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七話

 荒くれを気取った人々が、我が物顔で闊歩していた港街。法はなくとも、それなりの秩序と平和があった街だ。

 だが、今その場所は法も秩序もない血生臭い戦場に変わり、各所で火の手が上がる。

 黒い有害物質を多く含んだ煙が、人の目と喉を刺激していた。材質が木の壁は墨に変わり、煉瓦であれば弾丸で破砕されていく。悲鳴や怒声が絶え間なく飛び交っている。

 その地にいたのは、戦いを覚悟した者達ばかりではない。それどころか、何もわからずに巻き込まれた者の方が多いのだ。

 ある者は酒を飲んでベッドに倒れ込み、そのまま永遠の眠りにつく。また、ある者は仕事に向かう為に家の扉を開き、その先にあった死出の旅路についた。

 赤ん坊の泣き声が聞こえる。ベビーベッドは赤く染まり、赤ん坊の母親はその隣で倒れていた。そのベビーベッドを染めたのは、母親の心臓と頭を弾丸が通過した時に飛び出した液体だ。その赤ん坊は只泣くことしか出来ない。自分に向かってくる煙と炎から、逃れる力がないからだ。

 その三軒ほど隣の家で、体格のいいランニングシャツを着た男が、部屋の隅にいた。

 漁師をするその男は、妻と五才になる娘を抱きしめ、部屋の隅でうずくまり震えている。願うのは、この恐怖の時間が過ぎ去り、明日の朝日を三人で見る事だけだ。その男の願いは、敵のフィールドに弾かれたロケット砲により、打ち砕かれる。

 子供も、老人も、男性も、女性も、人金も、全ての人々に分け隔てなく、不幸が降りかかった。だが、それを救おうなどと考える者はいない。それがその星では当たり前の事だからだ。

 マシンガンやロケット砲を装備した組織の者達は、敵を駆逐するのが目的で、人助けなど考えない。どの道、敵が星の人間を殺そうと考えているのだから、一つの街を犠牲にするだけならば、被害が最小限で済むとさえ考えている。

 超が付くほどの合理的とも言えるその考えは、昔の地球やドームで育った人間ならば、おかしいと思うだろう。だが、遊んでいた子供を人の良さそうな老人が呼び止め、睡眠薬の入った飴を差し出して人買いに売るような星だ。倫理や道徳がないわけではなく、それを無視する事に馴染めなかった者は生き残れなかっただけの、簡単な話ではある。

 知恵を含めた力が法。そして、いくら血生臭くても、平和は平和といいきれる者だけが住む星、エウロパ。

 その衛星で現在起こっている大規模な戦闘行為は、国同士がぶつかる戦争になんら引けを取らない。


****


 魔法の弾丸が迫る大介に、彼女が笑いかける。

 記憶の中にしかいない愛しい女性は、今も大介に優しく笑いかけているのだ。

……こんな所で死ねるほどっ! 美紀さんの命は軽くない!

 ナイフを敵の頭に向けて振り下ろした形で、空中にとまっていた大介が、目からの雷を強くする。その瞬間、敵の視界から大介の体が霧の様に消え、目が放つ赤い残光の筋だけが残る。

 大介は固定されたナイフから手を離すだけではなく、力の限り折りたたんでいた腕を伸ばしたのだ。その結果、地面に肩から落下して、射線から離脱した。

 地面すれすれをゆっくりと伸びた大介の掌は、敵の足首を掴んだ。掴まれた足首を力任せに引き付けられた敵は、受け身も取れないまま後頭部から地面へ落ちた。

 敵が展開しているフィールドは、全ての力を跳ね除けるものではない。物理的もしくは魔法的なダメージを展開者が受けると感知した時のみ、空間を魔法で固定するのだ。只掴んでくるだけの大介の手は、固定されない。

 高速で動く大介が、仰向けの敵に馬乗りになろうと、反応しない。そして、ゼロ距離から放たれる拳を止める事が出来ない。

 大介の顔からはすでに表情が消えていた。人形のような顔に、真っ赤に光る混沌の目だけが浮き上がって見える。

 武神から授かった距離を必要としない拳で、敵を破壊していく。体重移動、重力、捻転、筋力の伸縮等、物理的な力を集約した拳が、敵に襲いかかっている。

 通常の打撃技ではないそれは、敵の外部ではなく内部を壊すのだ。低く鈍い気持ちの悪い音が、スクラップ置き場に響く。信じられない速度の中で、敵が顔の穴という穴から血を流す。

