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八話

 ドーム内の空調を管理している設備に、意思はない。人間から入力された命令を、その機能が停止するまで忠実に実行する。自分達を作った人間が、どうなっているのかなど考えもしない。異物の混じりこんだ空気から、不要な物を取り除いて排出し続ける。

 ただ、人金を犠牲に作られたその装置に、もし意思があれば笑っているかもしれない。それは、自分達を苦しめた人間が、苦痛の中で息絶えているからだ。同胞達と、同じ人間の手によって。


 第四ドームに流れる、南国の楽園をイメージして作られた人工の風は、全く別のものに変わっていた。火災による煙がドーム内に充満し、風が微かな血の臭いを運ぶ。

 異変にいち早く気付き、代表選手候補生達の九割を、バスで脱出させた舟橋は、本当に優秀だ。同じことが出来る者は、軍内部でも少ないだろう。

 救い出された候補生達は、危機から脱出できた事を大いに喜んでいる。襲ってきた人金に友人を殺され、革命軍の人間に追い詰められて何とかバスにたどり着いたのだ。この反応は、当たり前と言えるかもしれない。

 だが、揺りかごの中から出た事がない彼等は、自分達の立場をよく理解していない。一瞬でも裏の世界を見てしまった者は、作られた表の世界へは帰れなくなる。

 残された選択肢は、三つしかない。

 裏の住人となるのが、一つ目。

 労働者に落ちるのが、二つ目。

 そして、自ら命を絶つのが、三つ目だ。

 代表候補生になれた事を誇りにしていた彼等が、その事を後悔したのは、乗っていたバスがアーミードームに到着してすぐの事だった。

 落ち着いていたのは、狂気の笑いを浮かべた春川だけだ。ただし、それも長くは続かない。


 格納庫にシェールが到着した頃、第四ドームの戦況は、次の段階へ移り始めていた。政府軍による阿鼻叫喚の時間は、終了しようとしている。

 遊撃軍が到着し、事態が好転したわけではない。抵抗できる兵士がほぼ死に絶え、戦闘が終結しつつあるのだ。

 革命軍が練りに練った電撃作戦は、見事に成功した。現在、革命軍の敵は、利用した人金達に変わっている。

 勿論、人金達では最新魔法兵器に、一切歯が立たない。革命軍が展開している強固なフィールドで、人金達の攻撃は阻まれ、驚異的な威力の魔法兵器から逃げ惑っている。

 殺す快楽を覚えてしまった革命軍の狂人達は、笑いながら獲物を狩り立てていた。

 軍拠点内ではもっとも強固な部屋に、生き残った兵士達が立てこもっている。その部屋は、美紀が大介のデータを調べていた、あの部屋だ。

 ただ、立てこもってはいるが、革命軍に反撃をしている訳でも考えている訳でもない。内部から鍵を閉め、壁自体に結界を作り、中で震えて祈っているだけだ。

 人員は、戦闘経験の少ない武官や事務官達がほとんどで、武器もほとんど残っていない。革命軍に見つかるよりも早く、遊撃軍が来てくれる事を願いながら震えている。恐怖に負けた何人かが、銃口をこめかみに当て、自殺していく。

 彼等が祈りを捧げる神は、彼等へは微笑みかけない。そんな都合のいい者は、存在しないからだ。結界に気が付いた革命軍が、ゆっくりとその部屋へ歩みを進める。


「シェール! お前っ!」

「お父さんが言いたい事は、よく分かってる。ここへ、人間に連れてこられて、殺されそうになった。今でも、私は人間が憎い。でも、あの二人は命の恩人なの。それも、嘘じゃないの」

