エピソード2-18:凍てつく牙、あるいは双閃の突入
北の果て、永久凍土が広がる静寂の地に、その塔は聳え立っていた。
空を突くような巨躯は、鈍い琥珀色の光を放つ結晶体で構成されている。周囲の魔力を吸い上げ、大気を凍らせるその建造物こそが、組織『アンバー・ノア』の本拠地、通称「琥珀の塔」であった。
魔導飛空艇『ステラ・マグナ』の船内には、エンジンの咆哮と金属が軋む音だけが響いていた。アリアが舵を握り、アリスが火器管制システムを全開にする。
「……前方に高密度の魔導障壁を確認。通常の主砲では貫通不可能です」
アリスが淡々と報告を上げる。その指先は、ヴィオラが遺したデータを解析し、障壁の周波数を特定するために激しく動いていた。
「最大出力で突き抜けます。……ヴィオラさんが開けてくれた道、無駄にはさせません!」
アリアの声に応じるように、飛空艇の魔力炉が限界を超えた輝きを放つ。船体は振動し、外壁のボルトがいくつか弾け飛んだ。
甲板には、二人の少女が立っていた。
銀髪を風に靡かせるシフォンと、クリスタルブルーの光を帯びたリリィ。二人は言葉を交わさない。ただ、同じ地平を見つめていた。
「……リリィ。……あいつ、……ヴィオラの場所、汚してる。……許さない」
シフォンが槍を強く握りしめる。その瞳の奥には、吹雪よりも冷酷な「死」の色が宿っていた。
「肯定します。……姉の演算ログが、私の内部で激しく共鳴しています。……これを人間は『怒り』と定義するのでしょう。……論理的な解決策は、ただ一つ。首謀者の完全沈黙です」
リリィの二刀には、ヴィオラから引き継いだ重力干渉の術式が組み込まれていた。
「障壁、中和完了! ……今です!」
アリスの叫びと同時に、飛空艇の先端が琥珀の障壁に激突し、火花を散らしながら一点を抉り開けた。
その裂け目を目掛け、シフォンとリリィは同時に虚空へと飛び出した。
自由落下の加速をそのままに、リリィが二刀を交差させた。
「オーバーロック、出力 95\% 。……空間、固定」
彼女の周囲の重力が急変し、弾丸のような速度で塔の外壁へと激突する。衝突の直前、リリィは二刀を突き立て、琥珀の結晶を分子レベルで崩壊させた。
轟音と共に、難攻不落とされた塔の外壁に巨大な孔が開く。
そこへ、シフォンが黒いオーラを纏った槍を突き出しながら突入した。
内部は、外の極寒とは対照的に、不気味なほどの熱気と琥珀の脈動に満ちていた。数千の人造兵器が格納庫から一斉に起動し、侵入者を排除しようと殺到する。
「……邪魔。……消えて」
シフォンの槍が一閃する。それは技と呼ぶにはあまりに暴力的で、物理法則を無視した「消去」であった。彼女の通り道には、塵一つ残らない。
リリィは、ヴィオラのデータを元に最短ルートを演算していた。
「……敵対個体の排除効率、最大。……シフォン様、左から三体、熱源反応。……私が処理します」
リリィの動きは、以前よりも鋭く、かつ重かった。一太刀ごとに空間が歪み、人造兵器たちの装甲を内側から破裂させる。その戦いぶりには、かつての「Lー081」としての正確さと、ヴィオラが持っていた「重量」が完全に統合されていた。
無数の防衛機構を紙屑のように散らし、二人は塔の中枢へと駆け上がる。
背後では、アリアたちの乗る飛空艇が外壁に接舷し、後続の制圧を開始した音が響いていた。
「……リリィ。……あいつ、……一番上に、いる」
シフォンが上層を見上げた。そこには、巨大な琥珀の心臓のような魔力炉が鎮座し、その前に一人の男が立っていた。
「……肯定します。……マスター・クロノスを確認。……心拍数、魔力波長、すべてが非人道的です」
リリィの二刀が、青い光を放ちながら鳴動した。
亡き姉が遺した、最後のバトン。それを受け取った妹と、彼女を支える死神の少女。
二人の少女は、ついに元凶の目の前へと到達した。
そこは、何千もの琥珀のカプセルに少女たちが閉じ込められた、静止した「永遠」の祭壇であった。
「……ようこそ、失敗作たち。……あるいは、……完成に最も近づいた『奇跡』たちよ」
男の声が響く。
リリィとシフォンは、一切の猶予を許さぬ殺気を放ちながら、最後の一歩を踏み出した。