 大介の拳が速過ぎて、目に見えた変化は少ないが、最初に拳が触れた箇所は膨れ始めている。骨にも亀裂が入っているのだから、そのままにして置けば変色することだろう。


「はぁ! はぁ! はぁ!」

 高速状態から戻った大介が、上半身の骨をぐしゃぐしゃにされ、原形を留めていない男を見下ろす。血と肉片が詰まった皮袋に変わってしまった敵は、生きているはずがない。

(おい、そいつの上着を脱がせろ)

(えっ?)

(いいから!)

 端末と銃を回収しようとした大介は、男のシャツを破く。そこには見覚えのある肌が待っていた。

「これって、ハイブリッド?」

(中に異世界の人間はいなかったが、多分その一種だろう。まともな人間よりは強度も、運動能力も高いだろうなぁ)

 男の胸から下の肌は、人金の物だった。

 そこで、グレムリンは男をどこで見たか思い出す。大介達が、第四メインドームを逃げ出す時に見たと。

 毛がなくなり雰囲気が変わり過ぎていたが、宇宙船脱出時に最後の障害となった革命軍の中に、その男は確かにいたのだ。勿論、その時は普通の人間の姿をしていた。嘆き悲しむだけだった大介は、その男を記憶できていない。

 グレムリンでもドームと一緒に恒星へつっこんだはずのその男が、生きている理由は分かっていなかった。だから、大介にその情報は喋らない。

 しかし、敵との戦いが迫っている事だけは、確信出来たらしく表情が神妙な物へ変わる。

「えっ? 何?」

 高速状態が解除されて、初めて大介に街の情報が伝わってくる。街が燃える光や、爆発音や発砲音が響いていたのだ。

(いったん、帰るぞ! 戦闘スーツを着ておけ!)

「うん!」

 急いでいた大介は、ユルゲンの事を完全に忘れていた。気絶しただけのユルゲンを置いて、酒場へと走り出す。


****


 アジズのメモを見た大介が、山本の渡してきたチップを端末に差し込んだ。

(なるほどな。やってくれる)

「え? え? このチップって何?」

(無線の送受信機だ。多分、アジズ達が持って行ったはずのあの薄い端末と、交信できるはずだ)

 携帯電話がなく、無線すらマイナーな世界で育った大介は、よく分かっていない。だが、グレムリンが繋いだ無線回線で、その使い道を知る。

{やっと、始末したか}

「えっ? あれ? アジズさん?」

{街の東は、各組織の連中が踏ん張ってる。西は俺達と、警備部の仕事だ。分かるか?}

 短い言葉で自分のするべきことが分かった大介が、急いで自分の部屋に向かう。そして、黒い衣を身に着け、ベイビーへと変わる。

 ヘルメットをかぶる時点で既に、顔からは仮面を外し、表情が消えていた。

「すぐに行きます。どこですか?」

 回線を付け直してすぐに、大介はアジズに問いかける。

{今、俺達は娼館の裏手だ。ただ、敵を見たら、こっちは気にせず殲滅しろ。いいな}

「はい。了解です」

 二本のベルトを斜めに肩からかけた大介は、低く抑揚のない声で返事をした。

 そこで、爆音と共にアジズの通信は、途切れる。

《アプランク》

 戦闘準備を終えた大介が、戦場と化した街へ飛び出していく。

 ユルゲン達のせいで、その出撃は遅れた。そのせいで、仲間である組織の人間や、街の住人がかなり命を落としている。山本の感じた通り、それは悪い流れの兆候だ。

 だが、それを押し戻すのに、運が来るのを待っていたのでは、全滅させられてしまう。


****


 街で暴れるハイブリッド達は絶対的なフィールドで、組織からの集中砲火を無効化していた。通常の弾丸による物理攻撃は一切効果がない。さらに、そのフィールドは防ぎきれない力をいなすらしく、ロケット弾でもあまり効果がない。

 効果が多少でもあるのは、山本が各組織に託した新兵器だけだ。その武器はエウロパ独自の、弾丸自体に発動した魔法を詰め込む技術が使われている。一度発動した魔法を、凍結して作られた弾丸だ。

