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桜舞

作者: 火瀬

「宗さん、もう帰っちまうのかい?」


部屋を出ようとしてかけられた声に、僕は振り向いた。

部屋では相変わらず、騒がしい宴が続いている。

葉姐さんが、残念そうに僕を見ていた。


「ええ、長屋に帰って読みたい本が有るもので。」

「やれやれ、酒よりも本とは。文士ってのも奇妙な生き物だねぇ。」


心底呆れた様に、葉姐さんは嘆息する。

僕は、曖昧に笑った。


「せっかくだ、川沿いを通ってお帰り。桜が満開で、文士にも酒を勧めてくれるかも知れ

ないからね。」


葉姐さんは、色っぽくしなを作り、艶やかに笑った。



外に出て、新鮮な空気を吸う。

温かい空気が肺から抜け、身体の温度が下がっていく。


―宴というのは、騒がし過ぎていけない。

―特に、僕の様な内向的な者には。


ひとつ、ため息を吐いて、歩きだす。



夜の空に舞う、桃色の花弁。

圧倒的な闇に、呑まれる事無く、存在を主張している。


「これは……見事だな」


思わず、呟く。

風は緩やかに桃色を翔ばし、川は静かに流れている。

僕は暫らく幻想的な景色に見入っていた。



「何をなさっているのです?」


何処からか、声がした。

はかなく、涼やかな女性の声。


あわてて辺りを見回しても、人の気配は無い。


―まさか、桜が?


よくよく目を凝らして桜を見ると、花弁の向こうに美しい黒髪が見えた。


「驚かせてしまった様で……申し訳御座いません。」


女性は、一歩踏み出した。

その姿は、まるで桜から生まれ出でた様に美しい。

透き通るように、真っ白な肌。

紅をさした様に赤い唇。

ほんのりと桜色に染まった頬。

恥ずかしそうに目を伏せている姿がいじらしい。

僕は無理矢理平静さを装った。


「ああ……いいえ。ただ、桜を眺めていたのです。……あなたは、何故此処に?」


彼女は笑った。

魅力的な笑顔で。



「貴方に一目お会いする為です、宗様。」



訝しげに思う間もなく、彼女が僕の中に飛び込んで来た。

桜の匂いがする。

彼女の身体は、小柄な僕が抱き締められる程、小さかった。


「私は、貴方の事を一番に想っています。私には、貴方様しか居りません。だから……」


小さな、小さな手が、頬に触れた。

ひんやりと、冷たい。


「私以外の方を、選ばないで下さいね。」



ざあ、と桜が揺れる。

彼女は素早く僕から離れ、微笑んだ。


「それでは、又。」


彼女の言葉が、聞こえたと同時に。



突風が吹き抜けた。



桜吹雪が止んだ、そこにはもう――。



僕は翌日、葉姐さんの所を訪れた。


「おや、眼が赤いね。大方寝ずに本でも読んでたんだろう?」


意地悪そうに笑う姐さんに、僕は苦笑いを返す。


「まぁ、そんな気分には違いないですよ。それで、今日は何の御用です?」

「宗さんにって、酒屋の親父が縁談を持って来たのさ。アンタはこういうの嫌いだからっ

て断ったんだけど、無理に写真を置いていってね。」


小さな予感。


写真を受け取り、開く。


全てを見通した様に、彼女が笑っていた。




『又、会えたでしょう?』と。



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