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エピソード2-26 :甘やかなる残滓、あるいは終焉を紡ぐ歯車

 

 王都の地下数百メートルで繰り広げられた激戦から一夜が明けた。

 春の陽光が王都の石畳を温かく照らし、市民たちは数日前ののスイーツフェスティバルでの混乱を忘れたかのように、穏やかな日常へと戻っていた。しかし、その平和な風景の裏側で、新たな衝突の火種が静かに燻ぶり始めていた。

 

 

 王都の目抜き通りから一本入った裏路地。ひっそりと佇むアンティーク調のカフェ『リーベンス・リーゼ』は、今日一日、アリスの手によって完全に貸し切り状態となっていた。

 店内には、焼きたてのパンケーキの甘い香りと、淹れたてのコーヒーの芳醇な香りが満ちている。

 

「……アリア様、疲労度は 70% を超えています。適切な糖分摂取と休憩が必須です」

 

 リリィが、アリアの前に置かれた山盛りのパンケーキを指し示した。

 

「ふふ、リリィさんも、心配性ですね。でも、この甘い香りを嗅いでいると、確かに元気が出てきます」

 

 アリアはフォークを取り、温かいパンケーキを一口食べた。その柔らかな甘みが、戦闘で強張っていた体を緩やかに解きほぐしていく。

 

「……パンケーキ。……ふわふわ。……溶ける」

 

 シフォンは、既に三枚目のパンケーキに手を伸ばしていた。その表情は、地下での激戦を終えたとは思えないほど穏やかだ。

 

「さあ、アリア。この新作は私の自信作よ。『重力反転ホイップクリーム』。重力場を操作して、通常の五倍の空気を含ませているから、口に入れた瞬間、質量を感じさせずに溶けるわ」

 

 アリスが、自身の顔よりも高いホイップクリームが乗ったパンケーキをアリアの前に置いた。

「すごいですね、アリスさん! これなら、いくら食べても罪悪感がなさそうです」

 

 テーブルを囲む四人の少女たち。

 それは、それぞれの戦いを終え、それぞれの形で成長した者たちの、穏やかな休息の風景だった。

 アリアは、細剣を振るうことの恐怖と、それ以上に大切なものを守り抜いた充実感を胸に、新しい甘さを堪能していた。

 シフォンは、過去の影を払拭し、今、隣にいるアリアとの「今日」を、何よりも大切にしている。

 リリィは、姉ヴィオラの遺志を受け継ぎ、彼女の「幸福」というデータを自身の中で育てていた。

 そしてアリスは、自身の完璧な計画を邪魔されたことへの怒りを、新たなスイーツの開発という形で昇華させている。

 

「……今回の戦いは、あなたの成長をデータとして記録するのに、非常に良い機会だったわ、アリア」

 

 アリスがコーヒーを啜りながら、淡々と言った。

 

「これであなたは、もう二度と『守られるだけの公女』じゃない。……少なくとも、私の『演算』ではね」

 

 アリアはアリスの言葉に、嬉しさと同時に、少しの寂しさを感じた。

 

(『守られるだけではない』……。それは、私が望んだことのはずなのに……)

 

 新たな力を手に入れるということは、新たな責任を背負うということだ。

 甘いパンケーキの味覚の裏で、アリアは静かに葛藤していた。

 

 同時刻。王都の地下深く。

 崩壊した「銀輪の使徒」の拠点の最深部で、巨大な影が蠢いていた。

 

『……演算。……失敗。……何故、こうも人間というものは、……不確定な要素を……』

 

 大司教。

 全身を機械化した彼は、崩壊の圧力によって肉体の大部分を失っていた。残されたのは、脊髄と脳幹を接続された、複雑な機械の塊だけ。

 しかし、その義眼のレンズには、狂気に満ちた執念の光が宿っていた。

 彼の目の前には、修復中の無数のクロックワーク・ソルジャーやスチーム・ハンターの残骸が転がっている。

 彼らは、大司教が自身の肉体を分解し、その構成部品として組み込まれるために存在していた。

 

『……私は、完璧でなければならない。……この脆弱な肉体が、またもや失敗を招いた。……ならば、……完全に捨て去るまで』

 

 大司教は、自身の思考を投影するホログラムを展開した。

 そこに映し出されたのは、王都の地下水路全体の構造図。そして、その中央に輝く、巨大な「魔導炉」の存在。

 それは、王都全体の魔力供給を担う、心臓部とも言える施設だった。

 

『……王都の魔導炉を、強制的に機械化オーバーライトする。……そうすれば、地上にいる愚かな人間たちは、魔法という不確定な力を失う。……残されたのは、ただの旧式な肉体』

 

 大司教の計画は、もはや組織の再興などではなかった。

 それは、自分を敗北させた「魔法」と「人間」への、純粋な復讐だった。

 

『……私は、全ての欠陥を排除し、完全な機械の神となる。……そして、王都を、……私の永遠なる機械の世界へと作り変えるのだ』

 

 彼の指先から、微細な歯車が生成され、自身の脳幹へと接続されていく。

 痛覚は既に切り離されている。残されたのは、完璧な演算と、絶対的な支配欲だけ。

 彼の体内では、新たに抽出された「純粋機械駆動ピュア・メカニカル・システム」が起動し始めていた。

 それは、魔力を一切介さず、ゼンマイと歯車、そして熱機関のみで駆動する、極限まで効率化された機械生命の最終形態だった。

 

 貸し切りカフェでの休息は、数時間で終わりを告げた。

 アリスが端末に表示された緊急アラートを見て、顔色を変えた。

 

「……王都の魔導炉が、……乗っ取られようとしている!?」

 

 その報せに、アリアとシフォンの顔から、甘い安堵の表情が消えた。

 リリィは即座に周囲の魔力波動をスキャンし、地下深くからの異常な信号を検知した。

 

「……これは、大司教の仕業です。彼は、自身の肉体を完全に機械と同期させ、王都の心臓部を支配しようとしています」

 

 アリアは、傍らに置いていた細剣を強く握りしめた。

 パンケーキの甘い残滓は、もう喉の奥に感じられない。

 

(私は、もう守られるだけの公女じゃない。……この街と、大切なみんなを守るために、私は戦う)

 

 シフォンはアリアの隣に立ち、その肩を軽く叩いた。

 

「……アリア。……今度は、……一緒に、行く」

 

 アリスは素早く作戦を立案し、リリィは地下の詳細図を投影した。

 

「……王都魔導炉。ここが、奴の最後の砦よ。……今回は、時間との勝負になるわ。王都の魔力が完全に機械化される前に、奴を止めなければ」

 

 甘い休息は終わりを告げた。

 だが、その休息があったからこそ、彼女たちは再び、立ち向かう強さを手に入れることができたのだ。

 王都の命運をかけた、機械と魔法の最終決戦が、今、始まろうとしていた。

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