 大柄の人金が、槍を握る手に、力をこめる。そして、全身を振るわせながら大介達を睨みつけた。

 その血液を沸騰させるほどの怒りは、仲間達にも恐怖を与えるほどだった。同胞の四人が、大柄な人金から少しだけ距離を取る。

 凄まじい怒りについ反応してしまった大介も、離していた指を引き金に戻す。

 だが、娘であるシェールだけは、引き下がらない。

「お父さん! お願いよ!」

 怒りで震えたままの人金は、幾本もしわを寄せるほど強く目を閉じた。

 彼にも娘が嘘をついていないのは分かっている。だが、心を落ち着けることが出来ていない。

「ムハド。もう、いいだろう! シェールを連れて、村に戻れ!」

 ムハドと呼ばれた大柄な人金に、仲間が叫びかけた。人金の中でもとびぬけた力を持つ戦士であるムハドに、恐れを感じていないわけではない。

 だが、ムハドの第一目的が、シェール救出だった事を、仲間達は知っているからこそ叫んだ。

 目を開いたムハドは、両腕をいっぱいに広げる。

「見ろ! 奴らは、俺達の屍で国を作ったんだ! この床も、壁も! 俺達の体で出来ている!」

「お父さん……」

「娘から母を奪い! 奴らは、俺の妻を奪ったんだ! 仲間を殺してきた悪魔が、あそこに二人いるんだ! それを!」

 ムハドの心の叫びを聞いた大介達が、顔を歪める。そして、構えていた銃を下した。ムハドの妻であり、シェールの母だった人金が殺された事を聞いて、戦意が保てなかったのだ。

……僕は、大馬鹿だ。

 大介は、心の中で事情も知らずに敵じゃないとシェールに喋りかけていた、過去の自分を恥じる。

 大介達を見ていたムハドが、槍を振り上げた。そして、床に力いっぱい投げつけた。

「くそおおぉぉぉぉ!」

 槍は、床に深く刺さる。床に刺さったその銀色の槍は、金属でできた床を波打たせるほどの威力があった。それを見ていた人金達も、構えていた槍を下している。

 端末の中で全てを見ていたグレムリンは、大きく息をはいた。グレムリンが緊張するほどの空気が、緩んだからだ。


 自分を落ち着かせるように呼吸を整えたムハドは、槍を引き抜いた。そして、大介に背を向ける。

「人間よ! 娘を助けてくれた事を、感謝する。だが! 次に相まみえれば、戦士の名にかけて、殺す!」

 精一杯の言葉を絞り出したムハドは、そのまま格納庫の出口に向かって歩き出した。

 一度大介に目を向けたシェールは、何も言わずに父の後を追う。仲間四人も同様だ。

(もうすぐ、整備完了だ。何とかなりそうだな)

(よかった)

「宇宙船は?」

「もうすぐです」

 確かにその時三人は、気を緩めた。

 戦場でそれがどれほど危険かを、よく知っていたはずなのに、してしまったのだ。物陰に隠れていた真っ黒く淀んだ何かが、三人へ舌なめずりをしながら這いよってくる。


「おおっと! こりゃ運がいい!」

 大きな人の声を聞いた大介は、シェール達が向かっていた出口へ振り向いた。

「居るじゃないかぁぁ! いきのよさそうなのが、八匹も!」

 出口に立っていたのは、革命軍の人間だ。灰色の迷彩服を着て、ベレー帽をかぶり、黄色人種にしては高い鼻を持っていた。

 その男は、癖のある波打った長髪をなびかせて、葉巻をふかしている。

(くそっ!)

 グレムリンは、宇宙船の整備を急ぐあまり、監視を怠った。一分一秒を争う状況で、そのミスはそのまま跳ね返ってくるのだ。

 大介の体が、何か得体の知れないものに反応した。皮膚が粟立っている。

「新型兵器のテストが終わってなかったんだよぉ! これが! 俺ぁ、本当に強運の持ち主だ!」

 目を血走らせて笑顔で顔を歪ませながら、狂ったように叫ぶ男の背後で、大きな影が動いた。

 ムハドより一回り大きな、何かが姿を現す。その何かは、革命軍の男以外、正体が分からなかった。

「何? あれ?」

 美紀は、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出した。

 三メートル強のそれは、何かの生物だとは分かる。だが、自然界の中で生まれたとは、思えない。

 両腕が、成人男性の体よりも大きく、長さも三メートルを超えている。代わりに足らしきものは、シェールよりも小さく短い。ゴリラを思わせる移動方法で進んでくるが、肝心の首と頭がついていなかった。本来首が付いているはずの胴体に、人の顔らしきものが埋め込まれており、首を縮めた亀を思わせる。

