第20話:雨の静寂、古きの知識へ
激しい雨音で目が覚めた。
モールの重厚な天上を叩く水滴の音は、まるで無数の小石が降り注いでいるかのような轟音となって、薄暗い館内に反響している。
カイは屋上の入り口近くで、外を見つめていた。
昨日、あれほど苦労して剥き出しにした「数メートルの地面」は、今は激しい雨に打たれ、黒いぬかるみへと姿を変えている。
「……これじゃあ、今日は一歩も出られねぇな」
背後から声がした。
振り返ると、槍を傍らに置いたゼロと、入り口を固める門番の男が立っていた。
「ああ。せっかく昨日、あそこまで広げたのによ。皮肉なもんだな」
カイが肩をすくめると、門番の男が溜息をつきながら言葉を添えた。
そこへ、ドタドタと騒がしい足音が近づいてきた。
タクトとミナ、それに数人の子供たちが、期待に満ちた顔で駆け寄ってきた。
「カイさん! 今日も外に行くんでしょ?」
だが、タクトは外の景色を見て絶句した。
「……うわっ、ひどい雨……」
残念そうに肩を落とす子供たちの姿に、沈滞した空気が流れた。
「――ちぇっ、この雨じゃどうしようもねぇか! ……あ、そうだ! カイ、兄貴! ちょっとこれ見てくれよ!」
階段の下から、バタバタとレイジが上がってきた。
腕には、数日前の解体からずっと大事に取っておいた「牙」の皮を抱えている。
「これさ、なんかこう、カッチカチで使いにくそうだけど、なんとならねぇかなぁ?」
レイジは床にドサッと皮を広げた。
「兄貴、これどうすればいいか知らねぇか?」
ゼロは皮をじっと見つめ、ゆっくりと首を振った。
「……いや、俺もよくは知らないな。カイ、お前はどうだ?」
「……俺も、よくは。……だが、じいちゃんなら何か知っているかもしれない。聞いてみよう」
彼らがロビーの奥、なにやら難しそうな本を読んでいるじいちゃんの元へ向かうと、じいちゃんは「ホッホッホ」と朗らかに笑って迎えた。
「……鞣しか。昔、私の親父が言っておったのを思い出す。木の灰を混ぜた水に漬けて、あとは脂を塗り込みながら揉むのだと。だが、加減までは分からん」
「灰の水……? 難そうだな。正確なやり方、わかんねぇかな」
「あぁそれなら2階の『本屋コーナー』の残骸を当たってみるといい。記録が残っておるかもしれんぞ」
「記録か……。よし、みんな! 探しに行くぞ!」
レイジの言葉が終わる前に、子供たちが一斉に駆け出した。
崩れた棚が重なる本屋の跡地で、子供たちの声が飛び交う。
「あ! 見てこれ! 『食べられる野草図鑑』だって! 見たことない葉っぱがいっぱい!」
「今はそれじゃないよ! ……こっちは、『1億円稼ぐ方法』? おくえんって何?」
「うわっ、この本、変な生き物の絵が描いてあるよ! 『宇宙人との遭遇』だって、こわっ!」
「こっちは全部マンガだー! ……あ、これカッコいい! ……じゃなくて、皮の本、皮の本……」
どれもこれも薄汚れところどころくっついたり破れたりしているが、泥だらけの手で紙の束をひっくり返し、ガチャガチャと発掘していく子供たち。
「あった! カイさん、これ! 『はじめ…のレ…ークラ…ト』!」
タクトが引き抜いたのは、写真が載った一冊の本だった。
だが、それを囲んで覗き込んだ一同は、すぐに困惑に染まった。
「……硫酸クロム? 塩化アンモニウム……? なんだこれ、呪文か?」
「『石灰浸け』って……そんな石、どこにあるんだよ」
図解は美しいが、薬品の名前は今の世界では手に入らないものばかりだった。
彼らはその本を抱えて、再びじいちゃんの元へ戻った。
「じいちゃん、ダメだ。本は見つかったけど、知らない材料ばっかりでさっぱり分からねぇよ」
レイジが肩を落として本を差し出すと、じいちゃんは眼鏡をかけ直し、図解をじっくりと読み解いた。
「……ふむ。ちょっと待ってな。」
「なるほど、これがこれで、、あれがこうなって、、、なるほどのぅ、、、、」
「じぃちゃんどぅなんだ。できるのか。」
「ホッホッそう急かさんでも大丈夫じゃ」
「まぁ…詳しいことは色々書いてあるが、この『薬品』とやらは、皮をアルカリという性質にするためのものらしい。ならば、私が言った『灰の水』でも、原理は同じはずじゃ」
「灰の水……灰…あ! クマさんの厨房なら灰がいっぱいあるんじゃないか!」
カイの言葉に、一同の顔が明るくなった。
「よし! クマさんのところへ行くぞ! 脂も分けてもらおう!」
外の雨は勢いを増していたが、モールの中では、朧気な古の知識を武器に新しい挑戦が始まろうとしていた。




