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二話

 静かな夜道に、足音が響く。夜空を見上げながら歩く大介は、真っ暗な道を一人で歩いていた。歩いているその道は、日中も人通りが少なく狭い。

 道ではなく、ただの建物と建物の溝と表現する方が適切かもしれないほど、整備をされていない道だ。路地裏を抜けた一つ隣の道には街灯があり、大介が歩いている溝よりは綺麗に整備されている。

 だが、大介はあえてその道を進む。空に映し出された星が、より鮮明に見えるからだ。

 大介の鼻孔をくすぐった、美紀の香りがまだ残っている。匂いが消えないうちに暗記しようと、美紀が自分へ送ってくれた言葉を、何度も思い返しているようだ。

――大丈夫。自分を信じなさい。寄り道してもいいから、自分の信じた道を真っ直ぐに進みなさい――

 人の命を奪う職に就いているとは思えないほど、真っ直ぐな目で美紀は言った。言葉の真意がつかみきれない大介は、何度も言葉を頭の中で呟き続ける。帰り道をかえたのは、その言葉のせいかも知れない。

(念の為に言っておくと、物理的な道って意味じゃないからな)

「分かってる」

 少しだけ気は晴れたようだが、大介の心からもやもやの原因は完全に消えたわけではない。空から降り注ぐ星の光を受け止めている瞳は、何処か悲しみが残っていた。


(ワーニングだ)

 宿舎が見えた所で、大介は立ち止る。そして、その場で宿舎から出てきた人影を見守った。

 自動ドアが開いて出てきたのは、春川だ。笑いながら喋っている春川は、代表候補生らしき男と仲良く手をつないでいる。

(コンビニかな?)

(知らん。物音を立てるな。息をするな。気配を消せ)

(呼吸はするけど、見つからないようにはするよ)

 不快感を伴う心拍数の上昇を感じながら、大介は春川達の死角から、二人が遠ざかるのを見つめ続けた。

 大介達がいる、第四メインドームの人口は少ない。各年代の代表候補生達が宿泊する施設も距離がある。その為、宿舎の前を通る道は、代表候補生以外ほとんど使われない。

 夜間にその道を使っているのは、大介か買い物に出る代表候補生だけだろう。その静かな道は静かで、話し声がよく聞こえる。

(あの男、下心丸出しだな)

(春川さんを褒めちぎってるね。少し、歯が浮きそうだよ)

(目が綺麗? 君みたいに純粋で優しい人には初めて会った? おい、多分、あいつ馬鹿だぞ)

(生々しい傷口を見せられたら、あんな事言えなくなるよね)

(いっそ、あの馬鹿を刺して、入院してくれるとありがたいんだがな)

 安全が確認できている玄関ホールを抜け、大介は自分の部屋へと心置きなく帰る。


 食事を済ませてシャワーを浴びた大介は、ベッドで仰向けになり、真っ白い天井を眺めた。グレムリンは大介に話し掛けず、接続されたコンピューターで情報を収集している。門倉、美紀、春川の顔が、大介の心中でぐるぐると回っていた。

 大介に合理的な人の殺し方を教える殺伐とした目の美紀は、聖母の様な表情で慰めてくれた。桃色の紅をひいた同じ唇で、迷わずに引き金を引けと命令し、大丈夫と自分を励ます。

 始めて大介が悪戯をした夜の春川は、誰にも助けを求められずに一人で泣いていた。その春川が笑いながら見せつけてきたのは、手首の傷口とどろどろの心。

 あの日に大介を励ました門倉の笑顔と、泣きながら走り去った姿が幾度も浮かんでは消える。

 三人が見せた裏と表が、大介の心に深く落ちていき、混沌を醸し出す。

 まだ、自分が生きる意味を模索している大介は、既に生きる屍ではなくなっているが、夢や希望は見いだせていない。他人の心を理解して、それに自分なりの判断を下すには、全てが不足している。いつの間にか深い眠りに落ちていた大介は、夢を見ていた。

 目覚めれば忘れてしまう夢だが、その中で優しく強かった母親が笑いかけてくれる。

(もう少し時間が必要だな。間に合うかどうかは、運次第ってやつか)

 大介の寝息を聞いたグレムリンは、一度溜息をついた。そして、目的を持って作業を続ける。

 グレムリンの住居となった大介の端末は、以前と同じ外観をしている。だが、軍用にカスタマイズされ、数倍のスペックを有していた。グレムリンはその端末を活かし、膨大な情報から必要なものだけを抜き出し、怪しく笑う。