 友希達が持ち込んだ端末のフィールドを解析して作られたこの弾丸と専用の銃は、物理と魔法耐性フィールドの影響を無視できるはずだった。魔法フィールドは弾丸に反応せず、物理フィールドで阻まれても、そこから魔法攻撃に変わる銃弾だったからだ。

 しかし、それだけでつうじると思った、山本の考えは甘かったらしい。さらに進化していたフィールドは、近距離でその弾丸を連射して、初めて突き破れる物だった。ハイブリッド達は身体能力が高く、当てるだけでも困難だ。

 さらに人金以上の速度で移動するそのハイブリッド達は、リボルバー式に見えるハンドガンを連射してくるのだから、撃退は困難を極めている。

 リボルバー式と言っても、形がそうなっているだけで、実際に弾丸を撃ちだしている訳ではない。クラウスが大介に向けて放ったのと同じ魔法の弾丸が、撃ち出されているのだ。

 つまり、弾を交換する隙は出来ない。そして、フィールドのない者がその攻撃を食らえば、体がはじけ飛んでしまうほど威力があり、接近しようとした者から殺されていく。


「ちっ! ふざけた兵器だ」

 少し離れた場所から、望遠鏡で戦いを見ていたカールが、つばを吐き捨てた。

 エウロパに侵入したのは、十五匹のハイブリッドだ。一匹は大介が排除し、四匹は西地区にいる。

 組織の総力をあげて、東地区にいる十匹のハイブリッドと交戦しているが、倒せたのはたった一匹だ。それも、新兵器の集中砲火を浴びせて、運よく倒せただけに過ぎない。

 現在は、仲間が倒されたのを見て、戦闘機まで持ち出したハイブリッド達から、エウロパのつわもの達は逃げ惑っている。そうすることしか出来ないのだ。

「こりゃ、代表に追加で何か貰わないと、割に合わねぇな」

 もう一度唾を吐いたカールの耳につけられた回線には、アジズ達が持つ極薄端末と同じものがつながっている。その端末自体に魔法を使える機能はないが、通信機としてはかなり高性能だ。

{こちら、警備部。応答願います}

「うん? アジズのお嬢ちゃんか?」

{はい、カールさんですね? そちらはどうですか?}

「正直やばいな。数でどうこう出来る敵じゃないぞ」

 無線の奥からも爆発音を聞き、カールは溜息をついた。

{そうですか。こちらも、防戦一方です}

「お前の親父と、ベイビーはどうしたんだ? まだ、のんびり酒でも飲んでるのか?」

{いえ、お父さんは私達と敵を待ち伏せてます。ベイビーさんは、先程こちらの補助に向かって出たと……}

 それを聞いたカールが、笑う。そして、部下に指示を出す。

「おい! 徹底した防御を指示しろ! 逃がせる奴は、出来るだけ逃がせ! 他の組織にも伝えろ!」

{え? カールさん?}

「お嬢ちゃん。あんたの生まれ育った、この街の名前を知ってるか?」

{え? あ、はい。ジャッカス(大馬鹿)です}

 車のボンネットに座っているカールは、サングラスを外した。

「そう、馬鹿の街だ。この街は、組織にも入れず、要塞都市にも入れないクズ共の掃き溜めだ。なのに、各組織が共存して平和が保たれている。何故だと思う?」

{こんな時に、どうしたんですか?}

 訳の分からないセリナに対して、カールは言葉を止めない。

「どこの組織にも、要塞都市にも、お前の親父と同じように素手で百人の馬鹿をねじ伏せられる人金はいねぇし、ミサイル艦にエンジンをつけただけのカヌーとナイフ一本で立ち向かう馬鹿もいない」

{それって、ベイビーさんですか?}

「お嬢ちゃん達も、怪我人を増やさない様にだけ気をつけな」

 カールはセリナに言いたい事だけを言って、一方的に通信を終えた。そして、葉巻に火をつける。

 カールが街を見下ろす小高い丘に、ファラとハネスが乗った車が乱暴に乗りつけられた。

「おいおい、お二人さん。陣頭指揮はいいのか?」

「幹部達に任せてある」

「それぐらいできないと、組織の幹部はできないからねぇ」

「さて、奴が到着するまでに、後どれくらい死人が出るか。賭けといこうぜ」

 街を見下ろす三人のトップの顔には、すでに余裕の笑みが浮かんでいた。現地に来ていない高齢のワンも、組織の本部であるビルで報告を受け、酒を持ってくるように部下へ指示を出している。

