第22話:蠢く緑
翌朝、モールの窓から差し込む陽光は、昨日までの雨を忘れさせるほどに力強かった。
ロビーでは、朝食もそこそこにタクトたちが歓声を上げている。
「見て、カイさん! これ、本当に昨日あんなに臭かった皮なの!?」
「すっげぇ……ツルツルしてるし、なんか……生きてるみたいに温かい!」
朝日を浴びた革は、しっとりと鈍い光を放ち、指で押せば確かな弾力で押し返してくる。
レイジは少し隈の浮いた目で、しかし得意げに鼻を鳴らして、自作の装備を掲げた。
「へへっ、だろ? 材料も限られてるからこれ以上は何も作れねぇんだけどよ、まずはこれで十分だ。これさえあれば、あの「牙」だって怖くねぇぞ!」
レイジがカイの前腕に巻き付けたのは、革を数枚重ねて太い麻紐で括り付けた簡易的な『小手』だった。
「……ああ、助かるよ。レイジ、よくやったな」
カイが拳を握ると、革がキュッと鳴って腕に馴染む。
その安心感に勇気づけられるように、一同は意気揚々と外へ踏み出した。
だが、モールの外に出た瞬間、全員の足が止まった。
一昨日まで刈り取っていたはずの「庭」の様子が一変していたからだ。
地面には昨日取り除けなかった切り株が点在していたが、その内のいくつかに異変が起きていた。
切り株の断面から、鞭のように細長くしなる蔦が何本も伸びていたのだ。
蔦の表面には鋭いトゲが異様に目立って生え揃っている。
風もないのに、その蔦は一定のリズムで鎌首をゆっくりともたげては、また地面へと力なく降ろす動きを繰り返していた。
それは意思があるわけではなく、触れれば弾ける「無慈悲な罠」がそこに設置されているかのようだった。
その時、一匹の大きな野ネズミが、泥濘を避けるように点在する蔦の一本へと近づいた。
瞬間、蔦が跳ねた。
勢いよくしなった蔦は、鋭いトゲを無数に突き刺してネズミを固定し、グルグルと絡みだした。
蔦の隙間から、ネズミの体がみるみるうちに萎んでいくのが見えた。
栄養分を、あるいは体液を、植物が吸い上げているのだ。
「……食ってやがる」
レイジの声が震えた。
カイは表情を引き締め、手にした鉈の背で、近くまで伸びてきた蔦を軽く払った。
蔦はしなやかに空を切り、トゲが空気を裂く微かな音を立てた。
(……速い。そもそもただの雑草だぞ。昨日は雨だったってのに、一晩でこれかよ)
カイが軽く身をかわしながら、その反応の鋭さを確認していた、その時だった。
足元のぬかるみに足を取り、わずかに体勢を崩したカイの体が、積み上げられた刈草の山へと近づいてしまう。
ガサリ、と山が大きく波打った。
「――っ! カイ!」
ゼロの叫びと同時に、山の中から潜んでいた複数の蔦が絡みあってできた極太の蔦が、カイの頭上へと強襲した。
「くっ……!」
回避は間に合わない。
カイは咄嗟に左腕を突き出し、レイジの作った小手でその一撃を受け止めた。
パシィィン! と、硬い革と蔦がぶつかり合う衝撃音が響く。
トゲが革を削り、凄まじい圧力が腕を襲ったが、レイジの革は千切れることなくカイの肉体を守りきった。
(サンキューな、レイジ!)
さらに、弾かれた蔦が再びしなり、今度は蛇のようにカイの左腕に巻き付こうと絡みつく。
カイは逃げるどころか、自ら腕を突き出し、巻き付いてくる蔦に意識を落ち着いて集中させた。
「――爆ぜろ!」
ドォン! という重低音とともに、強烈な衝撃波が放たれた。
絡みつこうとした蔦が外側からの衝撃で粉砕され、バラバラの肉片となって四散する。
(……小手がなかったら、今ので腕を持っていかれてたな)
カイは激しく打ち付けられた腕を軽く振り、鉈を握り直した。
そこへ、土を跳ね飛ばしながらマルタが猛烈な勢いで駆け寄ってくる。
「カイ! 無事かっ! ……チッ、あたしのミスだ。あんなのが潜んでるなんて気づきもしなかった。……すまねぇ、あたしの確認不足だ」
苦々しく吐き捨てたマルタの瞳には、自分への苛立ちが滲んでいた。
「……気にするな、マルタ姉。大丈夫だ。一晩でただの雑草がここまで変わるなんて、誰にも予想できねーよ。マル姉のせいじゃねぇ」
カイが短く答え、ポンと彼女の肩を叩く。
マルタは一度強く奥歯を噛み締めると、即座に視線を「庭」へと転じた。
武器を力任せに握り直し、腹の底から響くような怒号を仲間に飛ばす。
「予定変更だ! まずはあの蔦を根こそぎ始末するよ! 庭を奪られたくなかったら、一歩も引くんじゃないよッ!」
マルタの号令が庭に響き渡る。
その鋭い声に背中を押され、一同は進化した自然との新たな「戦い」へと斬り込んでいった。




