第12話: 古き記録と、生存への問い
「……まぁ、あいつらも四本足の獣だ。俺たちが地下でたまに拝める巨猪おおいのししや怪鳥と、そんなに構造は変わらんだろ。毒さえなけりゃ――」
クマさんが豪快に笑い飛ばそうとした、その時だった。
「この、たわけがッ!!」
ロビーの奥から、空気を震わせるような怒鳴り声が響いた。
現れたのは、杖を突きながら歩いてくる小柄な老人――クマさんの料理の師匠だ。
そして、その後ろからは車椅子を自ら漕いで、カイのじいさんが静かに姿を現した。
「師匠……! 起きてたんですか」
流石のクマさんも、師匠の姿を見るなり背筋を正し、バットを慌てて背後に隠した。
「当たり前だ! 若造どもが揃いも揃って、正体も知らん化け物を食うだのなんだのと……。胃袋を壊してから『まずい』と言っても遅いんだぞ。だいたいお前は昔から詰めが甘い。包丁の研ぎ方からやり直してやろうか!」
「へい……」
クマさんは完全に縮こまり、巨体を小さく丸めて師匠からのチクチクと刺すような小言を甘んじて受けていた。
さっきまでの「黒バットの英雄」の面影はどこにもない。
「まぁ待て、そう怒るな。小僧たちの言うことも一理ある」
カイのじいさんが、枯れ枝のような指を組み、若者たちを見渡した。
「わしのじいさんの、そのまた大昔の話だがな……。かつて世界がもっと豊かだった頃、人はあやつらによく似た『犬』という獣を、家族のように愛でて共に暮らしていたという記録がある。……だが、さらに遡った人類の黎明、まだ文明も何もなかった太古の昔には、生きるために食べていた時期もあったそうじゃ」
人々は、じいさんの語る遥か過去の断片に息を呑んだ。
「愛でる……あんな恐ろしいものをかよ」
レイジが信じられないといった風に呟く。
「そうじゃ。だが今は、その太古の時代に逆戻りしてしまったのかもしれん。肉に呪いが宿っておるかもしれんが……」
じいさんはそこで言葉を切り、入り口の向こうにある暗い草原に視線を向けた。
その瞳に、一瞬だけ鋭い憎悪の光が宿る。
「……わしらの世代も、あやつらにはずいぶん仲間を殺されてきた。食われ、引き裂かれ、地下に閉じ込められたまま一生を終えた友も多い。……仕返し、か。あやつらの肉を喰らい、血を啜って生き延びるというのも、悪くない供養かもしれんなぁ」
師匠も、じいさんの言葉に毒気を抜かれたのか、ふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。
「……ったく。わかったよ。明日、一番に肉を調べるのは私だ。煮ても焼いても食えんようなら、その時は全員に腐ったスープを飲ませてやるからな」
「ははっ、そいつは勘弁だ」
クマさんが笑い、ロビーに温かな、けれどどこか好戦的な空気が流れた。