 黒い無地のズボンと思われる布はつけているが、上半身は肥大し過ぎた筋肉を隠す物がない。

 さらに、美紀が一番気持ち悪さを覚えたのは、その何かの皮膚だ。銀色と肌色がつぎはぎだらけに縫い合わされており、人金か人間、どちらに近い生物かが判断できない。

「この新型ハイブリッドのテストに付き合うのが、お前らの運命だったんだ! 泣き叫んで、死んで行け! ゴミ共がぁぁ!」

 美紀は男が叫んだハイブリッドという名前で、敵の推測をつけた。人間と人金を混ぜ合わせて作られた、生物兵器だろうと。

 その美紀の推測は、間違えていないが、ハイブリッドの最たる点を見抜けてはいない。その点をぼんやりとではあるが気付けたのは、グレムリンと大介だけだった。

 大介は言い知れない恐怖で、足がすくんでしまう。

(くそっ! こんな物、作ってやがったのか! くそっ!)

(イチさん!)

(やばいぞ! 最悪、宇宙船を捨てて逃げるぞ!)

 二人の本能は、敵がどれほど危険かを察知している。そして、出てきた答えは、あれと正面からぶつかるべきではない。

「この! 人間があぁぁ!」

 大介とグレムリンが、逃げる方法を練るのに頭を切り替えた頃、人金達は槍を構えて敵に飛び掛かる。四人が、別の方向からハイブリッドにとびかかった。そして、戦士のムハドは司令塔をつぶそうと、革命軍の男に槍を振るう。

 人金四人の攻撃は、ハイブリッドが纏う強力なフィールドに、全て無効化された。革命軍が開発した新型フィールド魔法は、大介達が使っているフィールドよりも高い防御力を持つ。

 ハイブリッドは大きな手を広げ、その大きさを感じさせないほどの素早さで、人金の一人を掴んだ。

 大きすぎるハイブリッドの掌は、掴んだ人金の上半身全てを覆った。そして、その人金を腐って柔らかくなった林檎のように、いともたやすく握りつぶす。

「はっ? ぐがああぁぁ! あがっ!」

 四人とは対照的に、ムハドの槍が革命軍の男を、フィールドごと吹き飛ばしている。ムハドの槍は頭を目掛けて振り下ろされていたが、フィールドの抵抗で左肩にそれた。

 だが、十分な威力が伝わった男の体は、地面にぶつかった後、宙に浮き上がる。何度か床でバウンドした男の体が、大介達がいる方へ転がってきた。鼻や耳から血を流し、動かなくなっている。見た目だけで判断すれば、死んでいるだろう。

 男の大きな誤算は、フィールドの耐物理防御が、標準的な人金を想定して作られており、それを上回るムハドの力に耐えきれなかった事だ。

 無残な男の姿を見たグレムリンが、その男にハイブリッドを止めさせる作戦を捨てる。

(駄目だ! もう、逃げるしかない!)

(うん!)

 大介が美紀に向かって逃げようと口を開くと同時に、床全体が振動し始めた。

「きゃぁぁ!」

「うわぁ!」

 大地震並に揺れる中で、大介達はバランスを崩して膝をついた。

(やりやがって! くそおぉ!)

 いち早く状況を察知できたグレムリンは、心の底から叫んでいた。

 グレムリンの予想をこえて、事態がどんどん悪化していく。流石にグレムリンも、いつもの余裕をなくし、顔から笑いが消える。

(何? どうしたの?)

(ええいっ! くそっ! 俺の言葉を美紀にも伝えろ!)

(えっ? うん)

 グレムリンに従った大介が、美紀に状況を伝える。聞いている美紀だけではなく、喋っている大介も、どんどん顔が青ざめていく。

 最悪。この言葉が、これほど似合う状況も、少ないだろう。

 大介達が暮らすドームとは、元々宇宙への移民船だった。つまり、ドーム自体が飛び立てる力を持っているのだ。

 無線通信を通して第四メインドームの状況を見た権力者達は、決断を下した。第四メインドームを破棄しようと。

 仕方ないと口で言いながらも、権力者達の顔には悲壮感が見えない。革命軍のデータを取れた上に、その数が減らせるとしか思っていないからだ。規模の小さいで第四メインドームでよかったと言いながら、ディスプレイに表示されたボタンを押す。

 その者達の全員一致で飛び立ったドームは、既にオゾン層に到達していた。

 破棄コマンドは、宇宙に撃ち出すだけではない。ドームが宇宙に出た後、恒星へ転移して完全に消してしまう。そのプログラムは、強い魔法で守られており、グレムリンでも操作できない。

「そんな……」

(飛び降りる余裕もなかった。くそっ)

 三人の選択肢が、どんどん消えていく。


 グレムリンが、ハイブリッドに目を向ける。

(避けろ!)