****


 翌日の武道場に、門倉の姿がなかった。体調不良を申告し、部屋で休んでいる。原因は精神的なものだが、目眩やだるさは本当に感じているらしい。

(思春期のお嬢ちゃんには、大きな問題なんだろう)

 舟橋から門倉の事を聞いた大介は、いつも通り代表候補生達よりも早く食事を取っていた。

「これだから、子供は困るんだ」

 代表候補生ならばほとんど問題ではないが、代表選手は大事に扱わなければいけない決まりがある。

 代表選手である門倉の不調は、舟橋の監督責任になるらしい。その為、舟橋は自分の機嫌がよくないと、大介達に愚痴を言っている。

 食事中、終始無言だった大介は、端末を掴んで事務所を出た。食事を終える時間が、いつもより早い。

(どうするんだ?)

(ご飯を食べないと、本当に体を壊すよ)

 回線をつないだ瞬間に質問をしたグレムリンには、大介がしようとしている事の見当がついていた。


 大介はグレムリンの予想通り、予備の弁当を門倉の部屋へ届けに向かう。

(イチさん。ちょっとどいて)

 ポケットからメッセージチップを取り出した大介は、端末のスロットへ差し込む。そして、グレムリンが避けた端末の画面から、メモ帳を立ち上げて文字を打ち込んだ。

 大介は、チップを挟んだ弁当と飲料水を床へ置いて、門倉がいる部屋の扉をノックした。メッセージは「お体に障りますので、食事だけはとって下さい」だけで、名前は入力していない。

 扉を開いた門倉の顔色は悪く、目が腫れている。誰もいない通路を見回した後、床に置いてあった暖かい弁当に気が付いた。そして、弁当を持って部屋の中へと戻っていく。

(これが、お前の道ってやつか?)

 照れくさそうに頭を掻く大介は、返事をせずに仕事へと向かう。


(敵機! 二時の方向!)

「あっ、それを倉庫に持っていくんですか?」

「ああ」

「それなら、僕が持っていきます」

 舟橋の部下から練習用の剣を受け取った大介は、倉庫へと向かって早足で移動する。

(敵機! 目標をロスト! 作戦成功だ)

 軽やかな身のこなしで移動する大介を、春川が見失う。舌打ちをした春川は、倉庫へと走り出していく。

(肉食系じゃなくて、只の肉食獣だな)

 手の空いた春川に見つかった大介は、倉庫に行くと見せかけて、武道場の裏に身を潜めていた。

(今のは、やばかったな)

(ぎりぎりだったね)

 大介は仕事で忙しいふりをして、春川とは一定の距離を保っていた。

 しかし、気を抜けば、春川は距離を詰めてくる。その為、日中グレムリンは、監視業務に全力を注ぐ。その甲斐あってか、接触する時間は最小限に抑えられていた。

 安心したように息を吐いた大介は、その場に座り込んだ。

「門倉ふったって、マジかよ?」

「泣きながら酷いとか言われたよ。空気読めって感じだぜ」

 武道場の裏には、休憩中の学生達が座っていた。その中に、大介と同じ学校に通う三年生の一団がいる。

「もったいなくないか?」

「だってさぁ、あいつキスすら卒業してからとかって言うんだぜ。あり得ないって。マジで」

 大介は、その話につい聞き耳を立ててしまう。

「こっちは、最後までいきたいだけだっての。ガキに付き合うほど、飢えてないんだよ。こっちは」

「うわっ! こいつ、マジ最低だ!」

 門倉を笑いのネタにするその男子生徒は、周囲から尊敬される代表選手だ。世界の裏を知った大介に、複雑な気持ちが去来する。

(ガキがガキとは、笑われてくれるな)

 失笑したグレムリンが、男子生徒から目をそむける。そして、その目を見開いた。

(デンジャー! 振り向かずに三時の方向に、全速力!)

 グレムリンの言葉に、大介の反射神経は即座に対応した。剣の束を抱えた大介が走り出す。その背後には、春川が迫っていた。

(来てる? 距離はかせげた?)

(やろう! 日に日に速度を増してやがる! 振り返るな! 食われるぞ!)

