第17話:兆しと緑の住民たち
翌朝、モールを包む空気は、昨日よりも幾分か軽やかだった。
作業班が昨日と同様に準備を進める中、建物のエントランス付近では数人の子供たちが期待に満ちた目で外を伺っていた。
「……ねぇ、ちょっとだけ。あそこの、草がなくなったところまで行っちゃダメ?」
子供たちのその一言に、周囲の大人たちが顔を見合わせた。
昨日までは外など死の領域でしかなかったが、今は数メートル先まで遮るもののない。
そこには踏み固められた「庭」がある。
マルタと門番の男たちが短く相談を交わした。
「……あそこまでなら、屋上からも、門番の足元からも目が届く。昨日の今日で、牙もそうそう戻ってこないだろう」
門番の男が、苦笑混じりに許可を出した。
「いいぞ。ただし、絶対に地面が見える範囲から出るなよ。マルタたちの邪魔もするんじゃないぞ」
歓声を上げて飛び出していく子供たちの姿を、屋上のカイは双眼鏡越しに眺めていた。
彼らの走る姿が、どこまでも続く緑の草原の中で、小さな色彩となって跳ねている。
ふとカイが双眼鏡を遠くへ向けると、昨日までは「脅威」としてしか捉えていなかった草原に、別の動きが見えた。
「……あそこ、あんなのがいたんだ」
風に揺れる高い草の合間を、色鮮やかな小鳥が縫うように飛んでいく。
岩陰では、トカゲのような動物が日光浴をしている。
さらに遠くでは巨猪とは別の大人しそうな獣が群れをなして草を食んでいた。
怪鳥や巨猪、そして牙。
それら「死」を運ぶ存在以外にも、この緑の海には無数の命が息づいている。
遠見チームの報告も、今日は少しだけ幅が広がっていた。
「カイ、東の枯れ木に見たことない巣があるぞ。あれは怪鳥じゃないな」
「……うん。こっちも北の方で、跳ねるように動く群れを見つけた。あれが近づいてこないか、注意して見ておこう」
牙を食らい庭を拓いたことで、彼らはようやく「この世界の住人」として、周囲の景色を正視し始めていた。