「えっ? うわっ! っと!」

 大介が、シェールを抱えて吹き飛ばされてきたムハドを回避する。

 ムハドは、ハイブリッドの拳から身を挺して、娘を守ったらしい。他の三人は既に、原形をとどめない形へと変わってしまっていた。

 人金が時間稼ぎ出来れば、その間に逃げ出そうと考えていた、グレムリンの策が消える。

 グレムリンに残された策は、たった一つ。

「お父さん! しっかりっ! お父さんっ!」

 ムハドは、吐血してはいつくばっている。すぐには立ち上がれないほどの、ダメージを受けたらしい。シェールは泣きながら、ムハドを支えようとしている。

 ハイブリッドと名付けられた絶望が、大介達に向き直る。

(悪戯だ! 悪戯の時間だ! 覚悟を決めろ!)

 勝利がほとんど見出せないグレムリンの顔には、いつもの余裕が微塵もなかった。そして、自分を奮い立たせるように叫んだ。

 切迫した感情は、大介にも伝達する。

(生き残れる確率は、二桁あるかないかだ! だが、やらなければ、ゼロだ!)

 大介が、ごくりと唾液を飲み込む。不安と恐怖で、手が小刻みに震え、目蓋が痙攣し始める。

 幸せを知ってしまった大介に、幸せと同じ量の失う怖さが襲いかかっているのだ。

……嫌だ。美紀さんともう一緒にいられないなんて、嫌だ。

(さあ! 答えろ! 今が崖っぷちだぁぁ!)


「えっ?」

 大介が、無言で美紀を抱きしめた。それに、美紀が驚き、すぐに笑顔を作る。死ぬときは一緒だと大介が伝えたかったのだと、美紀は誤認した。

 しかし、大介の心に小さく強い炎が灯る。

……美紀さん。美紀さん。美紀さん!

 大介の中で、自分と美紀の命を乗せた天秤が、いっきに美紀側へ傾く。

 美紀を想う気持ち全てが、大介の心を解放した。頭の中にあったリミッターは、何処かへ消えうせる。

 迷いが消えた大介の魂が、高純度の戦闘本能で満たされていく。そして、目付きを鋭くしながら、大声で返事をした。

「イチさん! やろう! 命なんて、惜しんでる暇はない!」

(よっしっ! やるぞ! ブラザー!)

 厳しい目付きのまま、グレムリンが口角だけを上げた。そして、ため込んだジョーカーを使い、役を作る。

「ちょ……ちょっと! 何をする気なの?」

 叫んだ大介に、震えた声で美紀が問いかける。大介がハイブリッドと戦おうとしている事は、既に分かっているらしい。

「美紀さんは! 僕が守る! 命に代えても!」

 グレムリンの説明を聞きながら、ハイブリッドを見据えた大介は叫んでいた。その声に美紀がびくりと体を揺らし、目に涙を溜めていく。

 大介を危険な目に合わせたくない気持ちは、自分でも信じられないほど大きい。だが、声から強い意志を感じ取り、止められないと分かってしまったようだ。

「イチさんの嘘つき」

(敵を騙すには、まず味方からだ。銃を!)

「うん!」

 大介は、持っていたランチャータイプとハンドガンタイプの銃を、シェールとムハドに投げ渡す。それと同時に、端末内でグレムリンを囲っていた魔方陣が砕け散った。

 革命軍が、脱走者に渡した端末もどきのプログラムをコピーしたグレムリンは、密かに自分を縛る呪縛を破るプログラムをくみ上げていたのだ。さらに、大介の補助なく魔法が使えるプログラムまで、作り終えていた。

 大介は分かっていなかったが、幾度も呪縛を緩和してグレムリンは魔法を使っている。

(ドームが転移の準備を始めたぞ! もう、時間がないぞ!)