 余裕がない大介は、自分を見つめる者の視線を感じ取れていない。春川に気付かないふりをして、全力疾走する。そして、忙しいふりを続けた。


****


 不意に開かれた扉に、大介は固まってしまう。弁当を床に置いたが、まだノックはしていない。

 朝昼晩と三日ほど続けたその作業を、失敗したのは初めてだった。

「やっぱり、寺崎くんだったのね」

「あっ、いえ、その」

 気まずい表情の大介は、しゃがんだまま動けない。

「ありがとう」

 少しやつれた門倉は、笑顔を大介に向けた。それでも、大介は申し訳なさそうに、目線をそらす。

 その行動が、門倉に全てを伝えてしまう。

「知ってるのね?」

 返事を思いつけない大介は、無言のままだ。それを見た門倉は、少しさびしそうに笑う。

「ごめんね。もう、大丈夫だから。今日中に全部整理するから」

 門倉から精一杯の言葉を聞いた大介は、弁当を差し出して、その場を立ち去った。


 グレムリンも、門倉へと注意を向けており、ある人物の存在に気付きもしない。それが、翌日最悪の形で、火の粉として大介に降りかかる。


****


 大介が、舟橋の部下と一緒に、娯楽室のクリーニングマシンに溶液を補充していると、休憩時間になった男子生徒達が入ってきた。それを気にしない大介は、作業を続ける。

(作業を中断して、トイレだ。トイレに逃げろ!)

(えっ?)

 グレムリンの言葉が理解できなかった大介は、つい顔を上げてしまう。そこには、男子生徒に囲まれた春川がいた。

 笑いながら周りに愛敬を振りまいていた春川も、大介に気が付いた。

 春川と目があった大介の顔から、一気に血の気が引いていく。春川の顔からは笑みと優しさが消える。大きく両目を見開き、怨敵でも見つけた様に瞬きもせずに、真っ直ぐに大介を見つめていた。

 その春川の顔が、大介にはホラー映画の悪霊にしか見えない。大介は、無意識に後退さっていた。

 寒気がするほどの狂気を帯びた春川が、それ以上の速さで大介に近付く。そして、いきなり涙を流し始めた。

「昨日のあれは、何よ?」

「えっ? 何が?」

「門倉との事よ! 私見たんだから!」

(イチさん! 見られた! どうしよう!)

(分からん!)

 今にも血を噴き出しそうな手首の傷を思い出した二人は、動揺がそのまま顔に現れる。大介がちらりと見た舟橋の部下は、目線をそらした。

「頑張ってメイクを覚えて! 頑張って仕事して! 私頑張ったのに。なのに!」

(どうしよう。言ってる意味が、よく理解できない)

 泣きながら恨みしそうな目で睨まれる大介に、春川の気持ちは伝わらない。だが、グレムリンには春川が伝えたい以上の意味が読み取れていた。

(直訳すると、頑張った自分がかわいそう、だ)

(えっ? そんな意味なの?)

 春川は前日の夜に、大介と門倉が会話している場面に遭遇していた。だが、その場で文句を付けていない。わざわざ翌日に、自分の味方が多い場面で大げさに泣いて見せている。

 これを春川に直接聞いても、頭に血が上って、自分を抑えられなかったと言い訳されるかもしれない。だが、グレムリンには打算を含めた考えが、読み取れているだ。

 春川は、陰険な方法を選び、大介を苦しめようとしている。

(人間の女は、これだよ)

 泣きながらしゃがみ込んだ春川に、男子生徒達が駆け寄り、慰めの言葉をかける。その間に大介は、周囲の状況を確認して、逃げ道を探していた。

「由梨を泣かせやがって! この野郎!」

 春川を慰めていた一人が、大介に拳を向ける。大介にとって緩やかなそれは、空を切った。その男子生徒が転ぶと同時に、さらに二人が大介に掴み掛ろうとする。

「この! クズ野郎が!」

 溜息をついて男子生徒を避ける大介は、打開策を必死に考えていた。その最中も拳や蹴りが大介を襲うが、大介はほとんど立ち位置を変えずに全てを無駄なく躱していく。

(このくそガキどもは、悲劇のヒロインと王子様気取りだな)

(僕から手を出すわけにもいかないし、どうしよう?)

(仕方ない)

(何か案があるの?)

