一章 第1話
こんにちは、柊三九です。
一章の第1話になります。勢いで書いている部分が大きいので、読みにくいとは思いますがどうぞよろしくお願いします。
――2月3日。もうすぐ、春が来る。
気が付けば、何が平凡で何が非凡なのか、わからなくなっていた。
かつて“非日常”の象徴だった、壁に立てかけられた銃。今ではあたしの生活の一部になってしまっている。それなしには自分の身を守ることさえままならないのだ。はじめは銃を持つのが不安だったのに、次第に銃を手放すことを拒絶するようになった。そんな自分に嫌悪感を抱く。
窓とドアの外には、いつも通り兵隊さんが二人ずつ立っているのだろう。あたしは彼らにおはようを言おうと、ベッドから出る――と。
どこからか、聞き慣れない音がした。
見れば、壁に設置されたデンワとかいう機械が、けたたましい着信音を発している。最近発明されたらしいが、こんなご時世だ、研究や開発にいそしむ人々はいったいどんな神経をしているんだろう。デンワみたく役に立つものならまだしも、虫や菌の研究だったり、原子や分子がどうした、などと進展も進歩もしないことに時間と金を使うのはやめていただきたい。それなら前線に一人二人でも兵を送ってくれた方がましだ。
――あれこれ考えている間も、デンワはずっと鳴り続けていたらしい。いい加減止まらないものかと思うが、そんな気配はなく。あたしはしぶしぶジュワキなるものを取る。
「……は、はい? こち
『はい? じゃないだろうこのバカ……なんで出ないんだ』
名乗る前に罵られた。ジュワキが女性の声を出す。わざわざこの部屋にかけてきたということはあたし宛てだろうが、もし出たのがあたしじゃなかったらどうするつもりだったんだろう。
「す……すいませ――って、イアンさん?」
とっさに謝りながら、相手の名前を確認する。声と口調でだいたい予想はつくが、万が一のことも
『そう、イアン――陸軍総司令官、イアン=アレンダールだ』
なかった。残念。
陸軍総司令官。海軍のそれと並んで、わがエリクシア王国軍の2トップである。そんな彼女が――いくらあたしにとはいえ――こんな前線の一陣地に直接連絡を入れてくるくらいだ。何か重大な事件でも起きたんだろうか。
「……えっと、何か、あったんですか」
あたしは思ったことをそのまま口にする。ジュワキの向こう側で、イアンさんが短いため息をつくのが聞こえた。
『まだ確認はしてないんだが……』
と言って切り出す。普段より若干低めなそのテンションから推測するに、あまりいい話じゃないんだろうけど――
『ファルスピアが、ディルガーナと手を結んだらしい』
――いい話じゃない、どころじゃなかった。
*
少し説明が必要だろう。
あたしの名は、ソフィア=アルヴィーカ。弱冠16歳にして、我がエリクシア王国の第7国境警備隊長を務めている。
弱冠16歳、といってもあたしが強いわけではないし、何か功績を上げたわけでもない。先のイアン=アレンダール陸軍総司令官のコネを利用して、このような地位に就いているのだ。普通なら16歳の女の子が軍に入れるはずがない。そういう意味では、何のコネもなく21歳にして陸軍総司令官にまで登りつめたイアンさんはすごい。
なぜあたしが総官のコネを持っているのか、ということは今は置いといて――今の状況について、簡単に説明しようと思う。
グラン=ミールと呼ばれる大陸から南に突き出したクルディア半島、それを3つに分断するように国が並んでいる。その真ん中こそが、あたしたちが住んでいるこのエリクシア王国だ。半島の先端のファルスピア共和国や根元から大陸にかけて広い領土をもつディルガーナ帝国とは昔から友好関係を築いてきたが、最近そうもいかなくなった。
6年前の、内乱である。我がエリクシア王国内で火を噴いたそれは、次第に国全体へ、ひいては国外へとどんどん飛び火した。最終的に、二分されたエリクシアをそれぞれファルスピアとディルガーナがバックアップするかたちになり、2年半に及ぶ戦いの末に戦争は終結する。半島全体を巻き込んだあの内乱を、半島の名をとって“クルディア戦争”と呼ぶ人もいるらしい。
まあ、とにかく。多くの犠牲者を出したものの、和解した3国はまたかつてのように友好な間柄に戻る――はずだった。
何があったのか、あたしは知らない。しかし、何かがあったから3国は未だ対立しているのであり、ディルガーナとエリクシアは未だ戦争を続けているのであり、あたしは国境警備隊長などという地位に就いているのだ。
戦前は国境警備隊どころか、軍さえまともに整備されていなかった。それでも、あたしはそれがいいと思う。軍に身を置き、軍に生活を保障されているあたしがそんなことを考えるのはいけないことなのかもしれないけれど。軍なんてなければいい、戦争なんてなくなればいい――本気でそんなことを思っていたころもあった。
けれど、現実はそう簡単にはいかないことを知った。
争いのない世界など、あり得ないことを知った。
知った気になっていた、だけかもしれない。それでも、あの内乱を経験した一人の人間として。戦争はいけない、と胸を張って言えるようになりたいと思う。たとえそれが許されない世界だとしても、それを伝えなければならないと思う。
あたしは強く生きなければならないから。
あたしは絶対に自分の考えを捨てない。あたしは絶対に他人の考えに支配されない。
そう、誓ったから。
――少し話が飛躍してしまった。つまり、ファルスピアとディルガーナが手を結んだということは。それは我がエリクシア王国にとって非常にまずい状況なのだと、結局はそういうことだ。
*
『――おい、ソフィア……聞いてるか?』