第31話:重い帰路
小川の冷気に晒していた巨猪の肉を引き上げ、男たちは手際よく背負い籠や、即席の担架へと固定した。
獲物の重みと、詰め込まれた黄金の果実。その総重量は、訓練を積んだ彼らの肩にも食い込むほどの「豊穣」だった。
「……よし、出発だ。レン、先導を頼む。皆は中央、レイジは最後尾。俺が全体を見る」
カイが低く指示を飛ばすと、一行は第1ポイントを後にした。
帰路は、往路の第4ポイント経由ではなく、最短距離でモールへと続く第1ポイントルートを選んだ。
既知の道ではあるが、来る時よりも足取りは重い。
湿った泥に足を取られ、誰かの荒い呼吸が静かな森に反響するたび、カイは周囲の闇に鋭い視線を走らせた。
「……なぁ、カイ。やっぱり変だぜ」
列の最後尾から、レイジが声を潜めて言った。
槍の石突きで地面を突きながら、彼は何度も後ろを振り返る。
「……鳥の鳴き声どころか、虫の羽音もしねぇ。さっきから、森全体が息を殺してやがるみたいだ」
「……ああ。モールまで、一気に抜けるぞ」
カイは短く応じ、鉈の柄に手を置いたまま歩みを速めた。
一行が第1ポイントルートの中間点、視界がわずかに開け始める境界線に差し掛かった時だった。
「――止まって!」
先導していたレンが、鋭い声と共に手を挙げた。
全員がその場に氷ついたように立ち止まる。
森を支配していた重苦しい沈黙が、突如として「裂けた」。
バキィッ!!
前方、モールへ続く道の真ん中で、太いブナの木が、まるで小枝のようにへし折られた。
舞い上がる土煙とシダの葉の向こうから、ゆっくりとその姿を現す。
それは、かつての世界の「熊」が、森の異常な生命力を際限なく取り込んだかのような異形だった。
背丈は優に三メートルを超え、全身を覆う漆黒の毛は、返り血を吸って赤黒く固まっている。
その背中には、往路で見かけた「傷跡」の主であることを示す、無数の古い裂傷が刻まれていた。
「……こいつが、あの主か」
レイジが低く唸り、槍を構える。
だが、その化け物が放つ圧倒的な威圧感に膝が目に見えて震え始めた。
逃げ場はない。
左右は深い藪、背後には重い獲物。
巨熊は、小さき人間たちの抵抗を嘲笑うかのように、地を揺らす咆哮を上げた。
「……全員、荷物を置いて下がれ! レイジ、レン、奴をここで止めるぞ!」
カイが叫び、一歩前へ踏み出す。




