第21話:皮から革へ
「クマさーーーん」
「あ・く・くださーーい」
「ぉん?灰汁だと。急におめぇらどうした。そんなもん何に使うんだ?」
レイジが子供達の変わりに説明し、クマさんは納得するとすぐに用意してくれた。
クマさんの厨房から運び出された大型のペール缶には、熱いお湯と大量の木灰がぶち込まれ、ドロドロとした灰汁が完成したのだ。
そこに、あの「牙」の皮を沈める。
「うわっ……! げほっ、何これ、鼻が曲がりそう!」
ミナが鼻をつまんで飛び退いた。
灰汁と生皮が混ざり合った独特の強烈な臭いがロビーに充満する。
「ははっ! これが『強くなる匂い』だ、ミナ! ほら、たっぷり吸い込んでおけよ!」
レイジが豪快に笑いながら皮をかき回す。
「……無理だよレイジ兄ちゃん、これ『最強に腐ったゴミ箱』の匂いだよぉ……」
タクトが顔をしかめると、横から「ホッホッホ」と明るい笑い声が響いた。
カイのじいちゃんだ。
「元気があってよろしい! 本にはそう書いてあったろう。この臭いこそが、獣が道具に変わる産声だ。ほれレイジ、お前は一番鼻が効くんだから、もっと近くで観察せんか。」
「じ、じいちゃん……! 目がチカチカするってば!!」
「おや、気合が足りんなぁ。そんなんじゃ師匠殿に笑われるぞ?」
じいちゃんはニコニコと楽しそうに髭を蓄えながら、レイジの背中をポンポンと叩く。
数時間が経過し、灰汁から引き揚げられた皮を、次は脂を塗り込みながら揉む工程へ。
彼らが目をつけたのは、吹き抜けにある頑丈なステンレス製の手すりだった。
そこに皮を引っ掛け、左右から交互に力任せに引っ張る。
「せーの!」
「よいしょ!」
「もっと腰を入れろ!」
「ホッホ、レイジ、お前さんさっきから腰が引けておるぞ。子供たちの方がよっぽどいい引きだ」
「嘘だろ!? 俺、さっきから腕がパンパンなんだけど! じいちゃん、これ本当に柔らかくなるのかよ!?」
「さあてなぁ、お前さんの愛が足りんのかも知れんのう。それとも、あの師匠殿の特訓は、口先だけだったのかな?」
「わー! 分かった、分かったよ! やればいいんだろ!」
じいちゃんに煽られ、レイジが悲鳴を上げながら皮を揉む。
子供たちも懸命に小さな手で叩き、脂を馴染ませていく。
しかし、重労働は確実に彼らの体力を削っていった。
夜、ロビーの片隅では、力尽きた子供たちが一人、また一人と眠りに落ち始めていた。
「……タクト。もういいぞ、よくやったな」
カイは、皮を握りしめたまま寝てしまったタクトを優しく横に寝かせた。
「……結局、俺たちが残るか」
ゼロが素手で黙々と皮を揉み解している。
指先は赤く腫れ、汗が滴っていた。
「ああ。……見てみろよ、ゼロ。あんなに頑固だった皮が、少しずつ言うことを聞き始めてる」
カイが確かな手応えを感じて呟いた時、じいちゃんがゆっくりと歩み寄ってきた。
じいちゃんは皮の端を指先でつまみ、その弾力を確かめると、今日一番の朗らかな笑顔を見せた。
「……合格じゃ! 繊維がほぐれ、脂が芯まで入り込んだ。ホッホ、これでもう、乾いても板には戻らんぞ。……立派な『革』になったな」
その言葉を聞いた瞬間、カイとゼロ、そして限界だったレイジは、力なくその場に座り込んだ。
「……やっとかよ……。じいちゃん、ほんと人使い荒いぜ……」
「おや、感謝の言葉が聞こえんなぁ。お礼に、明日の朝食はワシの分もレイジが運んでくれるかな?」
「げっ! ……あー、はいはい、わかりましたよ!」
レイジの情けない返事に、カイとゼロが思わず吹き出した。
手元の皮は、しなやかで、温かみがあり、鈍い光を放つ――自分たちを守るための、確かな「革」へと生まれ変わっていた。
外の雨は、いつの間にか小降りになっていた。




