第23話:泥濘の徴候
「左から来るよ! 合わせなッ!!」
マルタの鋭い檄が飛び、レイジが錆びた鉈を振り下ろす。
サバンナのように広がる「庭」のあちこちで、鎌首をもたげた蔦との乱戦が繰り広げられていた。
進化した植物の動きは速く、鋭いトゲが容赦なく衣服を裂く。
「うわっ、腕が……!」
仲間のひとりが蔦のトゲに腕を掠められ、鮮血が飛び散った。
だが、カイが即座に割り込み、小手を巻いた左腕で蔦を強引に押さえつける。
「怯むな! 根元を叩け!」
カイが叫び、右手の鉈で蔦の生え際――切り株の断面を叩き切った。
生命線を断たれた蔦が、力なく泥の上に転がる。
数十分の激闘の末、[庭]の一部を埋め尽くしていた凶悪な緑は、ようやく沈黙した。
「……ハァ、ハァ……。なんとか、片付いたか」
レイジが肩で息をしながら、トゲで傷ついた頬を拭う。
数人が軽い裂傷を負ったものの、カイの的確な指示とマルタの気合で、致命的な損害を出さずに駆除を終えることができた。
若者たちが安堵の息をつき、倒した蔦の後始末を始めようとした時。
レンが、まだ湿った土の上にしゃがみ込み、不思議そうに首を傾げた。
「……ねえ、カイさん。なんか変だと思わない?」
「どうした、レン」
「この蔦、全部の切り株から生えてるわけじゃないんだ。こっちの株はあんなに暴れてたのに、すぐ隣のこれは、昨日切った時のまま……何にも生えてない」
レンが指差したのは、蔦が猛威を振るった株と、静かに佇む何の変哲もない株の対比だった。
「確かに……。一晩でここまで差が出るのは不自然だな。種類が違うのか、それとも……」
カイがその「生えていない株」の断面を覗き込み、レンと二人で思考を巡らせていた、その時だった。
少し離れた、草刈りの境界線付近を調べていたゼロが、低く鋭い声を上げた。
「……カイ、こっちだ。これを見ろ」
ゼロの視線の先、柔らかい泥の上に、点々と続く生々しい痕跡があった。それは、数頭の「牙」の足跡だった。
「……牙の足跡か? なんでこんなところに……」
「泥の崩れ方を見てみろ。俺たちが中で皮を鞣していた昨夜……奴ら、すぐそこまで来てやがったんだ」
ゼロの言葉に、カイは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
昨夜、自分たちが明かりの下で新しい装備作りに没頭していたその時、草原の闇に紛れて、奴らはすぐそこまで忍び寄っていたのだ。
「……全然気づかなかった。蔦に気を取られてる場合じゃねぇな。奴ら、俺たちが外に出てくるのをずっと待ってやがったんだ」
カイは鉈を握り直し、遠くに黒い影として横たわる森と、目の前に広がるどこまでも静かな「緑の草原」を睨みつけた。
一晩で劇的に進化した「蔦」の驚異。
そして、それに紛れて音もなく忍び寄っていた「牙」の執念。
「全員、固まって動け! 視界の悪い草むらには近づくな!」
カイの鋭い号令が、陽光の下に広がる「庭」に響き渡った。