 四人は人金でもとびぬけた力を持つアジズの事を、よく知っていた。大介が来る前に、アジズは裏の仕事をしてセリナを育てながら、店を建てる資金を貯めていたのだ。その仕事ぶりはジャッカスに手を出すのはやめようと、組織のトップ達に思わせるだけの物があった。そして、四人は大介の実力も、よく知っている。

 過大評価も、過小評価もせず、戦場を生き抜いた四人の目は、正確な大介の力を見抜いていた。

 だからこそ、笑う。


****


「来たぞ。いいな、さっきと同じでいい」

「はい!」

 車の陰に体を隠して座るセリナは、仲間の悲鳴ですぐに頭を出す。

 街の大通りを、銃を二挺構えた敵が、ゆっくりと歩いている。

 セリナ達警備部の人間は、道をふさぐように車を止め、敵をその場所に誘き出したのだ。囮となった警備部の男が、腕と足から血を流しながら、その仲間の元へ向かって進んでいる。

「援護おおぉぉ!」

 走ることも出来なくなった仲間を生かす為に、セリナは敵とかなりの距離があるにも関わらず、発砲許可を出した。

 だが、ゆっくり歩く男にその銃弾は届かない。魔法が込められた警備部の弾丸は、全てフィールドにより男から逸れて周りの建物や地面にめり込んでいた。

 怪我をした警備部の男に銃口を向ける敵の笑顔は、火事の炎で余計に怪しく見える。

「よし! 足を止めた!」

 アジズの声で、シェールはアンチマテリアルライフルのトリガーを引いた。

 シェールが持っているのは、魔法ではなく普通の銃弾を発射するライフルだ。バイポッド(二本の脚)で支えているが、反動でシェールの体がずれる。

 しかし、それでもかまわずにシェールは大口径のライフルを連射した。

 建物の屋上でシェールと共に体を伏せていたアジズは、狙撃銃のスコープから見える弾丸に、全神経を集中する。音さえ消えるほどの集中を見せたアジズが、大きく息を吸い込み、引き金を引いた。

 アジズが持っているのは、魔法のこもった実弾を撃ち出す銃で、シェールの物より飛距離は劣るが、精度は高い。本来であれば二人の持つ銃は、どちらも敵にダメージを与える事は出来ないはずだ。

 だが、フィールドを展開し、笑っていた敵の頭がはじけ飛ぶ。

「やりました! アジズさん!」

「おう!」

 アジズは接近戦も並みの能力ではないが、銃の腕前も並び立つものがいないほどだ。

 シェールという相棒と、山本から届けられた武器を見て、安全で確実な作戦を立てた。フィールドの盲点を突く攻撃だ。

 敵が使うフィールドは物理的な攻撃を無効化してしまう。だが、魔法で衝撃や威力を殺す為に、弾丸などは一時的に空中で停止する。その空間は銃の弾丸であり、フィールドはない。

 つまり、シェールが乱射してそれずにフィールド内で止まった大型の弾を、アジズがライフルの弾で撃ち抜きフィールドを抜いたのだ。

 二匹目のハイブリッドを倒したアジズが、通信機を操作する。そして、仲間の安否を気遣うセリナに、大声で知らせる。

「西地区は完了だ。俺達は、このまま東に向かう!」

「えっ? ちょっ! お父さん!」


 重いライフルを背負った二人は、屋根伝いに移動を始めた。人間では無理だが、人金である二人にはそれが苦にもならないらしい。

「後、二人は? ベイビーさんが始末したの?」

 大介のチャンネルを記録していないセリナは、状況を推測するしか出来なかった。

「負傷者は、四号車と七号車で安全な場所へ! それ以外は、東に向かうわよ!」

「はい!」

 すぐに頭を切り替えたセリナは、警備部の人間に指示を出す。その指示に、警備部の人間達は素直に従った。

 警備部に入って一年程度だが、アジズから手ほどきを受けていたセリナは、実技で非凡な成績を残した。そしてそれ以上に非凡な指揮官としての能力で、異例の速度で出世していたのである。

