? その道は冥府魔道ってんだぞ?)
「名前なんて知らないよ。美紀さんは、信じて進めって行ってくれたもん」
(道に待ってるのは、茨なんかじゃなく、地雷やブービートラップなんだぞ?)
「それぐらいの覚悟はしてる」
(その道の両サイドは、どぶの川が流れてるんだぞ? 失敗すれば、そのどぶの中で野垂れ死ぬだけなんだぞ?)
「そうなったら、そこまでだし、僕の最後はそっちがお似合いかもね」
(ゴールは、地獄だぞ?)
「僕の幸せは、美紀さんだった。短かったけど、満足してる。だから、もう、何もいらない」
笑顔のまま、グレムリンは大介に聞こえるように溜息を吐いた。そして、最後のかまかけをする。
(俺は元々、お前を利用するつもりだった。その結果がこれだぞ?)
「感謝してるよ。だって、美紀さんに会えたもん。僕にとっては、最高の人生だよ。それに……」
(あん?)
「僕のコインの上に、イチさんは自分のコインを乗せてくれるんでしょ? いつものように」
今度は二人で声を出して笑う。大介は、胸も体も痛みが走っていた。そして、涙が流れている。
だが、笑う事を止められない。グレムリンも、大介と同じ状況のようだ。
「はぁ、これから大変だね」
(その通りだ。ブラザー。だが、悪戯は……)
「楽しまないといけないね。兄弟」
(今日は、特別だ。五百点やろう)
気が済むまで笑った二人は、命のコインをベットする。勝てる確率が限りなくゼロに近い上に、勝って得る物はない。
それでも、進んで賭けをする。自分の命に決着をつける為に。
****
数時間後、作り物の空に太陽が昇り、大介は退院の準備をする。着替えを済ませ、バックパックに美紀を詰めた。そして、ナースステーションで料金が不要な事を確認し、迷わずに病院をでる。
「待っていたよ」
「山本……代表?」
大介を待っていたのは、駐車場で煙草を吸っている山本だった。
山本は無言で大介に、何かを投げ渡してくる。
「あの、これは?」
(なんだこりゃ?)
大介が掴み取った物を見ると、魔力カプセルだった。だが、ラベルがない。
二人には、その魔力カプセルが普通でないと、すぐに分かった。
「技術部が開発した、新型だ。今までのカプセルの二十倍の魔力が溜め込める」
(なるほどな。こりゃすげぇ)
車の空いている窓から手を伸ばした山本は、その手に握っているタバコを車内の灰皿に捨てる。そして、大介の前に立つ。
「ベイビー……いや、寺崎大介に、仕事を依頼したい」
山本はエウロパが生き残る策を、大介に話す。そして、真剣な目で返事を催促した。
「どうだろうか? 危険なのは分かっているが、君にしか出来ないんだ」
山本と目を合わせない大介は、立ちふさがる山本を避けて、歩き出す。
「僕には、そんな大任は無理ですよ。皆の命なんて、背負えない」
「待てっ! 待ってくれ! 君以外には勤まらないんだ!」
山本は急いで、大介の背後から肩を掴む。その顔に余裕は一切ない。
「命懸けなのは分かっている。だが、何とか……」
「あっ、そうだ。山本代表。この間兵器から、街を守った料金がまだでしたよね?」
「それも払う! だが、今は!」
「かなり、頑張ったんで、宇宙船を一台頂けませんか? 後、さっきの魔力カプセルも出来るだけ多く」
「君は……」
山本の手から力が抜ける。立ち止まった大介の体からは、すでに微弱な放電が始まっていた。山本から大介の顔は見えないが、圧力は伝わる。
「これが、僕が僕自身で決めた道なんです。邪魔するなら、貴方でも容赦はしない」
「しかし! 責任なら、私が!」
「言ったでしょう? 僕が背負えるのは、僕の命だけです」
「恩に……恩に着る!」
山本は大介に向かって、頭を精一杯下げていた。どうやら、大介が何をしようとしているかが、全て分かったらしい。目にうっすらと涙がたまっている。
病院から続く階段の先で、車を止めていた山本の部下達は、その光景を不思議そうに眺める。山本と大介のやり取りは、五分にも満たない。
部下の男性には何があったのかを推測できもしていない。そして、どれほどの意味があるかも。
「酒場まで、お願いします」
「あっ! ああ! はい!」
薄く笑った大介の声で、警備部の男性は車の扉を急いで開ける。
大介の事が気になる男性は、運転中もバックミラーで何度も大介を見ていた。
その事に大介は気が付いているが、窓枠に肘をつき、その掌に顎を乗せる。そして、窓の外を眺めたまま男性を見ない。
ただ、景色を楽しんでいる訳ではなかった。回線を通して、グレムリンと打ち合わせを続ける。そのせいで、目からは時折赤い雷が走り、ぱちりと音を立てていた。
運転をしている男性は、ジャッカスで大介の戦いを見ている。その雷が、どれほどの威力を秘めているかを、知っているのだ。ごくりと音を立てて喉をならし、声が出せない。ハンドルを握っている手も、いつの間にか汗がにじみ出していた。
その男性は、セリナに大介を帰す前に連れて来てほしいと頼まれていた。しかし、真っ白になった頭から、その依頼は消えていた。
****
瞬きの回数が多くなる男性の運転する車は、揺れや急ブレーキが増えながらも、無事にジャッカスに到着した。
「ありがとうございました」
街の入り口で下してもらった大介は、会釈をしてそのまま立ち去る。
大介が見えなくなった瞬間に、男性の体から全ての力が抜ける。その男性の本能は、すでに大介を人間と認識できなくなっているのかもしれない。
大介は街に入らず、街から少しだけ離れた地面にナイフで穴を掘る。
《アプランク》
そして、魔法で開錠した筒から、美紀だった物をその穴へ流し込んだ。
「自然にかえす。これで良いんだよね?」
(ああ。それはあいつだった物で、もうあいつじゃない。墓標は、お前自身だ)
「うん」
穴を埋めた大介は海に向かって、空になった筒を力いっぱい投げた。そして、ポケットに手を入れて溜息をついた。
少しだけ上がってくる太陽を見つめた大介は、それに背を向けて歩き出す。顔はまだ薄い笑いを消していない。
もう一度街を出るまでは、その作られた表情を保たないといけない。だから、笑ったまま歩く。
山本以外に、その真意を知る者はまだいない。