第10話:静寂を裂くうねり
午後になると、作業は驚くほど順調だった。
チームごとの小気味よい鎌の音が響き、広場は着実にその輪を広げていく。
キャノピーの上、高見に立つカイは、疼く右腕を庇いながら草原を凝視していた。
不意に、風の流れとは違う「うねり」が視界をよぎる。
それは昨日よりも遥かに速く、音もなく草の海を分けて肉薄していた。
「……っ、来たぞ! 皆!戻れ!」
カイの叫びが空気を切り裂いた。
作業班は即座に鎌を捨て、入り口へと一斉に駆け出す。
「急げ! 急げ!走れ!」
門番の男が鼓舞する中、カイは屋根から飛び降りいつでも「牙」相対せる様に、入り口と草むらの間まで一気に駆け寄った。
…ドスンッ!
その時、乾いた地面で悲鳴が上がった。
逃げ遅れた一人が露出した切り株に足を取られ、派手に転倒したのだ。
もう背後には、黒い影が迫っている。
「構えろ!」
転倒した男を守るべく、護衛の二人が槍を突き出した。
一匹の「牙」が低く唸りながら跳躍する。
ガキンッ!
二人は「牙」に噛み付かれそうになりながらも死に物狂いでそれを受け止める
「立て! 行けるか!」
駆けつけたカイが男の腕を掴み、無理やり引きずり起こす。
一刻も早く扉へ。
そう思い駆け出すも、横合いから二匹目がカイたちを狙って草むらから躍り出る。
カイは男を背後に追いやり、右腕を突き出した。
肉薄する「牙」の濁った瞳と剥き出しの歯茎が目前に迫る。
(……爆ぜろっ!)
咄嗟に力を込める。
だが、右腕を走ったのは青い輝きではなく、神経を焼き切るような鈍い不発の振動と激痛だった。
(クソ、こんな時に……!)
力の不発に思考が凍りつく。
――ドォォォォンッ!!
重苦しい衝撃音。
牙の巨体が真横から吹き飛ばされた。
カイの目の前を横切った黒い一閃。
門番のリーダーと共に扉を死守していたはずのクマさんが、そこにいた。
その手には、どこから持ち出したのか、年季の入った真っ黒な金属バット。
クマさんはイカツいスキンヘッドに血管を浮かせ、猛然と突進する。
丸太のような腕でさらに踏み出した。
「……おめぇに食わせる飯は、一粒もねぇんだよ!」
吹き飛んでなお立ち上がろうとする牙へ、丸太のような腕から繰り出されるバットが容赦なく振り下ろされる。
純粋な筋肉の質量がもたらす破壊音。
その隙に、もう一匹と交戦していた護衛二人も、相手の喉元を槍で突き抜いていた。仲間を二匹失った最後の一匹は、クマさんの威圧感に気圧されたのか、尻尾を巻いて草むらの奥へと逃げ帰っていった。
「……はぁ、はぁ、……助かった、クマさん」
カイが肩で息をしながら声をかけると、クマさんはバットを肩に担ぎ、さっきまでの形相が嘘のような、どこか可愛げのある苦笑いを浮かべた。
「お互い様だろ、カイ。……ほら、さっさと中に入れ。スープが冷めちまう」
倒された二匹の「牙」の死骸が、夕日に照らされている。
超人的な力ではなく、自分たちの仲間が振るう泥臭い一撃で、初めて明確に「牙」を退けたのだ。
人々がモールの中へ入り、シャッターが閉まる。