 山本がアジズの事も計算して、裏で手を回した部分もあるが、セリナは人身掌握の術にもたけており、彼女の指示に警部の人間として先輩であるはずの部下達は、迷いなく従う。


 車に乗ったセリナが、不安で厳しい顔に変わった。経験の短いセリナは、戦場で少しだけ素顔を出してしまったのだ。セリナが姿を見せないベイビーではなく、大介の事を気にしているとは、アジズすら分からない。


****


「退避! いいから! 早くしなさい!」

 建物の陰に隠れたナクサは、自分を助けに来ようとする仲間達に大声で叫ぶ。手には新兵器のハンドガンが握られているが、迫ってくるハイブリッドと真っ向勝負を出来るはずがない。

 それでも、敵の射程内に飛び出していく。一人でも多く仲間を逃がそうとしているのだ。

 隠れていた陰から走りだし、敵に向かって引き金を引き、また別の陰に隠れる。綱渡りの戦法だが、それ以外に方法がないのだ。同じ場所にいれば、敵の弾丸か戦闘用機の大砲が飛んでくる。

 各組織の者も、同じ戦法で後退し続ける。

「あらぁ? こんな所で会うなんて奇遇ね。レズビアン」

「だから、変な噂ながさないでよ。この売女」

 車の陰に滑り込んだナクサは、既に潜んでいたクロエとジャックの手元に目を向けた。

「考えは同じようね」

「遅れないでよ!」

 クロエとジャックも新兵器を握っていた。魔法をこめた弾丸を撃ちだせる銃が、三挺揃ったのだ。

 三人は細かい打ち合わせもなしに、マガジンを交換し車を盾に、向かってくる二人のハイブリッドに、ありったけの弾を撃ち込む。

「ぐがああぁぁ!」

 火事の煙と熱で姿ははっきり見えないが、敵の声を聞いたナクサとジャックは、少しだけ顔を緩めた。

 だが、クロエは顔から厳しさを消さない。そして、叫ぶ。

「避けないさい!」

 クロエの声に、ジャックとナクサは何とか反応できた。二人もかなりの修羅場を経験しており、体が反射的に動いたのだ。

 車の陰から飛び出し、地面にうつ伏せなった。三人が隠れていた車は、爆発の衝撃で一メートルほど浮き上がり、燃えながら地面に落下する。

 ナクサ達に近付いてくる敵の一人は、確かに負傷していた。だが、右腕が吹き飛んだだけで、戦闘不能にはなっていない。そして、もう一人は、全くの無傷だ。

 爆発の衝撃で、近くにあった車と壁まで吹き飛ばされた三人は、気を失っていないが、すぐには起き上がることが出来ない。

 ナクサは、悔しさから歯をむき出しで強く噛み、敵を睨む。腕を失った敵は、それを血走った目で睨み返した。そして、銃口を向けながら近づいていく。

 もう一人の敵も、余裕の笑みを浮かべながらクロエ達に向かって歩き出していた。

「こんな所で」

「くそったれ」

 どうしようもないと分かっていながらも、ナクサとクロエは敵を睨む。銃に弾は残っておらず、それしか出来ないからだ。

「痛いだろうが! この雑魚があぁぁ!」

 腕を失った敵が、ナクサに向かって引き金を引く。そして、光る魔法の球体を発射した。

「はっ?」

 その球体は、風船が破裂するような音と共に、空中で消えた。

 敵もナクサやクロエも、状況が分からず固まってしまう。


 音速の壁を突き破って雷を纏ったダガーが飛んできただが、その場にいた者達では見えなかったらしい。

「ええい! くそっ!」

 もう一度引き金を引こうとした片腕の敵は、黒い影にそれを阻まれた。

「もう、遅いじゃない」

「ベイビー!」

 大介は、掴んだ敵の手首から、雷を流し込む。

「ぐぎぃぃ!」

 痙攣して倒れた敵の体から、肉の焦げるにおいが漂ってくる。

(やはり、お前の雷は人間相手では反則だな)

(おれっち! 最強!)