「一秒でも二秒でもいい! それで、あいつの進行を止めてください!」

 真っ先に大介の言葉に反応し、構えた美紀が銃から魔法を放つ。ダメージを与えられていないようだが、視界をふさげば少しだけハイブリッドの速度が落ちた。

 それを見ていたシェールとムハドも、銃の引き金を引く。

……あれ?

(集中しろ!)

《アプランク!》

 床に手をついた大介の手から、光の波が広がる。そして、金属の床に八角形の魔方陣が、直接描かれた。

 立ち上がった大介は、両腕を伸ばし、魔法を唱える。


『高天原に坐す八百万の神々。天津神の御言以て集へ給ひ』


 前回よりも早い段階で、目から広がっていく赤い雷が、体中を覆う。言霊の処理速度が、明らかに早くなっていた。


『高き尊き神教のまにまに正しき眞心もちて』


 端末に取り付けてある軍用カプセルの魔力は取り込んでいるが、プログラムは起動していない。

 グレムリンが宇宙船の仕上げに端末の力を回しており、余裕がないせいで補助なしに、魔法を使おうとしているのだ。魔法が成功するかどうかを、グレムリンは五分五分と予想していた。

 だが、体中にまとわりつく真っ赤な雷を強くした大介は、危なげなく最終段階へ突入する。

(そうだった。お前はいつも応えてくれるんだったな)

 魔方陣に書かれている象形文字一つ一つから、赤い光が大介の胸に向かい伸びていく。

 移動速度の遅いハイブリッドが、目前に迫ってくる。敵の射程範囲ギリギリで、大介が最後の言霊を吐き出した。


『恐み恐みも白す』


(よぉぉしぃ! 行くぞ!)

「うんっ! ぐうっ!」

 体の中で何かが膨れ上がるのを感じながら、大介の魂は体から分離する。そして、幽世へ向かう。


****


 幽世へ飛び込んだ大介の体が、前回よりも少しだけ強く光っていた。その事を、大介本人は気が付いていない。

(イチさん? あっ! いたっ!)

「一緒に来たんだから、いるに決まってるだろうが」

 生身のグレムリンを見つけた大介は、召喚した相手を待つ。

(呼び出した人は?)

「少々無理矢理呼んだからな。まだ返事はない」

 グレムリンは、目を瞑って落ち着いている。だが、大介は少々入れ込み過ぎで、そわそわしていた。そして、何かを誤魔化すように、先程の疑問をグレムリンに問いかける。

(シェール達が、銃を使ったら、威力が落ちてなかった?)

「あ? ああ、当然だ。人金と人間は違う」

(どこが?)

「あの、なんだ、ほれ。精神ってか、魂が違うんだ」

 大介からの突然の質問に、調子を崩したグレムリンだが、すぐに回答を出す。

「あいつらは、人間よりも物質に依存している生物だからな」

(物質?)

「そうだ。お前らは、分かってないらしいが、魔法を使うのに、ただ魔力があればいいってもんじゃない。精神や魂の力が必要だ」

(精神?)

「そうだ。人間と比べると、俺達は精神側に偏った存在で、人金はその逆だ」

(そうなんだ)

「端末のプログラムで何とか使えてるが、人金は元々魔法が使える種族じゃないはずだ」

 納得できた大介は、口を閉じ再びそわそわと体を小刻みに動かす。

 自分を落ちつける為に大介が、再度グレムリンに話し掛けようとした。その時、グレムリンが目を見開く。

「よし、反応があった。来るぞ」

(あっ! うん)

「今回は、俺主導だ。癖がある奴らだが、交渉は出来る。お前は、何か聞かれたときにだけ、答えろ。いいな?」

(うん)


 二人が見つめる暗闇の先から、三人の男が歩いてくる。それを見た大介が、違和感を覚える。

(えっ? 人間?)

