二話
(しかし、お前。これ。あの、すげぇえな)
制服姿で登校中の大介は、溜息をつく。
(イチさん。頼むから、一度整理してから言葉に出してよ)
制服の胸ポケットから耳へ、コードが伸びていた。
イヤホンにも見えるそれは、魔法を使う上で欠かせない回線。端末にあらかじめ仕込んでおいた魔法のプログラムを、術者はその回線を使って発動する。つまり、念を端末に送る中継線なのだ。
その技術を使い、大介とグレムリンは声を出さずに会話をしている。そんな人間の進歩に、端末の中にいるグレムリンは驚嘆していた。
(だって、昨日からびびくりまくってるぞ。俺は)
(びびくり? 意味は分かるけど、それはどこの方言なの? 聞いた事もないよ)
(俺の言葉は、全て俺流だ)
(ああ、そう)
会話自体を好まない大介は、不毛に思えた会話を終える。そして、グレムリンとの会話に、無意味な部分が多いと考えていた。
(しっかし、風情のない景色だな。おい)
(ん? 見えるの?)
端末は胸ポケットより少し大きいだけで、ディスプレイは布に隠れている。本来ならば、外の景色は見えないはずだ。
(家を出る時に、お前に魔法を唱えさせただろうが!)
(さっき、無理矢理言わされたやつ?)
(それ! 俺は、機械を好きに操作できるのっ! 付近の監視カメラから見てるんだよ)
(えっ? 遠隔で?)
(俺を舐めるなよ。小僧)
(魔力の無駄遣いしないでね。安いけど、値段はついてるんだから)
大介はグレムリンに対して、遠まわしに魔力を使うにもお金がかかると注意を促す。
(はいはいっと)
あしらう様なグレムリンの口調に、大介は再び溜息をつく。
(街路樹はあるけどさ。ほとんど金属だけの風景って、どうよ?)
(だから、僕にはこれが普通なの)
(ガルーラだっけ? この惑星にも、大地はあるんだろ?)
(テラフォーミングが完了するまで、後一年は許可なしにこのドームから出られないんだよ)
学校の門を通り過ぎ、目的の建屋に入った大介は、靴を室内用に履き替える。
(人間を馬鹿だとは思ってたが、まさか戦争で地球を住めなくしちまうとはな。馬鹿過ぎる)
(それは僕も同意するよ。でも、地球の自然もテラフォーミングの技術で再生してるし)
(るし?)
(人を殺す戦争がなくなったのは、ありがたいと思ってる)
大介は、自分の教室で窓際の席に座った。そして、机に据え付けられたコンピューターの四角いくぼみへ、回線を外した端末をはめ込む。
すると、端末の画面が一段階明るさを失い、コンピューターのディスプレイが表示される。
それを確認した大介が、一度外した回線をコンピューター側の端子へつなぎなおした。
(代理戦争だっけ? スポーツみたいなものか?)
(スポーツだね。各年代から九人の代表者を選出して、他の国と競うんだ)
(一年に一回、国の優劣を決めるか。それで、文句はでないのか?)
(まあね)
授業が始まるまでに時間があった大介は、グレムリンに近代の戦争について説明をする。
戦争とは名ばかりの競技であり、一般人にも身近な物になっていた。魔法を使った格闘技で、勝敗を決する。国には順位があり、上位になるほど国としての利益が与えられた。
(一位の国は輸出入で、税率を好きに出来たりするんだよ)
(だから、ゴリ押しする国は出ないのかって、聞いてるんだ)
(ゴリ押し?)
(人間ってのは、ずるが大好きだ。常に一位の権利を持ちたい国だって、出るんじゃないのか?)
グレムリンの意見に、大介は鼻で笑った。
同じ国でさえ、国民が複数の惑星に分かれて暮らす現代。人類は常に絶滅と隣り合わせだ。そこで、人が人を殺す事のない戦争が考え出された。
これに従わない国は、国交が断絶される。場合によっては、魔法の力で星系外へ追放されてしまうのだ。宇宙規模での災害なども想定される中で、国交断絶と追放は死刑宣告に等しい。多少の揉め事があっても、この国際的な絶対法を犯す国はない。
(まあ、裏工作とかはあるかもね)
(なるほどな)
(国同士での連携はよくあるけど、喧嘩なんて聞いた事がないよ。どの国にも、他の国にちょっかいを出す余裕はないんじゃない)
(時代ってやつか)
大介は空を見ながら競技について、さらに説明を続けた。
十代から五十代までの代表者九人が一つの国で選出され、一か月かけて全ての勝敗をつける。代表者に選ばれた選手は、国民としてさまざまな優遇を受けられた。そして、周りから敬われる対象にもなる。
(お前は目指さないのか?)