 それを見た敵が、クロエから大介に銃口の先を変えた。

(よく見るんだ、お前には見えるはずだ)

(はい)

 武神の言霊で、目からの放電を強くした大介は、真っ直ぐに敵を見る。そして、放たれた光の射線から、体を移動させると同時に敵との距離を詰めた。

 その大介の動きに反応した敵が、銃口を向けようとするが、既に大介の手は敵の肩に触れている。

「え? え? ええぇぇ?」

「ね? ジャック。強いでしょ?」

「化け物」

 高速状態の大介は、ハイブリッドにしか見えていなかった。

 ナクサからすると、片腕の敵が倒れると同時に、次の敵が倒れた様にしか見えない。大介に素早く反応して、ハイブリッドが引き金を引いた事すら分かっていないようだ。

「嘘、嘘おぉ」

 やっと蜃気楼のようにベイビーの残像が消え、ナクサが自分の目を疑う。既に大介は、十メートルは離れていたクロエの前に居たからだ。

(今回は、魔力を持って帰れそうだな)

(カネよ。お前、相変わらずせこいなぁ)

(喧嘩しないでください。まだ、終わってません)

 知神とグレムリンを止めた大介は、視線を敵へと向ける。

{そっちに追い込んだぞ。任せていいんだな?}

「はい」

 アジズからの無線に返事をした大介は、そのまま四人の敵に向かって走り出した。


 魔法の球体は、通常の弾丸よりも遅い。

 勿論、本来は人間が見て回避できるような速度ではないのだが、大介にはそれが全てゆっくりに見えている。フィールドを展開せずに、四人からの魔法の洗礼を全て回避しながら、前に進む。

(うん。研鑚は怠っていないようだな)

 その動きを見て、武神は満足した声を出す。

(やっぱ、人間だとこんなもんかねぇ)

 雷神は歯ごたえのなさに、少し不満があるようだ。

……遅い。

 人間を超える人金をさらに超えたハイブリッド達だが、異世界の住人からの補助なしには大介に対応できない。

 地面を滑るように移動する大介が、揺らいだかと思えばその場から消える。それでも、ハイブリッド達の桁外れた動体視力は、大介の体を視界にとらえるが、銃口を向けている間にその姿も見えなくなった。

 手当たり次第に魔法を乱射するしかないハイブリッド達の顔に、焦りが浮かぶ。左右に流れるように消える大介の残像が、徐々に自分達に迫ってきているからだ。

 その者達は、純粋な人間であることを止め、手に入れた力にかなりの自信を持っていた。そんな彼らは辺境の衛星での蹂躙戦で、苦戦するなどとは思ってもいなかったのだろう。

 ただ人間を的にした狩りを楽しめばいいとだけ考えていた彼らは、迫ってくる脅威に恐怖する事すらできていない。驚異的な身体能力で魔法の弾丸を大介に当てようと引き金を引いているが、反射的に行っているにすぎないからだ。

 その後にどんな結果が待っているかを、想像する時間すら彼等にはない。焦って首を左右に振りつつ、銃を撃っている間に、大介の手が自分の胸に触れているのだから、仕方のない事だろう。

……遅すぎるよ。

 一人は前を向いて銃を乱射しながら、倒れ込んだ。

 一人は視界から消えた大介を探す為に首を振った瞬間に、地面に転げた。

 一人は仲間の悲鳴を聞きながら、覚めない眠りにつく。

 ハイブリッド達はいともたやすく距離をなくされ、触れられただけで悲鳴を上げて倒れ込んでいったのだ。自慢のフィールドも、手で触れるだけでは、反応しない。

「ぐがああああ!」

 最後の一人だけを大介は地面に押し倒し、素早く片腕の関節を逆に曲げた。大介は関節技を習った事はないが、武神からのイメージ通りに体を動かしていく。

 関節を固めた男の襟首をつかんで立たせた大介は、そのままナクサ達の元へ歩き出す。

「あら? 本当に目にもとまらないとは思わなかったわ」

 ジャックと共に立ち上がったクロエは、残念そうに呟く。そして、首を振りながら立ち上がったナクサも、驚きをそのまま口に出した。

「あれが、ベイビーの本気ってやつなのね」


 建物の屋上にいたアジズと、シェールが三人の隣へ着地した。そして、危険を知らせる。

「来るぞ!」

「気を付けて! 後ろ!」

 ぐったりした男を、アジズに投げ渡した大介は、振り返った。

 そこには、三台の戦闘用機が浮かんでいる。

(こいつの相手は、楽しそうだなぁ! チカラ!)