「えっとな、デイダラは神世七代の、あれだ。あの、あれ。直訳すると、種族が違う、だ」

 上半身裸で、髪が腰まで伸びている童顔の男が、真っ先に喋りかけてくる。

「よう。面白いことってなんだ?」

 スキンヘッドの常に目を閉じ、袈裟を着た細身の男も、それに続く。

「お前が、私を呼ぶとは思ってもいなかったぞ? で? 要件は?」

 髭を生やした大柄の厳つい男は、腕を組んだままグレムリンを見つめ、仁王立ちしている。他二人が問いかけた事で、自分がさらに聞く必要もないと考えているようだ。

 神代の化け物三人は、それぞれの態度で、グレムリンの返事を待つ。

「俺達じゃ、何をどうやっても倒せない敵がいる。力を貸してくれ」

 グレムリンへ真っ先に言葉を返したのは、大柄な男だった。

「我は人間を好きではない。お前もそうではなかったか?」

 鋭い眼光の男は、作り物ではないかと疑いたくなるほどの膨れ上がった筋肉が、全身についている。誰がどう見ても、肉体的な戦闘能力が高いとしか思えない。

「人間って生物は、今でも大嫌いだ。だが、こいつの敵は、俺の敵なんだ。ただ、それだけだ」

 目からの圧力だけで、人の呼吸を止められそうな男に、グレムリンは片目で真っ直ぐ睨み返している。

 グレムリンを信頼している大介だが、何もしなければ不安が大きくなるのが人間だ。大介の中で、様々な思いが駆け巡る。

 軍用の圧縮カプセルを使っているが、魔力は有限だ。この召喚に失敗し、再度別の者を呼び出すには、呼び出す相手のランクを落とさなければいけない。それでは、あのハイブリッドを行動不能にすることは、まず不可能だ。

 さらに、力を使う為の魔力が尽きれば、自分が死ぬだけではなく、美紀を守ることも出来なくなる。三人の力を借りられなければ、美紀を助けられる可能性が本当にゼロになってしまう。大介の顔が、緊張と不安で苦しげな表情に変わっていく。

「そいつ、強いのか?」

「ちょっと、洒落ですまない程度だ」

 長髪の男が、にやりと笑う。すると、体中に象形文字に見える紋様が浮かび上がり、ぱちぱちと火花を散らし始める。

「いいぜ。どうせ、退屈してたからな。おれっちは、付き合うぜ」

 黙ってグレムリンと大介を観察していた坊主頭の男が、口に当てていた手を離す。

「何故、私を?」

「お前が、すこぶる頭がいいからだ。むかつくぐらいな」

「それが、必要なほど、敵が強いんだな?」

「なんだ? 馬鹿のふりをしてるつもりか? ハゲ?」

 再度沈黙した坊主頭の男が、考えをまとめた後、溜息をつく。そして、グレムリンに背を向ける。

「やはり、お前と人間は信用するに値しない。私は手を引かせてもらう」

 舌打ちしたグレムリンに向かって、男はさらに言葉を続けた。

「それと、ハゲはお互い様だ」

(待って! 待ってください! 力を! 力を貸してください!)

 グレムリンが喋る前に、大介が叫んでいた。喋るなと言いたそうに、グレムリンが大介を睨むが、気が付いていない。

 美紀の事だけを考えて、大介は思いのたけをぶつける。

(お願いします! 命でも体でも差し上げます! どうか!)

 背中を向けたままの男は、その言葉を聞いて再び溜息をつく。

「お前一人の魂など、私には何の価値もない。それに……」

 大介の言葉を聞き、グレムリンは大きく息を吐いた。そして、レートに届く様にチップを差し出す。

「足りないなら、俺の全魔力と命もくれてやる。俺達には、お前が必要だ」

 坊主頭の男が歩みを止め、振り返る。眉間には深いしわが入っており、グレムリンの言葉に驚いているようだ。

「お前が? 命を? 私が必要だと言うのか?」

「ああ。むかつくが、お前は俺より優秀なんでな」

 火花を出していた長髪の男が、思い出したように発言する。

「そういやさ。前の戦いで、カネの作戦は一番成功してたよな?」

 問いかけられた仁王立ちする髭の男が、返事をする。

「心理を読み解き、全体の流れや準備は、こいつが上だろうがな。実戦での策は、カネにかなう者は誰もいないだろう」

 懇願するような目で坊主頭の男を見る大介を、髭の男が見つめる。そして、唐突に髭の男が、大介に問いかける。

「人間よ」

(えっ? あっ! はい!)

「何故、力を?」

(あの、守りたいんです! 愛する人を守る力が欲しいんです! 命に代えても!)