(僕? 目指した事もあったけど、僕じゃ無理だよ)
(そんなに難しいのか?)
(知力、体力、反射神経。天才に凡人は敵わないのさ)
自分の過去を思い出した大介は、遠い場所を見つめる。目は空を向いているが、景色を見ている訳ではない。
それを端末の中から見つめるグレムリンは、考える。人間について。
****
「起立! 礼!」
眼鏡をかけた担任である男性教諭、舟橋が教壇に立ち、欠席を確認する。教壇にあるコンピューターには、生徒の出欠が表示されていた。生徒が各自で端末を接続するだけで、出席が表示される仕組みだ。教師はそれを、目視情報と照らし合わせる。
「じゃあ、ホームルームだ」
連絡事項を伝え終えた舟橋教諭は、そのまま教室に残る。最初の授業が、彼の担当する歴史だからだ。
「昨日は駆け足で進んだから、昨日の範囲で分からない所はあるか?」
舟橋教諭からの問いかけに、生徒達は無言を貫く。それを答えととり、教諭は授業を開始した。
「つまり瞬間移動の魔法だな。これを使って、人類は地球以外の人の住める惑星に逃げ出したんだ」
相変わらず大介は机に肘をついて顎を支え、空を眺める。対してグレムリンは、教師の話を真面目に聞く。
情報を正確に、それも相手に必要な部分だけ伝えるのは、至難の業だ。大介も可能な限り現代の情報を伝えたが、伝えきれていない部分も多い。グレムリンはその部分を、授業とネットから吸収する。そして、半日ほどで勉強期間を終え、自分の成すべき事に答えを出した。
****
「おい、寺崎」
昼休みに入り、トイレに向かおうとした大介は、舟橋教諭に呼び止められた。
「すまないが、日直の春川を手伝ってくれないか?」
春川由梨は、およそ一人では運べそうにない床へ置かれた模型の前で、立ち尽くしている。それは舟橋教諭が四時限目に使用した、銀河系の模型だ。
「さっき言ったけど、俺はもう出ないといけないんだ。頼んだぞ」
舟橋教諭が午前中に二度授業をする理由は、事前に聞かされていた。会議に出席する為に、明後日まで出張をするらしい。
そのせいで、翌日と今日の授業を入れ替えたのだ。そして、時間のない舟橋教諭は、春川に模型の返却を頼んだのだろう。
「分かりました」
たまたま自分が指名されたであろう事まで推測できた大介に、断る理由はない。やる気がないとはいえ、誰かの反感を買いたいわけではないからだ。
「悪いな」
舟橋教諭との会話を聞いていた春川が、大介を見る。その顔から、申し訳なさそうな意思が読み取れた。
名前だけを知っていたクラスメイトを、大介は初めてまじまじと見る。大介が春川に持った印象は、特徴が見つけ辛い。大きくはないが整った形のパーツを、顔にバランス良く配備している。やせ形の体系を羨む女性もいるだろうが、お世辞にも色気があるとは言い難い。
(うん?)
うなじを隠す程度まで伸びた彼女の髪型に、大介は一つの特徴を見つけた。真っ直ぐに切りそろえられた前髪が、他の女性よりもやや長い。大介の様に完全に目を隠してはいないが、眉毛が見えない程度には伸びている。
さらに、前髪の隙間から見えた、春川のもう一つの特徴にも気が付いた。
(眉毛がほとんどない?)