(こいつらに付き合ってやるしかないだろうな。一発殴られてやれ)

(それしかないよね)

 仕方なく立ち止まった大介は、手頃な拳に頬を向けた。そして、首をひねりながら、衝撃を逃がす。

(念の為、倒れておけよ)

(うん。そうする)


「止めなさい!」

 大介が倒れ込むと同時に、女性の声が娯楽室に響いた。その声の主は、門倉だ。

 足早に春川へ歩み寄った門倉は、目線を合わせる為にしゃがむ。

「あのね。春川さん。寺崎くんは、仕事としてお弁当を届けてくれただけなの」

「お前達! 何をしているんだ!」

 門倉より少しだけ遅れて、騒ぎに気が付いた舟橋の到着し、事態は収拾される。

 春川に対して下心しかない男子生徒達は、査定を下げない為にすぐにその場を逃げ出したそして、裏の仕事に差し支えるなら、処分を考えると耳元でささやかれた春川は、すぐさま泣き止んだ。

 嘘泣きではないかと思えるほどすぐに泣き止んだ春川を見て、大介とグレムリンの顔が引きつる。

「大丈夫? ごめんね。ごめんね」

 涙目で大介の手を握った門倉は、何度も謝罪を口にする。

「こちらこそ、すみません」

 わざと殴られた大介は、罪悪感に襲われ、謝罪の言葉を返していた。

 その光景を呆れる様に見ていた舟橋は、グレムリンと目があう。グレムリンは端末の中で、苦笑いを続けた。


 舟橋へ報告を終えた大介と入れ違いで、春川が事務室に入っていく。その春川は、大介と目を合わせない。

(嫌われててほしい)

(俺の友達に神様いるんだけど、祈っとく? 伝言してやるぞ)

(そう聞くと、ありがたみが薄く聞こえるんだけど)

「寺崎くん。大丈夫だった?」

 事務所から出た大介を、門倉が心配そうに待っていた。

「はい。大丈夫です」

「本当にごめんね」

 門倉は、大介に深く頭を下げた。

「やめてください! そんなの、必要ないですから」

 門倉が大介に嫌われたくないと思っている気持ちを、大介は理解出来ていない。だから、謝罪を素直には受け取れなかった。

「春川さんと付き合ってるのよね? ごめんね」

「いえ、違います」

 真顔で即座に返事をした大介に、門倉は再度確認をする。

「あの、本当に彼女じゃないの?」

「嘘なんてつきません。春川さんはクラスメイトです。本当にそれだけです」

(ストーカーではあるけどな!)

 大介の言葉には、強い意志がこもっていた。グレムリンの言葉は、回線のおかげで門倉には伝わらない。そして、それを言う必要はないと、大介は判断した。

「そう、なんだ」

……あっ。笑ってくれた。

 門倉の笑顔を見た大介の顔に、血が集まっていく。そして、照れたように俯いて笑う。

「あの、よかったら、一緒に食事しない?」

 作り物の空は、日が沈む画像に変わっていた。合宿の訓練も、終わっているのだろうと、大介にも判断出来る。

……門倉先輩と、もっと喋りたい。でも。

「すみません。まだ、雑用が残ってまして。本当にすみません」

 裏の仕事がある大介は、門倉の誘いを断るしかなかった。

「嘘じゃないのよね? 私が嫌いになってたりしない?」

「いえ! そんな事はありません! 本当に、仕事なんです!」

 大介の顔を覗き込む門倉に、大介は言い訳をした。自分が、つい仕事と口走ってしまった事にも気付かないほど、必死に門倉の機嫌を損なわない様に務める。

「そう。なら、良いの。また、今度ね」

「あっ! はい!」

 大介に手を振って立ち去る門倉に、顔を真っ赤にした大介は手を振りかえす。その表情は、年相応の幼さが残っていた。


 グレムリンは、その時にある結論を出していた。強化合宿とは、選手を育成すると同時に、振るい落とす仕組みなんだと理解できたようだ。

 思春期の男女を、同じ宿舎に泊め、監視をしていない。間違いが起こっても、おかしくない状況だ。落とされた人間の末路は、大介と同じ場所しかない。

 グレムリンは、人材が不足していると言った舟橋の言葉を、思い出していた。そして、馬鹿らしいと思えたのか、鼻で笑う。

(これが吉か凶かは、そのうち結果が出るだろう)

(そうかな? 吉だと嬉しいな)


