一章 第8話
今回はちょっと短めかもしれません。また話は進展しない模様。
ただ、そういう問題ではないのだ。あたしの望みは“戦うこと”ではない。“強く生きること”だ。戦うことが強く生きることに繋がるならば、どんな苛酷な戦いでもやり抜いてみせる。
「……ごめんね」
あたしは、気付いてしまったから。それを受け入れてあげられない以上、謝っておかなければならない――2日前にこの場所で、言えなかったことも含めて。
「隊長が謝ることじゃないですよ」
「でも」
「しょうがないんです。人はみんな、変わっていくんですから」
ぼくも、隊長もね――フェイくんはそう言い、また夜空を見上げた。
「この空も、変わりました」
そしてこれからも変わっていくんでしょうね、と。目を細めて、拳を握りしめて。冷たい雨に打たれながら、彼は自分に言い聞かせるように呟く。
「――そろそろ寝ないと、明日の戦いに響きますね。警備隊、というか村の存亡がかかってますから」
急に話題を変えたのは、気まずかったからだろうか。現実から目を背けたかったからだろうか。
「隊長は今すぐ代わりますけど、いいですよね」
だとしたら。彼にとってそれは、2万の兵が攻めてくるという事実以上につらいことだったのだろうか。上の空のあたしは、彼の問いに適当に頷く。
「ありがとうございます、たいちょ――ソフィア副隊長」
あたしには、わからない。
「それじゃ、ぼくはもう寝ますから、副隊長もなるべく早く寝てくださいね」
そこまでして他人を気遣う意味が。そこまでして他人を気にかける理由が。
そこまでして他人を想うことの代償の重さを、あたしは受け入れられない。
「えっ、と……さっきの男じゃないですけど、ぼくからも一つアドバイスを」
理想に向かって突き進むのもいいですけど、本当に自分の“しなきゃいけないこと”は忘れちゃダメですよ、と。
夜空を見上げたまま、フェイくんはあたしと目を合わせずに言う。
「それじゃ」
それはいつも通りの、少し幼さの残るハスキーボイスだった。ただ、イアンさんや先の男のような感情のない声ではない。すべて外に出して発散したいのに、すべて追い出して楽になりたいのに、それを自分の中に無理矢理に押さえ込んでいるような、つらい声。
声や表情は、きっと“殻”なのだと思う。“殻”が厚い人の卵白や卵黄は簡単には認識できないけれど、薄い人なら光にかざせばすぐに透けて見える。少しの刺激で割れてしまう。彼が持っている“殻”も、本当はとても薄くて脆いのだろう。
「あっ……あのさ」
「?」
そそくさと立ち去ろうとするフェイくんに声をかける。明日の戦いが無事に終わって、再びこの広場で会える保証などどこにもないのだから。
「変わることって、そんなに悪いことじゃないと思う」
あたしはどんな声でそう言ったのだろう。
あたしはどんな表情で彼を見ていたのだろう。
「……そうだと、いいんですけどね」
よく覚えていないが、あたしは震えていたような気がする――声も、身体も。
フェイくんは苦笑いして、そのまま去っていく。結局、最後までその目があたしを見ることはなかった。
――雨が、痛い。
天空から堕ちてくる冷たい雫は、槍のようにあたしに突き刺さる。それでもあたしは、濡れていく頭を手で覆おうともせず、濡れていく身体をどこかに隠そうともせず、ただそこに立ち尽くしていた。
「……はあ」
一つ、溜息をついてみる。2月の冷たい外気に触れたそれは、白い煙となって消えていった。
――ときどき、あたしも厚い“殻”が欲しいと思うことがある。あたしの場合、卵白は常に外界に剥き出しの状態だ。何か感じることがあると、すぐに態度に出てしまう。治しようのないことなのかもしれないが、そう簡単には割り切れない。
――ボーン……
突然聞こえてきた鐘の音が腹の底まで響き渡り、思わず思考を停止する。おそらく村の外れにある教会の鐘だろう。仕組みはよく知らないが、一時間に一回、勝手に鳴るようになっている。村の外れというとかなりの距離があるが、風向きによってはここまで聞こえてくることもあるのだ。
あたしは音の回数を数える。続いて2回目が鳴り、――3回目は鳴らなかった。ということは、今は夜の2時だ。
……2時?
そうだ、こんなところで突っ立っている場合じゃない、早く帰って明日に備えなくては。
あたしも相変わらずだなあ、と。そんなことを思いながら、元の部屋に戻ろうとする――と。
「どうしたんですか?」
――目の前に、女性が立っていた。
まず目に入ったのは、濃い青色の軍服。それから視線を少し上に向けると、ストレートの黒いセミロングに、キリッとした二つの緑色の瞳があった。20代後半くらいに見える、あたしより背の高いその人は。
「……ミオ、さん」
暦(月とか時間とか)が現実世界と一緒なのは許してください。いちいち設定しても、説明したり説明されたり面倒なので…