(まつ毛は長いが、他の毛は薄いんだな。産毛も、ほとんどなさそうだ)
(眉毛なんて、書けばいいのに)
(よく見ろ。このお嬢ちゃんは、化粧自体ほとんどしてないだろうが)
(ああ。確かに)
グレムリンが端末の中で、息を吐き出す。
(はぁ。お前に女心は分からないよな)
春川が、模型の土台となる鉄板を持つためにしゃがんだので、大介も合わせる。長方形の角を二人が両手で掴み、お互いが顔を見合わせて持ち上げた。
「あの、このまま、二階の倉庫に」
「分かった」
自分が後ろ向きに進もうとする春川を追い抜き、大介は後ろ向きに進む。そして、曲げていた肘を伸ばして、持つ位置を春川よりも低くする。
「あの、ごめんなさい」
大介は模型を重いとは感じないが、華奢な春川は顔が赤みを増していた。それを重さのせいだと考え、自分側に重さを移したのだ。
(なんだ。最低限は心得てるじゃないか)
(こっちの方が、早く終わるからね。トイレに行かないと)
(照れるなよ。小僧)
グレムリンとのやり取りで溜息をついた大介を見ていた春川は、少しだけ唇を噛みしめる。
「あの、本当にごめんなさい」
模型を倉庫へ運び終えた大介が、無言で部屋を出ようとすると、春川が頭を深く下げていた。そこまでされる理由が分からない大介は、頭を掻く。
「いや、構わないよ」
「助かりました」
首を傾げながらも、生理的な欲求に逆らえない大介は、倉庫を出てトイレへ向かう。
(奥ゆかしいにもほどがある、お嬢ちゃんだな)
(その言い回しは分からないけど、丁寧な子だったね)
大介にとって珍しいクラスメイトとの会話だったが、トイレから出る頃には忘れていた。その時点では、些細な出来事だった。
****
(さて、今日のミッションだ!)
職場から支給された作業服を着た大介は、目を細める。回線から聞こえたグレムリンの言葉が、理解出来ないらしい。
(イチさんが何を言いたいかが、さっぱりだ)
(毎日楽しいことするんだよ! 契約を忘れたか?)
(覚えてるけどさ)
(お前を楽しませないと、死ぬ。てか、俺、死ぬ、お前、死ぬ、一緒)
首にかけていたタオルで汗を拭きながら、大介はその場にしゃがみ込む。
(言いたい事は分かるけど、なんで片言?)
(本日のミッションは、縦笛だ!)
(たて? なにそれ?)
(何? 縦笛はないのか?)
(笛? 楽器の名前なの? 知らない)
グレムリンに返事を期待するだけ無駄だと思った大介は、仕事を再開する。
広い倉庫には、大介を含めて作業員は五人だけだ。輸送中の荷物を一時保管する倉庫。そこで、機械処理から弾かれた荷物を宛先の棚へ仕分ける。これが大介のバイトだ。
緑のシートを敷き詰めたその倉庫には、プレートのついた棚だけが並んでいる。聞こえてくるのは、五人の作業員が押す台車の音と、咳払いだけ。
騒ぐわけにはいかない大介は、グレムリンの説明を大人しく聞く。
(まあ、狙いは間接キスだ)
(嫌だよ。気持ち悪い)
(おまっ! お前は、女に興味ないのか? 思春期じゃないのか?)
(意味が分からないよ)
その日最後となる荷物を台車に乗せた大介は、溜息をつく。毎日機械の様に働いていた大介の目に、少しだけ光が戻っている。この事に気が付いている者は、まだいない。
(じゃあ、イチさんは女好きなの?)
(俺は、別の種族に欲情するほど変態じゃない! どっちかと言えば、紳士だ!)
……変態紳士か。
(聞こえてる! 聞こえてるぞ! そして、つなげるな!)
(そう言えば、回線で伝わるんだよね)
(馬鹿か、お前! とりあえず、謝んなさい! 俺をディスった事を、謝んなさい!)
更衣室で作業服から学校の制服へ着替えた大介は、コンピューターの前に座る。
(でぃす? 謝るけど、でぃすってなに?)