****


 顔から赤みが薄れた大介は、事務所を出る。そして、軍の建物へ向かって歩き出す。

 軍の拠点にあるミーティングルームは、三十畳ほどの広さだ。壁には学校でも使われている大きなディスプレイが据え付けられており、折り畳み式の椅子が規則正しく並んでいる。

 ディスプレイの前に立つ人物だけが、勲章を胸に付けた緑色の軍服を着ている。そのあごひげを生やした武官は、大介達の上司だ。

 大介と同じ黒いボディスーツを着た兵士達に銃人が、その上官から説明を受けていた。皆、ヘルメットは椅子の下に置いており、手袋はしていない。

「先日捕縛した脱走者を尋問して、大規模な脱走計画が今日である事が分かった」

 出撃前で、スーツのファスナーを下して着崩している者もいるが、説明を聞く目は一様に真剣だ。背丈や骨格の差異はあるが、全員が鍛え抜かれた体を持っている。

 もし一般人がその部屋に迷い込み、その屈強な兵士達に注目されれば、緊張で足がすくむだろう。

「今回の作戦も、二人一組み(ツーマンセル)で行う。配置はこの通りだ。まず、坂崎の指揮で、取り囲む」

 大介も他の兵士同様に、上官の説明に沿って、ディスプレイに表示された建物の見取り図を目で追う。

 ファクトリーと呼ばれる生産工場は、それ全体が工場のファクトリードームが一番大きい。他のドームにあるのは、かなり小規模な工場だけだ。今回の作戦は、第四メインドームにあるファクトリーからの大規模な脱走を、阻止する事だった。

 脱走者達は、何処かに抜け道を作り、ファクトリーに隣接した建物から、逃げ出す予定らしい。

「脱走者は、可能な限り生きた状態で捕縛しろ。装備は、Cまでだ」

 C装備は、スタンガンとスタンロッドのみで、対象を殺さない場合に使用される。脱走者は労働力であり、殺さない事が多い。

「処分は、止むを得ないと判断した場合のみだ。いいな」

 上官の命令に、兵士達は声をそろえて返事をした。軍の訓練を受けた大介も、乱れることなく発声する。

「脱走者が尋問中に絶命してしまい、詳細を掴めていない部分もある。だが、私の選りすぐられた部下に、もしもはないと考えている」

 兵士達は、上官の激励にも、顔を緩めたりはしない。それがプロだと叩き込まれているからだ。

「では、健闘を祈る。解散!」

 上官の号令に合わせて立ち上がり、兵士達が敬礼をする。


 部屋を出る前にその上官が立ち止まり、大介に顔を向けた。

「既に、解除はしている。気を抜くなよ」

「はい!」

 端末内のグレムリンを囲う魔方陣が、色を変えていた。半径五メートルまでだが、大介だけがグレムリンの魔法を使うことが出来る。

 新兵への配慮として上官が許可した事で、他の兵士は不満を漏らさない。

「作戦開始は三十分後だから、出口には五分後までに来なさいね」

「はい」

 ヘルメットを脇に抱えて部屋を出た美紀は、大介と別の方向に歩き出す。それをトイレに向かったのだろうと判断した大介は、先に拠点の出口へと向かう。


(百人も逃げ出すのか)

(らしいね)

(最近、逃げ過ぎだと思わないか?)

(確かに多いよね)

 拠点から出てくる美紀が見えた大介は、ヘルメットをかぶる。大介達が装備しているヘルメットは、旧時代のフルフェイスと似ているが、ほとんど厚みがない。顔に密着する作りになっており、首の部分から直接頭は入らないが、頭頂部から前後に二枚貝の貝殻の様に開いてかぶる事が出来る。シールドには暗視装置がついており、ガスマスクとしても機能するように、密閉性も確保されていた。

 この装備は、始末屋だけに配給されているものだ。美紀や大介は、その目印とも言えるヘルメットにそれなりの愛着と誇りを持っている。だが、危険な任務が多い始末屋部隊の象徴であるそのヘルメットを、かぶりたがる者は少ない。

(おっ、合図だな)

 美紀が、手信号で車両に乗り込む様に指示を出した。作戦中はほぼ全ての意思疎通を、手信号で行うのが決まりだ。大介も所属がきまると同時に、この手信号を覚えさせられた。


 無音で進む小型の軍用車両は、大介達を乗せて、目的地へと向かう。人間を狩る為に。

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