 髭の男は、そのまま目を瞑り、会話を勝手に終了させる。大介の奥に強い意志を見出した時、男の中で答えが出たらしい。

 向かい合ったまま無言でお互いの腹を探り合っていたグレムリン達も、それを終わらせた。そして、坊主頭の男が、溜息をつきながら代表して返事をする。

「ふぅ、仕方ない。いいだろう」

 その言葉を聞いて、グレムリンがにやりと笑う。無言でのやり取りが多く、理解しきれない大介はしばらく首を傾げていた。

「よし! じゃあ、作戦会議だ!」

 五人はその場に座り、グレムリンの話を聞く。

「また、無茶な事を考えたものだ」

「確かに呼び出し方法が独特だとは思っていたが、術式をそこまで組み替えるとはな」

 グレムリンの作戦を聞いた髭の男と坊主頭の男が、呆れたような口調に変わる。

「魔力の量を考えると、それが限界だったんだよ。文句言うな」

「しかし……」

「お前らにリスクはないだろうが。それとも何か? 一回手伝うって言った事を、取り消すか? 嘘つくのか? ああぁ?」

 胡坐をかいたまま、上半身だけを地面に倒した長髪の男が、愚痴を言い始めた。

「全力出せないのかよ。面白くねぇなぁ」

「お前もか! この野郎! これしか策がなかったんだよ!」

「まあ、やれるだけは、やってみるか」

 異世界の三人が、大介を見る。

「我等の力と言霊を、生かすも殺すも全ては、お前しだいだ」

(はい!)

「うし! じゃあ、頼んだぞ!」

 グレムリンの言葉で、三人が立ち上がる。

 美紀の顔を思い浮かべた大介が、真っ先に幽世から現世へ戻った。

 それを確認した坊主頭の男が、グレムリンに問いかける。

「言う事があるな?」

「流石、知恵の神だ。あれが、こっちに来てる。今回の敵も、あれの差し金だと思う」

「なるほどな。お前がこだわる理由は分かった。で?」

「ああ? なんだ?」

「こちらへの影響は?」

 目を細めたグレムリンが、腕を組む。

「全容はまだ見えてこない。だが、こっちも手を打っておくべきだとは考えている」

「ふん。なるほどな」

 かつてライバル関係にあった知将二人が、無言の会話を始めると、長髪の男が付き合えないとばかりに現世へ向かう。そして、髭の男もその後を追った。

「あの器が、どれほどの者か、見せてもらおう」

「おう。びびって、ちびるなよ? ハゲ」

「ふんっ」

 坊主頭の男が、グレムリンを鼻で笑う。そして、二人も現世へと消えた。

 その戦いに、どれほどの意味があるかも知らないまま。


****


『変異! 荒魂あらみたま召喚! タケミカズチ! タヂカラオ! オモイカネ!』


 いっそう輝きを増した魔方陣が、低い唸りを上げる。

 美紀達だけでなく、ハイブリッドもそちらへ向いた。魔力を察知したらしい。

……僕に。僕に、美紀さんを守る力を!

「来い!」

 魔方陣から飛び出した、真っ赤に光る三つの勾玉が、大介の体に吸収される。大介の体がきしみ、徐々に筋肉が膨らみ始めた。そして、赤と白、二色の雷が全身にまとわりつく。

 自分の力が高まっていく感覚の中で、大介は静かに合図を待った。今回は、大介の体に魔法の影響を直接与え、大介自身が戦う。

 グレムリンは戦闘に参加しない。宇宙船の整備に全力を注ぐ。そうしなければ、転移までの脱出が出来ない。

 だが、武神二人と、グレムリンを操る事など大介には不可能だ。だからこそ、司令塔としてのオモイカネが呼ばれた。オモイカネが、全てのかじ取りを行う。

 これが、神を直接召喚する魔力がなかったグレムリンの考えた、最良にして唯一の策だ。

 敵を行動不能に出来なければ終わり。作戦が終了前に魔力が尽きれば終わり。宇宙船が間に合わなくても終わり。ギリギリの賭けだが、それ以外に手段がなかった。

(怖がるな! 絶望するな! 諦めるな! いいな!)

 大介に最後の声をかけてグレムリンが、意識を宇宙船に全て向ける。目を閉じた大介は、その言葉を心に刻んだ。

(よし! 接続完了だ!)

「おおおおぉぉぉ!」

 オモイカネの声で、放電する目を開いた大介が、走り出す。


 自分の全てをかけて。

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