(この時代では、伝わらないのか。悲しいな)
「お疲れ様でした」
「お先です」
仕事が終わった事を専用のコンピューター入力し終え、警備員に挨拶をした大介は倉庫を出て学校へ向かう。
****
グレムリンの提案で、何かをする。因みに、その何かは決まっていないが、大介は拒否できない。グレムリンに従わないと、命にかかわるからだ。
「で? 何するの?」
(警備システムは俺が狂わせるから、夜の学校を散策しようぜ)
溜息をついた大介が、閉まっている校門に手を伸ばす。そして、魔法の言葉を口にする。すると掌から光が漏れ出し、校門が開かれた。
(どうだ! 昼間に、仕込んでおいたんだ!)
「はいはい。で?」
(で?)
「学校に不法侵入して、何するの?」
(追々考える! 行くぞ!)
住宅街から離れた学校付近は、静けさに支配されていた。点々と続く街頭に照らし出された道に、人通りはない。学校にいるのは大介だけのはずだった。
「えっ? 嘘」
(おおっ! 予想外の展開だな!)
誰もいないはずの校舎の中で、すすり泣く女の声が聞こえた。鳥肌を立てた大介は、立ち止まる。
(よし! ゴーストを、ハントしちゃいなよ!)
「えっ? いや、でも」
(俺が付いてるんだから、何とかなるって)
(イチさん、戦う力はほとんどないって、自分で言ってたじゃん! 無理だよ!)
声をうまく出せない大介は、回線でグレムリンに抗議する。
(大丈夫だ! こっちには、お前の魔法がある!)
(幽霊は、まだ科学的に解析しきれてないの! 魔法が効果あるか分からないよ! それにここじゃ、使えない! 無理だって!)
(やらずに後悔するより、殺られてから後悔しようぜ!)
(僕死んでるじゃないか! 嫌だよ!)
グレムリンは、溜息をついて取って置きを口にする。
(やばかったら、切り札出してやるから、黙って行け)
(切り札?)
(ああ、これでも、最強の必殺技を持ってるんだよ)
(本当に?)
(疑う前に、進め!)
(嘘だったら、死んでも呪うからね!)
鳴き声の聞こえる方向へと、恐る恐る進んだ大介は、立ち止まる。声の主は、大介の教室にいるらしい。
……嘘。
(テンションが上がってきたな! おい! さあ行け!)
グレムリンとは別の意味で心拍数が上がっている大介は、深呼吸をする。そして、扉の窓から中を覗く。
……えっ? 春川? 泣いてる?
大介が扉を開き、明かりをつけた。春川はびくりと反応し、鳴き声を押し殺す。
(予想外だな)
うずくまって泣いていた春川の鼻からは、血が流れ出ていた。彼女の態度は、驚きよりも怯えの感情が色濃く表れている。
(一方的な暴力を振るわれた……と、取るべきだな)
よく見ると、春川の腕や足には痣が無数にある。
眉間にしわを寄せた大介に、感情の揺らぎが起きていた。
両手で口を押えているが、春川の目から涙は止まらない。
「僕はなにもしない。何があったの?」
目線を合わせる為に片膝をついた大介は、泣き止まない女性に問いかける。
「うっ! ううぅ」
大介のなだめるような声で、春川の目から零れる涙が増えた。それでも女性は声を殺したまま、喋らない。喋ろうとする気配すら見せない。
「大丈夫? どうしたの?」
春川はさらに口を強く押さえ、首を激しく左右に振る。
……喋れない理由があるのか?
大介の変化に、グレムリンは端末の中で静かに笑う。そして、確信をする。
大介は気力を失いかけているが、腐りきっている訳ではないと。
(おい)
(何?)
(俺をコンピューターにつなげ)
(えっ? 今?)
(ああ。今すぐだ。それが、お前にとって有益になるはずだ)
少しだけ鼻をすすった大介は、一番近くのコンピューターに端末をつなげる。
学校内のネットワークに侵入したグレムリンは、調査を開始した。
その間も、大介は春川を見つめる。滴る鼻血で、春川の襟は真っ赤に染まっていた。幾つかの推測を立てた大介だが、彼女が喋らないせいで確証が持てない。
「ん?」
端末に表示されたドット絵が、親指を立てた。それを確認した大介は端末を取り外し、回線をつないで胸ポケットに入れる。
(ビンゴだ。サーバールームに、不法侵入者がいる)
(僕達も同じじゃないの? まあ、それはいいか)
(そいつらは、学生の詳細情報を抜き出しているぞ。特に、成績優秀者を優先的にな)
そこまでで、二人にはおおよその推測が立てられた。国の代表者になるには、学校での競争を勝ち抜く必要がある。そして、各学校や競技会の優秀者が集まり、実技ありの最終選考を開催する。
最終選考会出席の生徒情報。戦闘スタイルや使用魔法などは、売買対象になるほど重要な情報だ。
(お嬢ちゃんは脅されたって所か?)