 大介の中で楽しそうに叫ぶ雷神と違い、ナクサとクロエは顔をしかめた。戦闘用機は、人間が生身で相手できるものではない。

 その二人は、どう隠れるかを素早く考え始めていた。だが、敵の大砲を防げるような物が周辺になく、それ以外の案も浮かんでこない状態だ。

(この動きは可能か?)

(問題ないな)

 武神からの回答を聞いた知神は、軌道を計算する。

(分配を間違えるなよぉ)

(まぁあかせろってぇ!)

 準備を終えたグレムリンも、雷神へ注意を促した。

(いけるな?)

 武神の声で、赤い雷を再び強くした大介が返事をする。

(はい!)

 機体が放った大砲を、大介は後方に跳んで避ける。そして、爆風で揺れる車のボンネットに光る掌を乗せた。


《四柱合成魔法! 遠雷刃えんらいじん!》


 金属でできた車から、グレムリンがナイフを削り出す。

 ただ、いつも使っているブッシュナイフと似ているが、刃がくの字に曲がっている。大昔の地球でククリと呼ばれていたナイフだ。

 雷神がその刃に雷を乗せ、知神が計算した軌道に、武神に強化された体で大介がナイフを投げる。

 フィールドを雷で突き破られた機体に、ブーメランの様に空中で軌道を変化させたナイフが突き刺さった。一本のナイフで、その機体を無力化する事は出来ない。手が触れる事の出来る金属を、あるだけナイフに変えた大介が、それを全て軌道に乗せる。

 銃弾並の速度で複雑な軌道を描くナイフを、戦闘用機体を操縦するハイブリッド達が回避できるはずもない。

 金属さえ引き裂くナイフが、あらゆる方向から刺さった機体は、全ての機能を停止して落下を始める。

 ただし、大介の手元の金属量が不足しており、壊せたのは二台だけだ。最後の一台は、五本ほどナイフが刺さっているが、浮かんだまま落ちてこない。そして、ハイブリッドはレバーを上げ、上昇を試みる。

(ほう、人間にしてはなかなかの反応速度だな)

(奴等体をいじくり回してるからな)

 大介は、すでにグレムリンと知神から飛ばされたイメージ通りに、体を動かしていた。

 建物の屋上に、大介は目にも止まらぬ速度で上った。そして、屋上がひび割れるほどの力で、思い切り蹴りつける。

 落下してくる壊れた機体に着地した大介は、さらにその機体を足場に上昇する機体へと向かってもう一段階跳び上がる。背中のカバーからナイフを抜き、フロントガラスごと運転しているハイブリッドを上下に両断した。

 斬られたことすら分かっていないそのハイブリッドは、そのまま上昇を続けた。その振動で上半身と下半身がずれ落ちると同時に、コントロールを失った機体が地面へと向かう。


 建物の屋上へ受け身をとりながら着地した大介は、大きく息を吐いた。

(よし、終了だな)

(今回は、魔力を持って帰らせてもらうぞ)

(お前、そればっかりだな)

(前回と、前々回は、こちらの持ち出しだぞ! 流石に、これは正当な要求だろうが!)

 知神とグレムリンの喧嘩に苦笑いをしながら、建物から飛び降りた大介は、アジズ達の元へ向かう。

「ちょ、ちょっと! なに見とれてるのよ!」

 クロエは両手を祈るように組んだナクサに、にらみを利かせる。

 だが、ナイフをしまいながら歩いてくるベイビーに見とれたナクサは、それに気が付かない。大介が好きじゃないのかと、声を出そうとしたクロエは、それを止める。同じ人物だと分かっているからだ。

「凄い。凄い! 凄いよ! ベイビー! 私、あいつが欲しい!」

 銃口を向けようとしたクロエを、ジャックが止める。流石に他の組織の幹部にしていい事ではない。

 アジズも敵を縛り上げながら、二人のやり取りに溜息をついた。ただ、表情は笑顔に変わっていく。

「大介……」

 シェールだけが、悲しそうに大介を見つめていた。ヘルメットで隠されたその奥に、泣きたくなるような顔と目があるのをよく知っているからだ。そして、胸の苦しみで目を閉じてしまう。


 いまだに体から小さな放電を続ける大介は、どの想いにも気をまわしていない。内面から響くグレムリンと知神の口げんかに、頭を抱えるだけだ。

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