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一章 第5話

「変な男?」

 そう訊き返したのは、ランドさんと一緒にドアの前に立っていた女性、ミオさんだ。ランドさんと同じ濃い青色の軍服を着ている。黒いストレートのロングヘアに、キリッとした目。正確な年は知らないが20代後半といったところだろう、背丈はランドさんよりも少し高いくらいだ。

「はい、変な男が……パルスを、襲ってます」

 パルス――第7国境警備隊が基地を置いているこの村の名前である。その村が襲われているということは、すなわち我が部隊が危険な状況にあるということだ。ディルガーナにはまだ動きが見られないことを踏まえると、男はエリクシア内部の人間だと考えるのが妥当だろう。国境には万全の注意を払っていても、国内からの敵襲は想定していない。

 ――でも。

「人数は?」

 あたしの疑問を代弁するかのようにミオさんが訊いた。

「ですから、その男一人だけです」

 黒服の兵隊さんが答える。それを聞いたランドさんとミオさんは顔を見合わせた。一人で村を襲っている? 仮にも軍隊が駐留している村だ。ただの村ならまだしも、こんなところに一人で攻め込んでくるということは相当な手練れなのだろう。もしくは相当な馬鹿か。

「本当に一人だったのか? 暗くて見えなかったとか、裏切りがあったとかいうことは」

 と、ランドさん。

「絶対に一人でした。僕、この目で見ましたから」

「しかし


 ――パアン!


 突然。闇を切り裂くように鳴り響いたその音。ずいぶん久しぶりにその音を聞いた気がする。いつ以来だろうか?

 冷静にそんなことを考えている思考とは裏腹に。あたしは思わず目を閉じ、その上から両手で覆っていた。ミオさんが息を呑む音が聞こえる。ランドさんが「お……おい」と言う声が聞こえる。

 そして。そして、黒服の兵隊さんは――


「――その兵隊さんの言ってることは正しいよ。一人だけ」


 闇の中から聞こえる、知らない男の声。囁くような甘い声で、おそらくあたしたちに向けて話している。

「あ、“言ってる”じゃなくて“言ってた”の方が正確かなあ?」

「誰だ!?」

 と、ランドさん。しかし男からまともな答は返ってこない。

「きみには関係ないと思うんだけどなあ……それより、そこの女の子」

 ゾクッと、寒気がした。声の表面は優しいのに、その芯は人間のそれではない。太陽さえ凍らせてしまいそうなほどに冷たい、絶対零度の芯。どうやったらこんな声が出るのだろう。

 あたしはおそるおそる目を開ける。まず最初に視界に入ったのは、足元に横たわっている黒服と――一面の、(あか)。それが何を意味するのかは、わざわざ言葉にして説明するまでもないだろう。

 そのまま視線を正面に向けると、男の姿があった。ついさっきまで兵隊さんが立っていたまさにその場所で、両腕を広げてあたしを見つめている。見つめている、といっても黒いサングラスか何かをかけているので、あたしからはその瞳を見ることができない。

 黒い長髪を頭の後ろでまとめているらしいその男は、あたしよりかなり背が高かった。あたしやランドさんよりも高いミオさんと比べても、その差は歴然としている。麻か何かの服とズボンを身に付け、広げた両腕にはそれぞれ片手式の黒い銃があった。右手の銃からはまだ白い煙が上がっている。

 ――どうする? と、あたしは考える。ドアの前は二人が見張ってくれているからといって、武器を持たずに開けたのは失敗だった。あたしの直感だが、いくらこの二人でもあたしを庇いながらではこの男一人に敵わないだろう。かといって部屋の中に銃を取りに戻ることもできない。少しでも隙を見せれば終わりだ。

「ちょっと、そこの女の子ちゃん……呼んでるんだけど、聞いてるかなあ」

 囁くような声のまま、男が言う。女の子ちゃんって何だよ、と思いつつも「……何?」と返そうとしたら裏返った変な声が出た。恥ずかしい。

「そんなに怖がらなくてもいいよ、ぼくはきみに危害を加えに来たんじゃない」

「……黙れ」

 いきなり、ランドさんが男に飛びかかった。しかし、若干太めのその身体に男は身じろぎもせず右手を向けた――かと思うと、右足でおなかを勢いよく蹴り飛ばした。うめき声を発し、ランドさんが地面に倒れこむ。

「……邪魔する人は、例外だけどね」

 そう呟きながら、男はミオさんを睨みつけた。ひっ、と短い叫び声をあげて彼女は後ずさりする。

「そう、それでいいんだ」

 男はそう吐き捨てるように言うと、足元に横たわっている黒服の背中を静かに踏みつける。

「彼もあんなに騒がなかったら、こうはならなかったのにねえ」

 そんな男の声はやっぱり囁くように甘い声で、しかしそこに一切の感情は見られない。サングラスで隠している部分はわからないが、顔も無表情だ。この人もまたイアンさんと同じように、感情を隠して生きてきたのだろう――もっとも、その内側に何かとてつもなく冷酷なものがあるという点では彼女とまったく異なるのだが。

「やめてあげてよ!」

 今度は裏返らなかった。目の前でゴミのように踏みつけられている兵隊さんをみると怒りが湧いてきて、気づけば叫んでいたのだ。人間を人間でないように扱うことだけは、あたしは許せない。

 そのままの勢いでストレートに男の腹を殴りつける。それほど威力があったわけではないのに、あたしの右の拳は驚くほどきれいに突き刺さった。男の身体が若干後ろに傾き、その足が兵隊さんの背中から離れる。

「あはは……強いね、女の子ちゃん」

 おそらく、ほとんどダメージは与えられていないだろう――肉体的には。皮肉だなあ、とわけのわからないことを呟きながら。男は銃を持った手でそのまま、ゆっくりとサングラスを外す。

「さすがに16歳の女の子に暴力はできないからねえ」

 思わず、息を呑む。――そこには、あたしを見つめる二つの(あか)い目と、その間に痛々しく走る傷痕があった。

 ……R15の方がよかったかなあ。

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