(だろうね。他校の生徒か、一般人かな?)
(お前と同じ制服を着てたぞ?)
(うちの生徒が、小遣い稼ぎでもするつもりか)
(そうかもな。さて、そこでお前に提案だ)
グレムリンは回線を通して、大介に囁き掛ける。それが、初心者へ上級者が教える、道を外れる第一歩。
本来ならば、大介は拒否しただろう。
(乗った)
(へへっ!)
契約もある。しかし、大介を動かしたのは感情だった。
ただし、その感情が何かは、大介自身も理解していない。
「おい。まだか?」
「セキュリティが固いんだ。もう少し」
明かりをつけていないサーバールームでは、三メートルある六角柱が何本も並んでいる。黒い金属で覆われたそのサーバーは、静かに機械音を立てていた。
サーバーの手前に置かれたディスプレイの一台だけが、光を灯している。画面からの淡い光は、男子生徒二人の顔を浮かび上がらせていた。
「えっ?」
サーバールームの部屋の明かりが、点滅を始める。息をのんだ二人は、激しく首を振り、部屋の中を見回した。
部屋の外で大介が明かりのボタンを連打しているだけなのだが、二人には理解できない。見つかってしまったのではないかという恐怖で、パニックを起こす寸前だ。
その二人の平常を保てない思考は、部屋の外と中に連動した明かりのスイッチがあった事を思い出せない。
「うああぁぁ!」
放電を始めたディスプレイから、満面の笑みを浮かべたグレムリンが抜け出してくる。腰を抜かしてその場に座り込んだ二人は、悲鳴を上げていた。
(おい! 何してるんだ? ガキ共)
グレムリンの手が、先程までキーボードを操作していた一人に触れる。
「あっ! あっ! ああああぁぁ!」
触れられた生徒が走り出すと同時に、もう一人も泣き出しそうな顔で後を追う。
「うわあぁ!」
「ひああぁ!」
サーバールームから勢いよく飛び出した二人は、大介が仕掛けた罠にかかり倒れ込んだ。仕掛けた罠とは足元に張ったロープという幼稚な物だが、今の二人には十分な効果があった。
一人が鼻血を出して腕を押さえ、もう一人が口から血を流して這いずりながら逃げていく。
痛みを忘れて哀れに校庭を走り去る二人を、大介とグレムリンは窓から眺める。そして、笑っていた。
(くくくっ! どうだ! 悪戯ってのは楽しいんだ)
「ははっ! うん。そうかもね」
笑いがおさまった二人は、後処理をする。完璧な悪戯が、グレムリンの趣味らしい。
(履歴は俺が潜って消してやる)
(言われたとおりに、手袋してるから、戸締りすればいいだけだよね?)
(おう。任せたぞ)
サーバールームに様子を見に来た春川に、大介は犯人が落としていったサーバールームのカードキーを見せる。
「お互いに今日あった事は忘れる。それでいいよね?」
それだけ告げると、大介はカードキーを本来ある部屋へと返した。
全ての始末をつけて、校門を出る頃。泣き止んだ春川は、大介の三歩後ろをついて来ていた。鼻血も止まっている。
(ハンカチを差し出せないのが、お前のまだまだなところだな)
(ハンカチなんて持ってない)
(知ってる! でも、手を洗ってズボンで拭くのって、どうよ?)
(えっと、気を付けます)
校門を閉めると、春川は頭を下げて帰路についた。それを見ていた大介も、道を歩き始める。
その顔は、何故か笑顔だった。
(ところで、イチさん?)
(えっ? なんだ?)
(切り札って、本当にあるの?)
(それは、トップシークレットだ!)
(絶対嘘だよね)
回線を通して他愛のない会話を続ける大介は、空を見上げた。何時もと変わらぬ、嘘の星空。それでも、その日は違って見えた。