第30話:黄金の収穫
巨猪の処理を終え、川の冷気に肉を預けた一行は、広場を埋め尽くす果実の採取に取り掛かった。
「……信じられねぇな。これ、全部本物かよ」
志願者の一人が、地面に転がる大人の頭ほどもある果実を持ち上げ、呆然と呟いた。
その皮は分厚く、鈍い黄金色に輝いている。
かつての世界に存在したどの果実とも似ていないが、微かに漂う香りは、遠い記憶の底にある「桃」や「マンゴー」を煮詰めたような、濃厚で甘ったるいものだった。
「見惚れてる暇はない。傷んでないものを選んで、背負い籠に詰めろ」
カイが促すと、男たちは我に返ったように動き出した。
彼らは腰を落とし、腐葉土の上に転がる果実を一つ一つ吟味していく。
熟しすぎて割れたものからは、透明な蜜が滴り、そこには極彩色の蝶や、羽音の鋭い蜂のような虫たちが群がっていた。
「……カイ、こっちを見て」
広場の隅で周囲を警戒していたレンが、手招きをした。
カイが近寄ると、そこには巨大な蔦に覆い尽くされた「何か」の残骸があった。
蔦を少し払うと、錆びついた鉄の枠組みと、粉々に砕けた強化ガラスの破片が顔を出す。
かつてここが公園だったのか、あるいは植物園の一部だったのか。
今やその構造物は、巨樹を支える支柱として、完全に森の一部に取り込まれていた。
「……文明が死んで、こいつらが生き残ったんだな」
カイは、鉄骨の隙間を縫うようにして実っている、紫色の小さな漿果をいくつか摘み取った。
それはじいちゃんが「保存が効く薬の代わりになる」と教えてくれた、滋養に富む野草の実だった。
「……兄貴、籠がもういっぱいだぜ!」
レイジの声が響く。
志願者たちの背負い籠は、黄金色の果実と、瑞々しい野草で溢れんばかりになっていた。
モールで飢えに耐えている仲間たちの顔が浮かび、男たちの表情には、恐怖を上回る高揚感が滲み始めている。
だが、カイだけは、川の向こう側の茂みが不自然に「揺れていない」ことに気づいていた。
風は吹いている。
頭上の天蓋は騒がしく揺れている。
それなのに、特定の場所だけが、まるで時が止まったように静まり返っているのだ。
「……採取はそこまでだ。全員、荷物をまとめろ」
カイが低く、重い声で告げた。
その手は無意識に、腰に差した鉈の柄へと伸びている。
「肉を引き上げるぞ。……ここを離れる。今すぐにだ」
豊穣の祭壇に満ちていた甘い香りが、急に鼻を突く嫌な匂いに変わったような気がした。
彼らはまだ気づいていない。
自分たちが手に入れた「重すぎる獲物」と「甘い果実」の匂いが、この森を統べる、より巨大な「飢え」を呼び覚ましてしまったことに。




