エピソード2-11:琥珀の崩壊、あるいは魂の在処
王都の北端、かつて魔導兵器を造り出していた廃工場。錆びついた鉄の臭いと、湿った冬の風が吹き抜ける空間で、決戦の火蓋は切られた。
中央の広い荷揚げ場に、Vー012は立っていた。その手には、月光を反射して冷たく輝く超重量ハルバート。対するリリィは、王家秘蔵の重装甲『アイギス・零式』を纏い、静かに二刀を構える。その少し後ろ、影の中に溶け込むようにシフォンが槍を携えていた。
「Lー081。再調整の最終通告期間は終了した。……これより、強制的初期化プロトコルに移行する」
Vー012が地を蹴った。踏み込みの一歩でコンクリートが粉砕され、ハルバートの刃がリリィの頭上から振り下ろされる。触れたものを分子レベルで崩壊させる、高周波振動を伴う絶技。
だが、リリィは逃げなかった。
悲鳴のような金属音が響く。ハルバートの刃を、リリィはアイギスの籠手で真っ向から受け止めていた。装甲の表面に走る琥珀色の魔力回路が、ハルバートの振動をエネルギーへと変換し、淡く輝く。
「……重いですね。ですが、耐えられないほどではありません」
リリィの言葉は、かつての無機質な音声ではなく、確かな体温を宿した静かな拒絶だった。
「……理解不能。アイギス・零式の出力効率が、想定される理論値を 22% 上回っている。なぜ、その負荷に耐えられる?」
Vー012の瞳に、微かなノイズが走る。彼女の演算によれば、リリィの神経系は疾うに限界を迎えているはずだった。
「……私の後ろには、ミリア様がいます。アリア様や、アリス様、リリエル様がいます。……その重さに比べれば、この装甲なんて、羽毛のようなものです」
リリィが二刀でハルバートを押し返すと同時に、影から銀の一閃が飛び出した。シフォンである。
シフォンの攻撃は、戦士の教本とは無縁だった。槍を突くと見せかけて、不自然な角度から石突きで床を叩き、跳ね返った振動を利用してVー012の死角へ回り込む。一撃一撃が、物理法則を無視した「最適解ではない」動き。
「……個体名シフォン。挙動が非論理的。……予測アルゴリズムが、収束しない」
Vー012のハルバートが空を切る。彼女の脳内にある膨大な戦闘データの中に、シフォンの「野生」と「お菓子への執着」から生まれる不規則な軌道は存在しなかった。
シフォンの変幻自在な攻めがVー012の意識を削り、リリィの重装甲が彼女の必殺をすべて無効化していく。
「……なぜだ。なぜ、欠陥品である貴殿らが、完成品である私を圧倒する」
Vー012の内部システムに、赤い警告表示が連打される。
(エラー: 論理ループの不整合
警告: 不明な感情的振動が検出されました)
彼女の演算回路が導き出す答えは、常に「敗北」へと収束し始めていた。計算が合わない。理屈が通らない。目の前の少女たちは、痛みも疲労も、死の恐怖さえも、何か別の「数値化できない力」で上書きしている。
「……これは、何だ。……この、システムが凍りつくような感覚は」
Vー012の手が、初めて震えた。それは、彼女のプログラムが初めて「未知」に直面し、それを「生存への脅威」――すなわち恐怖と誤認した瞬間だった。
「それは、プログラムの故障ではありません、Vー012」
リリィが一歩、踏み出した。アイギスの装甲がパージされ、純粋な魔力が彼女の二刀に宿る。
「それは、あなたが『心』というバグを手に入れ始めた証拠です。……私も、通ってきた道ですから」
Vー012は叫びにも似たノイズを発しながら、ハルバートを全出力で振り抜いた。しかし、その一撃には既に迷いがあり、リリィの瞳を逸らすには至らなかった。
リリィはシフォンの作った隙を突いて、懐へと飛び込んだ。
交差する銀の刃。ハルバートの柄が両断され、Vー012の胸元のコアを、リリィの剣先が優しく、しかし確実にとらえた。
「……チェックメイトです、お姉様」
リリィの口から出たその言葉に、Vー012の瞳の光が急速に弱まっていく。
「……姉? ……私は、ただの個体……Vー012……」
「……いいえ。あなたは、私と同じ場所で生まれた、私の家族です。……だから、もう終わりにしましょう。……美味しいタルトを食べに、帰りましょう」
リリィは剣を収め、崩れ落ちるVー012をその腕で受け止めた。
冷たい鉄の体。けれど、そこには確かに、小さな鼓動のような共鳴が響いていた。
廃工場の外には、薄紫色の夜明けが広がっていた。
シフォンは槍を肩に担ぎ、欠伸をしながらリリィに近寄った。
「……終わった。……お腹、空いた」
「……肯定。シフォン様、今日はお店にあるタルトを全部買い占める必要があるかもしれません」
リリィはVー012を背負い、静かに歩き出した。その足取りは重いが、心はどこまでも軽かった。
「……リリィ、……顔、人間っぽくなった」
「そうですか? ……少しだけ、泣きたいような、笑いたいような……。そういう非効率な出力に、名前をつけたい気分なんです」
朝日が、少女たちの背中を照らし出す。
王都の日常は守られた。そして、一人の「人形」だった少女は、今日、本当の意味で「人間」としての第一歩を刻んだのである。




